ハッチが開かれたパプアの格納庫を目指し、機体を着艦させるべくゆっくりとスロットルを絞った。
発進時と同様に、気を遣うのが着艦の時だ。特にパプアの様な、元々モビルスーツの運用を前提としていなかった艦であれば尚更だ。
もし何かの拍子に間違ってスロットルレバーを逆に倒してしまったとしよう。当然モビルスーツは一気に加速する。
その結果、引き起こされるのは大惨事だ。ザクⅠですら装備抜きで50tほどあるのだ。もし仮に完全装備のザクⅡなどという数十トンの特殊鋼材の塊に突撃されては、格納庫で待機している整備班は一瞬で“すり身”になってしまうだろう。
もちろんそうならないよう気をはらいつつ、行きには無かったガイドビーコンに従ってパプアの中に頭から機体を進める。周囲が艦内の照明で明るくなり、ガコンという鈍い音と共にザクⅠが止まった。
壁から伸びる可動式の作業アームによって、機体が無事艦に固定されたのだろう。
そのことをモニターで確認してから、ザクの胸部ハッチを開こうとして、止めた。
ヘルメットを脱いで、上を向いて目を瞑る。
模擬戦闘とはいえ、初めての実戦といっても良かった。少なくとも、冬彦はそのつもりでやった。
今回は何の問題も無く、本当にただの模擬戦闘だった。だが、時と場合によっては“事故”は起きうるのだ。
いつになったら安心できるのか。地上に降下すればいいのか。しかしそれこそ死亡フラグのような気もする。
この後に及んでやはり心配性な冬彦だった。
《少尉、お疲れ様です。帰投してすぐで申し訳ないのですが、艦長がお呼びです。至急艦橋の方に……》
「ん……」
《少尉?》
「……わかった、行くよ。艦長にもすぐ行くと伝えてくれ」
《あの……なるべく早くお願いします》
「ん? 了解」
ヘルメットを被り直して機体を出ると、既に多くの作業員が機体に取り付いていた。帰ってきたのは自分が一番最初で、二機の僚機もすぐに戻ってくるはずだ。これから格納庫は一気に忙しくなるだろう。
自身の機体であるザクⅠには、まだ何の傷も無い。今回は不意を突けたからこそ無傷で済んだが、実戦に出続ければ何時までも無傷のままとはいかなくなる。
ザクⅠは、くどいようだが悪い機体ではない。しかし、やはりいつまでも乗っていられる機体でもない。そのことを今回の模擬戦で感じさせられるところがあった。
完成してから既に数年が経ち、今回出てきたように後継機のザクⅡも配備され始めている。その内の一機であろう、士官学校側のザクⅡA。
教導用に回された機体であっても、既にザクⅠよりも高性能なのだ。
相手の半分を潰して、その後の事。残ったのはザクⅠ二機と、一機だけのザクⅡA。内ザクⅠの内の片方をフレッドが追い、目の前には二機。
その時、どうして冬彦はザクⅡAではなくザクⅠを追撃することを選んだか。
簡単だ。追いつけなかったからだ。正確には、引き離されつつあったのだ。ザクⅡAに。
最初の機体と、後継機。どう足掻いても、今後正面からあたることがあれば、厳しくなる。それを実感させられたのだ。
というか、士官学校にすら教導用とはいえ新型が回されつつあるのに、補給部隊とはいえ曲がりなりにも現時点ではベテランの揃った一線級の部隊にザクⅡを回さないというのはどうなのか。
一体何時になったら自分にもⅡがもらえるのか。ザクⅡ欲しいなー、できれば専用機とか欲しいなー、けどザクⅠもやっぱり捨てがたいなー、などとたあいもない事を宙に浮かびながら考えていると、背後から機付き長がタラップを蹴って跳んできた。
「お疲れ様でした少尉殿! 大戦果ですね!」
満面の笑みで言ってくる機付き長に嫌みは見えない。機付き長を任されるだけあって、腕も悪くないらしい。
何せ堅物のガデム大尉の下で機付き長を任せられている人間だ。信用できるだろう。
受け取ったボトルに口をつけつつ、つとめて笑顔で対応する。階級はずっと上だが、逢って間もない相手であるし、機体を預けるということは命を預けるのと同じ事。信頼関係が何より重要なのだ。
……本音を言えば、仲良くなっておけば、上から何か妙な細工をするような依頼が来たときに断ってくれるかな?という淡い期待もあったりする。
なんだかんだいってまだ油断はできないのだ。
「戦果といっても模擬戦だからね。実戦なら出世も期待できたんだろうけど……」
「そんなことはありません。これも立派な戦果です。ちゃんと記録に残りますから、積み重ねれば出世にも繋がりますよ」
「そうか……そうだね。まぁ気長にやるよ」
「そうしてください。出世なさってすぐ異動になられてはこちらも寂しいですから」
「へ?」
「整備するザクが居なくなるのが、ですよ」
一瞬どきりとしたが、どうやら機付き長なりの冗句だったらしい。
逢ったばかりの相手に何を期待していたのか。
《やり直しをお願いしたいのであります!》
「そう言われても困る」
《しかし、納得できません!》
「だからな……ええい」
ブリッジの扉が開いてすぐ聞こえて来たのは、ガデムと誰かが通信越しに言い争う声だった。
スピーカーがハウリングを起こしそうな音量に、ガデムが黙って手を振った。それを見たオペレーターが通信の音量を多少下げたようだが、それでも大して変わったようには聞こえなかった。
艦の下部にあるブリッジについた冬彦を待っていたのは、ガデムからのお褒めの言葉では無く、通信相手の金切り声だった。
相手をしていたと思われるガデムが一人うんざりした顔をしている。
この時点で嫌な予感がひしひしとするのだが、踵をかえすわけにもいかないのが悲しいところだ。
「あー、ガデム大尉。報告に上がったのですが、何ゴトでしょうか? お邪魔なようでしたら出直しますが」
「おお、遅かったなヒダカ少尉! 君に用があるようだぞ。どうも儂では話にならんらしい!」
「それは……」
ガデムの言葉に、勘弁してくれと言う本音を隠しつつモニターを見る。
明らかに相手をするのが面倒くさそうな相手だが、適当に理由をつけてブリッジを去ろうにもガデムの眼光がそれを許さない。
余程苛立っているのか、なんとかしろと無言で命令しているように感じられた。
他の副官以下のブリッジ要員も、冬彦の事を見ている。逃げ場は無かった。
「えー、と。どちら様でしょうか?」
《お忘れですか! レーゲンであります!》
「レーゲン……ああ、レーゲン候補生!」
言われて見れば、モニターに映る男には見覚えがあった。向こうがヘルメットをかぶったままなのでわからなかったが、士官学校の一期下にいた後輩である。
これで、大尉であるガデムが一介の候補生相手に微妙な対応をしているのかがわかった。レーゲンの実家はそれなりの名家であり、しかもザビ派である。
それでザクⅡAがまわされたのか?と考えると、ありえそうな気もしてきた。それに、さらに一つ下にはガルマがいる。それも踏まえると、もはやそうとしか思えなくなった。
そのことに、すこしばかり何か黒い物が沸いてきたが、無視だ。
「……レーゲン候補生。それでどうした。何か問題があったか?」
《それであります! ヒダカ監督生は卑怯でありますっ!!》
「卑怯たって……レーゲン候補生。まずは何がどう卑怯なのか説明してくれないか」
《閃光弾の使用と、パプア級の援護についてです!》
「……ん?」
《自分は今回の模擬戦闘訓練はパプア級の襲撃・防衛と聞いておりました! しかし、ヒダカ監督生はこちらに不意打ちをかけて来たではありませんか! 閃光弾の使用も前もって予定されたものではありませんし、護衛対象たるパプアを動かして前に出すなど前提条件が破綻しています!》
「……それで、やりなおしを、と?」
《はい!》
「あほかい」
噴出したのは、ブリッジの中の誰かだろうか。それとも、通信機越しの向こうのブリッジの誰かか。
冬彦自身うっかりともいえる素が出た形だが、言ってしまった以上はしょうがない。言いくるめるしかないだろう。
「確かに閃光弾は今回の模擬戦闘用の装備一式には入っていない装備だが、機体に直接のダメージを与える物ではないし、通常のザクⅠの装備の中には入っているものだ。実際の護衛の小隊が装備していてもおかしくはない。そもそも模擬戦闘用の装備は機体に深刻なダメージを与えうる物を模擬用に取り換えただけで、それ以外の物は括りに入っていない。カメラのホワイトアウトもそう長くは続かなかっただろう? それに、迎え撃ったと言ってもパプアのレーダーの範囲内だったからだ。パプアの索敵範囲外にいたのにまっすぐにそちらへ向かっていったというならともかく、索敵範囲の中にいたのなら迎撃に出るというのも作戦の一つだ。第一、幾ら護衛対象だからといってパプアが動かないとでも思ったか。足が遅い分逃げ切れないなら前に出ることだってあるわ。これだけ言ってまだ何かあるなら士官学校を通して出直して来い」
言い切ったタイミングで、通信が切れる。すっと目をやると、オペレーターがサムズアップしていたので彼女の判断で切ったのだろう。
通常であれば問題だが、今回に限ってはガデムも何も言わない以上、何も問題は無いだろう。
「……士官学校はあんなのばかりなのか?」
辟易したようなガデムの問いだが、言い返せないのが難しいところだ。大半は無害だが、中には冬彦やアヤメのように捻くれたのがいるのもまた事実。
さらに二期下には、常時仮面装備の次席が控えている。後のエースパイロット、某彗星殿の事である。
「……あんなのはほとんどいませんよ」
「おらんとは言わんのだな」
「まぁ……」
「ふぅ……まったく。エリートのガキ共の鼻を明かしてやったと思ったらまたとんでもないじゃじゃ馬が出てきたな。せっかくの祝勝会にけちがついた」
「いやまったくです……祝勝会?」
「うむ。飯に一品ついて酒が出る程度だがな。貴様をクルーに紹介する意味も兼ねてな」
「ガデム大尉」
「ふん、いちいち仰々しい。隊長で構わん」
「はっ、ガデム隊長」
「んむ」
それは、つい忘れていた一つ儀式。
「フユヒコ・ヒダカ少尉、着任しました!」
ついに念願の設定資料集を手に入れたぞ!
……無限航路の。
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※国防軍を公国軍に修正しました。