ネオンのような点滅が、冬彦には足掻いているように見えた。
まるで、消えまいとするように。
長く続く戦乱の、開戦間もないこんなところで。
胴の半ばまでを斬られても、いまだ死ぬまいとするように。
精度のそう高く無い左胸部のサブカメラでも、ネジの一本すらも確認出来るような距離。
連邦製のコピーザクの、青い光りが消えるのを、冬彦は見ていた。
「つ~~~!」
敵の息の根を止めた安堵からか、それとも強敵との勝利に酔ったのか。酩酊感のようなものが冬彦を襲う。
敵はまだいる。しっかりしなければと活をいれるべく、急な機動で足下に転がってきていた魔法瓶を拾い上げ、コップに入れる手間も惜しく直接口を付けて飲み下した。
まだ並々と残っていた、しっかりと保温されていた緑茶である。
そんな物を一気に飲んでは当然火傷で口内と喉が焼けるように痛んだが、生きていることを実感できる気がした。
「がはっ、かっ、あ、はっ、はああ……」
自らを傷つけるほどの熱を得て、冬彦はやっと息を吹き返す。
口元から零れた分が染みをつくり、肌に張り付いて煩わしく、襟元を大きく開けた。
そこでやっと、インカムのスイッチを入れた。
「――こちらヒダカ。降下してきた敵MSの一機を仕留めたが、頭と右腕部をやられた。現状がわからん。詳細を知らせろ」
力を失ったコピーザクから、刺さったままだったヒートソードを引き抜く。
右腕が失われた為にバランスが悪くなっており、操縦には普段以上に気をはらわなくてはいけなくなった。それに、頭部が失われたのが致命的だ。戦場全体で得られる情報が激減している。
戦隊の目取り役と司令塔がその役目を果たせなくなった現状をいつまでもそのままにしておくというのはあり得ない。
至急、何らかの手段を講じなくてはいけない。
『ひどい“なり”だな。中佐』
「ガデム大尉」
『だがまあ、きっちり仕事はしたか』
木の陰から、角をつけたザクⅠがぬっと姿を現す。ザクⅠ本来の暗緑色と濃青の二色。手にはヒートソードを持つその姿は、損傷が無いことを除けば冬彦機と変わらない。
背後には、同じく二機のザクⅠが続く。伏せたまま結局突撃に使わずじまいになった、二十二戦隊のD小隊である。
「不意を突かれてこのザマですがね」
『いっそ前に出るのは副官にまかせたらどうだ?
フランシェスカと言ったか、あの中尉は。大した機動だ。あっという間に一機片付けてしまいおった。格闘戦なら中佐より余程センスがある』
「それはどうも。で、現状は」
顎髭をたたえた老人は、ふんと鼻を鳴らして答えた。
『うちが一番酷い。先端だったからな、当然だろう』
「友軍は幾らか余裕があると?」
『そのようだ。ルッグンを何機かこちらに回すくらいには、余裕があるらしい。さっきから煩わしくてかなわん』
「へえ」
レドームを二基備えた高性能な哨戒機であるルッグンだが、これを単に友軍からの支援と考えるか、それとも別派閥による戦隊の情報収集部隊と判断するべきか。悩みどころだ。
できればもっと先にいて欲しいというのが本音であるし、そもそも凹陣形の一番くぼんだ部分で偵察機に何が出来るのか。
前線から戻ってきたか、敵機の急襲の被害を確認しに来たか、それとも……
「戦場の動きは?」
『降下してきた敵は片付いたぞ。副官殿が一機。儂が一機。最後が“そこ”のやつだ。
被害は新たに大破一。小癪にもビームの格闘武器など使ってきおったから分捕ってやったわ』
言って、ザクⅠが掲げた物を見る。ヒートソードとは逆の左手にあるそれは、確かにビームサーベルに見える。残念ながらザクⅠでは出力の都合で使えないのだが。
これもまた、新たな懸念事項の一つだろう。
ザクⅡは元より、ジオニック、ツィマッド両社でも未だ実用化に至っていないビーム兵器。それがなぜザクⅡ未満ザクⅠ以上の性能と見られていた連邦製のコピーザクが使用できたのか。この戦闘が終わったら、入念に調べなくてはいけない。
なお、新たな大破一というのが冬彦自身のことであるというのが悲しいところだ。
「戦線全体ではどうだろうか」
『南側が例の戦車型のせいでMSにも多少被害が出ておるようだな。川沿いで視界が開かれておるから、止むをえんとも言えるが』
「支援要請は?」
『出ておらん。それよりも防衛司令のノリス大佐から要請が来ている。敵の頭を叩くのに協力して欲しいと』
「頭?」
『後方にビッグトレーがいるらしい。司令部のノリス大佐はこれを連邦の戦闘指揮艦だと判断したそうだ』
「……このザマなんだが」
『だなあ』
冬彦のザクⅠの損傷度は、はっきり言って酷い。
腕、頭部もそうだが、右胸部からは抉られた部分から火花も散っている。戦闘は無理と脱出していてもおかしくないレベルだ。
そうしないのは流れ弾がまだ飛んでくる可能性があるのと、誰かと合流せずに脱出すると自陣まで帰参するための足が無くなってしまうのを嫌ったからだ。
「はっきり言って戦えんぞ、もう」
『司令部にはなんと返す?』
「“戦隊の消耗激しく一時後方にて補給と一時的な部隊の再編を行う”……こんなところか。どうせ無理に出張っても足を引っ張るだけだ。武器ももうこれしかない。視界も悪い。どうしようもない。もともと受け持ちの分は達成したんだ。文句は言わせん」
『中佐が言うなら、従うさ。戦隊に集合をかけるか?』
「頼む。集合位置は少し下がったところで良いだろう」
『了解』
重くなったペダルと、軽くなった操縦桿を操作して冬彦は後方へと下がった。
撃破したコピーザクの回収も、しっかりと命じて。
「ちなみに、作戦は?」
『ビッグトレーか?』
「ああ」
『爆撃だ。ルッグンで位置を押さえてから、近隣のガウを集めて二時間後にやるつもりらしい。のっけから本気だな』
「……五分五分だな。うまく行けばいいが」
冬彦の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
この後、夜が明け日が昇る頃まで連邦は攻撃を継続するも防衛戦の突破することができず、更にはジオン側の反撃もあってホンコンまで撤退することになる。
当該地域のジオンを上まわるだけの充分な物量が確保できなかったこと。
MSを含めた兵器の質の差。
原因は多くあれど、多くの兵士と兵器を失った事実には変わりない。
連邦アジア方面軍はこの反攻作戦にジャブローからの援軍の第一陣である四個の機械化混成大隊と一部の特殊部隊まで投入していたが、その結果は損害が所属MSの半分弱というもの。
一個機械化大隊の所属MSの定数が二四であるから、五十近いMSを失った大敗北だ。
大破や中破判定で後方に下げられた機体もないではないが、そういった機体は少数で、機体を回収し修理を完了させても元の数の三分の二ほどまでにしか回復しないという予想に連邦アジア方面軍の首脳部は頭を抱えることになる。
もう一点。連邦側の頭を悩ませたのが、ビッグトレーの撃沈と指揮官であったイーサン・ライアー大佐の戦死である。
ノリス大佐の主導で夜陰と雲に乗じて行われたガウ級攻撃空母三機による爆撃は、後方で補給と指示を出していた三隻のビッグトレー直撃した。
撃沈したのはこの内の一隻のみで、のこりの二隻はどちらも損害は軽微な物ですんだ。しかし、この撃沈された一隻にこそ、イーサン・ライアー大佐が乗艦して指揮をとっていたのだ。
連邦にしても、勝つ気で来ていたのだ。だからこそ出し惜しみはせずに最初から虎の子であるMSを投入していったし、ビッグトレーも比較的前まで出して艦砲射撃による援護も行った。失敗だったのは、ミノフスキー粒子をこの期に及んで甘く見ていたこと。それと、北京の奪還でコピーザクの性能を過信したこと。
主戦派であり反攻作戦の音頭を取っていた大佐の死、そして戦力の半減。最終的に残存部隊の指揮は第一機械化混成大隊のコジマ中佐が引き継ぎ、以降連邦アジア方面軍はジャブローからのさらなる補給を待つべく、一転して防御を固めることになる。
これ以後、しばらくの間アジア方面には凪が訪れるのだった。
次回の投稿は九月の中旬になると思います。