転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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多分今年最後の投稿。よいお年を。


第五十九話 何ルートか思い出してもらおうか。

 

 

 

「やぁこれは、ベイルセン艦長。宇宙は退屈ではありませんでしたか?」

《実に退屈でしたな。何せ演習ばかりで碌な任務がない。艦隊演習にソロモン近海の哨戒任務。たまに士官学校を出たばかりのひよっこ共の面倒も見ておりましたが、なんとまあ着艦の荒いこと。MSの操縦は若い者の方が上手いのだと思っていましたが、そんなことはないようですな》

「何かやらかしましたか」

《着艦でとちって警戒灯を割りました。まったく、私の艦は演習場ではないというのに》

「それはそれは……まあ、誰もがウチのMS隊のように腕が立つというわけにはいかないのでしょう。それで、私の後輩は“モノ”になりましたか」

《及第点をやれないまま、他所に配属になりました。警戒灯を割った馬鹿はガルマ様のおられる北米です。あれでは配属先でもうしばらくどやされるでしょうなあ》

「まあ、その方が物になるのが速くて良いでしょう」

《いや、まったく。ははは……》

 

 ザンジバル級「ウルラⅡ」のブリッジで、通信越しにアヤメと「パッセル」の艦長であるベイルセンが会話していた。天井付近に位置するモニターを使用した、互いの顔を見ながらの通信である。

 パッセルの艦長であるベイルセンの方が年齢群歴共に上であるが、アヤメの家は彼が所属する小派閥の同士であり、また見知った仲であるため、会話の仲にそこまでの堅苦しさはない。

 

《荷の積み替えが終われば次は本国ですか。久しぶりですな》

「宇宙に帰ってきたことですし、家に顔を出さねばならないのでしょうが……憂鬱でなりません」

《お父上は喜ぶでしょう》

「ええ。山ほどの見合い写真を背に隠して、にこやかに迎えてくれるでしょうよ」

《はっはっは!》

 

 ベイルセンが大いに笑い、ブリッジの端の方でも噛み殺した声が聞こえた。

 二人の艦長の会話は、別に秘匿通信の類ではなく、タイムスケジュールの合間を潰して行われる情報交換という名の雑談だ。当然、互いのブリッジ要員の耳にも入る。

 

「補給と再編成はあと五時間もあれば充分でしょうか」

《四時間でいけるでしょう。工作艦がある分MSの換装作業は捗ります。しかしまあ余裕を見て、出航予定は五時間後のままにしておきましょう》

「わかりました。それではベイルセン艦長。また」

《ええ、イッシキ艦長。それでは》

 

 

 

 九月初旬。

第二十二独立戦隊こと、ヒダカ独立戦隊はL5寄りの宙域において無事艦隊の再結集を成功させた。これにより戦隊に所属する艦は全部で七隻となり、戦隊の戦歴の仲でも最大の規模と成った。

また、戦隊に先代の旗艦であるウルラと現旗艦のウルラⅡが揃ったわけであるがウルラⅡからウルラへの旗艦の委譲はなく、ウルラⅡのまま指揮権も据え置きのままだ。

 合流後、まず行われたのは地上から宇宙へと帰還した二隻のザンジバルへの補給であり、同時にMS部隊の割り振り、再配置であった。

 元々宇宙にいた頃は、整備の効率や被弾時の戦力低下の危険性、緊急発進時の時間短縮などの為に、MS隊をおよそ小隊単位で分散して各艦に割り振っていた。

 現在は前以上に余裕がある為全艦に割り振るのではなく、艦隊の方針としてはウルラⅡに三機、ウルラに三機、ムサイ級のいずれか二隻に三機ずつ。工作艦のルートラと残りの二隻にはMSを乗せず、代わりに推進剤や弾薬の補給を速やかに出来るようにした。

 

「専用機? 中佐の?」

「そう書いてはあるんですけど……」

 

 その工作艦ルートラの格納庫で、二人の人間が視線を上げ下げしながら頭を捻っていた。

見上げる物は、一機のMS。補給として送り込まれたコンテナの中から、引っ張り出したばかりの新品だ。

目線を降ろしたときに見えるのは、その仕様書である。そこに記載された内容を見るにはのは、本来の予定には無いこの七機目のドムらしき機体が戦隊に配備される新型機であり、度々乗機を失うフユヒコの為に用意された機体であるという。

遙々運ばれてきた新型機。他の六機のドムは戦隊の装備の更新の為の物では無く、ギニアス・サハリン技術少将の所に送るための物であり、武装も最低限の物のみで良いということで、在庫処分のように随分と古い型のザクマシンガンが付属している。

何せ丸い弾倉を銃身の上部ではなく右側に装着するような型の物。これは正式の物としては最古の部類に位置するものであるから、本当にあり合わせである。

 

 しかし、フユヒコを乗せるように指示されているこの七機目のドムは明らかに他の量産期とは異なり、いろいろとおかしな点が目立つ。

 まず見てくれからして大きく異なる。本来のドムは対実体弾を想定した重装甲であり、重量との兼ね合いで全体を構成する線はザクなどと比べて全体的に直線が多く角張って見える。宇宙仕様のリックドムも、見た目は殆ど変わらず、この特徴はそのままである。

しかしこの機体は平らであるはずの胸部装甲が増加装甲にしても限度を超えて大きく前にせり出しているし、他にも脚部や胴体にも手が加えられてそのシルエットを変えている。

 機体名は一応「リックドムⅡ(ツヴァイ)」と成っているが、それは統合整備計画による燃費の効率化と機体のスリム化を目的とした改修が行われた機体のはずで、こんなMSが鎧を着込んだような物々しい機体ではないはずだ。

茶と白の幾何学迷彩。見慣れたはずの機体色にも変化は生じており、左肩の梟のマークの下。ショルダーアーマーをぐるりと縦に一周する形で鮮烈なピンクのラインが走っていた。これもこれまでの仕様にはないものだ。

改級を示す為の塗装でもない。そういった塗装は無いでは無いが、大抵白抜きか黒抜きで、ピンクというのはまずありえない。

 

 武装もまた見覚えの無い物である。

半ば欠陥兵器として改良の必要性が叫ばれる胸部のメガ粒子砲があるはずの所は装甲に塞がれ、おそらくは取り払われている。実体弾を発射する新型のバズーカもない。

代わりに用意されたのは大型のビームキャノンと、その出力を捻出するためのモジュール化されたジェネレーターを積んだバックパック。

 

 かなり大型であるとは言え、ビームキャノンが配備されたことそのものにはそこまで大きな驚愕は無い。

そもそもビーム自体は艦船の火砲として用いられ、技術としては既に確立されており、MSでビーム兵器を使用するのに立ち塞がっていた問題は小型化についての問題。解決は時間の問題でありいつかは実用にこぎ着けられると検討がついていた。

現に冷却に大きなアドバンテージを取れる水陸両用機では早い段階から内蔵式の物が実現し、地上においてもザクⅠの狙撃型としてビームライフルを装備した機体がいるとかいないとか。

そういう点で見るば、このビーム砲が機関部から先の砲身だけで機体全長に等しい長さを誇るほど大型であったり、ジェネレーター側の冷却器が剝き出しであったりするのは未だ小型化が不完全であることの証左であるとも言えるのだ。

 大きければ大きい分威力は出るが、出力を喰うし取り回しも悪い。どんなものにも一長一短があるとはいえ、余りにも偏ればそれは大きなデメリットとして実用たり得ない。

 ただ一点、驚くことがあるとすれば。製造元がソロモンであるにもかかわらず、そのソロモンを塒にするエイミーの耳に入らなかったということだ。

 

「……なんじゃこりゃ」

「何かのテスト機でしょうか」

「データ取り用の機材と人材も送らずに?」

「いや、それも私らにやれってことじゃあないんですか」

「それもそう、なのでしょうか。いやそんなことは……」

 

見れば見るほどに興味深く、不審な機体だ。当たり前のように閲覧できる情報に制限がかけられており、仕様書からは整備に必要な最低限しか読み取れない。ソフト面の項を見れば、システム系が専門のエイミーでさえ何の為にあるのか推測すら出来ないブラックボックスじみた黒抜きがあるほどだ。

 

「……曹長、どうします?」

 

 ルートラの設備で徹底的にばらしてやろうか。悪魔のささやきに理性を削り取られていたエイミーに、整備員が尋ねた。

 はたと我に返り、機体を見る。エイミー達の仕事は、とにもかくにもこの得たいの知れないMSを乗れるようにすることだ。

 

「出来る範囲で点検をすませて、まず火を入れましょう。それから本格的な点検と整備にかかります。とりあえず、空いているところに固定しましょう。空いている四番のハンガーへ」

「了解!」

 

 言うが速いか、整備員は床を蹴って仲間の下へ向かう。それからすぐに黄色いランプが灯り、天井のクレーンや折りたたまれていたキャットウォークが動き出す。戦隊長機を扱うスタッフだけあって、やるとなればその動きに無駄は無い。

 エイミーも、同じように床を蹴る。ただし向かう先は彼らの下ではなく、機体の腹部。装甲のくぼみに取り付き、外部からハッチを開くためのパネルを探す。

 捜し物はすぐに見つかり、装甲そのままの外蓋を開けキーロックを打ち込む。

 すると、すぐに胸部と腹部の装甲が動き、コクピットハッチが見えてくる。

 

「あら。これは珍しい仕様。しかも二重ロック? 思いの外無理しているのか……」

 

 この、リックドムⅡ(?)のコクピットハッチは前へせり出した腹部装甲の下。その側面についていた。MAであれば話はまた変わってくるのだが、MSであれば胸部や腹部の違いはあれど大抵前面にコクピットハッチがついている。連邦におけるガンダムやジムなどでも同様で、陸戦型の一部などが胸部上面に位置するくらいだ。なお、史実においては例外的に可変機のアッシマーが頭部側面に搭乗用のハッチを有しているが、これも例外として扱うべきだろう。

 とにもかくにも、ハッチは見つかった。同じようにパネルを見つけ、外蓋を開けてパスを打ち込む。

 

「さて。中身を拝見」

 

 電源の入っていないコクピット内部は薄暗いであろうと取り出していたペンライト。

 しかし意外な事に、補助電源がついており、計器の幾つかは動いていた。

 当然の如く、無人。エイミーはそう思った。そう広くはないハッチに上半身を突っ込んで顔を覗かせても、誰もいない。やはり座席は空だ。

 

ん……

 

「んっ!?」

 

 ぎくり、と内部に潜り込もうとしたエイミーの動きが凍り付いた。誰もいないはずの機体で、聞き間違いでなければ聞こえてはいけないはずの人の声がしたのだ。

 コクピットは空。機体は新品のはずで、回収機にありがちな怪談話の類も無い。

 身体を引っ込めて、整備に精魂は込めれども使うことは無かろうと高をくくっていたピストルを怖々とした手つきで抜く。

 安全装置を、目視しつつ解除。エイミーが銃を抜いたことに気づいてすわ何ごとかと近づこうとする整備員達をハンドサインで止め、下がらせる。

 

《曹長、何ごとです》

「人の声がしました」

《へっ!? 聞き間違いじゃあ》

「ない。今からしっかりと確認します。念のため、保安部から人を呼んでおいて下さい」

 

仕様書の挟まったバインダーで気持ち急所を隠しつつ、まず外から見える範囲でコクピット内を探る。

 そして、いよいよもう一度身体を中に入れ、今一度注意深く観察し、気づいた。

 コクピットの奥、座席の裏の壁が思いの外遠い。つまり、座席の裏に幾らかスペースがあるのだ。

 ペンライトの光を頼りに、足の踏み場に気を付けつつ中へと踏み込んだ。周りでは整備員達も遠巻きにそれをじっと見つめている。

 

 そして、エイミーは見つけた。

 座席の裏のスペースに据えられた、“もう一つの席”に座る少女を。

 小型でありながら強力なペンライトの光を寝ていたところに当てられ、目をしばたたかせる“もう一人”のこの機体の主を。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――それで?」

「は、指令書は正規のモノです。ただ本人であるかは我々下っ端では判断がつきませんので、中佐をお呼びしました」

「……ドズル閣下の考えじゃあないな。誰だこんな馬鹿な事を考えついた奴は! ラコック大佐……でもないな。ああくそくっそ誰だ畜生」

「……小官は何も聞いておりません」

 

 ウルラⅡからルートラに移動するランチ(小型のシャトル)の中に、見るからにご機嫌斜めな冬彦の姿があった。怒りに染まった様相は艦内の治安を守り、時に陸戦隊として前線に立つ保安隊をして尻込みするようなモノであった。

 

 ルートラの側に停泊していたウルラⅡの食堂に小銃片手の保安隊が駆け込んできたその時、フユヒコは運び込まれたばかりの冷凍カツレツの試食という名の昼食の最中であり、丁度カツを咀嚼している所だった。

 尋常ではない様子に慌てて肉と衣の油とソースと旨みを口の中で米と混ぜ合わせる口内調味を中断し、茶で流し込んでいる間に、駆け込んできた保安隊員は冬彦の側まで駆け寄り、その耳元に顔を寄せ囁いた話の内容に試食はそこで中断となった。

 

「上部ハッチからですので、少し歩きますが……」

「いい」

 

 ザンジバル級にはMSの発着の行えるハッチが三箇所有り、左右両舷と艦上部である。その内、両舷側の物は既に封鎖されており、冬彦の乗ったランチは残る上部のハッチからウルラに着艦した。エアロックの完了を待ってランチから降り、エレベーターで格納庫へと降りていく。

 

 少女は、機体のすぐ側に居た。

 冬彦の記憶にある物のいずれとも違う型の、少女の細い身体に合わせたのであろう緋色のパイロットスーツが、茶けた緑のつなぎの整備員達の中で一際目立っている。

 手には、着けていたのであろうヘルメット。側にはエイミー曹長も居る。

 

 エレベーターが格納庫の床に付く前に、冬彦は手すりから身を乗り出し、そのままMS目指して床を蹴った。長く跳んで、一息に少女の側へと降り立つ。

 

 周りにいた者達は、誰もが冬彦の不機嫌そうな顔に一歩後ずさる。

 けれど少女だけは、冬彦の姿を認めて、微笑んだ。

 勝ち気に。冬彦に挑戦するように。

 

「どういう御つもりですか」

「どうもこうも。私がこの機体のパイロットです。これからよろしくお願いします。中佐」

「誰がお許しになられたことか」

「父と、義兄様になる方々が」

「方々……はっは、ああそうか! そういうことかっ!」

「はい。きっとそういうことです」

 

 怪気炎を上げる冬彦と、涼やかに返す少女。一括りにした少女の菫色の髪が揺れる。

見守る者達の中の幾人が、不条理に怒る冬彦ではなく、不条理に飛び込んだ少女の方こそが真の“怪物”と気づくだろう。

 

「……ウチにいると、碌な目にはあいませんよ。“お嬢さん”」

「望む所です」

 

 

 

 この日。ヒダカ独立戦隊の隊員名簿に、一人の少女が名を連ねた。

 

 

 

 少女の名は、“ハマーン・カーン”。

 

 

 

 





アンケートは可能な限り反映する主義なんだ。すまんね。

あとリックドムⅡ(仮)のスペックはそのうち後書きで書きます。
余裕があればセミスクラッチしてみようかな。

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