日本各地に存在する鎮守府の内、内陸の鎮守府は和船が往来し水運で栄えた川湊や宿場町に設けられていることが多い。また西日本の三朝や有馬、城崎、東日本の箱根や日光、草津といった温泉郷やかつての観光地には戦闘ストレス障害を発症しかけた艦娘達の療養先も兼ねている鎮守府も設けられ、引退後の職業訓練を目的として米どころや林業が盛んな地域に設置された鎮守府もある。
関東平野の内陸(海なし)県の一つ――埼玉県にも鎮守府が設けられ浦和・本庄・川越・小川・飯能に設置されている。
正規に所属している艦娘と提督併せて20人に満たない、川越の市街地から外れた田園地帯にある小さな鎮守府――通称:小江戸鎮守府(正式書類名称:横須賀管区川越丁種根拠地)
この小江戸と呼ばれる場所に鎮守府が設置されたのには幾つかの理由がある。
第一に、男が生まれつき奇妙な存在が見える風変わりな存在であった事。
第二に、その男が深海棲艦戦役が始まり提督候補生と呼ばれる存在になった事。
第三に、内陸へのPT小鬼の襲撃で内陸にも鎮守府を設ける必要が生じた事。
第四に、男が生まれ育った地が鎮守府設置候補地であった事。
第五に、元々江戸時代初期から地主として続いた豪農の家に生まれた男が宅地や農地を含め12町という(根拠地設置基準で)そこそこの広さの土地を候補地に有していた事。
これらが合わさり男が所有している私有地をすべて国が借り受け小江戸鎮守府が設置されたのである。
鎮守府と称されているが実態は男の土地を土塁で囲ったものに過ぎず敷地には鎮守府庁舎・宿舎、工廠といった主だった建物を除くと代々の受け継いできた8町(約8ha)近くに及ぶ田畑が広がり長閑な田園風景を醸し出している。
鎮守府の田植えも終わった6月の下旬。
「提督、鎮守府でMidsommardagenは何時するの?」
春先の出撃海域で出会った瑞典出身の艦娘ゴトランドが縁側で茶を啜っている提督に尋ねていた。
「Midsommardagen?」
「そう。Midsommardagen」
提督の不審げな表情を見たゴトランドが手をポンと軽く叩く。
「そっか、Midsommardagenじゃ分からないわね。日本語では……夏至祭っていうのがいいのかな?」
その言葉に
「夏至祭か。……日本だと夏至祭は伊勢の二見興玉神社が有名だが他に行っている場所は寡聞にして聞いた事がないな」
ゴトランドを背中越しに見上げる提督。
「ないの? 残念」
「夏至から半夏に食べるものはあるが、ゴトが知りたいこととは違うかな」
「半夏?」
初めて聞く言葉に首をかしげるゴトランド。
「半夏生とも言うな。半夏生も半夏も7月2日のことで時期としては半夏という植物の生える頃だな。夏至から数えて11日目の日をさすんだ。今年は7月2日だな。昔から半夏を過ぎて田植えが終わらないと半作と言って収穫が半分になるって言われているんだ。だから昔は植え付けを全て半夏までに終わらせることを目標にがんばったんだ」
「昔って……今も、よね。2,3日前まで皆大忙しだったじゃない」
「まったくだ。今年もみんなのおかげで無事麦の刈入れも田植えも終わったからな。一休みしたいところだ」
「そうね。ところで半夏生に食べるものはあるって言ってたけど何を食べるの?」
「地域によっていろいろあるけどな。大阪だとタコや、あかねこ餅。奈良や和歌山は半夏生餅。京都は水無月やソラマメご飯。福井は鯖。これは昔福井のお殿様が、田植えを終えた農民たちに配ったことがはじまりと言われているな。他にも愛知はイチジク田楽というものを食べるらしいが愛知のどの地域の風習なのかはわからん」
「狭い国なのにいろいろあるのね」
「ほかにも香川の半夏うどんやはげだんご」
「え? 禿ってひどい名前ね」
「そう思って名前の由来を前に調べたことがあるんだ。餡子をまぶしても表面がつるつるで餡子がつかないで斑になるから「はげだんご」と呼ばれるようになったんだと」
「本当?」
「半夏だんごがはげだんごに省略されたという説もあるけどな」
「なんでも省略する日本人らしいわね。でもゴトはそっちの説を推したいな」
苦笑するゴトランド。
「ところでここは何を食べるの?」
期待の眼差しで提督を見つめる。
「ここというか関東は小麦餅を食べるかな」
「餅? お正月じゃないのにお餅食べられるの? 食べてみたかったのよね。楽しみだなぁ」
燥ぐゴトランドを見上げ
「ところで、ゴト。ゴトの言う夏至祭について教えてくれないか?」
「いいわよ。ゴトが教えてあげるね。ゴトが生まれたスウェーデンの夏至祭は6月19日から26日の夏至にもっとも近い土曜日に行われるの。その前日も合わせて祝日になるからこの時期に合わせて夏の長期休暇をとって、家族みんなで森や湖のコテージへでかけてゆっくりと過ごす人が多いのよ。他にもいろいろあるけど夏至が近くなったらお話しするね」
そんな話をしてから数日後――。
「明後日は夏至ね」
風呂上がりのゴトランドが提督の姿を見つけ駆け寄り腕を絡める。
「おっと。どうした?」
「だから夏至。夏至の前日には準備することがあるからお休み頂戴」
「突然だな。少し待て」
そういうとゴトランドの身体を離し手元のタブレットを操作する提督。
「ふむ。……ゴト、君はもともと非番だ。予定は確認したか?」
「あ。そうでした。水無月ちゃんと交換したの忘れてた」
顔を片手で覆うゴトランド。
「前に言っていた夏至祭に関係する事か?」
「うん。そう」
言葉を濁すゴトランド。
「マイストングを作りたいんだけど、ここじゃ白樺なんてないよね」
「あるぞ」
その言葉に驚くゴトランド
「あるの!?」
「裏の林に植えていたはずだ。とはいってもスカンジナビアとは微妙に種類が違うがな」
「切り出してもいい?」
「数本程度なら構わないが……人手がいるか?」
「できれば欲しいかな」
「ふむ……俺と何人か声をかけるか」
「うん」
満面の笑みを浮かべるゴトランド。
翌朝――朝靄が立ち込めている林に提督と数名の艦娘の姿があった。
「さて、白樺はここらにあるが……ゴト、マイストングというのを寡聞にしてみたことがない。どういうものなんだ?」
提督からの問いかけに
「マイストングは日本語では夏至柱っていうのかな。メイポール、これは5月柱って呼ぶのかしら? とにかくメイポールともよばれる豊穣のシンボルなの。大きいと高さは20mを超えるけど。ここだとちょっと難しいかも」
「そうだなぁ。まだ15,6mといったところだからなぁ。ゴトが気に入るような高さにはならないかもな」
苦笑いする提督に
「あ、でも大きさは拘りはないの。数メートル位でもいいの。農作物の収穫を祝い、子孫の繁栄を願う思いが込められているのが大切だから」
周囲で話を聞いて居た艦娘が頷いていた。
「農作物の収穫を祝うんですか。提督、夏至祭ってうちの鎮守府に合いそうなお祭りですね」
「そうだな……」
青葉の声に考え込んでいた提督が
「よし、出撃がなければ明日も休みするか。ゴトに聞いて夏至祭もどきやるぞ」
「やったぁ」
周囲から歓声が上がる
「提督さん、これなんかどう? 結構高さがあるっぽい」
夕立が幹を軽く叩きながら訪ねる。
「どうだ?」
「えっと……真ん中から少し曲がっているから…あそこから切ると……少し短いかな。でも5mはあるから……これで良いか」
「じゃぁダメっぽい。せっかくだから見栄えのいいものにしないと」
その夕立の声を受け、頷く一同。早速周囲に散らばると各々あれが良い、こっちはどうだと口にしながら見栄えのある幹を探す。賑やかな時間が過ぎ――。
「あったぁ」
一際大きな声が響く。
「どれどれ」
周囲に集まり見上げる。
「わぁ。高いし真っすぐで太いわね。ゴト、これ良いんじゃない?」
樹を見上げながらゴトランドが頷く。
「うん。これ、最高」
「決定ね。明石さん?」
「はい。チェーンソーとヘルメット。イヤーマフとバイザーも着けてね」
「ま、これ一本だし、私にやらせて」
夕張が手早く身支度を整える。
「それじゃ行くわよ。提督は下がっててくださいね」
エンジンをかけると手際よく受け口を切る夕張。
「これくらいの太さなら……」
チェーンソーのエンジンをかけると
「うぉりゃ」
真横と斜め上の2方向から切り進み受け口を作る。
「一応オノ目を入れるか」
そうつぶやくと
受け口側方向に長めに切り込みを入れると反対側から水平に切り込みを入れ追い口を作る。
「はい。倒れるわよ~」
その言葉通り楔を入れるまでもなく奇麗な形で倒れる白樺。
「こんなもんでどう?」
周囲から拍手が起きる。
夕張に対して拍手を送っていた提督が尋ねる。
「白樺も切り出せたところで、ゴト。後はどうすればいい?」
ゴトランドが瑞典では花を摘んで編み、頭に乗せる冠と、夏至柱に吊り下げる花輪を作ることを話すと、午後から作業をしようとなり、遠征もそれに合わせて終わらせるように時間が調整される。
「続きは午後だな」
提督の声で一旦解散となる。
「さて。ゴト、本場の夏至祭はどう進むんだ?」
執務の合間に、お茶を飲みに来ていたゴトランドに夏至祭について尋ねる提督。
「マイストングは予め飾りつけるんだけど、広場に予め置いておくか当日持っていくかは地域によって違うの。リースは先に作っておいて当日にマイストングに飾り付けて飾り付けたらマイストングを立ち上げて周囲でフォークダンスを踊るの。その後は宴会。とは言ってもニシンと、ディルとサワークリームを添えた新ジャガがメインのシンプルなものよ」
「ふむ……リースと花冠は午後作るとして宴会用に何品か作るか。何か希望はあるか?」
その問いかけに
「あ、前に話していた小麦餅食べたい。ダメ?」
首をかしげるゴトランドに
「小麦餅か……まぁ半夏生の練習がてら作っても良いか。それと折角の本番前に練習出来る機会だ、茗荷だ…っと、半夏団子も作ってみるか」
「やったぁ。楽しみ♪」
「料理は自分たちで作るんだぞ。うちの鎮守府の行事は全員参加が原則だ」
その言葉に、当然でしょ? といった表情を見せるゴトランド。
その表情に満足そうに頷く提督。
「そうと決まればさっさと仕事を片付けるか」
牛舎の前に広がる放牧地。正規に所属している艦娘のほかにも噂を聞き付けた、就農を希望し小江戸鎮守府で研修中の艦娘達も参加し華やいだ雰囲気を醸し出していた。
夏至祭の前日に野に咲く花やハーブを摘んで冠を作ると1年間の健康が約束されるという話を聞き、各々が目についた花で花冠を作る。
「できた」
白を基調とした花冠を浅く被った、いつもはツーサイドアップにしている髪を下ろした艦娘――川内。
「どう? 似合ってる?」
髪をかき上げポーズを決める姿に
「おぉぅ、似合ってるぅ。そこでセクシーポーズ決めたらもっと痛っ」
薄緑色をしたセミロングの髪の艦娘――鈴谷がきわどい恰好を嗾けるも
「馬鹿やっとらんで花冠を作ったら早くリースを作らんか」
居合わせた提督が拳骨を落とし窘める。
「あいたぁっ」
頭を押さえ大げさに仰け反ると舌をちょろっと出しリースを作成中の明石達の下へ向かう鈴谷。
「明石さ~ん。手伝うよ。どうすればいい?」
明石達が蔦を丸めリース台を作り切り出した白樺の枝を整理しているところに声をかける。
「そうですね……先ずはこの白樺の枝を10cm程度に切り分けてください」
その言葉に従いながら朝方に切り出した白樺から枝を切り落としさらに細かく葉を切り分ける鈴谷達。
「えっと、これでリースを作るんだっけ?」
「これって白樺じゃないよね。何の葉?」
切り分けた葉を繁々と見やる艦娘。
「月桂樹かな? あ、こっちはローズマリーだ」
「リースに月桂樹とかローズマリーっていいの?」
「特に言われてないから良いんじゃない?」
そういいながらリース台に白樺の葉や月桂樹、ローズマリーの葉を重ねる。
「あ、リースの形はリングとハートにしてくださいね」
「え? 何で?」
リースを作っていたゴトランドが明石の代わりに説明する。
「リングが団結、ハートが愛と信頼を表しているの。だからメイポールにはリングとハートの二種類を飾るんです。バランスよく飾らないとダメなんですけど」
その説明を聞き
「へぇ。良いじゃん、良いじゃん。鈴谷そういうの大好き」
と声を上げた鈴谷に続き周囲からも華やいだ声が上がる。
各々の手に取ったリース台に重ねた葉を蔦で巻きつけて固定する。位置を少しづつずらしながら葉を重ねては蔦で固定する作業を繰り返しながらリース台を覆うように形を整える。
「完成っと!」
ハート形に仕上がったリースを掲げる鈴谷。その声を皮切りに
「こっちも完成」
「こっちもリング完成」
といった声が上がる。
明石がリースを見るとリングは中央の輪の幅と枝を巻きつけたリース全体の幅が1:3とバランスの良いリースに仕上がっているのがわかる。
「随分綺麗に出来ましたね。中央の輪のバランスが難しいんですよ。ここが狭すぎても広すぎても不安定な感じになるので綺麗に見えない事が多いんですけどこれは綺麗ですね」
「明石さん、鈴谷のハートは?」
微かに剥れたような表情で明石の腕を引く鈴谷。そんな鈴谷の頭を軽く撫で
「こっちのハート型も綺麗に仕上がってますね。ハートもしっかりとシンメトリーになっていますしバランス良くできてますね」
明石の評価を聞きにんまりと笑みを浮かべる鈴谷。
明石がパンパンと軽く手をたたく。
「はい。皆さん注目」
周囲の艦娘が明石を見遣る。
「ゴトランドさん、次はどうするの?」
「次はメイポールを木の葉や花で飾りましょう。飾り付けが終わったら牧草地で8種類の花を摘んで花束を作るんです」
「えぇ? まだ花束作るの?」
周囲から声が上がる。
「ええ。夏至祭の前日にデイジーとかレンゲとか8種類の草花を摘んで夏至祭の夜に枕の下に置いて寝ると、夢の中に結婚する男性が現れるという言い伝えがあるんです」
「え? 本当?」
ゴトランドの話に食いつく艦娘。
「そういう事は早く言ってよ。メイポールの飾りつけ早く終わらせて花摘みに行こ?」
その頃提督は宴会用の料理にゴトランドからリクエストのあった小麦餅と半夏団子の準備を始めていた。
「済まんな、二人ともこっちに駆り出して。皆と一緒に花冠作りに参加させてやりたかったんだが、どうにも手が足りなくてな」
傍らの鳳翔と大鯨に声をかける提督
「良いんですよ。好きでしているのですから」
そう笑みを浮かべ提督を見遣る鳳翔。
「私も好きなので」
そう言いながらも提督を見つめる大鯨。
「ありがとな。それじゃ始めるか」
二人の視線に込められたモノに気づかず準備を始める提督。
互いに視線を交わし微かに溜息をつくと割烹着を身に着け提督の下へ。
「……うちの所属以外の娘達にも配るから結構な量になるな」
たすき掛けをした提督が小麦を皮ごと押しつぶした、つぶし小麦を手早く3回ほど洗い笊で水切りをする。
「提督。以前のお話だと2時間位水に浸ける必要があるのでは?」
鳳翔が提督を手伝いながら以前聞いた話と異なる点を指摘すると
「ああ、それか。水に浸ける人と浸けない人がいるが好みかな。今回は時間もないから省略」
と身も蓋も無い事を宣う提督。
土間の片隅の桶から昨夜から浸けておいた洗ったもち米を笊に上げて水気を切る。蒸籠に水を切った餅米を下に敷き、その上に小麦を乗せて蒸し始めると
「どれ位蒸すんですかぁ」
大鯨が蒸籠を見つめながら提督に尋ねてくる。
「さて……いつもなら30分位だが、今日はもう少し蒸すか」
蒸している間にもう一点、半夏団子に取り掛かる一同。
「この半夏団子ってどうして作られるようになったんでしょうね」
製粉した小麦粉に砂糖と塩を加え、篩う大鯨。
「爺様から聞いた事だが、爺様が子供だった頃は「半夏までには田植えを終えないと半夏半作になる」と、ご近所さんや同族の協力をもって農作業を半夏までに済ませたらしい」
大鯨の作業に鳳翔と提督も加わる。
「それで農繁期のあとの慰労の意味も込めて、半夏の日はどんなに仕事が閊えていても1日休んでこの団子を作って食べたそうだ。因みにここらではこの団子を茗荷団子って言うんだ。学生時代に半夏団子って呼ぶ地域もあることを知ってな。教えてくれた奴の影響で俺も半夏団子って呼んでいるんだ」
「そうなんですね。……それにしても多いですね、これ」
「そうだな。……120個は作るから小麦が3kg必要だからなぁ」
「茗荷の葉足りるかしら」
鳳翔が頬に手を当て考え込む。
「120個で240枚か……ギリギリだな」
「終わりましたぁ。次は?」
大鯨が篩い終える。
「……これからがなぁ」
いささかうんざりした様子の提督。それを見た二人が互いに顔を見合わせ首を傾げる。
篩った粉に熱湯を入れ、木しゃもじで全体を混ぜ合わせ始める提督。
「これが結構面倒なんだ」
ふと柱時計を見る鳳翔。ハッとした表情を浮かべ
「あ、大変。提督、そろそろ蒸してから40分になります」
「お、もうそんなに経ったのか。とは言っても……」
混ぜ合わせている生地を見る提督。
「ここは私が」
大鯨がしゃもじを受け取る。
「頼むぞ。混ぜ合わせたら100回位捏ねていてくれ」
そう言い残し鳳翔を連れて蒸籠に向かう提督。
「え? 百回……百回かぁ。うん、頑張ろぅ」
小さく気合を入れる大鯨。
「提督、大鯨ちゃん大丈夫でしょうか?」
「ああ。早く搗いて手伝いに行かないとな」
臼と杵を準備し蒸しあがった餅米を手早く、だが白餅を搗くよりも長めに搗く二人。
暫く搗いた後――
「どうだろ?」
「これで宜しいかと」
鳳翔が搗き具合を確かめる。
「なら最後の仕上げだ」
霧吹きで数回水を吹きかけ最後の水分調整を行う。
「提督、それは?」
「小麦餅は、搗いてこのまま焼かないで食べるからな。熱が取れてしまうと締まって固くなってしまう」
「ああ、固くならないようにですか」
提督が搗きあがった餅を特注のこね鉢に移す。
「後はこの濡れ布巾を被せて日陰においてお仕舞だ。うちでは小麦餅はまとめて搗いてこね鉢で保存して少しずつ取り出してきな粉をまぶして食べていたようだからな。ふきんをかけておくと、4~5日は日持ちがしたらしい。鳳翔、味見してみてくれ」
その言葉に鳳翔が少し餅を千切り口に運ぶ。
「どうだ、食感は?」
「そうですね……餅米だけを搗いたものよりねばりは少ないですね。でもこの餅は胸やけし難そうなのでこの時期には良いのではないでしょうか」
にっこりとほほ笑む鳳翔。
「やっと終わったぁ」
提督たちが大鯨の下に向かうとへたり込んだ大鯨の姿があった
「お。お疲れさん」
「お疲れさまでした、大鯨ちゃん」
大鯨が捏ね終えた生地にラップをかける。
「大鯨、よく頑張ったな。偉いぞ」
そう大鯨の頭に手をやる提督。
「もう。駆逐艦の娘じゃないんですから。子ども扱い止めてくださいよぅ。……恥ずかしいじゃないですか」
頬を赤く染める大鯨。その表情を見てもう一度頭を一撫ですると
「餡子はまだか……」
提督が周囲を見回す。
生地を寝かせて10分程経過し大鯨も漸く疲れから回復した頃――。
「提督。お待たせしました」
間宮がブドウの粒大に丸めた大量の餡子を持ってくる。
「お、来たか。ご苦労だったな」
「いいえ。艤装で作りますから。それに餡と言えば間宮です。今後も甘味の事はお任せください」
そう言うと餡子を入れて団子を丸め始める間宮。
「そうか。これからも鎮守府の甘味は任せるからな。頼むぞ」
提督が間宮の目を見つめ、すべてを託すかのような口調の言葉をかける。
その言葉を受けた間宮の手が早まる。
蒸籠に火をかけ、お湯を沸かす準備をしていた二人が間宮を見ると微かに上気している様子が見て取れた。
「あれですよね、皆そうですけど、あんな全幅の信頼を置いているような口調で頼まれたら、どんな無茶なお願いでも叶えたくなっちゃいます……。それこそ八大地獄迄も付き従いますよ。提督、無自覚でしょうか?」
大鯨の言葉を受け鳳翔が苦笑しながら首を横に振る。
「判ってはいるのでしょうね。ただ当人は部下を信頼するのは当たり前と言って本当に最低限の事しか口出ししませんから」
「誑し……」
そんな会話をしながらも、間宮が丸めた団子を2枚のミョウガの葉で包む。
「出来ました」
120個の団子を蒸籠に移し約15分間蒸す。
「大鯨、間宮。試食してくれ」
その言葉を受け二人が茗荷の葉を剥き香りを嗅ぐ。
「ミョウガの葉の香りが夏らしくて良いですね」
「お味は……やっぱり餡子がおいしいです。さすが間宮さんの餡子」
大鯨の言葉を受け、エヘン。と胸を張る間宮だったがプッと吹き出すと残りの3人もつられたように吹き出し、部屋が笑いに包まれた。
メイポールの飾りつけを終えたゴトランド達が草花を摘みに牧草地に向かう。
「えっと、花を摘む前に一つだけ注意があります」
牧草地を前にゴトランドから声がかかる。
「え? 何々?」
「花を摘んでいる間は一言も口を聞かないことが決まりです」
その言葉に
「え? お喋り禁止?」
艦娘から声が上がる。
「そうです。口を聞いてしまうとその人との縁が失せてしまうと昔から言われています」
「そっか。それじゃ黙って摘もうね」
そんな声とともに牧草地に入り黙々と花を摘んでいく艦娘。
そんな最中に餅を作り終えた間宮達が合流する。
「あら? 皆さん静かですね」
疑問を感じる間宮の言葉に提督がゴトランドから聞いた事を思い出す。
「ああ、花摘みの最中は一言も口を聞かないことが決まりだったな」
「そうなんですか?」
「ゴトが言っていたからな。詳しい由来は知らないがそういう決まりらしい」
「そうなんですか」
そんな慣習もあるのだなと、詳細は知らないまでもそういう決まりならとそれに従いながら黙々と花を摘む鳳翔達。
提督はその様子を牧草地を囲む柵の外側から眺めていた。
夕暮れを過ぎ残照も消えかけた頃、最後の一人が満足げに頷き立ち上がる。
皆で頷くと牧草地を出る。
牧草地を離れるとそれまでの時間を取り戻すかのように賑やかなお喋りをしながら各々の部屋に向かう一行であった。
「提督、明日の用意なんだけど……」
鎮守府に戻ったゴトランドが尋ねる。
「宴会の事か? 頼まれていたニシンの酢漬けやジャガイモにイチゴは準備できたがシュナプスがあまり用意できなかった。済まん」
「大丈夫ですよ、ここの鎮守府じゃ飲める人少なそうですから」
それに。と声を潜めるゴトランド。何かあるのかと提督が身を屈めゴトランドに顔を近づける。
瞬間、提督の頬が柔らかな唇の感触を感じ取った。
「ゴト?」
「素敵なMidsommardagenをありがとう。明日は素敵な一日になりそう」
そう言い残し軽く身を翻し立ち去る姿を提督は黙って見送っていった。
小江戸鎮守府を始め、埼玉の鎮守府に海軍航空隊の基地はありません。埼玉にある鎮守府の航空隊基地として入間・所沢・桶川(川島?)・吹上の空軍飛行場が役割を担っています。
広さの参考:
蘆花恒春園が80,304.43㎡で約8町、浮間公園が117,330㎡で約11町7反の広さです。
関西では住吉公園が8haで約8町、葛城山麓公園が12.1haで約12町2反です。
小江戸鎮守府の正規に所属している艦娘:()は春の出撃で出会った艦娘
鳳翔・瑞鳳
青葉・鈴谷
五十鈴・夕張・川内・(鹿島)・(ゴトランド)
漣・暁・夕立・村雨・水無月
大鯨
※ここの明石・大淀・間宮・伊良湖は管区鎮守府からの派遣艦娘扱い。
実態は小江戸鎮守府専属です。
小江戸鎮守府提督自宅兼本庁舎
※鎮守府設置時にリフォーム済
※リフォーム内容
①提督の自宅と土蔵の改修(間取り・外装・内装)
②自宅と土蔵の屋根を茅葺から銅板葺に葺き替え
提督が提督に就任する前から鳥猟を趣味にしていた為、鳥猟犬もいますが来客がない限り基本放し飼いで提督自宅兼本庁舎敷地内をウロウロしています。ただし、庭の鳥小屋付近には近づかないように躾けられています。犬小屋は一応東側の木陰に置いてあります(設定)
あ、艦娘の私服類、洗濯場所考えていなかった。
……西の対の洗濯機で提督と共用で良いか。