艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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終わった~。


夏至祭―後編―(ゴトランド他)

 初夏の日差しの中、早朝の課業を終え民族衣装に着替えるとハート形のリースを持ち鎮守府の本庁舎敷地近くで佇むゴトランド。

 白いブラウスの胸に赤い花模様のショールを巻き、裾の長いスカートの上に赤い縦しまの模様が入ったエプロン姿で赤い太めの複雑な模様が刺繍されている帯でアクセントをつけていた。頭にも花飾りをつけた白いスカーフをかぶっている。

 マイストングの立ち上げに参加する艦娘が礼装士官服を身に纏い三々五々集まってくる。

「あぁ! いつの間にそんな可愛い衣装準備してたの」

 礼装士官服の自分達と異なり民族衣装に身を包んだゴトランドを見つけた艦娘が声を上げる。

 よく見ると参加する妖精も、女性型はゴトランドと同様の、男性型妖精は白や黄色の細見のズボンを穿き白シャツの上に黒いチョッキと赤で縁取りをした黒いコートを纏い黒い帽子を被ったゴトランドの男性型艤装妖精と同じ民族衣装を身につけている。

「良いな、良いな」

 衣装を触ったり写真を撮ったりする艦娘。

「この服は自分で作ったんだ。Midsommardagenはしないって言うから私と私の妖精さんだけでするつもりだったの。鎮守府の祭にするって決まって妖精さんの分は私の妖精さんが徹夜で作ってくれたんだけどね。皆の分は間に合わなかったよ」

 そりゃそうだよね、決まったの昨日だし。と言った表情の艦娘たち。

「じゃあ、来年はこの衣装を皆で作ってお揃いの衣装でやろうよ、夏至祭」

 賛成。と言う声が彼方此方から上がる。

 

「と言われてますけど?」

 聞こえてくる声に行列を見ていた鳳翔が傍の提督を微笑ましく見上げる。

 苦笑いを浮かべた提督。

「まぁ良いんじゃないか? そうだな……夏至祭以外の面白そうな海外の祭もこの際取り入れてみるか」

 ふとした思い付きを口にする提督を

「夏至祭は構いませんが他の祭を催す予算がどこに? 来年以降も夏至祭を催すとなれば当然参加したい艦娘も多くなるでしょうし規模も大きくなると思われますが?」

 ジト目で見つめる鳳翔。

 その視線から目を逸らす提督。そして思いついたことを口に出す。

「良い機会だからゴトランドを通じて在日瑞典大使館にも繋がりを作るか」

 溜息を吐く鳳翔。

「それは提督の権限を越えるかと。勝手な振舞は大本営中央特種情報部*1の監視対象になりますよ」

「祭の後援でもと思ったがやはり駄目か。ま、仕方がない」

 そう言うと先程から手を振っている艦娘たちに手を振り返す提督。

 

「ねえ、ゴト。本場の瑞典はどういう風に立てるの? せっかくだから本格的にしたいじゃん」

 提督から手が振り返されたのを見つけ隣で列を作っているゴトランドを突く鈴谷。

 その鈴谷の言葉に

「えっと、マイストングを立てるのは12時ぴったりからなの」

 ゴトランドの言葉に

「え? まだ1時間あるじゃん。何で12時ぴったりなの?」

 鈴谷の疑問。

「南中するからですよね?」

 青葉が口を開きかけたゴトランドを遮るように問いかける。

「ええ。そうなの」

「ああ、1年で一番昼が長い日で1番太陽が高くなった時に立てるんだ」

 頷く鈴谷。

「えっと、時間は決まっているけど、日程は別に夏至と決まってないの」

「そうなの?」

「提督にも話したんだけどね。今年はたまたま夏至に当たったんだけど、瑞典では毎年6月19日から26日の間の夏至に最も近い土曜日に夏至祭をするの。前の金曜日と合わせて2日間が祝日になるんだけど、盛大に祝われるのは前日の金曜日の夕方から夜にかけてなんだ。本格的にするなら2日間休日にしてほしいなぁ」

 そう言ってチョロっとゴトランドが舌先を出す。

「それいいかも」

 今度提案してみようよ。という声も上がる。

「それで、どうやって上げていけばいいの? これ」

 マイストングを指さす鈴谷。

「マイストングを直接持ち上げちゃダメ。立ち上げ用の木の棒をずらしながら少しずつ押し上げていくの。本当は男性たちの掛け声と演奏に合わせてゆっくりと時間をかけて立てられるんだけどね」

 男性達と言うところで手を振る提督を見遣るゴトランド。

「でも」

 と一旦言葉を区切るゴトランドが

「折角なんだから妖精さんと私達で立てたいもんね」

 と笑みを浮かべる。

「それとマイストングを立てる時はできるだけ重そうに立てるのがコツなの。だから20分位かけてゆっくりと立てるからね」

 え~。という声や面白そう。という声が混じる。

 

「あ。そろそろ時間だよ」

 そんな声とともにリースを持ったゴトランドを先頭に、妖精軍楽隊や立ち上げに参加する艦娘達がマイストングを担ぎ隊列を作り行進を始める。

 急遽夏至祭を行う事を決めた昨日、午前中に管区鎮守府連絡事務所に赴くと担当者と3時間以上に渡る会談の末、行進からフォークダンスを踊るまでの間であれば鎮守府の一部を開放してもよいと許可を得た提督が夏至祭を行う事を自治体に連絡したのが夕方頃。

 急な連絡であったため広報部署で鉄火場のような騒ぎを引き起こしながらも朝のコミュニティ放送を通じて鎮守府での夏至祭の開催が開催当日に市民に告知された。

 普段は気軽に立ち入れない鎮守府の一部が数時間であっても解放されるとあって放送を聞いた近隣の住民が集まってきていた。

 

「ほら、あれが艦娘さん達だ」

 その父親の言葉を受け肩車をされた子供が手を父親の頭に乗せ身を乗り出す。

 勢い良く手を振る子供を見た暁が手を振り返す。

「手、振ってくれたよ」

 さらに勢いづいて手を振る子供。

「そうか。良かったな」

 そんな子供と暁を交互に見てにっこりと微笑む父親。

「あ、行っちゃった」

 隊列が過ぎたのを残念そうに見送る子供。

「さ、広場に行こうな。広場でも艦娘さん見られるからな」

 子供を肩車しながら広場に向かう父親。

「あ。お母さんだ」

「お~い。此処だ此処」

 

 その少し前。広場では――

「広報部の――」

「――校の――」

 自治体や近隣学校からの来訪者の挨拶に引き続き

「横須賀管区小川丁種根拠地の香取です。本日は御招き頂きありがとうございます」

「同じく小川丁種根拠地の夕張です。本日は御招き頂きありがとうございます」

「横須賀管区飯能丁種根拠地の伊吹です。ご招待頂きありがとうございます」

「同じく飯能丁種根拠地の香椎です。ご招待頂きありがとうございます」

「横須賀管区鳥島甲種根拠地より参謀教育課程研修の為大本営出向中の村雨です。鳥島甲種根拠地提督の名代として参りました。御招待頂き厚く御礼申し上げます」

「横須賀管区鎮守府南関東連絡事務所の青葉です。本日の行事お声がけ頂きありがとうございます」

「横須賀管区鎮守府南関東連絡事務所の山風…です。本日はありがとうございます」

 招待を受けた近隣の鎮守府より都合のつく艦娘が挨拶に訪れていた。

 連絡事務所から来た青葉が周囲を見回す。

「浦和乙種根拠地と本庄丙種根拠地からはどなたもお見えでないようですね」 

「流石に突然の事でしたので調整がつかなかったようです。祝電を頂いています」

 応対をしていた大鯨が祝電の束を見せる。青葉からは差出人は見えなかったが複数あった祝電の中に二つの鎮守府からの物が在ったらしい。

「まぁ浦和は前線の後詰も兼ねてますから仕方ありません。本庄も群馬の一部を管轄していますから」

 そう言いながらふと村雨に目を遣る青葉。

「失礼ですが鳥島のあなたはどのような縁が?」

「えっと」

「鳥島の提督とは昔からの友人でね」

 行列の出発を鳳翔とともに見送り戻ってきた提督が青葉が村雨に尋ねた言葉を引き取る。

 敬礼する青葉に色気のある答礼を返す提督。互いに礼を解くと青葉が提督の言葉の意味を尋ねる。

「ご友人と言いますと?」

「深海棲艦戦役が始まる前の学生時代からの腐れ縁だからね。こういう行事の時は互いに招待状を送っているのさ。普段は祝電だけなんだが彼女が丁度動けたらしくてね。今朝方名代として送ると連絡があったのさ。何度かここには来ている娘だから良かったよ」

「なるほど」

 メモを取る青葉。その傍らではその村雨と面識があったらしい山風がお互いの近況を報告しあっていた。

 

 軍楽隊の曲が次第に近づいてくる。

「この曲は……」

 耳を澄ませ暫くリズムを取っていた青葉が

「イェルデビローテンですか」

「お見事」

「瑞典にちなんだ曲だろうとは思いましたが、本格的ですね」

 そう言うと手にしていたカメラを構え直す。

 

 やがて広場にゴトランドを先頭に妖精軍楽隊とマイストングを担いだ艦娘の隊列が入る。

 広場を一回りするとマイストングを担いだ艦娘が広場の中央に立つ。

 マイストングの根元を明石特製のラチェット式歯車を組み合わせた固定台の基部に固定し終えるとその下に立ち上げ用の二本に交差した棒が数本差し込まれる。

「掛け声誰がする?」

 ゴトランドが尋ねるが

「ゴトランドでしょ。どう考えても」

「そうよね。司会と進行係もお願いね」

 周囲の艦娘から声が上がる。

「じゃ、私がホォゥと声を掛けたらヘイって言って少しだけ立ち上げてね。2回目から会場の人にも声をかけてもらうから。30回で立ち上げてね。立ち上がったらマイストングを囲むように円を作って」

「少しって微妙ね。角度を言って欲しいかな。それに合わせて立ち上げて見せるわよ」

 そんな言葉に

「じゃぁ1回につき3°で」

「わかった」

 頷く艦娘と妖精。

「じゃ、やるね」

 ゴトランドが声をかける。

「ホォゥ」

 支え棒を持った艦娘と妖精が

「ヘイ」

 と声をかけマイストングを3°程持ち上げる。

 ゴトランドが

「会場の皆様も持ち上げる時にヘイと声をかけてください」

 と呼びかける。

「ホォゥ」

「ヘィ」

 ゴトランドの掛け声に応じるように艦娘と妖精の声が上がり、会場からも半分ほど声が上がる。

「ホォゥ」

「ヘイ」

 会場と艦娘達の掛け声が合わさる。

「ホォゥ」

「ヘイ」

 10回ほど繰り返し、立ち上げ棒を順次入れ替える為一時立ち上げが止まる。

 

「なかなか本格的ですね。軍楽隊もしっかり立ち上がるまで行進曲を弾き続けるようで」

 カメラから目を離さない青葉。

「山風。この曲は? 青葉はあまり聴かない曲です」

 カメラを回したまま曲が変わった事に気が付き同行していた山風に尋ねる。

「多分…ローゲワルツ」

 耳を澄ませる山風が曲名を答える。

「正解ね」

 隣にいた村雨が山風の頭をなでる。

 それを見ていた提督と大鯨、鳳翔。

「やはりうちの村雨とは違うな。なぁうちの娘達にも芸術面での教養を付けさせるべきか?」

「そうですね。農畜産業関連の教育だけでは駄目だと思います」

「とはいっても誰が教師になるんですかぁ?」

 提督が大本営が行っている通信教育講座の事を考える。

「大本営の通信教育講座にあったかな?」

「ありませんよ、そんな講座。必要と思われるなら要望書を鎮守府から提出してください。青葉も必要だとは思いますけど

 三人の話を耳にした青葉が答える。

「あ。…始まった」

 再びマイストングが立ち上がり始める。

 立ち上げ再開とともに曲が変わる。

「これは…エストフォールに伝わる結婚行進曲かしら?」

 再び作業が止まる。

「ただいま立ち上げ棒の位置を入れ替えています。しばらくお待ちください」

 

 立ち上げ棒を入れ替え立ち上げが再開する。

「…ハヴェロの結婚行進曲?」

 山風が自信なさげに曲名を呟き傍らの村雨を見上げる。

「判らないわ」

 首を振る村雨。

 再び作業が止まる

 

 立ち上げ棒を入れ替え立ち上げが再開する。

「あ。これはアンドレアス・ロングの結婚行進曲ですね。聴いた事があります」

 同時にゴトランドから会場に向けて声がかかる。

「最後の一押しです。皆さん大きな声で声援をお願いします。ホォゥ」

「ヘイ」

 立ち上がったマイストングに歓声が上がる。

 

 立ち上げたマイストングを囲むように列が作られる。

「あれ。艦娘さん達が柱を囲んだよ? なんで?」

 父親に向かって尋ねる子供の姿。

「何でだろうね。見てようね」

 父親が列と子供を交互に見る。

 

「妖精さん、準備はいい?」

 楽器を構える妖精軍楽隊に声をかけるゴトランド。

 頷く指揮者に曲名を告げる。

「最初は【小さなカエル】」

 曲に合わせてゴトランドの艤装妖精がカエルの耳やしっぽを手で表現したり、カエルの鳴き声を真似ながらしゃがんでジャンプしたりと踊り始める。

 それを見た妖精たちが同じように踊り始める。

 その妖精の動きを見た艦娘達も踊り始める。

「えっと、これ踊るの?」

 戸惑う艦娘もいたが、面白そうだから良いじゃん。という声に押され一緒に踊り始める。

「面白いね」

 踊りながらも「どこかで聞いた事があるような」と内心首を傾げている艦娘も出始めていた。

 その艦娘の仕草にクスクスと笑い声が起こり始める。

「あれ? この曲どこかで聞いた事が……?」

 この曲は『クラリネットをこわしちゃった』と同じメロディであるので艦娘だけでなく広場の彼方此方で首を傾げる人々が出始める。

 子供たちが艦娘の真似をし始めたところで

「はい。皆さんも一緒に踊りましょう」

 ゴトランドが声をかける。

 子供たちが歓声を上げ柱の周囲の円陣に加わり、艦娘達と手をつなぎながら輪を作り踊り始める。

 大人達も釣られて踊りの輪に加わり始める。

「提督、面白い曲ですね。歌詞の意味って判りますか?」

 青葉がカメラを山風に任せ提督に話しかける。

「ん。確か歌詞は…【小さいカエルは面白い。耳もシッポもないんだね】だったかな。掛け声に意味はないだろ?」

 ――クーワッカッカッカッカ

 ちょうど掛け声が会場に木霊した。

「大体合っていますね。因みにこの歌、フランスの【玉ねぎの歌】が原曲らしいですがフランス艦娘の前でこの小さなカエルを歌う時は気を付けてくださいね」

 首を傾げる提督に 

「オ・パ・キャマラードってありますけど、これ日本語で言うと【Au pas camarade(オ・パ・キャマラード) 進もう戦友よ】という意味なんです。それをイギリス人が【Au pas, grenouilles!(オ・パ・グルヌーイユ) 進め カエルども】って替えてフランス人を揶揄した歌が元ですから」

 

「次は【私達は音楽家】」

 どこかで聞いたリズムに合わせ歌を口ずさみ踊るゴトランドの艤装妖精。ヴァイオリンやバスを弾く真似をしたりフルートを吹く真似をしたりしながら踊る仕草に戸惑いながらもそれに合わせて他の妖精が踊り始める。

「これは難しそうだけど……」

 ゴトランドの妖精を見ながらぎこちなく踊る艦娘に

「あれ? お姉ちゃん違うよ。こうだよ?」

 子供の一人がゴトランドの艤装妖精の動きを示す。

「え? ……もしかして何か見えるの?」

「うん。一番前の妖精さんとお姉ちゃん、動きが違ってるんだもん」

「!! 暫くお姉ちゃんと一緒に踊ってもらってもいいかな」

「うん! 良いよ」

 少しばかりのハプニングを交えながらもダンスは続いていった。

 

 

「本日の夏至祭はこれで閉会します。お忙しい中お集まり頂きまして有難うございました」

 15時の閉会の挨拶とともに近隣の住民が鎮守府の外に向かい始める。

 役所から来た面々が談笑しながら門の外に出る。

「中々面白かったな。鎮守府と市民の合同祭にしても良いんじゃないか?」

「検討してみますか?」

「在日瑞典大使館に夏至祭について相談――」

 

「これから宴会になりますが皆さまも――」

「申し訳ありませんが、そろそろお暇させて頂きます。新たな提督候補も見つかりましたし色々と準備しないといけない事が出来ましたから」

 そう言った青葉が席を辞すると同じように外部から来た艦娘も辞そうとする。

「あ。鳥島の村雨君は残ってくれ。鳥島の奴に渡し物がある」

「え? はい。それは構いませんが……?」

 山風と話しながら立ち去りかけた村雨を呼び止める提督。

「それじゃ。バイバイ」

 山風の挨拶に手を振って

「またね~」

 応える村雨。

 

 

「お父……提督へ渡すものとは」

「ん? ああ。あれは君を引き留める為の方便だ」

「え?」

 わずかに身構える村雨に

「あいつの名代だろ? 少し位は付き合い給え。こちらから外泊届を出して承認してもらっている」

 

 

「ご飯っご飯っ♪」

 やや浮かれ気味の艦娘達が鎮守府本庁舎前に向かう。

 軍楽隊をはじめとした艤装妖精以外の妖精達は宿舎に戻り宴会を行うらしい。

「提督には話したけど、新ジャガをディルという香草とともに茹でて、ニシンの塩漬けやサワークリームと一緒に食べるの」

「だから今朝からジャガイモをあんなに掘ったんだ」

 今朝からジャガイモ掘りを行なっていた艦娘が頷く。

「それで、デザートは?」

「デザートはイチゴと決まってるの。イチゴと生クリームで食べたり、ホイップクリームを添えたりするの。他にはイチゴのケーキを食べたりするんだ」

「飲み物は? あ、お酒の方ね。子供用のはジュースとかでしょ?」

「当たり。ベリージュースよ。お酒はアルコール度が30度を超える蒸留酒ね。日本だとシュナプスとかヌッベと呼ばれているのよね。このシュナプスって専用のグラスがあるんだけど、そのグラスを手に取ってお酒専用の歌をみんなで大合唱した後に、ぐっと一息で飲み干すの。ニシンを一気に流し込んだりもするんだ」

「一気飲み? お酒だけじゃなくてニシンも⁉︎」

「鰊の一気喰いは流石に皆がするわけじゃ無いけどね」

 そうだよね。と聞いていた艦娘たちがホッとした表情を見せる。

「お酒専用の歌って」

 もう一つの疑問を尋ねる艦娘。

「各家庭で違うのよね。私が知っている家庭ではHelan Gårって言う乾杯の歌とか代々受け継がれてきているんだけど」

「日本じゃ、日本全国酒飲み音頭とかかな」

 誰かの言葉に、それは違うでしょ。と笑いが溢れる。

「あれ? お餅もあるよ。ゴトに聞いていた鰊とかもあるけど」

「あ。提督、約束通り作ってくれたんだね。確か小麦餅と半夏団子って言ってたよ」

 

「あれ? 村雨さん、帰らなくて大丈夫なの?」

 庭に設けられた小型のマイストング。

 それを囲むように宴会場が設けられていた。

 宴会場の入り口に所在無げに立つ村雨の姿を見つけ一人の艦娘が尋ねる。

「大丈夫というか、そうなったというか……」

 困り顔の村雨。

「どうしたの?」

 その様子に艦娘達が近づく。

 そんな村雨を入ってきた提督が座らせる。

「鳥島の村雨君の事は後で説明する。先ずは皆席に着け」

 首を傾げながらも席に着く艦娘。

「席に着いたか? 先ずは本日の夏至祭ご苦労であった。急な行事になってしまったが成功の裡に無事終えられたことを祝して乾杯を行いたいと思う」

 提督が席に着くと賄いを担当している鳳翔と大鯨の妖精がシュナプスかベリージュースの杯を夫々の前に置く。

「行き渡ったか? では乾杯の挨拶を……」

 そう言うとゴトランドを見つめニヤリと笑みを浮かべる。

「ゴトランドに取ってもらう。ゴトランド、舞台に」

 何となく予想していたゴトランドが

「えっと……夏至祭らしく乾杯の歌で始めたいと思います。これからHelan Gårって言う乾杯の歌を妖精さんと合唱します。歌の途中でSkål!と声をかけるので一息で飲み干してください」

 そう言うと艤装妖精とともに乾杯の歌を歌い始めるゴトランド。

「Skål!」

 掛け声とともに皆で杯を呷る。

 杯が空いた事を確認すると締めのフレーズを歌う。

 拍手とともに舞台を降りるゴトランド。

「お疲れさまでした」

 鳳翔と大鯨が労う。

「さて。乾杯も済んだ処で皆が疑問に思っている事に応えよう」

 杯を置く提督に注目する艦娘。

「村雨君。前に」

 村雨を促す提督。

「此処にいる村雨君は鳥島の村雨だ。今は大本営の参謀教育課程研修の為出向中だが、時々此処にも来るから見知ったものも多いだろ? 音楽とかにも明るいようだから此れを機会に皆とも交流が持てたらと思い参加させた」

「ご紹介に預かりました鳥島の村雨です。この度は――」

 

 宴も酣となる中、近くに来ていた鈴谷がゴトランドを捕まえる。

「ね、ゴト。夏至祭ってダンスの後は宴会だけで終わり?」

「瑞典だとみんなの気分が盛り上がってくると、ダンスが始まるけど……」

「良いね、ダンス。くぅぅ。この鎮守府、舞風達がいないのが惜しまれるなぁ」

 グラスを鷲掴みにしてビールを呷る鈴谷。

「それで。どんなダンス? 昼間の以外にもあるんでしょ?」

「えっと、子供も大人もメイポールを囲んで輪になって、ヤンタオヤとか伝統的な歌に合わせて踊るんだ。ダンスそのものは難しくないからね」

 鈴谷との会話に近くにいた艦娘達も会話に加わる。

「ヤンタオヤってどんな歌?」

「日本じゃトットトコって歌らしいけど」

 ゴトランドの話に

「あ。聴いたことあるかも」

 と声が上がる。

「瑞典だと民族音楽のバイオリンとかアコーディオンとかニッケルハルパとかの演奏家を呼んで、その演奏に合わせてポルスカとか踊るんだけどね。手をつないで、ポールの周りを同じ方向に動くだけでもいいの」

 そのゴトランドの言葉に

「アコーディオンか。楽器は提督が持っていたけど……。弾ける娘いる?」

 鈴谷のその言葉に挙手はなかった。

「鈴谷、弾けないの?」

「バイオリンは少しなら弾けるけど、アコーディオンはちょっと無理かも」

「アコーディオンなら弾けるよ?」

 近くで鰊の塩漬けを食べていた村雨がアコーディオンという単語に反応する。

「え? 村雨さん、アコーディオン弾けるの?」

「嗜み程度だけどね。どんな曲?」

「ヴァローツポルスカって判りますか?」

「ヴァローツポルスカ……楽譜ってあります?」

「これ」

 楽譜を見せるゴトランドに

「うん。これなら大丈夫」

 その声に

「じゃ、鈴谷ヴァイオリン取ってくるね」

「あ、ゴトもニッケルハルパ取ってこないと」

 二人が宴席から離れる。

「ん? どうしたんだ、あの二人」

 二人を見遣る提督にアコーディオンを貸して欲しいと鳥島の村雨が声をかける。

「演奏会?」

「いえ。ダンスの演奏を」

「ふむ。判った。鳳翔、あれ何処に仕舞ったか覚えているか?」

 近くにいた鳳翔に声をかける提督。

 鳳翔がアコーディオンを持ってくる。

 提督からアコーディオンを借りると早速音合わせを行う村雨。

「よし。ゴトランドさん何時でもOKよ」

「踊りたい人、挙手」

 その声に其処彼処から手が上がる。

「マイストングの前に集合」

 はーい。という声とともに艦娘がマイストングの前で円を作る。

「じゃ、行くよ」

 

 

 日が沈んでも宴会は続いていた。

「やれやれ。明日が休日で良かった」

「本当に。来年も夏至祭を催すなら翌日のことも考えませんと」

「まったくだ」

 夜に入ると宴には、スモーガスボード形式となり、ゴトランドの艤装妖精が用意していたヤンソンの誘惑の他に明石特製の調理器具を用いた酢漬け・塩漬け・オリーブ漬け・トマトソース漬けにしたニシン、茹でた新ジャガ、サーモン、スペアリブが並んでいた。他にもイチジクの盛り合わせやイチゴの盛り合わせ、砂糖の入っていない生クリームのケーキ、イチゴをふんだんに使ったケーキ、苺のソースがかかったミルク粥が所狭しと並べられていた。シュナプスはなくなってしまったが、代わりに艦娘達が持ち寄ってきたビールや蜂蜜酒、日本酒、ウィスキーやブランデー、ラムといった別のアルコールが並べられている。

 

 そんな宴会で大盛り上がりの中、ゴトランドは誰にも気づかれないように会場を抜け出していた。

「暁ちゃん達ももう休んじゃってるし、私も寝ちゃおっと」

 ゴトランドがこっそりと会場を抜け出したのには理由があった。

 部屋に戻ったゴトランドがアロマキャンドルを焚く。

「早く寝ないとね」

 言い伝えでは、夏至祭の前日に摘んだ7種類の花を夏至祭の夜に枕の下に置いて寝ると夢の中に結婚する男性が現れると言われている。

「どんな人が伴侶になるのかな」

 ベッドに潜り込み程なく深い眠りについたゴトランドを月の光が照らしていた。

 

 

*1
個人を対象とする大本営法務局憲兵隊と異なり問題がある鎮守府(配属憲兵分隊も含めて)を監視下に置く組織。警察庁警備局に類似する権限・装備を有する




民族衣装着着たゴトランド見たい。

礼装士官服は香取や鹿島のあの服です。
フォークダンスの曲がどんな曲かは調べてね。

 実はゴトランドがいなくなった後、和太鼓を持ち込んだ艦娘達によりマイストングに提灯コードをつけられた挙句宴会場が盆踊り会場と化して、翌朝提灯コードと提灯がつけられたマイストングを見たゴトランドが呆然となったというオチがあったり(流石に本文に入れられなかった)

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