艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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2017年11月30日(木) に投稿したものです。

深海戦役を生き抜いた一人の男と艦娘。
ケッコン(カリ)の仲ではあったが、平和な時代になり別々の道を歩んだ二人。
その道が再び交わり――。


元提督と元艦娘『那珂』(那珂)

 身動きの取れないほどの観衆の中、一人の女性が舞台に立つ。

 ざわついていた観衆が静まり、その動きを見つめる。

 彼女の3年ぶりの日本公演。

 そのチケットは発売開始後1時間で完売した程、その人気は高く――。

 彼女は一般大衆向けの曲を創らず、また、曲を売ることもない。

 それでも彼女の歌を聴く人は、彼女の声――マイクもバックコーラスも何も使わない素の声――と唄を愛していた。

 その声は小鳥のように囁き、清流のように明澄で、一度その声を聞けば心を捉えて離さない響きがある。

 それはどんなに精巧に創られたアイドルも適わないほどの彼女の魅力で、大きな力だった。

 

     あなたのその目で

     愛らしく見つめられると

     僕はもううっとりとして

     ものが言えない

 

     あなたのその目を

     何処へ行っても思い出す

     青い想いの弘原海が

     僕の心に漲っている

 

 

 1曲目が終わっても、観衆は黙したまま。 

 程なく1曲目と変わらぬ美声が観客の耳と心を打った。

 

     静かにわが胸を過る愛の響きよ

     響け さやかな春の歌

     響け はるけき彼方へ

 

     響け 彼方の花匂う

     あの家のところまで

     私の大事な人の下へ行ったなら

     どうかよろしく伝えて欲しい

 

 2曲目も終わり、同時にコンサートも終了する。

 地鳴りのような声と拍手喝采が彼女を襲った。

 歓喜と感激が入り交じった大歓声が彼女一人の声しか流れていなかった空間に、爆発したかのように溢れだした。

 隣の異性と頬を染め合う者、胸の想いを伝えようと走り去っていく者が其処彼処に見られる。

 

 

 

 ――舞台の裏。

 大音量を背に浴びながら、全身汗だくの身を――その顔は充実感に溢れていた――控え室に運ぶ彼女。

 その彼女に驚きの表情が浮かぶ。

 

 誰も居ないはずの休憩室、そこ立つ一人の男性。

 その男は背格好に合った軍服を纏い、花束を抱え、彼女の帰りを待っていた。

「提督!」

「お疲れさま。那珂」

「今日、仕事じゃ……?」

「ああ、仕事ね。もう終わったさ」

「それにしても帰宅早いですね? 大本営勤務ってそんなに暇なんですか?」

「待命中だからな。あの程度なら3時には片付いていたさ、それを5時まで伸ばすのはきつかった。それに……」

「それに……?」

「あんなところでグズグズするより那珂の久しぶりのコンサートの方が余程良い。こうして久しぶりに話せるし。……ファンにばれたら明日は東京湾かな?」

「もう……来るなら先に言って貰えればチケット送れたのに……」

「そう言うな。那珂を愕かせたかったからな」

「もう。鎮守府で指揮を執っていた時とは大違いですね、あの時はもっと真面目で威厳もあったのに。あ~あ、なんであの時こんな人とケッコン(カリ)なんてしたのかしら。那珂ちゃん一生の不覚」

 そう言いつつも彼女は男に寄り添い、ソファーに腰掛ける。

「那珂も変わったな。艦隊のアイドルやっていた頃はポップス専門だったけど、今じゃ……」

「もう、昔のことは言いっこなしです」

「おいおい、言い出したのは……」

 男の唇にその細い指をあて口を閉ざさせる。

 半年ぶりの再会に楽しそうに会話を始める二人。

 

 二人は深海棲艦戦役を戦い抜き、戦役が終了した後も互いに親しくしていた。

 呼び方は、昔の通り「提督」と「那珂」から進歩しなかったが。

 一度は『恋人』関係に近づいた二人だったが、互いの生活が忙しく、いつしか再び『親しい友人』へと戻っていた。

 そして二人は交通網が回復した海外へ別々に飛び立ち――男は帝国大使館附海軍武官として、女は世界的な歌手として――手紙と極偶に会う程度の交際――互いの悩みの相談や嫌な事を忘れるよう慰め合っていたと言うほうが適切な関係――でしかなかった。

 そんな仲で良いと、二人は同意し、今までその関係が続いていた。

 しかし時の移ろいはその関係を崩し始め――。

 

 いつしか昔話に花を咲かせていた二人を一瞬の沈黙が襲う。

 男が呟きかけるが、その声は言葉にならない。

 そんな男の様子を彼女は不思議そうに問うが、男は何も答えなかった。

「どうしたの、提督。何か悪いこと言った?」

 首を振る男。

「どうしたの?」

「……」

「もう」

 すると男が溜めていたモノを吐き出すように言った。

「……今日、軍令部長に呼ばれ、第七課の課長令嬢との縁談を進められたんだ」

「え……? 縁談……。そうですか。おめでとうございます、提督」

 一瞬さびしそうな表情を浮かべる那珂。

「……断ったよ。御厚意には篤く感謝致しますが、私にはすでに交際している女性がいます。ってね」

「えっ! ……誰?」

「軍令部長にも聞かれたよ。暗に、別れろ。とも言われた」

「……」

「でも、僕は本気だ。その子のことを何処に行っても思い出していたんだ……」

「……羨ましいな、その子。其処まで想われてるなんて」

 那珂の胸の奥に鈍い疼痛が走った。

「……今夜、その子に婚約を申しこもうと思って……その前に、那珂の歌を聞きたかった」

 そんな話、これ以上聞きたくない。

 那珂の胸の痛みが激しくなる。

「……提督。いつまでもこんなとこにいないで、さっさとその子に告白しに行ってください。私はあなたのために出世の道を蹴りましたって!」

 二人でここにいることに耐えられなくなる、那珂。

 これ以上一緒にいると何を口走るか自信が無く――。

「さよなら」

 そう男に言い残し立ちかける。

「……」

 無言で男の手が那珂を掴み――。

「痛っ! ちょっと! 離してください」

「話は最後まで聞いてくれないかな……」

「嫌っ! そんな惚気話! 昔の女に聞かせる話じゃないでしょ!」

 男は苦笑を浮かべ溜息を吐く。

「そんなことだと思った。……軍令部長にその子の名前を聞かれたときにこう話したのさ。彼女は元艦娘で現在海外でも活躍中の『那珂』です。ってね」

「えっ!?」

 一瞬の戸惑い。

 今、なんて……。

「那珂、君のこと何処へ行っても思い出すんだ。……君さえよかったらあの時の様なケッコン(カリ)ではなく、本当に結婚して欲しい」

 一瞬の沈黙――。

「な、那珂ちゃんに言っているの……?」

 こくりと頷く男。

「本……気なの?」

「僕は本気だ」

 強い言葉。

「そんな……急に言われても……」

「強引なことは解っている。那珂の迷惑になるようなら忘れて欲しい。返事は後で良い」

 そう言い残し男が立ち去りかける。

「……ちょっと待って……」

 力なく男の手を掴む那珂。

「なんで……どうして那珂を……? 提督なら那珂より……。それに出世だって……」

 混乱する那珂に寄り添うようにして男が座り込む。

「……那珂のすべてが好きだから、じゃ理由にならないよね。……この3年間いろいろな人間を見てきたよ。人の裏と表、さまざまな権謀術数を経験した。戦役を潜り抜けた猛者として、それなりに敬されもした。だがな、あの戦役を知らない者から英雄として、猛者として祭り上げられても虚しさしか残らなかった。……そんな時はいつも君から送られたテープを聞いていたんだ。そして気づいたのさ、傍らにいて欲しい人が誰なのかを。僕の傍らに居て欲しいのは閨閥の女性なんかじゃない。戦役を潜り抜け、お互いに悩んだり、苦しんだり、喜んだり……そんな時を共有した君なんだ。君だけなんだ、那珂」

「……馬鹿…………せっかくの機会を捨てるなんて……本当に馬鹿ですね。『米国在勤帝国大使館附海軍武官を経由して軍令部総長』が提督の目指していた道でしたよね。艦娘出身者なんかと結婚したらその道は閉ざされちゃいますよ」

「……出世なんかどうでも良い。とは言わない。だが、これでも海大71期次席だ。それなりの地位には就ける。それより今は那珂、君にいて欲しい」

 那珂の頬に一つ二つと雫が伝わる。

 男は彼女の肩を持って自分の方に抱き寄せようとする。

 彼女はそのまま身を任せ、雫を拭うことなく――。

「……ずるいです、提督。……那珂が断れないようにして求婚なんて……ずるい……」

 そう男に囁き、自らの腕を男の背中に回す。

「ありがとう、那珂」

 その行為に承諾の意味を感じ取り、男が答える。

 

 

 

 

<FIN>




『と或る艦娘の唄』と同じ場所から引っ張り出した20年近く前のモノです。




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