ワッショイ ワッショイ
浜辺に胴長姿の集団が掛け声とともに大綱を曳く。
その中の一人に網元から声がかけられる。
「渡部の嬢ちゃん、大丈夫かぁ?」
「大丈夫ですよ」
声をかけられた10代後半位の華奢ではあるが、小鹿のような闊達な雰囲気を醸し出す少女が微笑みを返す。
「そうかぁ。あと一息だからなぁ。頑張れよぉ」
そう声をかけた男性が再び綱を曳き始める。
「おぉ、今日は結構入っているなぁ」
大漁だ、大漁だと盛り上がる人々。
漁場汚染による回遊魚の減少と、沖合船引網漁の発展により衰退した地引き網漁だったが、深海棲艦の出現で軍の護衛なしで漁船が沖合に出ることが困難になったため、各地で復活していた。
キラキラした目で魚を見ていた子供がふと顔を上げる。
「あっ。艦娘さん!」
その燥いだ声に大人たちが顔を上げると海上を颯爽と進む艦娘の集団があった。
手を翳し、一団を見た網元が
「ありゃ、旗から見るに稲取の嬢ちゃん達だな。瑞鳳の嬢ちゃんらしき姿があるって事は大島の連中と演習か、この辺りの警備にでも行くんだろ」
頑張れよぉ。と手を振る一団。
それを見つめる少女の顔に複雑な陰が浮かんだ。
『みんな頑張っているんだ。……私も本当はどこかの鎮守府に行かなくちゃいけないんだろうけど』
「あぁそういえば渡部さん。あなたがここにきてそろそろ半年になるわね、自分の名前と誕生日以外に何か思い出せた?」
網元と一緒に綱を曳いていた網元の奥さんが声を少女にかける。
「いいえ。名前と年齢と誕生日以外は……」
「そう」
一瞬表情に陰りを浮かべたが
「まぁ、そのうち思い出すわよ。思い出すまでいくらでも時間はあるからね。何だったら、うちのバカ息子を婿さんにしない?」
「お袋! 何言ってんだ! 渡部さんに失礼だろうが!」
反対側の綱を曳いていた若者が顔を赤らめ母親に喰って掛かる。
「おやまぁ、いつもは春ちゃんって呼んでるのに、こんなところで改まってんじゃないよ、隆」
顔を赤らめながらも
「は、春。お袋のいう事は気にするな。あ、婿云々の方な」
そう言う網元の息子に
「えぇ? 隆さん、貰ってくれないんだ。あんなことしたのに」
ヨヨヨとわざとらしく泣き崩れる春と呼ばれた少女。
それに乗るかのように周囲から少々下品なヤジが飛び交う。
燥ぎつつも時々、陰りのある表情を浮かべる少女を気にしないそぶりを見せつつ心配する隆。
「大丈夫か? 春ちゃん。……そう言えば誕生日いつだっけ? そろそろだったよな」
見物していた若者に自分の綱を渡し、少女の傍らに近づく隆。
「ええ。4月の5日よ」
「そっか。誕生日祝いしないとな」
「えぇ。いいわよ、別に」
「遠慮することはないさ」
小鼻を掻く隆に
「じゃぁ、何か高いものでもおねだりしちゃおうかしら」
その言葉に
「……お手柔らかにな」
肩を落とす隆。
周囲が笑いに包まれた。
その日の夜。
「春ちゃんも元気になったなぁ」
網元の家で酒盛りを開いていた大人たちがふと少女を話題に出す。
「そうだなぁ」
出会った頃を思い出し、感慨深げに頷く大人達。そんな中、
「あの子は艦娘だろ? いいのか? こんなところにいて」
ぽつりと一人の男が呟く。最近──とは言っても5年位経つが──引っ越して来た男だった。
「あぁ、おめえは知らんのか。ありゃ捨てられたんだろさ」
盃を置きながら男の目を見つめる網元。
「ん。可哀想になぁ」
網元の傍らの男が口に杯を運びながら相槌を打つ。
「捨てられたぁ?」
こんなところにいて良いのかと疑問を呈した男が素っ頓狂な声を上げた。
「だなぁ。駆逐娘以下は戦力外でどんどん解体する鎮守府もあるらしいからなぁ」
相槌を打つ男に
「春ちゃん、大きさからしても駆逐艦か特務艦の娘だろ?」
「まぁ解体された嬢ちゃん達は軍が里親を世話してしっかり生活出来ているから良いが、捨てられた嬢ちゃん達は、な」
そんな声に続くように、稲取のだって今のは良いが昔はなぁ。と言いかけた年輩の男に
「シッ。滅多なこと言うな。どこに耳があるかわからん」
と声に力を込めて制止する網元。
「取り敢えず、稲取のと大島のは知らんふりしているようだから,何か言ってくるまではうちらも知らんふりしておくのが吉さ」
「まぁ本人も隠したがっているし、知らんふりして置くのがよかんべ。角を矯めてもろくなことにならん」
「それもそっか。隣町にもいるって噂もあるし、案外捨てられた艦娘っているのかもな」
納得したように酒を呷る男。
「手前らも余計なこと言うんじゃねえぞ」
「わぁてるよ」
そして話題を変えるかのように若衆の一人が網元の息子を見遣る。
「ンで、おめぇはあの子をいつ貰うんだ?」
「い、いや。確かに可愛いし、スタイルもボンキュッボンだし、性格も良いし俺好みだし……嫁に来てもらえるなら……。でもあの子もあの子で言いたい事もあるだろうし」
「あぁ、もうじれったい」
男達に交じって酒盛りを楽しんでいた網元の妻が息子の態度に業を煮やし
「はっきりしんさい、はっきり。男ならビシッとせにゃ、ビシッと。春ちゃん待ってるよ!」
背中を力強く叩き活を入れる。
その頃、少女は自室で昼間の出来事を振り返っていた。
『は、春。お袋のいう事は気にするな。あ、婿云々の方な』
自分に好意を寄せてくる隆に、素直に応えられない自分が悔しかった。
「隆さんをお婿さんに、か。そう出来ればいいのに、ね」
渡部春。
記憶喪失の私の名前。
でも本当は記憶喪失なんかじゃない。
この身体が艦船だった頃の名前は【第二號哨戒特務艇】
そう。公式には未顕現のはずの艦娘。それが私。
私は気が付いたら洋上に漂っていた。そのときから25mm連装機銃、25mm単装機銃、三式水中探信儀と、一端の武装をしていることは知っていた。
でも私は先の戦争中一度も任務に就くことなく終戦を迎えた。そして渡部さんに引き取られ、漁船【春栄丸】として生涯を閉じた。そんな生まれてから殆どを漁船として生きてきた私が戦う? 冗談は止めて欲しい。
私は漁船。漁船春栄丸。戦うための船では無い。
でも……。本当にそれでいいの? この海を、お世話になっているここの皆を護るには……
少女の苦悩は続く。
翌朝――。
「お早うございます!」
「おお。お早う、今日も元気だね、春ちゃん」
「ええ。元気が売りの春ちゃんですから」
明るい少女の元気な声に応えを返す人々
『グダグダ考えても仕方ないよね。今を精一杯生きよう。明日は明日の風が吹くってね』
いざとなったら、隣町の靖川丸さんや諾威丸さんに相談すればいいし。
と、自分と同じように公式には未顕現とされている艦娘を思い浮かべる少女。
少女の日常はまだ続いている。
<FIN>
いるんじゃないかなぁ、こういう娘。という事で書いてみました。