(どうしようかしらね……)
五十鈴の視線の先には、初めて会った日から気になる人が頬杖をついて転寝をしていた。
よく言っても人畜無害の善良な男性提督。
大本営も彼については、生真面目であるし地域の評判も良好で艦娘の扱いも良い。このご時世、大きな損失を出さなければ戦果については厳しくは問わない。と、半ば以上放置されている。
はっきり言うと出世街道からも外れた窓際族扱いの提督である。五十鈴の好みからは遠くかけ離れているはずなのだが、そんな提督が気になって仕方がない五十鈴であった。
(うん、迷っていても仕方ないわね、私らしくもない)
「ね、提督。私も秋雲達みたいに何か書いてみようって思ってるんだけど」
五十鈴が思い切って提督との間を詰めようとしたのは寒蟬が賑やかに鳴く頃。
秋雲達が絵を描いたり小説を書いたり、何かを創作する姿を見て、最初は「艦隊業務とは別の、ただの趣味よね」と、そう思ってた。
でも――あの人の机に並ぶ整頓された文鎮や、ペンの細やかな手入れを見ていると、「創る」ということが案外、私たちにも近いものなのかもしれないと、ふと思った。
(だったら……)
何かを創ってみようと思ったのは、そのときだった。
「そうだな……。自分の周囲をヒントにしてみたらどうだ? 五十鈴は髪が長いからそれを題材にしてみるとか」
自分らしくないと思いつつ、背中を押して欲しくて。
何か答えて欲しくて,求めた結果がこの答え。
少し残念。でも正直,少しホッとした。何か言われたら「秋雲たちに感化されただけ」って、言い訳するつもりだった。
でも本当は、理由なんてひとつしかない。
提督がいつも淡々としてて、だけど私をちゃんと見てくれてる感じがして。
もう少し、距離を近づけたかった。何か共通の話題が欲しかった。
それで、創作……だなんて。私らしくもないけど、きっかけになればって、思った。
提督に期待されたからってわけじゃない。でも言い出したからには何か書こうと思った。
堂々と入り浸れる提督の部屋。あの人が読んでいた本を何冊も借りてみた。
でも、書こうとするほど言葉が逃げていった。
物語には「小さな嘘」も必要なんだと思う。でも書こうとするほど言葉が逃げていくなんて私、嘘つけないのかも。
創るなら、もっと手が、心が、直接触れるものでなきゃダメなのかな。って。
だから――彫金を選んだ。書くつもりで手に取った道具は、結局、筆ではなくタガネになった。
精密で、時間がかかって、でも黙って触れていられる。
静かな夜に金属を打ってると、自分の気持ちが素直に形になる気がした。
金属板の上に、こつこつと打ち込む彫金の細工。
誰にも知られず、少しずつ形になっていく小さな作品たち。
意味も込めた。
願いも込めた。
……気づいてくれるかは、わからないけど。
何より、私自身がその想いを確かめてみたかったのかもしれない。
初めて渡したのは、月のカフス。
渡すときは悩んだ。でも、渡す相手なんて最初から決まってた。
他の誰かに、とは……考えられなかった。
提督に渡したら、やっぱりびっくりしてた。
あの人の驚いた顔――見たくて見られなくて――心臓が苦しくてたまらなかった。
理由を聞かれ、とっさに「彫金を始めてみたが考えてみたら作ったものを渡す人がいなかった」なんて言っちゃったけど。
あの人が、ただの上官じゃなくて、気になって、頼りにして、気づけば一番大切に思っている人だって――自分でも、こわいくらいにわかっていた。
私のこと、どう思ったかな。
気まぐれって思ったかもしれないけど、それでも……何か、感じてくれたかな。
ただの練習作品のつもりで始めた。だからモチーフは月が多かった。
それなのに、気づけば『願い』を込めてる。
月。蝶。うさぎ。猫。馬蹄。
守りたい、とか。力になりたい、とか。ずるいわよね。そう思う。言葉にしないくせに、全部形で渡して、それで満足してる。
あの作戦を無事に終えた後もそう。
「提督の「輝ける将来」への第一歩ね」
なんて言いながら銀製の月桂冠を被せたときに、意識してもらいたくて私の胸を当てたりもした。
調子に乗って王冠が付いた短い杖を送ったのは悪かったと思っている。提督の困り顔を見て、冷静に考えたら、ね。
でも、困り顔でもありがとうって受け取ってくれるから、また作りたくなってしまう。
桜が咲いたころ、提督の顔を見ると胸がきゅってなることが増えた。
私の贈り物を使ってくれてる。身につけてくれてる。
それだけで……嬉しい。
青葉が特別視されてるってはしゃいでたけど、そうなのかな。
だったらいいな。私だけが知ってる、提督の一面をもっと見たい。
もうきっかけなんか、いらなかった。
私、ちゃんと好きなんだと思う。
「なぁ、五十鈴。受け取って欲しいものがあるのだが」
そんな言葉をかけられて渡された小箱。
――ずるい。期待してた。
あの小箱だから指輪を期待したのに、指輪じゃないってわかった瞬間、胸がしゅうって萎んだ。
でも、ちゃんと手作りだった。
ちゃんと私のこと、見てくれてた。
だから、文句を言いながらも受け取った。
(ねえ、提督、期待しても良いのかしら? これで終わりじゃないんでしょ?)
モチーフを星に代えて、提督からの贈物を待っていたけど……。
もう待てない。
……ねえ提督、私から伝えてもいいわよね?
リボンの指輪を渡したときは、さすがに震えた。
(ねえ、気づいて。もうこれ以上、遠回しじゃ伝えきれない)
言葉に出すのが照れ臭くて、悔しくて、指輪に全部込めたつもりだった。
もう隠さないって決めた。
皆がいる前で出したのは、一歩踏み出す決意の証明。
周囲の目に怯えて、距離を測って、それでも「あなたが好きです」と言えずにいた過去を、もう一歩超えたくて。
リボンは縁結びの象徴。
この指輪は、あなたとの未来に繋がっていてほしいって願い。
だから、提督が指輪を受け取ったその瞬間の顔を……。
私は絶対に忘れない。
嬉しそうで、でもどこか申し訳なさそうで、でも、ちゃんと受け止めようとしてくれていて。
あの目を見ただけで――十分だった。
受け取ってくれて、ありがとう。
……ねえ、私、間違ってなかったよね?
あなたがあのマフラーを、片リボン結びで巻いて来てくれた日。
冬の街の片隅で、同じ色のマフラーをして現れたあの人を見て、胸の奥がきゅうってなった。
胸が詰まって、嬉しくて、恥ずかしくて。
やっと、私の好きが伝わった気がした。
ちゃんと私のために、選んでくれたんだよね。
通りすがりのあの子が「大きなリボン」って言ったとき、私も思った。
「そうよ。これは私たちの結び目。誰にだって,古の英雄にだって、切らせてやらない.やるもんか」
って。
「こうなるまで色んなことがあったわね」
今までの事を思い出す。
隣で感じる私の愛しい提督の温もり。
(可愛い寝顔……)
起こさない程度に突いてみる。
「さて、次は、何を彫ろうかしら」
夜の帳が降りた提督の私室。
うっすらとともる灯りの下で五十鈴はそっと微笑んだ。
【リボンのその先】を見つめるように――
おまけ(五十鈴を見守る長良型姉妹の会)
長良
最初は驚いたわ。五十鈴があんなに分かりやすく誰かに想いを寄せてるなんて。
でも、見ていて胸が温かくなるの。
あの子、不器用に見えて本当は繊細で努力家だから……だからこそ、ちゃんと見てくれる人に向けて輝こうとしてるのね。
ちょっとだけ心配だけど、それ以上に、応援したい! って思えるの。
名取
昔はもう少し尖ってたのに、今じゃ毎晩あの小箱を持って……。
そういうの、すごく、いいなって思う。
提督さんも悪い人じゃないし、何より五十鈴姉さんが笑ってる。
それだけで、うん、よかったね。って、こっそり呟きたくなる。
……でも五十鈴姉さんの背中を押す勇気は、提督さんを義兄呼びする勇気は、まだ私にはないかも。
由良
見てて思うの。五十鈴姉って、ほんとに意味を込めるのが上手。
彫金って、きっと姉さんに合ってたんだろうな。
私? まだそんな誰かに込めたい想いはないけど……
でも、いつかって思う時に、五十鈴姉みたいに真っ直ぐ踏み出せるといいな。
……だから陰からそっと見て、ちょっとだけ真似してみようかなって。幼馴染詐欺の誰かさんには絶対負けたくないしって嘘嘘冗談よ、ゴトちゃん。
鬼怒
なーにモタモタしてんの提督、こっちが見ててヤキモキするじゃない!
五十鈴姐、昔は戦術バカだったのにねぇ~。
……でも、今の五十鈴姐、すごくいい顔してる。
惚れた女の変化っていうの? あーもう、くぅ~、照れるぅ~。
わかってるよ。言わないけど応援してるからね。
阿武隈
私だって……その、分からなくはないんだからね。
五十鈴お姉ちゃんって、ストイックだけど、ほんとは甘えたいタイプでしょ。それに……提督のこと、本当に好きなんだって伝わってくる。
……うん、伝わってると思うよ。だから信じて進みなさい。
私? ん、わたしは……まだ、いいかな。もう少しだけ。
……書いていてなんだけど、再現度低いな、これ。