お父さん的な提督と少しだけ小悪魔的な村雨のお話。
「ただいま」
「あ、提督。お帰りなさい」
提督が鎮守府から戻ると、丁度出先から戻ってきたばかりらしい村雨が出迎えてくれた。
村雨が出迎えるのは珍しいことではないが、提督の目には村雨がいつもよりも嬉々としているように見えた。
「ん? どうした?」
「今日、父の日だよね。提督は、私たちのお父さんみたいなものだし、何かして欲しいことある? ちょっといいとこ、見せてあげる」
「えっ?」
「提督、最近疲れているみたいだから、お風呂で背中流してあげようか?」
提督は村雨の意外な申し出に、一瞬何を言っているのか理解できなかった……。
(確か、背中を流すと言ったような……いいかもな。最近肩凝っているし、マッサージも頼むか。……って背中を流す!? ……ってことは、一緒にお風呂に……!!)
「ま、待て。村雨……気持ちは嬉しいが……さすがに遠慮させてくれ。……その……なっ。わかるよな……?」
「やっぱり駄目? 残念。一度、提督の背中流してあげたかったのに……」
その顔が本当に残念そうに見えたので、提督が村雨に尋ねる。
「いきなりそんな事言い出すなんて何かあったのか?」
「うん。私、結構鎮守府を異動しているでしょう。でもどこの鎮守府にいた時も、一度も提督の背中を流したこと、無かったんだ」
「そうか……。だけど村雨の容姿ではなぁ……」
「うん、わかってる…………。だけど、他の鎮守府の六駆や七駆の子達が提督の背中流したとか話しているのを聞くと、何となくうらやましくて……」
なるほどな。村雨は、そういったよく有りがちな思い出が欲しかったのか。
そう考える提督。
「そうか……。さすがに一緒の風呂は無理だが、何かそういった思い出になるようなことも考えてみよう」
「本当!? ありがとう、提督」
提督に抱き着く村雨。
「こらこら。妙齢の娘がそんなことするんじゃありません。それと、今日は父の日じゃないぞ」
「え?」
「父の日は6月の第3日曜日だからな。今日は第2日曜日」
「え!? 今日って第3日曜日じゃなかった?」
慌ててカレンダーを確認する村雨。
「あ、本当だ……今月は出撃が重なっていたから勘違いしていたみたい」
「そうだろうな。だけど、らしくないな」
提督は村雨が何故か少しほっとしたような表情をしたのを見逃さなかった。
「ん? 何ほっとしてるの?」
「え? そ、そうかな?」
「ま、いいや。それより夕食は何かわかるか?」
「金目鯛姿煮。頑張って私が作ってみました。提督、好きだって言ってたでしょ」
「ほう。ありがとう、ご苦労様。手間がかかっただろうに」
「平気、平気。……あ、ちゃんと手を洗ってうがいしないと駄目だよ」
「っと、そうだったな」
そんな遣り取りから数日後。
「ただいま」
「あ、提督。お帰りなさい」
元気がないな。そんな風に提督は村雨の様子を見た。
「どうした? 元気がないようだが?」
「えっ? ……そんなことないわよ」
少し目線を下げて、村雨が応じる。
「そうか?」
「……」
村雨は見た目の小悪魔的な容姿とは裏腹にあまり心配をかけないように周囲に気を遣う娘である。
そんな村雨が何か隠しているように提督には思えた。
「村雨、君のことがようやく分かるようになってきたんだ。癖もね」
その言葉に村雨は困ったような笑顔を向け、
「陽炎から相談を受けちゃって」
「陽炎? また珍しいな。難しい相談なのか?」
「まだ分からないの。軽く食堂で声かけられただけだから。明日町に出かけるからその時に、ね」
「そうか」
「あ、夕食できているわ。きちんと……」
「手を洗ってうがい。分かってる」
笑いを湛え村雨に応えを返す。
その口調に村雨が微笑む。
まだ何か隠しているようだが……。
そう提督は思った。
まあ下手な詮索は止めておくか。
「ただいま」
村雨が戻って来た。
「お帰り。村雨」
「ごめんなさい、これから食事作るから」
「いいよ。たまには私が作ろう」
「今日は父の日でしょ? 前にも話した通り、私たちのお父さんだからね、提督は。今日は絶対に私が作るから」
「そうか?」
「うん。ただ、簡単なものしか作れないけどね。お腹空いているでしょ?」
確かに、これから手間のかかる料理を作るのは勘弁して欲しいとは思う。
「そうだな。お願いするよ」
厨房に向かう村雨から微かな溜息が聞こえる。
提督の耳がそれを捉える。
(溜息? どうしたんだろうか?)
「どうした? 村雨」
「あ、聞こえちゃった? 別に何でもないから」
「難しい相談だったのか?」
「大げさに言うんだもん。そんな大したことじゃなかったわ」
(相談事は難しい事ではなかったらしいな。だとすると……?)
「じゃ、何で溜息なんて……」
「大丈夫、何でもないから……」
「本当に?」
「うん。」
目線をほんの少しだけ下に向ける村雨。
(……おやおや、隠し事をしている眼だな)
そう見定める提督。
「前にも言ったよな。これでも村雨の癖は分かるようになってきているんだが?」
「えっ……?」
「話せないことなのか?」
村雨の悩みはできるだけ解消してあげたい。
その想いもあり提督は少しきつめに村雨に尋ねる。
「ごめんなさい。夕食を食べてからでいい?」
「ああ。構わない」
村雨は話す気になったようだ。と判断する提督。
(確かに空腹時にはしない方が良いかも知れないな)
「ご馳走様でした」
手を合わせ食後の挨拶をする二人。
「で、だ」
「大したことじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「前にお世話になった提督のお墓参りをしたかったなって。でももう遅いね。7時半だし」
(此処に来る前の鎮守府の亡くなった提督の墓か……)
「墓はどこだ?」
「え? ――よ」
(――か。近いな)
「村雨、出かける支度をしなさい」
「え?」
「そこならマローダで2時間もあれば行ける。高速道路もあるからな」
「で、でも」
「構わない」
「帰ってきたら夜中よ。提督は明日も仕事でしょ」
「その事は心配しなくていい」
「でも……」
「さっさと支度しろ」
「はい……」
自分のことを気遣って、墓参りに行きたいとは言い出せなかったんだろうが、困った娘だ。だが……。
提督はそんな村雨の願いを叶えてあげたいと思った。
「乗り心地はどうだ?」
高速道路を100km/h前後で走りながら感想を聞く提督。
「迫力凄いわね。でも、スピード出し過ぎじゃない? 村雨にちょっといいとこ見せたいの?」
「まだ大丈夫だな。今乗っているマローダは最高で120km/hしか出せないから」
「そうなの?」
目的地最寄りのICで車は高速道路を降りた。
そこから目的の墓地までは、一般道でも15分位の距離だ。
墓地に着いた時は9時半頃になっていた。
照明は見あたらず、月も出ていないので、辺りは漆黒の闇に包まれている。
「村雨」
「何? 提督」
「亡くなった提督のお墓、どこだか覚えてるか?」
「大体の位置は……」
そんな村雨の様子が少しおかしいと感じる提督。
どこか震えている様な気がする。
「どうした?」
「え。ううん、なんでもない……」
「そうか?」
(なんでもないわけないだろうに)
提督は思った。
暗くて良くわからないが、明らかに怖がっているように見える。
そういえば、うちの村雨は確か夜は……。
村雨と手をつなぐ提督。
案の定、村雨の掌は汗で湿っていた。
「村雨?」
「え?」
「夜はまだ苦手か?」
その言葉に少し身体を竦ませる村雨。
そんな村雨の手を握り、
「まだ怖い?」
「少しは、大丈夫……」
その時、草叢に微かな物音が生じた。
「きゃ!」
「お、おい、村雨」
いきなりの物音に驚いたのか、村雨は提督の左腕にしがみついてきた。
村雨は声一つ立てず震え、髪が提督の左頬をくすぐる。
そして提督は、村雨の柔らかな感触と香りに鼓動が高まっていくのを感じていた。
「村雨……」
村雨の背中に手を伸ばす提督。
そこに、ゥナ~ォと声が聞こえる。
「村雨……猫だよ。大丈夫、大丈夫……」
(危なかった。何考えていた?)
そんな提督の内心など知る由もなく、
「猫? びっくりした~。怖かったよ~提督」
「はいはい」
よしよしと村雨の背中をポンポンとたたく。
「それで、お墓はこの辺なのかな?」
「うん……この次の列の確か……あ。あった」
その墓はあまり手入れをされていなかったのか、夜目にも判る位に苔がうっすらと生えていた。
辛うじて「沖田家代々之墓」と読める。
「蝋燭と線香を準備……。お~い、そろそろ手を離してくれないか?
「え、あ!」
村雨が提督の左腕にしがみついたままということに気付いた。
「ご、ごめんなさい」
そう言って、慌てて提督から離れる村雨
多分赤面しているであろうと予測できる提督。
何も言わず蝋燭と線香を立て火を点ける。
提督は気を利かせるつもりで村雨から少し離れようとする。
村雨が提督の袖をつかみ離さない。
「側にいて欲しいな……」
いつになく弱弱しい声の村雨に提督は黙って言われる通りにした。
「沖田提督、今まで来られなくてごめんなさい」
そう言うと、村雨は手を合わせ祈り始める。
村雨が祈り終えたのを見計らい、提督も祈り始める。
(沖田提督、初めまして。村雨の今の提督です。村雨の事は、私が責任を持ちます。泉下で安んじてお任せ下さい)
それだけ祈ると、二人は墓を後にした。
帰り道、車の中で提督は村雨に言った。
「村雨」
「え?」
「偶には墓掃除に来ようか」
「え? それは……」
「今度は花を持ってな」
「提督。ありがとう。でも他の子たちに悪いから……」
「滅多に我儘を言わない村雨の事だ。他の皆も分かってくれるよ」
「ありがとう。…………お父さん」
帰り道は行きと比べて短い時間で済んだ。
交通量も少なくなっており、前を走る車も後ろから迫るマローダに慌てて道を譲る為、速度を落とす必要がなかった。
お陰で二人は
寝静まっている子達を起こさないように足音を忍ばせ執務室に戻る。
「提督。シャワーだけになっちゃうけど、先に入って」
「いつも通りお前から先に入りなさい」
「だって、日付が変わってないから、今はまだ父の日なんだよ。提督が優先」
「いいのか?」
「もちろん」
「なら遠慮なく」
そう言うと、提督は執務室隣の浴室に入っていった。
(村雨、嬉しそうだったな。よかったよかった)
そんなことを考えながら洗髪していると、突然浴室のドアが開く音がした。
(村雨か?)
そう思ったが、何しろ髪をすすいでいる最中なので、すぐには確かめられない。
そのうちに、ドアが閉められる音がした。
「提督」
村雨の声。提督は振り返ることができない。
「村雨。何の、真似だ?」
「えへ。村雨が、ちょっとお背中流します」
「!!」
提督は硬直した。背中を流すということは……。
「おい!」
「あ、大丈夫よ。服は着てるわよ」
おそるおそる頭だけ振り返る。
ツインテールの髪を高結いにした村雨が、Tシャツとスパッツ姿で居た。
「どう? 村雨の服、似合ってる?」
「服ってお前、それ濡れたらどうする気だ」
「あ、大丈夫。下に水着着ているから。村雨、水着も似合ってるでしょ?」
言われてみると、Tシャツの下に水着――恐らく大本営指定の艦娘用水着――らしきものが透けて見えた。
「いや、でもなぁ……」
「この状況でごちゃごちゃ言わない。前は隠してよね。そ・れ・と・も、村雨に、提督の、ちょっと可愛いもの見せちゃうの?」
そう言われて、村雨からタオルを受け取ると、提督は前を隠す。
(見られたのかな?)
村雨の台詞からそう思ったが、村雨の様子からするといつもの軽口のようだった。
「じゃ、洗いま~す」
そう言うと、村雨はボディソープをスポンジに取り、背中を丁寧に洗い始めた。
顔を真っ赤にする提督。
(さすがに村雨ぐらいの年頃の娘に洗ってもらうと緊張するな)
背中の半分も洗った頃、村雨が話しかけて来る。
「提督」
「何?」
「今日はありがとう。村雨の我儘聞いてくれて」
「構わんよ。村雨は滅多に我儘言わないからな。そんな村雨の久々の頼み事だったし、村雨が喜んでくれればそれでいい」
「ありがとう、提督。……大好きだよ」
聞こえなかった振りをする提督。
「私、このまま提督のお嫁さんになっちゃおうかな? 村雨にちょっといい嫁させてみない?」
そんな提督を見て村雨が茶目っ気を見せる。
「ぅおい!!」
提督が思わず上半身ごと振り返る。
何の因果か、丁度右手のスポンジで背中をこすりながら左手のシャワーで背中を流していた村雨がバランスを崩す。
提督の顔の目と鼻の先に村雨の顔が来る。
そして……。
「きゃ!」
「うわ!」
シャワーのお湯が見事に提督の顔にかかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててシャワーの向きを変える村雨。
だが村雨も慌てていた上にシャワーを左手で持っていたためか、村雨にかかる。
互いに濡れ鼠になった二人が、どちらからともなく笑い始めていた。
第二次SN作戦が始まる直前の夜中の出来事だった。
ちなみに、沖田提督の名は十三ではありません。敬助か勇、歳三、一、総司の何れかに入っているとは思いますが。
本当は父の日に投稿するはずだったんですよね。これ。
データが行方不明になったので、他の物を投稿していたんですが、最近見つかったので時期外れながら投稿しました。
ケッコンカッコカリをしている艦娘を除き、艦娘にも人事異動があるという設定です。