艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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桜葉の香り、春の宴(黒潮・江風)

 弥生も末となり卯月の声が聞こえ始めるそんな時期。

 その日は朝から春の陽気が鎮守府を包み込んでいた。

 

「いいなぁ。こののどかな陽気」

 

 提督は食堂の窓から、庭を彩る満開の桜を眺めていた。

 お茶を一口啜り、心底から呟く。

 

「提督。現実を見てください。どうするんですか、あれ」

 

 秘書艦の飛龍が、ジト目で提督を見つめていた。その気配に気づかないふりをして目を逸らし、身体の向きを変える提督。

 飛龍は背後に回り込み、にこりと微笑む。

 

「そういう態度を取るんだ。ふ~ん」

 

 そして提督の頬を両側から挟み、ぐいっと捻った。

 

「痛たたっ! やめっ、首の骨が折れる! 折れるから!」

 

 無理やり向けられた提督の視線の先には、春に似つかわしくない熱気が漂っていた。

 原因は、デザートに出された桜餅だった。

 

「桜餅言うたらこれやろ。この鮮やかな関西風が本物や」

 

 黒潮が力説する。

 

「何言ってやがんでぇ。関東風の桜餅こそが粋なんだよ」

 

 江風が食い気味に反論する。

 この一言が引き金となり、食堂の一角は、桜餅を巡る東西論争で騒然となった。

 

「薄紅色の小麦生地に包まれた、関東風のあの繊細さはまさに春の雅ネ!」 

 

 と誰かが言えば

 

「いやいや、関西風やろ。道明寺粉のもちもち感がたまらんねん。葉っぱも食べるんが通やで」

 

 と、誰かが反論する。

 

「葉っぱは食べるものじゃないですってば!」

「食べるからこそ桜餅やんか!」

 

 食堂の一角は、関東派と関西派に分かれての桜餅論争で騒然としてしまった。

 普段は仲裁役の大和型や金剛型達も、それぞれの好みで論争に参加している。

 

「遠征先でのお好み焼き事件といい、なぜ特定の食べ物となると、こうも揉めるんだ……」

 

 提督は頭を抱えた。平和なはずの春が、桜餅一つで戦場の様相を呈している。

 困り果てた提督に

 

「こうなったら方法は一つですよ、提督」

 

 提督は、フンスッ! と胸を張ったいかにも自信満々な飛龍の言葉に一瞬嫌な予感を覚えたが、すぐに冷静を装い、疑問を呈した。

 

「それは?」

 

 飛龍は直接答えずに、パンと手を一つ打ち、

 

「ハイッ! 注~目」

 

 と、注意を自身に向ける。周囲の艦娘たちが沈黙し、固唾をのんで様子を窺っている。

 

「花見をしましょ! 花見。花見で騒いで、ぱーっと行きましょ! そこでどちらの桜餅がいいか、提督に決めてもらいましょ!」

 

 その言葉に、論争はぴたりと止まった。

 

「ちょっとまてぃ。なんでそうな」

 

 飛龍の一言に提督が突っ込みを入れかけるが、それを打ち消すかのように歓声が上がった。

 

「花見!? やったー! お弁当作る!」

「わたしも卵焼きつくりゅ!」

「村雨のお弁当、本気出しちゃうわね」

「桜餅。桜餅、両方持っていきましょう!」

「良し。花見とあらば、特配もいいだろう。何、提督が許可しなくとも、この長門が許そう」

「あら良いわね。酒保も開けて色々準備しなくちゃ」

「白酒と、提督はお酒呑めないので甘酒も準備しますね。甘味も色々作りますよ!」

「ラムネは……まだ早いわね」

「じゃあ私達は晴れるようにテルテル坊主用意しなくちゃ」

「まだ早いんじゃないかな、姉さん」

 

 こうして、桜餅論争は突如として花見宴会へと昇華された。

 

「なぜこうなった……」

 

 肩を落とす提督。その提督を慰めるようにポンポンと背中を叩く飛龍だったが、

 

(……私も花見したかったのよね。ちょうどいいときに揉めてくれたわ)

 

 と、内心でほくそ笑んでいた。

 

◇◆◇◆◇

 

 開催前日――。

 花見開催宣言を受けて、艦娘たちは準備に奔走していたが、桜餅をめぐる火種はまだくすぶっていた。

 鎮守府の食堂の第一厨房で、黒潮は蒸篭(せいろ)の蓋を開けながら、誇らしげに微笑んだ。

 

「道明寺こそが桜餅の本命やで。もちもちしてて、葉っぱも食べられる。これが関西の誇りや」

 

 蒸気の中から現れたのは、ふっくらとした関西風桜餅。粗く砕いたもち米を蒸して、こし餡を包み、塩漬けの桜葉で巻いたその姿は、まるで春の命を宿した宝石のようだ。

 

「葉っぱの塩気が餡の甘さを引き立てるんよ。春の味って、こういうもんやと思うねん」

 

 黒潮の手際は軽やかで、まるで舞うように桜餅を仕上げていく。彼女の関西弁と笑顔が、厨房に柔らかな空気を運んでいた。

 一方、そこから離れた第二厨房の鉄板の前では江風が真剣な眼差しで生地を焼いていた。

 

「長命寺は粋なんだよ。見た目も味も、江戸っ子の美学ってやつさ」

 

 小麦粉を水で溶き、ほんのり桜色に染めた生地を薄く焼き上げる。江風の動きは無駄がなく、焼き上がった生地はしっとりとした質感を持ち、春霞の様だ。

 

「餡を包んで、桜葉で香りを添える。葉っぱは食べねぇ。香りを楽しむんだよ。これが関東流ってもんさ」

 

 江風は桜葉を丁寧に巻きながら、ふっと笑う。

 

「黒潮のも悪くねぇけど、こっちは品があるってもんだ」

 

◇◆◇◆◇

 

 花見当日。

 鎮守府の庭に咲く桜の下には、色とりどりの敷物が広げられ、艦娘たちが思い思いの料理を並べていた。

 輪の中心に座る提督と提督を挟むように座る江風と黒潮。

 提督は二人の桜餅を手に取り、交互に口に運ぶ。道明寺のもちもちとした食感と塩気の利いた葉。長命寺のしっとりとした生地と香り高い桜葉。どちらも春の息吹を感じさせる逸品だった。

 固唾をのんで見守る二人。

 提督は一言も発しない。

 長い沈黙に耐えかねるように、二人が尋ねようとするが、声にならない。

 やがて提督が意を決したように声を上げる。

 

「どちらも、春の味だな。桜は咲いてるからこそ美しい。桜餅も作り手の想いがこもっているからこそ美味い。どちらが好みかなどと無粋というものだ」

 

 その言葉に、黒潮と江風は顔を見合わせ、ふっと笑った。

 

「誑しやなぁ、提督は。ほな、うちの道明寺、もう一個食べてみぃや」

「じゃあ、オレの長命寺も追加でどうだ?」

 

 桜の花びらが舞う中、二人の桜餅は並んで皿に盛られ、誰もが自由に手を伸ばす。論争は終わり、春の宴が始まった。

 

「あれ? これってなんだろ? 誰かこんなの用意していた?」

 

 艦娘が用意した料理の片隅に何かが積まれ布で覆われていたお盆。

 疑問に思った艦娘が布を取るとそこには団子が山のように積まれていた。

 

「あれ? 誰かお団子作った?」

「知らな~い。少なくとも私たちのグループじゃないよ~」

「これ作ったの誰~?」

「俺だよ」

 

 思いがけない人物から思いがけない言葉が返ってきた。

 

「提督!?」

「美味い料理を準備してくれたお前たちに、俺もお返しをしたくてな。ささやかながら作ってみた」

 

 それは提督が手作りした三色の花見団子だった。

 

「提督の手作り!?」

「桜色が赤紫蘇を使った梅味、白が砂糖を混ぜた素甘だ。緑は蓬の草団子風にしてみた」

 

 因みに、花見団子は花見団子は桜の移り変わる姿を表現していると一般的に言われるが、ピンクは桜の色で春、白は雪の色で冬、緑は新緑の色で夏を表現しているという説もある。

 

「あら? 提督、一色、秋のあずき色が足りないのでは?」

 

 左目下の泣きぼくろが印象的な京都出身の艦娘が問いかける。

 花見団子に秋が無いのは「飽きない」お団子で「商い」繁盛の洒落と言われている。

 京都で見られる四色団子は、秋をあずき色で表し、秋があっても飽きはない「商い」と、季節を大事にしつつ商売にも自信を持つ京都人の気質を表していると言われている。

 

「いや、花見団子は三色やろ?」

「あら? 京都では四色でしたけど?」

「いやいや」

 

 再び始まりかける論争。

 

「ええい! いい加減にせんか! 花をめでる場で無粋な論争をする奴に団子はやらん!」

 

 提督の冗談交じりの叱責に

 

「それは堪忍やで~!」

 

 そう大げさに応じる艦娘の声に笑声が上がった。

 艦娘たちの手に渡っていく桜餅と料理の数々。関西と関東、二つの春が、鎮守府に優しく溶け込んでいった。

 

◇◆◇◆◇

 

 夜の帳が降りる頃、鎮守府の庭には提灯が灯り、桜の花びらが風に舞っていた。艦娘たちは桜餅を手に、春の宴に興じていた。

 

「私は黒潮の道明寺が好き! もちもちしてて、葉っぱも美味しい!」

 

 陽炎が頬を緩めながら、もう一口。

 

「でも、江風の長命寺も上品でええなぁ。生地がしっとりしてて、餡がよう合うわ」

 

 龍驤が冷静に分析しながら、二つ目に手を伸ばす。

 

「こうしてみると葉っぱは食べる派と食べない派で分かれているよね」

 

 白露が笑いながら、妹たちと桜餅談義に花を咲かせる。

 

「オレは香り重視! 葉っぱは添えるだけでいいんだよ」

 

 そんな光景を見ながら、江風が胸を張ると、黒潮が「それはもったいないわ」と笑って返す。

 

 そんな中、提督は桜餅を両手に持ったまま、淡い桃色の絵付けが施された瓶を抱えていた。桜の花びらが舞う意匠で、甘酒の瓶と見分けがつかないほど似ていたが、よく見ると口元の細さは白酒のそれだった。

 

「提督、甘酒独り占めしたらあかんで。うちにも頂戴」

 

 黒潮が瓶を受け取る。

 

「あれ? これ白酒やんか。まあええわ。春の花見には白酒やな。って、誰が持ってきたんやこれ。提督、酒呑めんのにだいぶ減っとるで……」

 

 八分目まで減った瓶を見て黒潮が呆れたように言うが、時すでに遅し。提督はほんのり桜色の頬をして、ふらりとその場に倒れ込んだ。

 

 飛龍が苦笑しながら、そっと膝を差し出す。

 

「提督。甘酒でも酔うなんて、ほんと弱いですね……って、これ、本当に白酒じゃないですか。誰が持ってきたんですかもう」

 

 そう言いながら、飛龍は提督の頭を膝に乗せる。その笑みは柔らかく、誰もが優しさと受け取るだろう。だが、提督の髪をそっと撫でながらも彼女は黒潮が持つ瓶の残量をちらりと確認し、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

「……ほんと、甘酒と信じて疑わないんだから。可愛い人」

 

 その声には、微かな笑みと、計算された余韻が混じっていた。

 提督はそのまま飛龍の膝に頭を預け、すやすやと眠り始めた。その肩に一枚、桜の花びらが舞い落ちる。まるで春の酔いを祝福するかのように。

 その光景を見た艦娘たちの間に、ざわめきが走る。

 

「ずるい! 飛龍さんだけ膝枕なんて!」

「私も提督の頭、乗せてみたい!」

「公平に交代制にしようよ!」

 

 艦娘たちの抗議の声が響く。飛龍はにこやかに、次の膝枕を譲った。

 こうして始まった膝枕ローテーション。

 ある艦娘は緊張しながら膝を差し出し、ある艦娘は元気よく提督の頭を受け止め、ある艦娘は、照れるな。とそっと微笑む。大勢の艦娘が加わり静かな時が流れる。

 そして、最後に再び飛龍の番が回ってきた。

 

「じゃあ、締めは私ね」

 

 飛龍はそう言うと懐から桜柄の耳かき棒を取り出し、優しく提督の耳元に手を伸ばす。

 

「ああ! 飛龍さん、何やってるの!」

 

 悲鳴じみた抗議の声に、

 

「え? 耳掻きだけど?」

 

 どこ吹く風とばかりに平常運転で返す飛龍。

 

「ちょ、ちょっと待って! それは反則!」

「耳かきは恋人の特権じゃないの!? 秘書艦だからってずるい!」

「飛龍はん! ずっこいで、それは!?」

 

 艦娘たちの抗議の声が夜空に響き、桜の花びらが舞い上がる。提督は夢の中で微笑みながら、春の宴の中心にいた。

 こうして、桜餅と白酒と膝枕が織りなす春宵の宴は、笑いと騒ぎの中で更けていった。

 

◇◆◇◆◇

 

 次の日、提督の机には「次年度桜餅コンテスト開催の要望書」と書かれた申請書が賛同者達の署名用紙とともに置かれていた。

 少し考え、「まぁ良いだろう」と提督は苦笑しながら決裁印を押す。

 その最後に書かれた「審査委員長は提督」の文字に、彼は気づいていた。

 しかし、その下に見覚えのある、有体に言えば傍にいる飛龍の字で小さく書かれた「追記:審査は委員長による艦娘の膝枕審査も含むこと」の文字に、提督は気づくことはなかった。

 

 提督の夢には、誰よりも早く、甘くしたたかな春が訪れていた。

 





こっちは曲水の宴を入れたロングversion


pixivの方は曲水の宴が入っていないversion
台詞などは微妙に異なっています。


次回は8月24日。
投稿予約済。

【次回予告】
 春の陽光に満ちた、雅やかな曲水の宴。
 桜舞う中で繰り広げられた詩歌の競演は、笑顔と喝采のうちに幕を閉じた……はずだった。
 しかし、その裏で、一人のジャーナリストの瞳が密かに輝きを放っていたことを、まだ誰も知らない。
 
カシャッ、カシャッ――。
 
 無情にもシャッターが切り取るのは、和歌を詠めず、罰杯を重ねた者たちの無防備な姿。
 杯を干すうちに理性の箍も緩み、朱に染まった頬、潤んだ瞳、そして普段の凛々しい制服からは想像もつかないほどに乱れた襟元と裾から覗く柔肌……。

「ふふふ……これは歴史的スクープですよ!」

 カメラを構える青葉の口元が、三日月のように歪む。
 そのレンズが捉えたのは、一体誰の、どんな「決定的瞬間」だったのか。
 青葉が握るその一枚が、鎮守府に桜吹雪よりも激しい嵐を呼び起こす!

 次回、「鎮守府春の嵐! 青葉が見た、桜に乱れる乙女たち!」

 提督、あなたの鎮守府、平和はもう風前の灯火かもしれませんよ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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