艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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帰らぬ友への鎮魂歌(??)

 鎮守府の岸壁から、提督は広大な青い海を見つめていた。しかし、そのどこまでも続く水平線が、今はただ虚しかった。

 

**************

 

(海の彼方に永遠の安らぎを求めたあいつは、もう還らない)

 

 あいつは俺の鎮守府の副司令だった。陸上勤務を嫌い、生涯を海に捧げた、どこまでも依怙地な男だった。生還の見込めない危険な海域への出撃が決まった時も、あいつは「らしいな」と豪快に笑うだけだった。

 

「俺は陸には住めねぇタチでな。前線の指揮は任せろ。俺は大人しく畳の上でくたばるより海の藻屑になる方が、どうにも性に合ってら」

 

 そして、嵐の中で沈む直前、あいつは冗談めかした最後の無線を飛ばしてきやがった。

 

『ハーハッハッハッ、ここはすげえぞ! 周りぜんぶ敵だらけだ! 撃てば当たるぜ! やつらが木の葉みてぇに舞ってやがる! ……まあ、俺の艦も木の葉みてぇなもんだがな! (コチラダイイチホウトウ! ホウトウキブニヒダン! ダンヤクコニヒガマワリマウワァ)……チッ! ……てめえとの腐れ縁も、これで終いだ。あばよ、戦友!』

 

**************

 

 提督は、寮で眠る艦娘たちの顔を思い浮かべた。

 

(彼女たちもまた、海に身を捧げた「戦友」だ。だが、あいつはもういない)

 

 提督は、静かに海原へ向けて静かに敬礼すると、瞑目し祈りを捧げた。

 

(安らかに眠れ。友よ)

 

 あいつのもとに届けと、手向けの花束を思い切り沖へ放る。

 友の冥福を祈りながら、提督は己の無力さを噛みしめた。

 

(俺もまた、いつこの鎮守府の椅子を離れることになるか知れない。それでも、この艦娘たちと鎮守府を守り抜かねばならない)

 

 提督は、亡き友の魂が、彼女たちの力となり、この海域の守りとなってくれることを、今はただ願うのだった。

 

(おれにも明日は知れない。だが、見ていてくれ。おまえの愛した、この海を)

 

 副司令の遺品は、オイルの染みた古いギターだけだった。

 

(これをあいつの故郷にいるお袋さんに届けるまでは、死ぬわけにはいかない。だが、あのお袋さんに何と伝えればいいのだろうか)

 

 提督の脳裏に思い浮かぶのは、いつも豪快に笑い、艦娘達に囲まれてる姿だった。

 

(……あいつは、いい奴でした。親父さんと同じ、海の漢でした。そう伝えるまでは、まだ死ねないな)

 


 

 艦娘を撤退させつつ最後まで戦場に残り殿を務めた副司令が散った。

 

『てめえら、さっさと逃げろ。ここは俺に任せな! てめえらが沈むとあいつが酒呑んでピーピー泣きやがるからな。あれほどウンザリするものは無えっての。ああ、あいつに言伝頼まぁ。あとは任せた、俺は一足先に休ませてもらうぜ。ってな。そらっ、とっとと行け!』

 

 その言葉を直接無線で聞いていた艦娘達は当然の事ながら,海戦に参加しなかった艦娘達も悲しみに沈んでいた。

 豪放磊落を絵にかいたような副司令を失った鎮守府全体が沈鬱な空気に包まれていた。

 

 ある晩、提督は執務室で一人、窓を開けて夜の海を眺めていた。

 扉がノックされ、許可を与えると同時に秘書艦である艦娘が報告に訪れた。

 副司令を失ってから、提督はそこの海図を見つめ続けることが増えていたが、今晩は海図ではなく海そのものを見つめている。

 彼女は、提督が最近増えていた夜間の遠征に赴いている艦隊のことを考えているのかと思ったが、今日はその命令は発せられていない。

 だが提督は海そのものを見つめている。彼女は、それを静かに見つめていた。

 報告を終え、艦娘が呟いた。

 

「提督。提督には、やはり……この海があるのですね」

 

 彼女は、自分たち艦娘が提督にとって大切な存在であることを知っている。しかし同時に、提督の心にあるのが私的な愛情ではなく、あくまで「使命」と「鎮守府」という大義であることも、痛いほどに理解していた。

 その言葉を受け、提督はゆっくりと彼女に視線を移した。

 

「……どうした?」

「いえ。なんでも、ありません」

 

 その笑顔に浮かぶのは、「提督には私の愛は必要ないのですね」という切ない諦めだった。

 提督もまた、一人の男だ。艦娘たちから寄せられる純粋な思慕も知っている。その想いに応えたいと思う夜もある。彼女たちの真摯な眼差しが、男の内に潜む、人間としての弱さを抉る。この腕に彼女たちを閉じ込めたいという欲望と、その清らかさを汚すことへの恐怖。その間で、心はいつも揺れていた。

 しかし、自分の双肩には、この鎮守府に属する全ての艦娘の命運がかかっているのだ。

 提督は、艦娘の潤んだ瞳から逃れるように、再び海原へと目を向けた。

 海は時に残酷に命を奪い、時に静かに全てを包み込む。

 彼は、この広い海に新たに誓いを立てた。

 

「あいつは海に身を捧げる生き方を選び、散った。ならば、俺は艦娘たちに陸に帰る希望を与える提督でなければならない」

 

 己の夢は、この海域に平穏を取り戻し、艦娘たちを無事に市井に溶け込ませること。そして、亡き友のように海の藻屑となることなく、最後まで指揮官としての使命を果たすこと。

 

 提督は大きく息を吸い、改めて海に敬礼すると、窓を閉め、山積みの書類へと向き直った。彼の戦いは、まだ終わらない。

 

 

<FIN>








33話の桜葉の香り、春の宴(黒潮・江風)と34話の杯に浮かぶ春の声(春風・旗風)の内容を10/25に変更しています。

①33話の桜葉の香り、春の宴にあった曲水の宴部分をカットしました。で、少し別場面を追加しました。

②曲水の宴部分は34話の、杯に浮かぶ春の声に組み込みました。
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