艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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全5話、投稿予約済。


永遠の光芒・前奏曲~喪失の黎明~
第1部:嵐と絶望


 提督が矢矧を失った夜は、地獄だった。

 

 嵐が荒れ狂い、空を覆う暗雲の下、海は炎に包まれていた。それは、嵐を突く夜間の奇襲戦が、敵の罠にかかり失敗に終わったことを告げる挽歌だった。提督は、多機能護衛艦を改装した前線指揮艦の艦橋から撤退命令を下した。しかし、殿を務める矢矧だけは、その場に残り続けていた。

 

「退け。撤退だ。もう十分だ。早く、早く退け」

 

 提督の焦りが無線に乗って響く。しかし、矢矧はそれを拒否した。

 

「まだです。今、私が退いたら収容中の熊野達や撤退中の涼月に攻撃の目が向きます。提督の艦にも。だからまだです。命令通り、涼月の収容が終わるまで殿は守ります」

 

 矢矧の声に、提督は焦燥を募らせる。

 

【大井、能代、熊野収容完了。続いて伊勢、比叡、照月収容開始。涼月も到着次第、収容を開始します】

 

 その報告に、一瞬考え込んだ提督が新たに命令を下す。

 

「矢矧! その命令は撤回だ。直ちに退け!」

 

 提督の強い口調の中に不安げな気持ちが混ざっていることを感じ取った矢矧が提督に向けて、柔らかい口調で問いかけた。

 

「そんなに私が心配ですか? いつも必ずあなたの元に戻ってあげたじゃありませんか」

 

「矢矧なら大丈夫だとは思っている。だが不安なものは不安なんだ」

 

「仕方のない相棒ですね」

 

 矢矧のあきれたような声が聞こえた。だがその声には、わずかだが嬉しさが混じっていた、そんな声だった。

 

これでは私も心配で目が離せません

 

 後半は提督に聞こえない様に、そっと呟くと矢矧は無線越しにリップ音を発しバードキスを送った。

 

「! ……矢矧、何をしている。任務中だ」

 

 つとめて冷静な声を出した提督にクスリと笑みを浮かべる矢矧。

 

「帰るまでの手付です。続きは帰ったら、ですからね。……坊や」

 

 生真面目な矢矧のいつにない戯れ。

 

「矢矧!」

 

 苦しいときほど明るく振舞う矢矧。

 彼女が戯れるということは――。

 矢矧のそんな状況に焦りの色を隠せない提督。

 

「まだか! まだ収容作業は終わらんのか!」

 

【涼月、収容完了】

 

 通信機から、涼月の収容が完了したとの報告が入る。

 

「もういい。涼月も収容した。もう大丈夫だ。お前も早く」

 

 提督の言葉を遮るように、一際大きな轟音が無線越しに響いた。

 

「矢矧!」

 

「……主機に被弾したようです。速度が出ません。……申し訳ありません。今回は戻れそうにありません」

 

「何を言うか! 矢矧、お前は俺の半身だ。お前がこんなところで諦めてどうする! 艦を前に出せ。矢矧の緊急収容準備、急げ!」

 

「提督、申し訳ありません。運命の歯車が回り、私の番が来たようです。先ほどの続きは……靖国でお会いしてからですね。先に逝った榛名や愛宕たちが待っているでしょうからその後になりそうですけど」

 

 矢矧の声は、絶望的なまでに穏やかだった。

 

提督。……提督の名は急がずゆっくりと来てね

 

 矢矧が小さく提督の名をつぶやいた。

 

「諦めるな! 我々の義務は、死ぬ直前まで生きて、生きて、闘いぬく事だ。死ぬ時は仲間に最良の未来を掴ませて逝くんだ! こんなところで死ぬんじゃない!」

 

 提督の叫びに穏やかに応じる矢矧。

 

「それなら、私は仲間たちの撤退……無事成功させた……う最良の未来を掴ませられたでしょうに」

「まだまだ全然足らん! 前にお前に約束しただろうが! お前を死なせはしない! 必ず護る。護って見せる、と。だから、生きることを諦めるな!」

 

 だが、無線機から聞こえる矢矧の声はかすれ、途切れ途切れになる。提督の声も矢矧にはもう届いていない様だった。

 

「涼月、聞こえ…………だから…………あな…………」

「矢矧! 機関室! もっと缶の出力をあげろ! 全速前進! 缶が焼き付いても構わん! 急げ!」

 

 提督が叫ぶが、矢矧の最後の言葉は、すでに辞世の句を詠むように聞こえた。

 

提督の名、もう間に合わないよ。こっちに来てはダメ

 

 矢矧がかすかな声で提督の名をつぶやいた。

 

「提督、直ちにここから離れてくだ……。……また、……が見える、な……も悪くない……」

 

 微かに聞こえたその声は、提督の耳に焼き付いた。

 

「矢矧!」

「辞世……何と……間に合っ……」

 

 ブツリ、と。その言葉を最後に、無線は永遠に沈黙した。艦橋に響くのは、提督の絶叫と、止むことのない嵐の音だけだった。

 

◇◆◇◆◇

 

 鎮守府に帰投した提督は、執務室の扉を固く閉ざした。彼の心は、嵐の海よりも荒れ狂っていた。自らの判断で、最も信頼していた矢矧を死なせてしまった自責の念が、彼の心を深く蝕んでいた。

 

「撤退中の涼月を守れ、と俺は言った。矢矧は……ただ、忠実に、それに応えた……」

 

 と、苦渋に満ちた声で呟いた。矢矧は、提督が鎮守府に着任した当初から苦楽を共にしてきた、半身に等しい存在だった。

 

『矢矧であれば、どんな困難な命令にも応え、そして生還する術を見つけるだろう』

 

 提督にはそんな甘えがあった。その甘えが、結果として彼女を死なせてしまったのだ。

 机の上に置かれた拳銃が、彼の目に留まる。冷たい銃身が、彼の頬を伝う涙を拭うかのように鈍く光った。

 

「俺は……指揮官失格だ。あいつらの分まで、生きる資格などない……」

 

 引き金を引こうとした、その瞬間、扉が音を立てて開き白い影が飛び込んできた。

 

「!」

 

 衝撃とともに銃がもぎ取られた。そこにいたのは、満身創痍の涼月だった。彼女の白い服は血と煤にまみれ、髪は乱れていたが、その瞳は、提督をまっすぐに見つめていた。

 

「涼月……。矢矧を殺してしまったよ。お前も……稚拙な指揮に失望しただろう……」

 

 涼月は答えなかった。ただ、提督の手から奪い取った拳銃を遠くに投げ、提督を抱きしめた。提督の身体が震える。涼月の温もりが、彼の荒れ狂った心を、ゆっくりと、しかし確実に鎮めていく。

 

「提督……」

 

 初めて発された彼女の声は、か細く震えていた。

 

「生きて……生きて、私たちと一緒に、未来を紡いでください……」

 

 提督は、涼月の言葉に何も返すことができなかった。ただ、彼女の温かい腕の中で、とめどなく涙を流すことしかできなかった。

 

 

To be continued……




ぼやかしている個所は、提督の苗字ではなく名前を呼んでいます(お好きな名前を入れて想像してください)





矢矧は出来の悪い弟分を心配する幼馴染な姉。その妹分が涼月……。


!!




これは、幼馴染な姉貴(矢矧)を失った弟(提督)が成長し、寄り添い続けてくれた妹分(涼月)と添い遂げるまでの物語である……。





















弟(提督)は、この容姿ですが。

【挿絵表示】
身長198cm、体重85kg(CVイメージ:納谷五郎)
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