艦これ短編集――艦娘のごった煮――   作:fire-cat

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第3部:芽生え

 その日は、冬の嵐が吹き荒れる日だった。提督はいつものように、分厚い壁に囲まれた執務室で書類仕事に没頭していた。その静寂を破るように、鎮守府中にけたたましい緊急警報が鳴り響く。

 

【敵艦隊、強襲! 戦艦タ級1、空母ヲ級2、駆逐ニ級5。総員、迎撃急げ!】

 

 提督は即座に椅子を蹴って立ち上がった。張り詰めた戦場の空気が、久しぶりに彼の思考を目覚めさせた。だが、すでに鎮守府上空には、無数の深海棲艦の艦載機が迫っていた。高角砲や機銃の弾幕を掻い潜って行われた機銃掃射が、工廠や執務棟の窓を激しく砕き、破片が飛び散った。とっさに身を返し急所を庇った提督の右腕に、鋭い痛みが走った。

 

「提督!」

 

 執務室の扉から飛び込んできたのは、涼月だった。提督の負傷に気づきながらも、彼女は迷うことなく窓の外に視線を向ける。提督の護り手として、彼女の本能が叫んでいた。

 

「これ以上、近づけさせません! 全砲門、迎撃! てぇっ!」

 

 涼月の叫びとともに、彼女の高角砲と機銃が唸りを上げる。次々と放たれる砲弾が空中で炸裂し、飛来する深海棲艦の艦載機を叩き落としていく。その正確無比な射撃は、まさに防空駆逐艦としての本領を発揮したものだった。数分にわたる激しい応戦の末、上空の脅威は去った。

 涼月は、提督の方に振り返る。提督は、彼女の勇敢な戦いぶりを目の当たりにし、言葉を失っていた。彼を日々見守り続けてくれた涼月の愛は、単なる献身ではなく、彼女自身の「戦い」だった。そして今、彼女は命をかけて彼を護ってくれたのだ。

 

「ご無事ですか、提督?」

 

 振り返った涼月は提督の右腕に突き刺さるガラス片とそこから流れる血を見て、顔を青ざめさせた。

 

「提督!」

 

 急ぎ軍医に連絡をとろうとするも、執務室内の通信機器は銃撃により破損していた。

 

「提督が負傷なされた。衛生班は至急提督執務室へ!」

 

 涼月は艦隊内無線で提督の負傷を知らせると、震える手を必死に抑えながら応急処置に取りかかった。

 涼月が提督の傷口を見るとガラス片が深く刺さっており、素人判断で抜くのは危険だと即座に判断できた。深く刺さったガラス片は抜けそうになかった。無理に抜けば、さらに出血を招く。

 

(これを抜くと、もっと血が流れ、深く傷つけてしまう……)

 

 抜くことを断念した涼月は、震える手で艤装から包帯とガーゼを取り出すと、刺さったガラス片を固定し、動かさないように、その周囲をしっかりと包み込むようにして圧迫止血をはじめた。

 その様子を感情のこもらない目で見つめる提督。

 だが、涼月の必死な表情と手のひらの温もりが、自分が沈めた矢矧を思い出させた。

 反射的に手を引こうとした提督。

 

「痛みますか。申し訳ありません、衛生兵が来るまでの辛抱です」

 

 彼女の声は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。提督を守る――その思いだけが、涼月の心を支えていた。

 提督は、手のひらの温もりと決意を宿した涼月の瞳に胸が締め付けられ、

 

「いや。大丈夫だ」

 

 そう答えるのが精一杯だった。

 

「大丈夫です。……すぐに、助けが来ますから……」

 

 

 沈黙が暫し続いた後、衛生兵が駆けつけ提督は医務棟に搬送された。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 がれきの撤去を行う最中も、涼月は提督の容体が気になり、医務棟の方角ばかりを見つめていた。周囲の艦娘たちは、そんな彼女の姿を温かい視線で見守っていた。

 軍医の氷川丸から提督の処置が終わったことと、提督が涼月を呼んでいると伝えられ医務室へ向かった涼月。

 医務室に入ると提督がベッドに横たわっていた。

 

「提督……」

 

 遠慮がちに声をかける涼月に、提督が声をかけた。

 

「涼月か、こっちに来てくれ」

 

 ベッドの脇に近づいた涼月。提督はゆっくりと涼月の手を取った。

 

「提督?」

 

 戸惑いの声を上げる涼月の温もりは、過去の苦い記憶を呼び起こすと同時に、彼が今生きていることを強く実感させた。

 

「涼月……」

 

 提督は、静かに彼女の名前を呼んだ。彼女の瞳には、いつもの穏やかさに加え、彼を心から案じる強い光が宿っていた。

 

(そうだ。彼女は、矢矧を失い、自暴自棄になった俺を救ってくれた。その時からずっと、俺のそばにいて、何も言わずに見守り続けてくれた。それは、決して義務などではなかった)

 

 提督は、涼月の行動が、単なる艦娘としての忠誠心ではなく、彼への愛情から来ていることを悟った。矢矧を失ってからずっと、彼は誰かを愛すること、誰かに愛されることを無意識に拒絶してきた。再び大切なものを失う恐怖が、彼の心を固く閉ざしていたのだ。しかし、今、目の前で自分を庇ってくれる涼月の姿が、その分厚い壁を打ち破った。

 今、涼月から向けられるこの想いが、友愛なのか、思慕なのか、それとも家族を想うような慈しみなのか、彼にはまだ判断がつかなかった。

 だが、少なくとも涼月から向けられる想いは実利的なものではないし、自分は彼女を愛し始めている。この事実に、提督は涙を流した。

 

 

「ありがとう」

 

 

 

To be continued……




 
 
 
長10cm砲ちゃんが空気? ここの涼月の長10cm砲ちゃんは空気が読める紳士デス。
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