天元の花と茎   作:新川翔

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武蔵ちゃんのfigma化決定!!
さらにワンホビでカラー武蔵ちゃん展示!!



自然にして不自然

空は黒く染まり、人々が帰路に着く頃、闇に輝く満月を見ながら俺たちは帰路に着いていた。

コンビニで夕飯を買い、武蔵さんの分の切符を買ってから電車に乗る。車内は帰宅している人々のため息で溢れかえっていた。その息苦しさからか、会話をするのは駅を出てからとなる。

人々はまばらな間隔で歩き、電灯は均等な間隔で帰宅する者たちを照らす。いつもより遅いペースで足を進める。

少しして角を右に曲がると、辺りは俺たちだけになった。

聞こえるのは、二人の人間の足音と声、揺れるビニール袋の音だけ。

そんな静かな世界がなんだか心地良かった。

 

「維斗君って大学で何の勉強してるの?」

 

「歴史を中心に学んでます。特に日本の近代とか大好きです」

 

彼女との会話もこの1日で慣れてきた。

いくら女性と話すのが苦手な俺でも、これだけの時間を費やせば自然に話せるということだ。

 

「へー、じゃあ、好きな偉人とかいるの?」

 

彼女は目を輝かせながら聞いてくる。まるで『宮本武蔵でしょ!』と言ってるかのように。残念ながら、俺の答えは彼女の期待しているモノとは違う。なので、非常に本答えにくいのだが、ここは正直に答えるべきだろうか。

幾らか考えた後、俺は顔を少々引きつらせながら、申し訳なさそうに答えた。

 

「毛利元就です……」

 

「む、そこは嘘でも『宮本武蔵です』って言うもんでしょ」

 

「本来の宮本武蔵って一生風呂入らなかったていう逸話があるし…あんまり好印象じゃないんですよね」

 

彼女はその言葉を聞き、突然足を止めた。俺は振り向き彼女の様子を伺う。

本来の歴史の自分はどうだったとか、そんな逸話を聞いてどんな反応をするかどうかとか、実は気になっていたのだ。

俺は多少の期待を抱いて彼女を見ると、驚きのあまり、口を大きく開けて動けなくなっている女武蔵の姿があった。

 

「嘘でしょ。不潔。」

 

「………すいませんでした」

 

その時、本気で引いている女性を初めて見た。怒りを表すこともなく、信じられないくらい闇の深い瞳をして、ただ吐き捨てるように嫌悪を示す彼女は俺を萎縮させる。俺はそんな彼女を見て、なんだか謝ってしまた。自分の言ったことに罪悪感を感じてしまったからだ。

 

「何考えてんの本来の私!どういう神経してんの?絶対嫌がられんじゃん!」

 

「体は手拭いで吹いてたかも…」

 

「知るか!……まさか結斗君、私がそういう不潔な人だとは思ってないでしょうね!」

 

「いやいやいや!そんなことないです!清潔です!綺麗です!清廉です!」

 

思いっきりとばっちりだ。

 

「って、そんな褒めなくてもぅ…」

 

照れるな。

心の中で突っ込んだその時だった。

突然、全ての神経が赤信号を発した。人間の奥に眠る生存本能が呼び覚まされ、身体は逃げる為のものに切り替えられる。俺は進行方向の先にある暗闇に、恐怖を見出した。

 

───なにかが、いる。

 

その事実を把握しただけで、身体が縛りつけられた。

あれは、現世に存在してはならいものだと本能が叫ぶ。明らかにあれは、伝説的で、空想的で、人間が畏怖するべき、超然だ。

 

「結斗君、逃げるわよ」

 

彼女が俺の名を呼び、肩に手を置く事で、身体の拘束が解放された。鼓動は脈を打つテンポを上げ、血流が加速する。脳内は黒く侵食され始め、思考が滞る。

あんな存在から逃げられるものだろうか。その思考で頭がいっぱいだった。彼女は袋に入れていた刀をすぐに取り出し、抜刀しいる。彼女の目は決して穏やかなものではなく、鋭く殺気に満ちたものだった。

その物体はゆっくりと、その高度を落としていく。次第に翼をはためかすような音が耳に届いた。その音が一つ、二つ。次第に電灯はその物体を照らして、不明な正体を明らかにする。

その姿は、人型であった。だが、それ以外が人ではなかった。

 

「竜人…?」

 

俺はそう呟いていた。

その容姿は頭が竜、首から下が人で、全身が黒く光る鱗に覆われており、目は赤い。その身丈程ある大きな翼を二つ背中に生やして、巨大な尾をなびかせている。形容するとすれば、まさしく『竜人』であった。

竜人は赤く輝く二つの瞳ががこちらを睨みつける。空気は、時が止まったと錯覚するほどに静まりかえっていた。人々の暮らしの明かりはそのままに、竜人はただ、さも当然であるかのように、そこにいる。日常に完全に溶け込んでいる非日常。

雲を縫い、山を削る龍の絵画を想像させる猛々しさを持っていながら、自然と一体となっている。

俺が、光る二つの紅蓮に呆気に取られた途端、竜人は飛び出していた。

 

「──────、あ」

 

『しまった。死ぬ。』

 

そう、頭によぎった。

身体の端から端まで恐怖で染まり、また俺の身体を縛り上げる。迫り来るあの強靭な爪を前に、俺という小さい存在は何が出来よう。迫り来るあの()の眼から、どう逃げれば良いのだろうか。どう行動しても、『死』にたどり着く意味のない思考の中、圧倒的な絶望に崩れそうになる。さらに脈拍が早くなるのを感じる。ドクン、ドクンと、自身の死期が迫っている感覚が襲う。

 

──だが、俺は生を諦めるという思考には、至らなかった。

 

『今は俺の死に時じゃない』

『まだ死ねない』

『死んでたまるか』

彼女と出会って、弟子入りして、まだ間もないというのに、まだ死ねるか。という心情が何処かから噴水のように湧き出たのだ。それは極限に早まった血流に乗り、身体全身を駆け巡る。

本能とは別に、感情が、俺の心が、訴えるこのガソリン(感情)が、エンジン(身体)に火を灯し、俺を決意させる。

 

生き残ることを。

 

だは、そのちっぽけな俺が出来ることはあるのだろうか。ああ、()()を残して、俺が出来ることはない。

そして、俺が出来る唯一の出来ることというのも、全力の心を込めた正真正銘の()()()である。この人間というちっぽけな存在が、あんな超然をどうにか出来るなどと思えない。

 

それでも、息を吸った。

 

世界が変わった。

 

──さぁ、意地汚く。生き延びよう。

 

《阻め、汝の行く手を》

 

早口にその言葉を紡いだ。

京洛家は言葉を紡ぎ、刻んで伝達する為の『言語』を用いる術を得意とする。その名も『言語魔術』。

そして、俺が行った魔術は、その中の『指令暗示』と呼ばれる暗示の上位互換に当たるものだ。さらに、最も強制度強い『命令(コマンド)」。内容は『対象の停止』。

聴覚を通して作用するこの魔術は、相手が音を察知できるならば、効果を発揮する。

 

「嘘だろっ──────」

 

だが、竜人が止まらなかった。いや、止まるはずがないのだ。

この魔術はあくまでも言葉を発するものだ。その為、本人の精神状態や意思の強さなどが効果に大きく反映される。

例えば、太古の王であり、英雄の中の王であるギルガメッシュがこの魔術を使えば、自身が絶対王である自負により、強靭な精神力により、効果は絶大なものとなったであろう。

しかし、今、この魔術を使用しているのは、目の前の竜に怯えたただの魔術師である『京洛結斗』だ。空元気程度で、本能的な怯えを、圧倒的弱者であるという自覚を覆せる筈もない。もちろん、効力は激減してしまう。

結果、精々違和感に感じる程度の『停止』となる。絶体絶命、もう京洛結斗だけでは打つ手なしの状況となった。

 

俺では、何もできないだろう。

 

──だが、彼女ならばどうにか出来る。

 

刹那に剣豪はその地を蹴り出す。それと同時に発生する鋭く高い二つの金属。

大剣豪は今の隙だけで、竜人を二度斬撃を浴びせ、蹴り飛ばしていた。

 

俺の身体は窮地を脱したことにより、忘れていた呼吸を取り戻し、身体の束縛を解放した。心臓は未だに平生より早く脈を打ち、手足の先は微かに震えている。

正直、彼女がどう動いたのかどうかは俺の目では捉えきれない程に早かった。

だから、先程の『二度斬撃を浴びせ、蹴り飛ばした』というのは、発生した二つの音と彼女の『片足を上げている』という動きの終わりだけを頼りにした憶測である。

まさに神速。常人の域ではないことを思い知らされる。

 

「倒せ…ましたか?」

 

呼吸はまだ荒く、精神は安定していない。

それでも、俺は彼女に聞いた。

 

「まだ倒れてないと思うわ。さっきの斬撃も、あの鱗に阻まれちゃったみたいだし」

 

飛ばされた先で倒れていた竜人は、何もなかったかのように無表情のまま立ち上がった。先程の攻撃では殆どダメージを与えられていないようで、あの黒い鱗には一切傷が見られない。ヤツの燃えるような紅の目は残っている余裕と、自然の巨大さを如実に表している。

それを見て、俺の身体は緊縛に襲われる。

俺が目の前にしているアレはどれだけ雄大で、壮大な化け物なのだろうか。

なんだか、『自然そのもの』を目の当たりにしているような心持ちがした。

 

しかし、竜人は急にその表情を焦燥のものに変えた。顔がはっきりと見えていた訳ではないが、所作が完全に焦っている時のそれだったのだ。

すぐに空高く飛びどこかの方向へと飛んで行った。

余りにも唐突な出来事なので、俺たちは目を疑い互いに顔を合わせる。

……どうやら、見逃してくれたのだろうか。

 

 

数秒が経ち、俺は見逃してくれたのだろうという事実を受け入れる。

安心した瞬間に身体が一気に脱力した。思わず尻餅をついて、夜空を見上げる。

空には、一つの一等星が街の明るさなど関係なさそうに輝いていた。ようやく身体はゆっくりとした深呼吸を許し、肺には多大な酸素が送り込まれる。

 

「大丈夫?」

 

武蔵さんは片方の刀を納刀し、開いた手をこちらに差し出してくれていた。

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

俺はその手を取った。彼女の手には、女性らしく柔らかくも力強さを感じた。

 

「本当?結構呼吸が荒いけど」

 

「じきに、治ります。多分」

 

俺は側に落ちていた夕食を取り、彼女に大丈夫であるという旨を伝えた。

 

「ひとまず、帰りましょう。武蔵さん」

 

俺たちは再び帰路に着いた。街は静寂としていて、どこか肌寒い。また二人分の足音だけが、この空間を支配していた。

 

 

「ただいま」

 

「再びお邪魔しまーす」

 

鍵を開けて、ドアを開ける。

今まで幾度も聞いてきたこのガチャリという施錠の音が、今回だけは俺に安寧をもたらした。直ぐに俺は手も洗わずに机に夕ご飯を投げ、ソファへとダイブすることになる。

 

「ほら、手を洗いなさい。本来の私みたいに汚くなるわよ」

 

武蔵さんはまるで親のようなことを言っているが、今はそれに突っ込む余裕もない。

俺は彼女の言葉に短く返事をして、ソファ(リラックスゾーン)から旅立った。身体が重い。たかが、あの一瞬で俺の気力は削がれてしまった。

手を洗いリビングに戻ると、武蔵さんは部屋の壁に飾ってあるいくつかの絵画をまじまじと観察していた。

 

「にしても、良いやつ飾っているわよね」

 

「俺には分からないです…」

 

「じゃあ、何で飾ってるの?」

 

「親の趣味です。そうゆうのをよく集めてましたよ」

 

俺の親にはコレクター気質な点があり、彼らが気に入った品々は全て集めるようにしていたらしい。だが、その癖がこの一族を滅亡に近づけてしまうことになった。

 

「他にもあるでしょ。ご飯食べたら見せてくれる?」

 

「…了解ですぅ」

 

俺はソファ(リラックスゾーン)に帰還する。長い旅路だった。もう死んでもいいや。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

彼女は机の上に投げられた袋を漁ってコンビニうどんを啜っている。

俺は数秒遅れて彼女の反対側に座り、コンビニ蕎麦を啜り出した。

 

「そういえば、武蔵さんは芸術とかにも通じたりしているんですか?」

 

俺は疲労した身体を酷使して問う。俺は出来るだけ人と喋っておきたいのだ。今までは外食以外は殆ど一人で食事を取っていたものだから、人と話しながら家で食事ができるという状況がこの上なく嬉しい。

 

「ええ、他の道にも剣の道に通じるものがあるんじゃないのかなってね。色んな世界を旅してたから、沢山素晴らしい作品を見てきたわ」

 

「じゃあ、例えばどんなものを?」

 

「えっと……」

 

俺は満身創痍ながらに、会話を楽しんだ。

 

「「ご馳走様でした」」

 

食事を終えると、俺は彼女をとある部屋へと案内する。その部屋だけにかけられた特別な鍵を用いて、俺は何年ぶりに重い扉を開けた。この部屋には、俺の両親が世界中から集めた様々な作品が並べられている。俺はどれも一級品であると親から聞かされていた。

 

「お〜」

 

彼女も感嘆を示しており、興味津々に埃かぶった部屋に入ってそれらをを眺めている。

床一面には、豪華な赤色に金の刺繍が入った絨毯が敷いており、ドアの向かい側にある大きな三段の棚には、様々な絵画が本のように羅列されている。綺麗に配置された高そうな壺にはそれぞれ何本づつ日本刀や西洋の剣が入れられている。他にも、粘土版があったり、銅鐸があったり、世界中の民族衣装があったり、古代の祈祷用の道具があったりと、和洋折衷で混沌としている物置部屋である。

 

「何あれ」

 

彼女は雰囲気を緊張したものに変えて、壁にかけてある金で装飾された剣を睨むように見ていた。壁にかけてあるそれは一見、金色に光り輝き、絢爛な装飾で見る者を釘付けにし、人々を魅了するバイキングソード。ではあるが、その見た目では隠しきれないほどの瘴気を放っている。

 

「あぁ、それは…何があっても触れないでください」

 

彼女は俺の言葉に了承して、その他の骨頂品を眺めるようにしてくれるようだ。

それらを嬉しそうに見る彼女を見ても、やはり、芸術の何が良いのか分からない。俺は彼女にもう寝るという旨を伝えて部屋を出た。

すると、携帯からメール着信の音声が流れる。陽気な着信音にも関わらず、その内容は注視すべきものだった。

 

『緊急事態の為、全員明日10:00集合』

 

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