天元の花と茎   作:新川翔

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会議その1

昨日設定した目覚まし時計から朝を知らせる電子音が響き渡る。俺はその音でもう日が昇ったであることを知り、起きることを決意した。

やはり、椅子で寝ると、身体の各所が痛くなる。すぐそばにある目覚まし時計を止めて、 顔を洗うために立ち上がる。いや、確か昨日はソファで寝た筈だ。

壁掛け時計が示す時刻は午前6時半。人々は活動を始める頃だ。

洗顔を終えたついでに、昨日紹介した物置(芸術品の)部屋を覗くことにした。俺は先に寝てしまったので、彼女がどこで寝ているのか知らないからだ。寝る直前に俺のベッドを使ってもいいと言ったことは覚えているが、彼女があの部屋でそのまま寝てしまった可能性だってある。というか、絶対寝てる。

 

俺は一度深呼吸をして、冷たいドアノブに手をかける。

思いっきり扉を開けると、赤い絨毯をベッドにしている武蔵さんがいた。やはり、寝てしまったようだ。

彼女が寝ている赤い絨毯は結構な厚さがあるため、寝てしまうのは分からなくもないが、汚いことには変わりない。なので、俺は彼女を起こさなくてはならなくなった。さて、彼女を起こすのに有効な文句はどんなものだろうか。

俺は数秒思考して口を開いた。

 

「うわぁ、ここ埃っぽいなぁ。きっとこんなとこで寝る人は……」

 

わざとらしく、それでいて、大声でゆっくりとそんなことを言った。

 

「維斗君、シャワー借りれる?」

 

その言葉を聞いた彼女は何事も無かったように覚醒した。

 

「もちろんですよ。風呂場はこの部屋を出てすぐ右です」

 

昨日の事をかなり気にしているのだろう。彼女は焦るのを隠すように早足にバスルームへ向かった。そういえば、彼女は着替える分の衣服は用意しているのだろうか。いや、彼女は旅人だ。予備の普段着は数着用意している筈だ。

俺は安心して埃かぶった部屋を出た。今日は土曜日。午後にでもこの部屋の掃除をするとしよう。

 

俺は今日の朝食を得る為にキッチンに立つ。

連続でカップうどんというのもどうかと思ったので、丁度目についた食パンを1枚手にとって電子レンジに入れる。トースターモードのボタンを押して温めを開始した。

電子レンジの駆動音が水の弾く音と一緒に耳に入る。どこか物足りなさを感じた俺はもう一枚だけ、食パンを取り出していた。

 

合計二枚のパンを焼き終えた頃、武蔵さんはシャワーを終えて、リビングに出てきていた。

 

「シャワーありがとね」

 

「いえいえ、大丈夫で…す…」

 

彼女の声を聞きそちらに向くと、まず、彼女の服装が目に入るわけだが、俺はそれに度肝を抜かれた。

なんと、道着一枚だった。青い道着に赤い帯を巻いている。

中学と高校では剣の道を学んでいたので、彼女の特異的な出で立ちにかなりの違和感と妖艶さを感じた。

『袴はどうした』と言いたい気持ちを心の中で殺す。

彼女は濡れた髪をタオルで軽く押し付け、水気を取っている。何事もないように素っ頓狂な表情の彼女を見るに、別にこれが彼女の普段着のようである。

だから、突っ込もうにも突っ込めない。

突っ込んで、何か言われたら何も言えない。

 

「…武蔵さんは朝食どうしますか?」

 

「あ〜、うどんでいいわ。できれば、昨日と違う味でよろしく」

 

「分かりました」

 

俺は棚に貯蔵されているカップうどんの中から昨日のものとは違う緑のものを取り出した。ポットに水を注いてスイッチを入れる。

 

「うどん好きなんですね」

 

「まぁね。色んな世界のうどんを食べることが、私の生きがいの一つみたいなものだし」

 

「じゃあ、他の世界でなにか変わったうどんとかありましたか?」

 

やっぱり、俺は家の中での会話というものが恋しかったのだろう。

会話は苦手な方な筈なのに、昨日、あんな恐ろしい物を見た筈なのに、次々と言葉が出てくる。

 

うどんの話がちょうどいい区切りを迎えた頃、俺は彼女にある場所へ出かけることを伝えた。

 

「なんで集められるの?」

 

「多分、昨日のことじゃないでしょうか。あの竜人についての対策とか」

 

「あれかぁ。確かにこの世のものとは思えない容姿だったしね」

 

「ええ、流石にあれ程の魔力となれば、地主さんの結界にかかりますよ」

 

地主という単語に彼女はピクリ、と反応した。

 

「地主さん?魔術師にも土地の上下関係とかあるの?」

 

「普通はないです。多分、ここくらいだと思います」

 

「ふーん、どうして?」

 

「この土地には豊潤な龍脈(資源)があるんです。ですから当然、他の地域の人達に狙われていたんです。一時期は持ちこたえていたそうですが、遂に守りきれないと察した地主さんの祖先の方が周辺にいた4つの家にその一部を譲ったんです。『この土地に侵入者が現れたら、5つの家全てが協力して排除する』という条件つきで」

 

俺は納得しているような彼女の表情を見て、そのまま続ける。

 

「魔術師は基本閉鎖的で、手を取り合うなんてほとんどあり得ないですから、抑止力としてかなり効果を発揮したみたいですよ」

 

「へー、土地を守りたいのは魔術師も一緒なのね」

 

「まぁ、そうです。というわけで、8時半には出発するつもりですので、準備をお願いします」

 

「オーケー、あとドライヤー借りるわね」

 

「分かりました」

 

そんな会話を続けて8時半ごろには俺たちは身支度を終えていた。

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

武蔵さんは白色のタートルネックの縦セーターとジーパンという組み合わせだった。また、刀袋に2本の刀を入れてそれを肩にかけている。

俺は少し軽くなった扉を開けた。先程、携帯で確認した気象予報によると、気温、天気共に良好。冷たい風もどこか心地良かった。

大地主さんが住んでいるのは都心郊外の高級住宅街で、俺の住むマンションと都心を挟むような場所にある為、電車と徒歩で1時間と15分ほどを費やす。

この時間帯は、土曜出勤で暗い顔をする者が多く見られる時間で、休日である筈なのに空気が少し重い。俺たちは、その空気から解放されるまでの間は話は弾まなかった。

 

目的地の最寄駅で電車を降り、改札を出る。

重い空気に解放されて、気分が軽くなったので自然と会話は再開された。

 

「大地主ってどんな感じの人なの?」

 

「現役女子高校生ですよ。あの年ながら土地のオーナーをこなしちゃう天才です」

 

「へー、高校生で土地の経営してるのね…すごいじゃない。それで、その子は可愛い?」

 

武蔵さんはとても感心した直後に下心丸見えの質問を返した。

 

「可愛いですよ。普通に」

 

「ほぅ……美少女か。う〜ん。もう少し若ければなぁ。そう、例えば中学生くらい」

 

彼女の言葉からは犯罪者の匂いしかしなかった。

大丈夫だろうか。この剣豪。

 

「そういえば、結斗君って年下は好き?私はねぇ、だっ……いえ、何でもないです」

 

いえ、もう手遅れです。

ここで、知りたくもない彼女の性癖の一部が明らかになる。

 

「いや、まぁ、美少女ッテノハ魅力的ナモノガアリマスヨネー」

 

「舐めてんのかコラ」

 

「…すいません」

 

どうやら彼女を怒らせてしまったようなので、全力で謝る。

俺たちは師弟関係にある筈なのに、彼女がかなりフレンドリーな態度で接するので、ついつい上下の感覚を忘れてしまう。正直言って、距離感が掴みにくい。だが、それは言い訳にしか過ぎない訳で、完全に非はこちらにある。

 

「もぅ、冗談冗談。そんな沈まないで!」

 

俺の不安は無駄だったようだ。俺たちの関係を再確認したくなるほどに彼女は寛容だ。だが、相手が怒ってないと分かっただけで気分を切り替えられる俺ではない。

 

「いや…本当にすいませんでした。もう、このような事はいたしません」

 

「おーい、聞こえてる?大丈夫、怒ってないわよ。え、なんかごめん!?」

 

数分後、俺はある家の前で足を止めた。

シャッターの閉まっているガレージを一瞬見て、半円状に広がる小階段を上り、大きなドアの前に立つ。二階建てで、外観はシンプルモダン。壁は主に白で、所々に灰色が配られている。

表札には『藤咲』と綺麗な文字で掘られており、大きなドアの右上を見ると、小さな屋根に取り付けてある監視カメラが、こちらをまじまじと見つめている。

俺がインターホンを深く押すと、1,2秒後に老けた男の声が聞こえてきた。

 

『はい?どなたでしょうか?』

 

中富(なかとみ)さん。京洛結斗です。今日、召集ありましたよね」

 

『はい、そうです。結斗様ですね。…おや、お隣の方は?」

 

老人にしては活気があるその声は、カメラを通して武蔵さんを見ていた。

 

「あとで皆さんに紹介します。俺の使い魔です」

 

『ふむ……承知しました。どうぞ上がってください。鍵は開いております』

 

俺はインターホンの切れる音がするのを確認したら、武蔵さんの方へとくるりと、回った。

 

「武蔵さん、お願いがあります」

 

俺は声を小さくして彼女に話しかける。

 

「何?そんな改まって?」

 

「京洛家の当主は護衛用の使い魔を携帯するっていう慣習がありまして、武蔵さんには俺の使い魔のふりをしていただきたいんです」

 

「きっと、そっちの方が都合が良いのよね。…使い魔って、式神みたいなものでしょう?分かったわ。そのお願い、承るわ!」

 

「え。…あ、はい」

 

俺は彼女が快諾したことに驚いた。

やはり、彼女は師弟関係についてあまり自覚がないように見える。

彼女にとって俺は弟子とよりは、仲間という感覚なのかもしれない。

 

「それにしても、師匠なのに名目上は使われる側ってのも、可笑しいわね」

 

「確かに、そうですね」

 

俺は重そうなこげ茶のドアに手をかける。

ギィ、と音を立てて扉は開いた。

 

「いらっしゃいませ。ささ、お上がりください」

 

扉の先には一人、年老いた執事が立っていた。先ほどの声の主である。

年季の入ったシワの深い顔、完全に白く染まった髪を伸ばして後ろにまとめ、片眼鏡をかけている。背丈は180cmはあろうその人は、執事服に身を包み、歓迎する表情をこちらに向けている。

 

「「お邪魔します」」

 

俺は玄関に並べてある靴を見て、来ている人数を確認した。

どうやら最後ではないらしい。あと一人、来ていない人がいる。

俺たちは執事にリビングへと誘導された。

リビングルームに入ると目の前に、木でできたこげ茶の縦長いテーブルが現れた。奥に一つ、左右に二つずつ、合計五つの席が置かれており、その内三つは埋まっている。奥にある一回り大きな椅子に座っているのは、若くしてこの土地を仕切る『結界の鬼才』藤咲佳純(ふじさきかすみ)

 

「ほら、すわりなさい」

 

冷たくとも暖かくともない目をして、彼女は俺にそう促した。

俺は言われるままに自身から見て右の奥の椅子へと座る。

 

「貴方の椅子は今、持ちいたします」

 

「ありがとう…ええと…」

 

「中富です。気軽に何なりとお申し付けください」

 

「ありがとうございます。中富さん」

 

どうやら彼女の分の椅子は用意されるようだ。俺は一安心して、真正面へと視線を送る。筋骨隆々の男が手を組んで、チラリとこちらを見ていた。長髪とも短髪とも取れない微妙な長さの髪を持ち、その目は虎のように鋭かった。

 

「帰ってきてたんですね。南木曽さん」

 

「…まぁな。というか、今回の招集は俺が地主さんに頼んだことだ。…それより、結斗」

 

この人の名は南木曽悠二(なぎそゆうじ)。『神秘殺し(ミステリキラー)』という二つ名を持ち、封印指定された魔術師や魔術犯罪者を狩ることを生業とし、半分フリーランス、半分正規の封印指定執行者の魔術使いである。その職業柄、一つの地に定住していることはほぼなく、この土地に帰ってくるのも半年に一度くらいである。その彼が低い声を更に重くして、武蔵さんを睨んでいた。

 

「そこにいる御仁は何者だ。只者ではないな」

 

「あら、そう言う貴方も只者じゃないでしょ。どう?私は今すぐにでも始めていいけど」

 

急に空気が固まった。

違いが睨み合いその場の空気が痺れ始める。俺は身動きなど取れなくなってしまった。互いに好敵手を見つけ、牙を研ぐ猛獣がちょうど俺を挟んでいるのだ。その獣たちが俺は眼中にないとしても、俺を萎縮させるには十分だった。

 

「これ、そう殺気を立てるな。ここは闘技場ではないぞ。戦闘狂ども」

 

そこで、もう一つ声が入る。それは、俺から見て左に座る仙人のような老人から発せられた言葉だった。彼の名は斎藤忠式(さいとうただしき)。キメラ製造の権威で『合成獣総統(キマイラプロフェッサー)』と呼ばれている。

彼の言葉を聞いた二人は最後に互いを見合って、殺気を解く。俺は安堵して、静かに深呼吸をした。本当にたまったもんじゃない。

 

「京洛家の護衛用の使い魔か。サーヴァントとは相当準備したのう」

 

「まぁ、そうですね斎藤爺さん」

 

すると、すぐにリビングの扉が開いた。最後に一人が到着したようだ。

 

「あの……。遅れてしまいましたか…?」

 

「いえ、全然大丈夫です。集合時間前ですから、遅刻にはなりません。さぁ、席についてください」

 

最後の一人は喜多方沙樹(きたかたさき)

主に氷の魔術を用いる女性で、『物質を停滞させる』魔術を行う家系に属する。

彼女は地主に促されるまま、俺の隣の席についた。武蔵さんはいつの間にイスを用意してもらい、その席に座っていた。それを見て、俺は普通、弟子が席を準備するものだとここで気づく。彼女は気にしていないようなので、謝ったらそれこそ迷惑だろうが、今後は気をつけたいと、深く思った。

 

喜多方さんが席に座り、中富さんが俺たちの前に紅茶を入れると、藤咲家当主が年相応でない大人びいた雰囲気を出して、口を開く。

 

「予定時間より早いですが、これより、会合を始めます。まずは、南木曽さんから」

 

「ああ、『土地狩り』がこの周辺に来ているとの噂だ。今すぐに対策を講じるべきだ」

 

彼の言葉に、全員が顔色を変えた。

──『土地狩り』

どの魔術協会にも属さない拠点を持たない魔術狩猟集団。その名の通り、土地を狩り、その土地に住んでいた魔術師の魔術を吸収すると噂されている魔術師の天敵である。時計塔(ロンドン)から何度か討伐隊が組織されたそうだが、それらを全て返り討ちにしているらしい。恐らく、南木曽さんは仕事の中でその噂を耳にしたのだろう。発言権は藤咲佳純に移り、彼女が口を開ける。

 

「ええ、ですから、今後の足並みを揃えるために、緊急で集まってもらいました。何しろ、相手は『土地狩り』です。全員で協力しない限り、撃破は不可能です」

 

「それでは、儂のキメラを町中に放っておくか?」

 

「お願いします。私も結界内で何か不審な事象などありましたら、皆さんに連絡します」

 

斎藤爺さんの提案を受け、彼女はそれに首を縦に降った。他のメンバーも賛成しているようで、異論は挟まない。しかし、俺は彼女の言葉に疑問を持った。いや、キメラを町中に放つのは賛成だ。俺が疑問を持ったのは、彼女の言葉だと、『今まで結界内では何もなかった』というニュアンスで聞こえてくるのだ。そんなはずはない。では、俺たちが昨夜会ったあの竜人は、なんなんだ。俺は彼女に昨日まで、本当に何もなかったのかを、聞かなくてはならなくなった。

 

「あの、待ってください」

 

「どうかしました?」

 

一同の注目が一気に集まる。俺は小さく呼吸をして、質問した。

 

「俺たちは昨日、…竜人のようなものに襲われたのですが、昨日までに結界内には何も反応はなかったんですか?」

 

「ええ、今現在までこの町(結界内)には何も発生していません」

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