天元の花と茎   作:新川翔

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会議その2

 

『何も発生していない』

予想していた言葉ではあるが、俺は驚きを隠せず、口をポカリと、開けてしまう。彼女ほどの結界使いが、あの化け物を感知できない筈がない。そう思っていたからだ。

 

「京洛の。貴様、竜人と言ったな。詳しく話を聞かせなさい」

 

少し声の調子を上げて俺の言葉に食いついたのは、斎藤爺さんだった。彼がこの話に興味をすすられるのは当たり前だった。竜人とは竜と人を掛け合わせた存在であり、大きく括れば合成獣(キメラ)だ。その専門家である彼が食いつかない筈もない。

 

「襲われたのは、昨日の夜のことです。彼女のお陰で助かりましたが、()()()()()()と対峙しているような恐怖を感じました」

 

震えるようなあの絶望感。人間の小ささを思い知らされたあの瞬間。それが、脳裏にフラッシュバックする。また、あの化け物と合間見えると思うと、声が震えそうで、足が竦みそうになる。

 

「ふむ、そうか。……竜人の生成だけならば、理論上可能なんじゃがのう。『自然そのもの』と錯覚させる規模のものであると、かなり現実味が薄れてくる」

 

『竜』というものは、天変地異に例えられることがある。

彼らの怒りが洪水を起こし、人々を苦しませるというような文献が存在するように、一部の格の高い竜は『現象』として自然現象に干渉し、自然と半ば同化しているのだ。だが、それは古き時代の話。運良く神秘の残っていた島国でも、今ではその現象は確認されていない。

失われたモノ(自然の一部と化ける竜)の再現。更に、それの改造(キメラ化)となると、恐ろしいほどの難しさが要求されるのだ。かつて、衰退したルーン魔術を復興させた天才魔術師が存在するが、それとは難易度の桁が一つ違う。

 

「だが、京洛のがそう感じ、地主の嬢さんに感知されないとすると、その竜人は自然と同化していると見てよいじゃろう」

 

自然とは、()()()()()であること。彼女が施している街を覆う結界は、()()()()()()()()()()。つまり、不自然で特異なものを察知する結界だった。存在を知ることができなかったのも無理はない。

 

「それで、貴様のサーヴァントは、それを退けられるほどの戦闘力を持つということか」

 

斎藤爺さんは武蔵さんの方へ、目を向ける。

彼は強大な力を持つ竜人を武蔵さんが撃退したのだと思っているらしい。

 

「いえ、奴は急に焦った様子を見せて逃げました。奴自身は強靭な鱗を持っており、俺の彼女の攻撃でも傷一つつきませんでした」

 

「すまぬ経絡の。話が少し変わるが、貴様の使い魔(サーヴァント)について話してはくれんか?何も真名までとは言わん。クラスくらい開示してもらわなければ、こちらの戦力も把握出来ん」

 

俺は彼女のクラスとついでに真名を話した。本来なら真名までも語る必要がないが、強さの指標となるだろうと思い、話しておいたのだ。だが、俺はあることを失念していた。そう、宮本武蔵は本来ならば、男である。

 

「「「「え?」」」」

 

「てへへ」

 

やや大げさに語りあげてしまったことに少々後悔しながら、周りを見渡すと、武蔵さんは照れて、その他のメンバーは全員困惑していた。その光景を見て、俺はいつも自身の上をいく彼らに一泡吹かせた気になってしまった。

 

「だが、そうか…」

 

だが、その現実をすぐに飲み込めた人がいた。南木曽さんは照れる彼女を見て、薄く微笑んでいる。

 

「納得だ。にしても、とんでもない当たりを引き当ててたな結斗。女であれど、漂う剣気はまさしく宮本武蔵と形容するに相応しい」

 

「南木曽さん、今日は結構喋りますね」

 

俺は初めて、子供のように嬉々とする彼を見たような気がした。普段は寡黙な彼だが、この時は押さえようとも、押さえきれずにニヤリと笑う顔があった。

 

「あぁ、あの宮本武蔵だぞ。生涯無敗の二天一流創設者。戦いに身を投じる者ならば、誰もが一度は相手にしたい思うだろう」

 

「てへへ」

 

彼の言葉が武蔵さんをさらに奢らせる。その様子を見かねた藤咲さんは一つ咳払いをして、口を開いた。

 

「つまり、かの剣豪宮本武蔵でも、その竜人は倒せないということですか?」

 

話が戻った瞬間、緩みかけた空気が再び締められた。

その宮本武蔵でも傷を与えられなかった存在を俺たちはどう対処すれば良いのだろうか。

 

「動きは対応できない訳じゃないのよねぇ。あの鱗さえどうにかできればいいんだけど…」

 

ここで彼女がこの会議では初めて、発言らしい発言をする。

どうやら、彼女はこの空気に慣れ始めてきたらしい。俺とは比べ物にならない適応力だ。

 

「鱗はどうにも出来んが、手立てはある」

 

「え!?本当?えっと、…ご老人!」

 

「宮本武蔵よ。儂の名は斎藤忠式という。好きなように呼んでくれ。それで、竜人討伐の件だが、つまるところ、奴は合成獣(キメラ)なのじゃろう?ならば、合成獣としての弱点が有効なはずじゃ。合成獣は複数の生物の遺伝子を魔術を用いることで、共存させ、生かしておる生物。その魔術を解けさえすれば、奴は拒絶反応で内側から破滅する」

 

「それで、その竜人は倒せるのですね」

 

藤咲さんは焦りが見える声色で、斎藤爺さんに確認した。最優のクラスであるセイバーでもダメージを与えられない強敵を倒せるかどうか不安になっているのだろう。

 

「ああ、そやつが本当に合成獣の端くれならな。十割十分、完全な竜と人の混血となると、流石に手の出しようがないがな。それで、儂がその魔術を解くわけじゃが、出来れば、喜多方のが動きを止めてくれればよいのだが」

 

「ヒッ」

 

自身は蚊帳の外だと完全に油断して、紅茶を嗜んでいた喜多方さんに集中が集まる。彼女はこの状況に驚き小さく跳ねた。この時、彼女以外の全員が『あっ、こいつ気抜いてたな』と感情を共にする。

 

「えっ、あっ、はい。分かりました。はい」

 

「………。それと、この土地の防衛規約により、一旦、龍脈の制御権は全て私の藤咲家に置かせて頂きます。異論は、ございませんね」

 

彼女はすぐに話題を切り替える。確かに各家で各龍脈を守るよりそれを一箇所に集めて全員で守った方が良い。何しろ、狩猟集団である相手は集団の可能性が高い。数に物を言わせ、包囲して各個撃破なんてされたら、たまったものじゃない。

 

「それと、南木曽さんには単独で行動して頂きます。目標は全敵勢力の暗殺です」

 

「了解した。だが、相手は俺対策を十分にしてくるだろう。連絡を常にとって出来るだけ連携できるようにしたい」

 

「うむ。儂の連絡用の合成獣を渡しておこう」

 

「有難い。それと結斗」

 

「何ですか?」

 

「俺の装備一式に強化を頼む。筆跡刻印だ。今夜、取りに向かう」

 

「分かりました」

 

術筆刻印とは、京洛家の使う言語魔術の一つで、対象に文字を刻み、念じた効果を付与する強化魔術だ。

俺は南木曽さんから差し出された濃い赤色のアタッシュケースを受け取る。この中に彼の装備が入っているのだろう。箱に重厚な重みがあった。

 

「ひとまず、この方針で相手の様子を見ましょう。相手の実力は未知数です。南木曽さん以外は極力戦闘は避けてください。それでは、お疲れ様でした」

 

彼女の言葉を皮切りに会議は終了する。

各自、自身のタイミングで藤咲の家を出る。俺と武蔵さんは少しゆっくりしてから、この家を出た。門をくぐって、すぐに彼女は口を開ける。

 

「強そうだったわね。あのひと。この時代にあんな人がいるとは思わなかったわ」

 

「南木曽さんですね。まぁ、あの人はとんでもない噂話もありますし…」

 

これは風の噂だが、元々、フリーランスで魔術関係の仕事をしていた南木曽さんは、彼自身の魔術の継承先がいないことと、彼の持つ希少な魔術の為、一度だけ、封印指定を受けたことがあるらしい。だが、彼は差し向けられた執行者を全て拘束し、封印指定を発令する秘儀裁示局・天文台カリオンと彼らの身柄引き渡しを条件に自身の不保護を交渉したのだ。

結果、カリオン側は彼に利用価値を見出し、今まで通り、魔術使いとしての活動を認めながらも、正式な封印指定執行者として招き入れ、指定は解除されたらしい。

 

「いつか戦いたいなぁ。うん。わくわくしてきた!」

 

彼女は好敵手を見つけ興奮して足を半ばスキップさせていた。斎藤爺さんの『戦闘狂』という表現は間違ってはいないのかもしれない。ふと、腕時計に目を配ると針は11時頃を指していた。ここから都心へ行けば、丁度お昼時だろう。

 

「武蔵さん、お昼はどうしますか?」

 

「うん、うどん」

 

無駄な質問だった。この短い期間でも、彼女がうどん好きで、隙あらば、朝昼晩の食事がうどんに染まりかねないうどんっ子であることは、分かるはずだった。俺は夜は何としても、うどんを避けなければならないと思った。

 

「分かりました」

 

取り敢えず、何処かのフードコートに行けば、俺の昼食はうどんにならずに済む。さて、夕飯はどうしようか。この流れで夕食を聴くと、彼女は100%うどんと答えるだろう。俺にとって、それは嫌だ。流石に飽きてしまう。もしかしたら、うどんに対して恐怖を覚えてしまう可能性さえあった。だが、夕飯がうどんでなければ彼女の機嫌を損ねる可能性もあるだろう。さて、どっち道、詰みだ。

 

「あ〜、結斗君。夜は鍋にしましょう!うん、お鍋!」

 

「え?」

 

まさか、彼女から案が発せられるとは思わなかった。

 

「…うどんじゃないんですか?」

 

俺の言葉を聞いた武蔵さんは一瞬固まった後、少し笑った。

 

「まさか、私がそんなうどん好きに見えたの?」

 

見えました。その言葉が出ないよう必死に堪える。

 

「確かにおうどんは好きだけど、食べる理由は色々な時代の麺を食すことであって、好きだからって訳じゃないからね」

 

「そ、そうなんですか」

 

俺は彼女に対するイメージを変えながら、安心する。俺の食事がずっとうどんになるということはなさそうだ。そういえば、俺の昨日の夕食は蕎麦だったし、今日の朝はトーストだった。別に彼女は俺の食事を制限する気など微塵もないのだ。つまり、俺がさっきまで彼女に抱いていた幻想はただの勘違いだ。

冷静になったところで、ふと、気付く。鍋という料理は様々な具を一つの容器に入れ一緒に調理するものだ。そして、最後にはシメと呼ばれるものが存在する。残った汁に何かしらの炭水化物を入れ、汁まで完璧に食べ尽くす一切無駄を出さない合理的な工夫だ。

 

「まさか、鍋のシメって」

 

「うどんだけど」

 

結局、うどんじゃねぇか。

 

「あっ、結斗君。お昼を食べたら少し買い物をしましょう!欲しいお召し物があるの!」

 

「何ですか?時間に余裕はあるから、大丈夫だと思いますけど」

 

「うん、じゃーじだっけ?それを試してみたくって。それと、買い物の後、稽古をつけたいんだけど、どこか場所取れる?」

 

「場所は…取れます。安心してください」

 

俺たちは昼食をとった後、武蔵さんの為のジャージを買い、一旦家に戻って荷物を置いて着替えてから、とある小学校の体育館へ向かった。

鍵を開けて、少し重い扉を開ける。ガラガラと音を立てて開いたその先で、秋の日差しが誰もいない体育館を指していた。既に人払いの結界は貼っているので、誰かに目撃されることもないだろう。裸足で歩く床は冷えていて、ついつい、陽の当たるところへと向かいたくなる。

 

「ここって小学校よね。どうしてこんな場所取れたの?」

 

「俺が中学生に頃に通っていた道場の先生に頼んだんです。俺、昔はここで剣道してたんですよ」

 

「へー、じゃあ、剣の基本は修めているってことでいいのね」

 

「はい。大丈夫だと思います」

 

武蔵さんは上下とも青に赤いラインの入った長袖のジャージを着用している。

彼女の着物や道着も同じ様な色合いだったことを考えると、彼女はこの色の組み合わせが好きなのかもしれない。俺は記憶を辿り、予備の竹刀が置いてある場所を探り当てると、それを三本持って彼女の所へ戻る。

 

「うん、ありがとう」

 

彼女は俺が差し出した竹刀を一本だけ受け取って、振ったりして刀身の長さや、重量などを確かめている。

 

「二刀じゃないんですね」

 

「ええ、二天一流は二刀使うっていう流派じゃなくて、勝つために何でもするっていう流派だもの。勿論、一刀で戦う戦い方もあるわよ」

 

「なるほど」

 

俺たちは準備体操を始めて身体をほぐす。

基礎は覚えているとはいえ、ここ2年間稽古らしい稽古はせずに、やりたい時に素振りをしていた程度なので、手に持つ竹刀を一度振ると、しばらく使っていなかった筋肉が動かされて違和感を感じる。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

準備体操を終えた頃、互いに5メートル離れた位置で立った。

大きく深呼吸をして、彼女を見据える。

 

「それじゃあ、好きなタイミングでどうぞ!」

 

俺はその言葉で固まってしまう。

彼女が行いたいのは、実践練習なのだろうか。彼女は竹刀を肩に乗せ、ニヤニヤとしながらこちらを見ている。彼女は好きなタイミングでと言ってくれたが、逆にそれは困る。正直、どのタイミングで始めれば良いのか分からないからだ。正面から突っ込んでも、すぐに倒されるだろうし、かといっても、攻めなければ何も変わらないしで、疑心暗鬼に陥る俺は、取り敢えず中段正眼で構える。

 

「う〜ん。来る気ないのかな?」

 

彼女は聞こえそうな、聞こえなさそうな、そんな小さな声で呟いた。

それの言葉に答えようとした途端、口が開いたまま、声が発せなくなる。

───『声を出したら斬られる』

そう身体が言って────

 

「そりゃ」

 

彼女は何の起こりもなく俺に近づき、竹刀を横に払った。…のかもしれない。

素人の俺には、それを認知することさえ許されなかった。俺はどうにか、それを紙一重に避け、体勢を崩し、床向かって倒れているという現実を、一つの瞬きの内に体感した。床に倒れた瞬間に転がって、彼女から1、2メートル離れた所で立ち上がる。

 

「ハァ─────、ハァ──────、ッ」

 

二度だけ呼吸して、最後に鋭く息を吐く。呼吸を止めて、彼女を睨みつける。もう、稽古ではなく、殺し合いだという実感が湧いた。自分では実力不足だとか、勝てる筈がないだとか、そんなことを考えてる場合じゃないのだ。俺はどうにかしてこの窮地を乗り越えなくてはならない。

そんなことを考えてる俺を見て、彼女は俺に剣を向けたまま口を開ける。

 

「勘は良いみたいね。というか、良すぎない?」

 

彼女の言葉に答える気はない。

だが、彼女は俺の返しが無くとも、その言葉を続ける。

 

「普通、剣の素人、いや、中堅くらいの剣客でも避けられないくらいの速さのつもりだったんだけど…。結斗君、君ってさ、何か剣豪の幽霊とかに憑かれてない?」

 

彼女は半分冗談、半分本気のような笑顔で言った。幽霊に取り憑かれるようなことなど、したことがない。憑依魔術なんてのも、俺の分野じゃない。…だが、取り憑かれるようなモノは確かに()()している。俺は彼女の問いに出来るだけ簡単に、短く答えた。

 

「呪われてますよ」

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