天元の花と茎   作:新川翔

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前半はタイトル通りです。


武蔵ちゃんと鍋を食べたい。

「「ただいま〜」」

 

日は沈み、一等星が薄く輝く頃、俺は施錠して重いドアを開けた。玄関に着いてすぐに鍋の材料の入った重いビニール袋を下ろす。

 

「結斗君、シャワー借りまぁす」

 

「どうぞぉ。ゆっくりして下さい」

 

俺は彼女を先に風呂場に向かわせた後、下ろしたビニール袋を再び持ち上げてキッチンに運び込んだ。棚から埃かぶった鍋と電気コンロを出す。鍋は水で洗って乾かし、コンロは水拭きで拭いて汚れを取る。それらが乾く間に南木曽さんからの依頼をこなすとしようと思い、リビングへと向かった。

 

胡座をかいて、彼の装備品が入っているであろうアタッシュケースを慎重に開ける。

宝のように几帳面に並べられる装備品の数々、高級な宝石や歴史的遺物、聖遺物等、が埋め込まれた『神秘殺し』に相応しい品々だ。

これら一式は通称、『天部・武顕』と言われているらしい。

これらの装備は仏教の尊像の4区分の四番目に当たる諸天部をモチーフにした装備であり、各天部の名が冠されている。

俺はすぐに携帯を取り出し、書斎へと移動した。マンションの小さな一室とはいえ、本を収めるためだけに使用されているこの部屋は、かなりの蔵書を誇っている。

俺は沢山の本棚の中から、天部について書かれている本を探し、さらに天部に関連したワードをブラウザーで検索する。

その調査の果て、彼のそれぞれの装備に合う言葉を探し出し、携帯のメモ機能に書き記した。

 

そして、リビングに戻ると、シャワーを終え、青を基調とした道着を着た武蔵さんが南木曽さんのアタッシュケースの中を覗き見ていた。

 

「ほー、すごいわね」

 

「やっぱり、武蔵さんから見ても凄いんですか?その装備は」

 

俺は興味津々にそれを見る彼女を眺めて、そう言った。

 

「ええ。というか、私は装備とかには頓着しないし、あんまり詳しくないから、そこら辺は素人なんだけど、その素人でも分かるってくらい質の良い装備品よ」

 

「ですよね」

 

この装備一式が素晴らしいものであるということは小さい頃、親から耳からタコができるレベルで聞いた話だ。俺は一瞬スリープモードになりかけて画面が暗くなった携帯を再び起こし、メモを見ながら彼女の隣にしゃがむ。

 

「これを強化するんだっけ?そんな必要あるの?」

 

「ありますよ。確かに、これらはその道を極めた人達によって作られた最高傑作で、完成されたモノです」

 

「それじゃあ、なんで?」

 

「完成、完璧なモノにさらに価値を付与するのが、今から俺が使う魔術の本質なんです」

 

「『完成されたものにさらに価値を』か…」

 

俺の話を聞いた彼女は、急にその声を重いものにした。

 

「どうしたんですか?」

 

「ううん、なんでもない。続けて」

 

「つまりは、疾風のように早いものには頑丈さを、鋼鉄のように硬いものにはしなやかさを、一つのものに、それを邪魔しないオマケを付与するのがってことです」

 

「なるほど、勉強になったわ。ありがとう」

 

「今の話に勉強できるところありました?」

 

「ええ、あったわよ。それより、君もシャワー浴びてくる!」

 

「はぁ。分かりました」

 

俺は彼女に勧められるがままにシャワールームに向かう。

稽古の疲れからか、体の各所が悲鳴を言っていることがわかる。この調子ならば、鍋を食べたら寝てしまうに違いない。

 

そんな調子で俺が風呂がシャワーを浴びている間に、来客がいたらしい。

インターホンが一度鳴ると、彼女は俺の代わりに扉を開けてくれたようだ。

 

「どなた様ですか?…あぁ、南木曽さんね」

 

「武蔵殿か。結斗は居るか?依頼した品を取りに来たのだが」

 

「今シャワー浴びてるわよ。もう強化は出来てるみたいだから、今ここでお渡ししときましょう」

 

来客というのも、南木曽さんであった。

彼は自身の装備品を回収しに来たようだった。武蔵さんはすぐにリビングに置いてある彼のアタッシュケースを渡したそうだ。彼は中身を見ると、俺にお礼を言うよう伝えて帰ったらしい。

 

「もう少しここに居ておしゃべりしてくれても良かったのにねぇ」

 

「しょうがないですよ。あの人普段は寡黙で、要件済ましたらすぐ帰っちゃう人ですし」

 

場面は変わり、俺たちは席について一つの鍋を囲っていた。

鍋はグツグツと音を立てて、気泡を出している。今夜の鍋は地鶏だしの鍋の素を使ったものだ。鳥もも肉、鶏団子、白菜、長ネギ、水菜、それらを一つの鍋に入れている。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう。おぉ〜美味しそう」

 

俺は鍋から一杯ついで、彼女に渡す。

鍋はグツグツと音を立て、そこから発せられる湯気は俺の顔と手を蒸す。正直言って、息苦しい。

俺はアクをマメに取りながら、自分の分もつぐ。

一瞬、それを見て汁から湯気とと共に漂う香りを楽しんだ後、肉団子を一つ口に放り込む。噛むほどに肉汁が広がり、唾液は噛み砕かれた肉を包み込む。

 

「うん、美味しいわねこれ」

 

彼女も何かしらを口に入れそれを咀嚼している。

 

「はい…美味しいですね」

 

そういえば、鍋を囲むのは一体いつぶりだろうか。

俺の両親が殺されたのも、俺が中学生の時となる。断片的に味わった家族団欒。そして、運命を憎むべきあの事件。だが、今は自分勝手に悲しくなっている必要はない。

 

「いやぁ、ほんと、強そうだなぁ。戦いたいなぁ」

 

「別に俺は構いませんが、出来れば『土地狩り』が片付いたらでお願いします」

 

「そんなの分かってわよ。それにしても、この時代はすごいわ。この鍋の素っていう丸薬みたいなの一つで汁が出来るとはね。腰抜けるかと思った」

 

確かにこの文明の利器は素晴らしい。この製品のおかげで鍋という料理の難しさが一つレベルダウンした気さえする。さらに今となってはかなりのレパートリーが存在するのだから、人間ってすごい。

 

「さて、美味しい鍋もありますし、お酒飲みますか!」

 

「はぁ!?」

 

しまった。失言だ。

 

「どうしたのぉ?そんな失礼な態度とっちゃってぇ〜」

 

彼女は俺に微笑む。だが、その笑顔には仏のような側面と修羅のような側面が共存していた。つまり、笑いながら怒っているのだ。

俺は心の底から震え上がりながら何とか言葉を返そうと試みる。だが、もう手遅れだ。言葉の出してしまった時点で弁解の余地はない。だからこそ、せめて彼女の右手にあるビニール袋の中身をどのタイミングで買ったのか知っておかなくてはならない。

 

「い、いや、あの、いつ、買ったのかなって……」

 

「いつって、そりゃあお鍋の材料を買う時よ」

 

 

そう言われて、俺は心当たりを思い当てた。時は2、3時間ほど遡る。

俺たちは稽古を終え、鍋の材料を買うためにスーパーマーケットへ足を運んでいた。

 

「えっと、確か鍋に必要なのは……」

 

俺はスマホで鍋を作るために必要な食材を検索していた。

どんな鍋を作るのかは事前に彼女と話して決めていたので、まず鍋の素を真っ先に見つけ、ショッピングカートに放り込んだ。

 

「鶏肉、水菜、白菜……」

 

「ねぇねぇ、結斗君。何それ?」

 

彼女は俺の隣から、ショッピングカートに居座る鍋の素のことを聞いていた。

 

「あぁ、鍋の素ってやつです。この中にダシが固められたキューブが入っていて、それを溶かすと鍋の汁が完成してしまうんですよ」

 

「何それ」

 

彼女は唖然として、ぽかんと、美味しそうな鍋がプリントされているパッケージを眺めている。彼女が動きを止めてしまったせいで俺自身も止まることとなる。

 

「ということは、きっと、この鍋の素ってやつは他の種類のものもあるんでしょう?」

 

「ありますよ。キムチ鍋のやつとか、チーズ鍋のやつとか他にも沢山」

 

「へー…興味湧いた。ちょっと見てくる」

 

彼女は思い立ったようにすぐに俺の隣を離れていく。

確かにこの製品は武蔵さんの時代では考えもしないものだろう。彼女が興味を湧くのも分からなくはなかった。

そして、俺が必要な食材を全て入れ終えレジに並んだ頃、彼女は俺の所に戻ってこう言った。

 

「結斗君の財布落ちてたわよ」

 

きっと、その時には彼女はお酒を購入し終えたのだろう。

今思うと、彼女の表情はまるで良いことをしたかの様に清々しい笑顔でそう言っていたようだった。

しかし、彼女は何も良いことはしていない。彼女の行為は窃盗に当たるのだから、確実に犯罪なのだ。

 

「さてとぉ!」

 

彼女は俺から奪ったお金で獲得した缶ビールを開ける。

缶はプシュッと、音を立てて泡は少し飛び散る。さらに、それを大きな喉越しを鳴らしながら、ゴクゴクと数秒飲んだ。

 

「ふぱぁぁ!」

 

彼女の気持ち良さような表情を見ると、彼女の行為を許してしまいそうになる。だが、許してはならない。彼女が師匠であっても、これダメだ。例え彼女が立場上でも、剣豪であっても、俺は許さない。

 

「う〜ん。日本酒もいいけど麦酒もいいわね!」

 

だが、待てよ。俺が取られたのはたかが千円程度だ。その程度で怒るなど、人間の度量が狭いといえるのではないのだろうか。俺の人間としての品位が今試されている。

 

「あ、結斗君お酒飲める?」

 

「はい、まぁ一応」

 

「それじゃあ、飲む?」

 

また、俺は正義感も試されているのだ。目の前の悪を許してはいけないのだ。でも、俺は男としてこのくらいのことは許してしまう優しさを持つべきなのではないのだろうか。

 

「…武蔵さん」

 

「なに?」

 

彼女はキョトンとこちらに目を向ける。

 

「少し飲みます」

 

「オーケー」

 

俺は何も悪くない。決して彼女の笑顔に屈して、正義感を曲げたのではない。俺は度量を示したのだ。そうだ。たかが缶ビール数本の盗みを許せないで何が京洛結斗だ。

俺は席を立って、食器棚から350mlより少し大きめのコップを二つ取り出し、武蔵さんの元に届ける。俺は彼女の持つビニール袋から一つ缶ビールを取り出してそれを開けた。

 

「麦酒も好きなんですか?」

 

「うん、一番性に合うのは日本酒ですけど、お酒全般は大好きです」

 

「それじゃあ、次は日本酒買いますね。どんなお酒が良いんですか?」

 

「なんでも大丈夫よ。辛いのでも、さっぱりしたのでも」

 

「それじゃあ、一番高いやつ買ってきますね」

 

「よろしくぅ!…それと、私は飲んじゃったし、もう食事は始まってるけど」

 

彼女は缶ビールの残ったものを全部コップに注ぎ、俺もまたビールをコップになみなみと注ぐ。そして、互いにそれを目の前に突き出した。

 

「「乾杯!!」」

 

俺たちは遅めの乾杯を交わした。コップたちは衝突による音を響かせ、揺れる水面から少しだけ液体がテーブルに垂れた。

それを半分ほど飲んで、卓上にゆっくりと置く。誰かと飲むのもかなり久しい気がする。俺はどこか嬉しくて、気分は高揚し始めている。

 

「それで、武蔵さん!」

 

その上がった心持ちに乗せて、脊髄反射で会話を始める。

脈絡もなく、意味もない話を俺は始めた。きっと、俺がもう少しコミュニケーション能力に長けていたのならば、彼女とのマシな会話が可能なのだろう。だが、そこについての後悔はなかった。否、後悔する暇がなかったのだ。俺は恥ずかしいことに、ただ純粋に次はどんな話をするのか、などと考えるのに精一杯だった。

俺が一通り語り終えると、今度は彼女が口を開いた。まずは、今まで飲んできたお酒について話し、そこから彼女の冒険譚に話は広がっていた。各時代の各生活模様、人々のあり方、それらを彼女は細かく表現する。彼女は嬉しそうに語っていた。恐らく、彼女は語る機会がなかったのだろう。

忙しなく次から次へと世界を飛んでいた彼女にはゆっくりと腰を落ち着けて自身のことを話す機会がなかったのだ。それは、彼女の冒険譚の展開の早さからも分かった。あの次にはこれ、その次にはそれ。

彼女は世界線を飛ぶごとに何かに巻き込まれていたようだ。

 

いつの間にか、シメのうどんは鍋から消えていた。たらふく食べた俺たちは深く深呼吸をして、いざ寝ようと試みる。

丁度その時にピリリと、電話の電子音が鳴り響いた。

俺は嫌な顔をしてその画面を見る。

 

『こちら南木曽悠二。竜人と衝突。至急救援を要請』

 

 

 

 

南木曽悠二が夜に街を徘徊していた時だった。彼は急に何者かに襲われた。彼が徘徊していた理由もその敵をおびき寄せる為だったようなので、彼はすぐに対応することが出来た。

人気のまるでないポツン、ポツンと、街灯がアスファルトを照らす住宅地の中で、彼は遭遇した。

人間にとっては死角からの攻撃だったのだろう。しかし、その狼型の使い魔は紙を破くように敗れてしまった。

 

「この程度か?」

 

彼は呟いた。

傲慢に見えるこの態度だが、その実全く油断している感情はなかった。この言動の目的は主に挑発だ。この地球上の魔術師は殆どは俺に対する強い自負心、プライドを持っている。自身のモノが完膚なきに破壊された時、相手の戦力差を正確に計り、冷静に対処して行動を選択できる魔術師というのは以外のにも少ないのだ。

 

「─────」

 

彼の言葉を区切りに空気は静寂に包まれた。敵はこれ以上戦力を投入しないのか。

そう考えた瞬間に、彼はある気配を察知した。

 

「これが、自然そのものか…確かに雄大だ」

 

竜人は翼をはためかせ、神々しく夜の闇から降りて来ている。

彼は竜の巨大な存在感から、全力を出しきることを覚悟した。竜人と遭遇したことを連絡する為に、すぐに胸下のポケットに忍ばせていた小さな鳥の使い魔を飛ばす。さらに、アタッシュケースを正面に掲げ、小さく呼吸した。

 

「天部展開、各層確定、全階層出力完了」

 

箱が開かれ光が溢れる。

その光は仏のような優しく、激しく、広大な光だ。

 

「韋駄天」

 

彼は相手が姿を現わす前に一手仕掛けるようだ。

それは、自身のあらゆる速度を高める能力を持つ神器の靴。

それは、最速のクラスであるランサーのサーヴァントに匹敵するほどの速さで自然へと急接近した。

 

「焔摩天、帝釈天」

 

彼の右手は焔を灯す。彼の左手は雷を灯す。

それは、あらゆる魔を燃やし尽くす対魔炎。それは、釈迦を守護する正義の雷。

彼はそれを右、左手と二つの突きを叩き込んだ。

それを受け闇の中に飛ばされる自然。遠くで音が聞こえただが、この程度では滅びているはずがない。闇の中から放たれるオーラが、辺りを縛り上げたからだ。放たれる威圧感が竜人の健在さを如実に表現している。

 

南木曽悠二は息を飲んだ。

彼はこの化け物を──生涯一の天敵を──彼一人では倒せないと察知したからだ。

あの鱗の防御力を前に自身の拳では決定的なダメージは与えられないと判断した。

 

「さて、どう時間を稼ごうか」

 

彼は拳を握り闇の先を見据え、そう言った。




次回の更新は遅くなりそうです。申し訳ございません。
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