黒ずくめの組織はヤベーところ   作:小野芋子

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続きを望む声が多かったのでしゃーなしで書きました。
嘘です、予想以上の高評価・感想にテンション上がって書きました。

それぞれの目線、今後の展開、灰原さんとのイチャイチャ。
色々な要望があったので、一話に纏めました。


因みに作者はこういうイメージでキャラクターを書いているというのをラブレターを貰った際の反応で表してみました。

名探偵:好きな人いるからって断る。流石原作主人公、カッコいい。

科学者:あなたのこと知らないからって冷たくあしらう。我々の業界では(ry

女子高生探偵:まず秀兄笑わせてこい。え?それなんてムリゲー?

トリプルフェイス:にっこり笑顔で後腐れないように上手く断る。なお内心では…。

スナイパー:取り合えず付き合う(あとで別れる)。これだからアメリカかぶれは…!

主人公:で、誰に渡せばいいの?流石我らの主人公、そこにシビれる!あこがれるゥ!


黒ずくめの組織はヤバいところ。前編

 テスト終了を告げるチャイムが鳴り響く。

 それと同時にカリカリとうるさかったシャーペンの音も止まり、代わりに前後の席でのお喋りが始まった。なんだよ、うるせーの変わんないのかよ。

 ぼーっとしながらそれを眺めていると、前の席の工藤が何故か心配そうな顔で俺を見てきた。

 どうやら俺の目の下にくっきりと出来た隈が気になるらしい。そのくらいご自慢の推理で当ててみろと言いたいが、まあ普通当てっこないので面倒だが説明してやろう。

 

 それは昨日のことだ、テスト最終日の今日の試験科目は基本的に暗記科目で出来てる。そのため12時くらいまで勉強して後は朝早く起きてから試験勉強に取り組もうと考えていたのだが、そこで事件が起きた。

 なんと俺の家の近所で火事が起きたのだ。それが大体12時過ぎのこと。

 突然の火事騒ぎに慌てた俺は急いで家を出ようと玄関のドアを開けた。その際にガンという音がしたから驚いて外を見てみれば人が伸びていたのだ。

 最早わけが分からないが、一応は不法侵入だ。両親が不在である以上家を守るのは俺の役目。そういうわけで通報した。

 人の家の前で寝ていただけだから警察の注意くらいで終わるだろうと思っていたのだが、なんとそいつが放火犯だと警察は言うではありませんか。

 結果、なぜか俺も警察に同行させられそこで何が起こったのかを洗いざらい吐かされた。

 

 これが事件その一。

 

 次の事件は家に帰る最中に起こった。送っていくという警官を断って家に向かっている途中、喉が渇いたので近くのコンビニに寄ったのだ。そこでコンビニ強盗に遭遇した。

 幸いにしてコンビニには京極真とかいうKARATEの有段者がいたので強盗は秒で制圧されたが、どうやらこの京極さんお忍びで日本に帰って来ていたらしく、自分がいたことは内密にして欲しいと言うじゃありませんか。

 まあ、こちらとしても助けてくれた人が困っているのを見逃すことも出来ず、店員と協力して警察が来る前にこっそり逃がしておいた。

 結果、その日二度目の事情聴取を受けるはめになった。あの時店内にいたの俺と店員と京極さんだけだからね、しょうがない。

 

 以上が事件その二だ。

 

 漸く家に帰ったのが朝の7時。当然睡眠などとれる筈もなく俺は最悪の体調でテストを受けることになった。これだから米花は…!これだから米花は……!!

 

 という経緯を懇切丁寧に説明してやったところ工藤はドン引きしていた。なんでや。事件遭遇率でいえばナンバーワンはお前だぞ。

 とは言え俺も工藤の立場ならまずドン引きするから、ってか工藤から事件の話を聞くたびにドン引きしてるからここは甘んじて受け入れよう。ほら俺、大人だから。

 

 その後も適当に話していたら元気な足音をたてながら世良さんが、ゆったりとした足取りで宮野さんがこちらの席まで来て話の輪に加わった。なんでこっち来たの?十中八九工藤が目当てだろうけど。

 そんなわけで突然人口密度が増えた俺の周囲だが、まあ顔面偏差値が高い。工藤は言うに及ばず、世良さんも宮野さんも嫌味なくらい顔が整っているのだ。そしてその中に交じる俺、完全な引き立て役ですね。

 いや、引き立て役ならまだいいんだ。それは立派な職業だと俺は思うから。

 ただ問題は周りが美形ぞろいなために俺までかっこよく見られてしまうことだ。ほら、イケメン集団に属している奴はフツメンでも何故かかっこよく見えるだろ。あれと同じ。

 そして俺単体で見た時に、あれ?やっぱ大したことないなって落胆するっていうね。酷くない?

 少しだけ居心地の悪い思いをしていると、そんな俺の変化に目ざとくも気づいたのか世良さんがにっこり笑顔で何があったのか聞いて来た。八重歯が可愛いね。これでショタコンじゃなければ完璧だったのに。神様って残酷ね。

 何もかも明け透けに言うのも感じが悪いので、美形に囲まれて辛いと遠回しに言ったらキョトンとする三人。何?自分が美形の自覚なかったの?それ、俺じゃなかったら嫌味と受け取られるかもしれないから注意してね。

 そう思ったが違ったらしい。どうやら世良さん曰く女子間では俺も美形集団の仲間入りをしているとのこと。あー、そっちパターン来ちゃったか。メンタルが辛い。

 あと、自分はそんなこと気にしないと少し照れたように笑って付け加えた世良さんだが、なぜか宮野さんに睨まれていた。まあそうだよね。世良さんは気にしないよね。だって世良さんの恋愛対象って…(遠い目)

 あれ?そう言えば世良さんで思い出したが最近は江戸川くんや灰原さんに会ってないな。別に深い仲でもないが、いろいろな意味で印象に残る子供達だったから少し気になる。まあ印象に残ってるのはあの二人というよりその周囲の大人なんだけどね。

 確か江戸川くんの親戚の工藤に聞いてみるか。結構電話とかして話してたらしいし、そういうのも聞いてるだろうから。

 

 で、聞いてみたところ江戸川くんも灰原さんも海外の両親のもとまで帰ったそうだ。まあ日本は変質者多いからね、正しい判断だと思う。

 因みについ最近まで工藤邸に住んでいた沖矢昴とかいうロリコン大学院生も海外に行ったらしい。興味ないんだけど。

 あれ?でも灰原さんが海外に帰った時期と被るような…。え?まさか……違うよね?ちょっと鳥肌立った。

 

 そんな俺を置いて会話は進む。どうやらこの後工藤の家で一緒に昼食をとるらしい。まあテスト最終日の今日だ、部活をしていない工藤達からすれば午後が丸々休みになるわけだから自由に過ごすのだろう。仲のいいことで、少し羨ましい。

 どうでもいいけど、その会話俺を囲んでしないでくれないかな?滅茶苦茶気まずいんだけど。しかたない、空気を読んで席を外すか。

 重い腰を上げると宮野さんと目が合った。相変わらず綺麗な人だと思うが今はこの場から去ることが最優先、そっと視線を逸らして歩き出すと工藤に呼び止められた。何故だ。

 

 その工藤曰く、どうやらこの食事会に俺も参加させられるらしい。え、嫌なんだけど。

 だが俺程度が工藤相手に口で勝てる筈もなく、気づけば工藤邸にて昼食をとることが決定していた。ああ、俺の平凡な日常は何処に行ってしまったのだ。私は悲しい。

 

 

 

 ホームルームも終わり工藤邸へと向かう。道中遭遇したひったくり犯に工藤の殺人シュートが決まったりしたが、まあ日常茶飯事だし。気にしない気にしない。

 そのままおいしい昼食を頂いたのでさあ帰ろうと思うのだが、非常に眠い。

 なんでこんなに眠いんだろう?まあよく考えずとも今日一睡もしてないからなんだけど。

 

 そういわけでウトウトしていると、気を利かせた工藤がソファーで寝ていいと言ってくれた。

 人の家で寝るのは気が引けるが、正直そんなこと言ってられないくらい眠い。思考回路もまともに働かないような気がする。

 本来なら家帰って読みかけの小説でも読みたいが、まあ仕方ない。お言葉に甘えてソファーを借りるとしよう。

 

 おやすみなさい

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 「寝たか?」

 「寝たみたいよ」

 「寝たみたいだね」

 

 独り言のように新一が呟けば、志保と真純がすぐさま答えてくれた。相変わらず二人ともよく見ている。まったく、その興味関心を他の奴に回せばもっとクラスに馴染めるだろうに、特に宮野。思ったが新一は口にしない。

 一時期江戸川コナンとして生き、その過程で毛利蘭という馴染みの家に居候をした身としては一人暮らしで食べる自分の作った料理のなんて味気ないこと。

 そういった経緯で現在夕食を阿笠邸でお世話になっている新一は、宮野志保にだけは頭が上がらないのだ。

 しかしそこは密度の濃い時間を新一と共にした相棒だ。僅かな表情の変化で新一の言わんとすることを察したのだろう、絶対零度の視線で新一を睨む。

 

 「なにか?」

 「いえ、何でもないです」

 

 弱い。こんな新一の姿は見たくなかった。おそらく現在眠りこけている青年が見れば大爆笑確実な引き顔を浮かべた新一は、江戸川コナン時代に磨き上げたスキルを利用して青年を盾に志保の視線から逃れる。

 それに一瞬だけ眉を顰めた志保であるが、彼女とて気になる異性にそんな顔を見られたくはない。ため息を一つ吐くと怒りを抑えた。今夜の夕飯は新一の嫌いなレーズンを入れようと決意して。哀れ工藤。

 

 「それにしても、まさかこう寝るとは思わなかったな」

 

 そんな二人を知ってか知らずか、暢気に言いながら真純は青年の頬をつつく。柔らかい頬の感触が楽しいのかえいえいとつつく真純は室温が2,3度下がったことに気づいていない。

 

 「まあな、ソファー貸すって言ってんだから大人しく横になればいいのに」

 

 新一は隣で座って眠る青年を見る。そう座っているのだ。確かにこれまで新一が江戸川コナンとして眠らせて来た探偵役はもれなく座っていたが、まさか青年も座って眠るとは。律儀というか馬鹿というか、それともこれが米花の基本なのか。謎は深まるばかりである。

 余談だが実は一度だけ青年も探偵役にされそうになったが、その時は時計型麻酔銃を躱したという経歴がある。もっとも青年は小学生の言葉だからと無視するような人間でもない、探偵役は無理だったがコナンの推理を聞いてそれをやんわりと犯人に伝えて自首を勧めたのだ。小学生に気づかれるようでは警察が気づくのも時間の問題だと。

 実際はコナンくらいしか気づいていなかったが。まあそこはそれだろう。

 

 閑話休題

 

 ぐっすりと眠る青年は真純につつかれようとなんのその、まるで起きる気配がない。それが面白くない真純が更につつこうとするが、それは流石に新一に止められた。

 せっかく眠っているのを起こすのも悪い、というのが建前で本音は嫉妬の表情が一周回って笑顔になった志保を恐れてのことだ。弱い。

 

 「それにしても随分ぐっすりね。目の隈も酷いし、なにかあったのかしら?」

 「ああ、それなら昨日の夜に事件に巻き込まれたとかで眠れなかったらしいぞ」

 「……それ、彼は大丈夫なの?」

 「無事じゃなかったら学校来てねーだろ」

 

 そう言うわけじゃないんだけど。言いかけて志保は止めた。事件大好き小僧の新一と志保では僅かに価値観が違う。青年が起きていたら志保の味方をしただろうが残念ながらぐっすりだ。そうなれば起きているのは探偵二人と志保のみ。どう足掻いても少数派に勝ち目はない。聡い志保は口を噤んだ。

 

 「相変わらず彼は巻き込まれるのが好きみたいね」

 

 代わりに出たのは青年が聞けば憤慨必至の皮肉のみ。青年からすれば名誉棄損もいいところだ。眠っているために気づきはしないが。哀れ。

 

 「そう言えば、君たち二人っていつ彼と出会ったんだい?」

 「「?」」

 「ほら、二人とも彼が事件に巻き込まれたって聞いても平然としてるだろ?だから初めて会ったときも何かに巻き込まれていたのかなって」

 

 言われてみれば二人が真純に対して彼との出会いを話したことは無かった。わざわざ話すほどの内容でもないというのもあるが、色々と濃いために時間がないと話せないというのもある。

 だがどうせ今日の午後は暇だ。三人とも適当に読書しながら過ごそうと思っていたのだ。なら、その時間を青年についての会話に使うのもいいかもしれない。

 そうと決まれば早い、志保がコーヒーを淹れにキッチンに行ったのを尻目に、新一は正面のソファーに真純が座るのと、隣で青年が眠っているのを確認すると記憶を頼りに青年との物語を語り始めた。

 新一が江戸川コナンになり、志保が灰原哀になってからの長いようで短い、それでも確実に濃かったと思える物語を。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 青年と江戸川コナン、灰原哀が初めて出会ったのはとあるパーティー会場だった。実際はとある有名映画監督を偲ぶ会であるが、そこはそれやってることはパーティーと相違ないんだからパーティーでいいだよ精神で乗り切る。少なくとも青年からすればパーティー以外の何物でもなかったのでパーティーだ。

 そんなパーティー会場にやって来た二人であるが、そこには当然ながら目的があった。なんでもピスコと呼ばれる組織の人間がある人物の暗殺任務でパーティー会場に潜伏しているという情報を事前に入手していたのだ。

 二人の目的は暗殺の阻止、そしてピスコの特定。組織との接触を恐れた灰原は当初こそコナンの意見に反対だったが、結局は折れる形でついて行くことになった。

 とは言え精神はともかく肉体は子供な二人だ、いくら人数の多い会場とは言え目立っていた。そんな二人を気にかけて声をかけてくれたのが青年だった。

 

 「あの時は驚いたぜ、まさかこいつがいるとは思わなくてな」

 「へー。でもなんで彼がその会場に?」

 「父親に連れられたんだと。そう言えばあの時の灰原の怯えようと言えば、こいつの何が怖いのかね」

 「うるさいわね。組織の人間がいる会場でいきなり話しかけて来たんだから警戒するのは当たり前よ」

 

 新一の言う通り、その時の灰原の怯えようは凄かった。

 もっとも基本的に誰に対しても警戒心の強い灰原だ、初対面で好印象という方が珍しいのだろうが。

 だが、そんなことを気にする青年でもなかった。コナンが工藤新一の親戚だと知るや否や、二人と行動をともにしてくれたのだ。

 子供二人なら恐ろしく目立つが、そこに高校生の青年が加われば兄妹と見えなくもない。事実周りからは気のいい兄が甲斐甲斐しく兄妹の世話を焼いているように見えていた。

 ただ一人を除いてであるが。

 

 ピスコこと本名桝山憲三は、あの場で目立っていた灰原哀の存在をただの子供だとは思わなかった。その容姿から過去にピスコが見たことのある組織の一員の少女を連想していた。

 数か月前に組織から抜け出し、その後消息が途絶えていた組織の科学者・宮野志保(シェリー)を。

 

 それからすぐに機器を用いて灰原とシェリーの過去の写真を比較してみたところ、ほぼ100%の一致。ピスコはひっそりと笑みを浮かべた。

 暗殺任務を放棄する気は欠片もない、だがシェリーを捕らえることは組織での自身の地位をより強固なものにするためにも役に立つ。

 本来の目的を後回しにして、ピスコは行動に出た。欲をかいたともいう。

 

 灰原の周りには確かに二人の子供がいた。だが所詮は子供、そう油断して、視線があったのだ。明らかにピスコを警戒した顔つきで睨む青年と。

 これにはピスコも酷く動揺した。今回の行動は確かに彼にしては珍しくなんの準備もない即興のものだ。

 それでも長く生きてきた、否、その業界で長く生き抜いてきたピスコが立てた計画だ。一介の高校生が邪魔なんて出来る筈もない。

 それにピスコ自身何か青年の警戒を買うような行動をした記憶もない。

 だからただの偶然、もしくは見間違いだと判断し、その結果、ピスコは本当の意味での地獄を見た。

 

 彼はその瞬間を生涯忘れないだろう。人の波を利用してシェリーの背後からクロロホルムを染み込ませたハンカチを押し当てようとした時、それより早く繰り出された蹴りの重みを、痛みを、そして何より青年の蔑んだようなゴミを見るような視線を。

 同時にピスコは、青年こそが組織にとって最大の脅威になりうることを悟った。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 「「こいつ誘拐犯です!」」

 「へ?」

 

 疑問符を浮かべる真純を無視して二人は笑みを浮かべる。

 それはあの場でピスコを、組織の幹部逮捕の決め手となった勇気あるセリフだった。

 

 「ピスコを指さしながらこいつが言ったんだよ。最初はみんな何事かと思ったけどあんまりに必死だったから警備員が調べてみれば、桝山会長の懐から拳銃が出てきて大騒ぎだったよ」

 「あら?そうだったの。私は彼に連れられて外にいたから知らなかったわ」

 

 流石に経済界の大物と言えど大衆の前で拳銃を見られて誤魔化すことは出来ず、銃刀法違反そして

 

 「少女誘拐未遂で逮捕だっけ?その辺どうなんだよ、灰原さん?」

 「うるさいわね。調子に乗ると明日から毎日レーズンにするわよ」

 「ごめんなさい」

 

 弱い。そんな新一を置いて志保は青年に連れられた後を思い出す。

 男らしい武骨な拳が自身の腕をとり、それでいて怖がらないように優しく握ってくれていたのだ。道中何度も励ましの言葉もかけて貰った。本当に優しい青年だと思った。

 

 「あの場にはベルモットやジン、ウォッカがいたからな、今にして思えば灰原を連れ出して外に出たのは正解だったな」

 

 それとも、そこまで分かって行動したのか。

 今もなお青年が組織の存在を知っていたのかは分からない。さしもの新一とはいえ全てが分かるわけではないのだ。とは言え青年の人間観察能力が異次元なのも気づいている。もしかしたらあの会場でピスコ以外の不審な人物を見つけたがゆえに灰原を連れて逃げていったのかもしれない。

 考えても詮無いことではあるが、探偵としての性かどうしたって気になってしまう。

 少なくともあの桁外れな人間観察能力の秘密だけは聞いておこう。そう密かに決意して、新一は次に青年と出会った出来事を思い出していた。

 

 

 「次にこいつと出会ったのはバスだったな。その時滅茶苦茶落ち込んでた灰原を元気づけようとスキーに行こうって博士が決めてよ、その為に利用したバスの中にこいつがいたんだよ」

 「落ち込んでいた?」

 「ああ、ピスコの一件で助けて貰った礼を言おうとこいつの家に向かったら…」

 「組織の人間がいたのよ」

 「え?」

 「だから、私のせいで彼は組織に狙われるようになったのよ」

 

 驚くのも無理はない。なんせそれはある意味で矛盾しているのだ。真純とて組織の恐ろしさは兄や母から聞かされている。そんな組織に狙われていたのなら、どうして目の前で青年は眠っていられるのか。

 疑問を口にしようとして、それより前に別の声がその答えを口にした。

 

 「組織だけでなく各国警察の人間も彼に目を付けていたからですよ、世良さん」

 「降谷さん!?」

 

 驚く三人ににこりと微笑んで、公安のエース・降谷零は悠々とリビングに現れた。

 

 「どうして降谷さんがここに?」

 

 当然の疑問を口にする新一に、今日は午後から丸々オフになって、と答えになっていない答えを返す降谷。違うそうじゃない。

 言おうとして、新一は諦めた。彼がはぐらかすのならどう問い詰めようと無意味だ。

 言うべきことは言うが、逆を言えば言う必要のないことは何も言わない。降谷零と言う人間はそういう男だ。

 それでも何も言わないのもしゃくだ。

 

 「これ、不法侵入者じゃないですか?」

 「チャイムを鳴らしたのに反応がなかったんだ。試しにドアノブを捻ってみればドアが開いたから何かあったのかと思って入って来ただけさ。これに懲りたら玄関の施錠はしっかりした方がいいよ、新一君」

 

 嫌味を言ってみたが三倍にして返された。鍵を閉めたところでピッキングして入ってくる可能性のある男に施錠に関してとやかく言われるのはいくらの新一と言えど腹が立ったが、そこは大人の余裕で飲み込んだ。多分、言ったらまた二倍くらいにして返ってくるから。

 

 「それよりも随分興味深い話をしているね、良ければ僕にも聞かせてくれないか?」

 「まあ、いいですけど」

 

 不貞腐れたように呟く新一を他所に、志保は新たな客人の為にコーヒーを淹れに行った。もはやこの場に新一の味方はいない。諦めた新一は続きを語り始めた。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 青年と二人の二度目の会合はあるバスの中でのことだった。

 関係ない一般人が自分の所為で組織に狙われたと自身を責める灰原を何とか励まそうと、灰原の保護者代わりである阿笠博士が知恵を振り絞った結果、二人を含む少年探偵団をスキーに連れていくことになった。

 これには博士の子供達と楽しい時間を過ごして欲しいというあくまでも灰原を心配する気持ちが見えた為に、さしもの灰原も無下にすることは出来ず、彼女はついて行くことにしたのだ。

 

 本格的に冷え始めた町はバス停で待つだけでも一苦労であったが、子供たちの持ち前の明るさに随分救われた。

 少しずつ元気を取り戻し始めた灰原にコナンも喜んでいた時だ、彼らの待ち望んでいたバスが、青年を乗せてやって来たのだ。

 それに二人が驚くのは一瞬のことで、直ぐに二人は喜んだ。生きていたと、無事だったと。

 確かに安否確認ならコナンが居候先の毛利蘭にでも聞けばいいが、それだってそう何度も尋ねれば怪しまれる。

 それに青年の無事をその目で確かめなければ本当の意味では安心なんて出来ない。

 だからこそ青年が無事な姿で現れたことに安堵して、そっと視線を逸らされたことにショックを受けた。

 

 自分たちが青年を覚えていても、青年が自分たちを覚えているとは限らない。

 それは確かにそうだが、それにしてもコナンはともかくピスコの一件があって灰原のことを覚えていないなんてそうそうない。それに青年のことをよく知っているコナンに言わせれば青年の記憶力が残念であるという可能性だってない。

 だとすれば考えられるのは何かのショックで忘れたか、もしくは、青年が成り代わられているか。

 

 「まあ、結局その心配は杞憂だったんだけどな」

 「どういうことだい?」

 

 問いかける真純の声を無視して新一は続ける。この先を聞けば分かるさと、笑ってみせて。

 

 青年の身に何かあったのかもという不安、そして次のバス停で乗車してきた乗客の中に潜む組織の影。どういう偶然か現れたバスジャック犯。

 もはや呪われているのかと言いたい不幸が二人の身にかかったが、バスジャック犯に関してはコナンの機転により何とか無力化することが出来た。

 

 問題はその後に起きた。なんとバスジャック犯が用意してきた爆弾のスイッチが運の悪いことに作動してしまったのだ。

 突然の出来事にパニックになる乗客だが、辛うじて全員が外に逃げることが出来た。

 いや、正確にはある二人(・・)を除いてであるが。

 

 灰原哀は、爆弾騒ぎがある中逃げださなかった。組織に狙われ続けることへの不安。自身が犯した罪の意識。何より、自分の所為で誰かが傷つけられる事実。

 それらすべては少女一人が背負うには余りに重すぎて、ついには死ぬ決意をしてしまった。

 いや、本来であれば灰原哀という少女の人生はそこで終わる筈だった。

 馬鹿な青年さえいなければ。

 

 「彼、私が取り残されたとでも思ったのかしら。抵抗したのにそんなの知らないって顔して、最後には爆発に巻き込まれて大怪我して」

 

 無事でよかった。そう言って笑う青年に灰原がどれだけの衝撃を受けたか、それを彼は知らない。自分の無事を喜んでくれる人間がいる、その事実に灰原がどれだけ勇気づけられたか、きっと彼は気づきもしない。

 気づけば傍にいて、ヒーローみたいに簡単に助けてしまう。そんなもの嫌いになれる筈もない。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 「全治二か月だっけ?確か医者にそう言われたそうなんだけど実際は一か月くらいで治してさ。すげー驚いたのを覚えてる」

 「驚くのはそれだけじゃないぞ、ボウヤ。彼はあのベルモットの存在に気づいていた」

 「赤井さん!?」

 

 またも突然の来訪者に新一の驚きの声が響き渡る。

 一方で赤井絶対殺すマンな降谷はと言えば、恐ろしい笑みを浮かべて笑っていた。流石は犬猿の仲の二人。組織壊滅の為に手を取り合ったはずなのにこれだ。二人の溝は深い。

 

 「おや?なんのようですか赤井?それよりも不法侵入ですね。現行犯で逮捕しましょう」

 「それは残念だな降谷君。俺はボウヤから合鍵を預かっている、つまりは不法侵入ではないんだ」

 

 にっこり、にこにこ、にこぉ、効果音を付ければ見事な笑顔なのに降谷さんが怖い。新一のライフはすでにゼロに近かった。

 

 「喧嘩するなら今すぐ出て行って貰うわよ」

 

 しかし残念、この場には二人にとって絶対に無視出来ない存在であるところの志保がいる。赤井にとっては絶対に守ると約束したのに守れなかった恋人の妹、降谷からすれば昔お世話になった今は亡き先生の子供だ。どう足掻いても逆らえる相手ではない。

 大人しく席に座り直した降谷と、真純の隣に腰を下ろした赤井を見て志保はまたコーヒーの用意をするためにリビングへと向かった。

 

 「それで、赤井さんはどうしてここに?」

 「合鍵を返し忘れていたのを思い出してな。ポストに入れておくのも悪いと思い直接渡しに来ただけだ」

 

 嘘だ。直感で理解した新一であるが追及はしない。どうせ聞いてもはぐらかされるだけだ。なら聞くだけ時間の無駄。それに万一それで隣の青年を起こそうものなら、彼の睡眠を邪魔した新一は志保に消されかねない。

 メリットデメリットを冷静に秤にかけて、新一は黙った。

 

 「それより秀兄、ベルモットの存在に気づいていたってどういうこと?」

 

 黙りこくった新一の代わりに真純は疑問を口にする。

 確かにそれは無視できることではない。組織の幹部それもボスのお気に入りにして変装の達人であるベルモットに気づくなど、ただの高校生に出来ることでは無いはずだ。

 

 「どうもこうもない、彼はベルモットの姿を見た瞬間に顔色を変えて座席に身を隠したんだ」

 「え?」

 

 あの時、FBIとしてベルモットを追っていた赤井は、青年の行動を見て度肝を抜かれた。

 ベルモットが変装した新出という町医者の死を偽造したのはFBIだ。そんな彼らだからこそ新出がベルモットの変装だと知っていたが、逆を言えばそれを知らなければ、まず気づくことは無かっただろう。

 ベルモットの変装はそれほどまでに完璧だった。

 その彼女の変装を一目で看破したのか。或いは、学校生活の中での新出という保健医の僅かな変化に疑問を持っていたのだろうか。

 どちらにせよだ。青年がベルモットの変装に気づいたのはまず間違いない。

 

 だからこそ赤井は驚き。驚いた赤井を見て青年は赤井すらも警戒した。

 

 「大した子供だ。是非ともFBIに入って欲しいくらいだ」

 「冗談はニット帽だけにして貰えませんか?彼は僕の日本国民です。彼の将来は警察庁の公安と決まっているんです」

 「喧嘩かしら?」

 「「……」」

 

 あわや喧嘩かと思われたがそれを許すほど志保は甘くはない。冷ややかな目で二人を見ると手元のコーヒーに口を付けた。

 対する二人も何が第一優先かを履き違えるほど馬鹿では無い。

 赤井は最初からマイナスな好感度を少しでも上げようと口を噤み、降谷はバーボン時代にやらかしたことを自覚しているために何も言えなかった。

 実際降谷の口調は本来こんなに優しいものではない。もっときついことを口にするし、一人称だって俺だ。

 それが若干安室透を意識しているのは降谷なりの印象回復の苦肉の策なのだが、残念ながら意味を成してはいないようだ。

 

 閑話休題

 

 高校生相手にボロカスにやられている尊敬する大人、という図から目を逸らし。ついでに言えば自分もボロカスにやられる側だという現実からも目を逸らして新一は話題を次に持っていく。

 自分たちとベルモットの間に起きた事件に。隣で寝こける青年が覚えていない出来事に。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 バスガス爆発事件がリアルに起きてから一か月と少し経過したころ、灰原が熱で伏せた。

 もともと季節の変わり目ということもある、風邪の一つくらいとも思われたがそれが思っていたよりも深刻であったために急遽病院に連れていくことになったのだ。

 その時には既にドクター新出に組織の一員ではないかと疑惑を持っていたために彼に頼ることも出来ず、仕方がなく大型デパート内にある病院に連れていくことになったのだ。

 だがどういう因果かデパート内の病院も定休日で、頼るあてのなかった博士は新出に電話を入れた。

 あくまでも疑惑は疑惑。それよりも灰原の身を優先したがための行動だ。コナンに責めることは出来ない。

 それにこれは博士とコナンの間にあった組織への危機感の違いでもある。それを理解したがためにコナンは何も言わず、代わりに自分が傍にいることで灰原の身を守ろうとした。

 

 だが運命というものは何処までも残酷で、博士のビートルを停めていた地下駐車場にて殺人事件は起きた。

 目の前で起きた殺人事件を無視することも出来ず、かといって熱で苦しむ灰原をこの場に放っておくことも出来ない。かといって博士一人に組織の人間である疑惑のある人物と会わせるわけにもいかない。

 そうなれば、今度は博士が目を付けられる。

 八方塞がりかと思われたその場に、しかし救世主(青年)は現れた。

 すでに組織に目を付けられており、その実今なお生きているということは組織と渡り合うだけの何かがある。

 それでいて灰原を確実に守ってくれるという信頼のある青年。それが彼だった。

 

 最初こそコナンや博士の言葉に戸惑っていた雰囲気だったが、直ぐに事態の異常性に気づいたのだろう。一も二もなくコナンの言葉に了承すると博士が自転車を改造している間に薬局まで走っていったのだ。

 その後も誰よりも灰原を気遣う青年を見て、コナンもまた青年を巻き込む覚悟を決めた。

 

 新出先生には注意して。

 

 その一言に全てを託して、博士の家まで自転車を飛ばしていった青年を見送った。

 もちろん全てを丸投げするわけではない。青年が警察に伝えていた地下駐車場の様子から疑問に思った点を整理して、その事件はすぐさま解決し、コナン自身もすぐに阿笠邸に向かった。

 

 「で?実際どうだったんだよ?ベルモットに何かされなかったか?」

 「何もされてないわよ。彼、ドア前に自分がいることをわざと伝えていたみたいだから、何もできなかったというのが正解かもね」

 

 医者である新出相手に雑音をあえて出すなんて普通はしない。それをするのはただの馬鹿か、或いは新出は本当の医者ではないと見抜いているのかのどちらかだ。

 

 灰原は意識が朦朧としていたために気づいていないが、その時のドクター新出(ベルモット)の表情は随分不機嫌だった。

 一介の高校生に変装を見破られたから、というのもある。だが何より、ベルモット相手に自分はその正体に気づいているとあからさまに伝えたことが彼女の癇に障った。

 そのせいで青年がベルモットの標的になったのだが、多分そんなこと彼は気づいていないだろう。

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 「まあ、その翌日こいつが学校休んだって聞いて生きた心地しなかったけどな」

 「そうね。ただの風邪だと聞いたけど、もしかしたらがあるもの」

 

 今でこそ暢気に言っているが当時の二人の焦りようはそれはもう凄かった。具体的には二人の焦りようにあてられた博士が三回転半して倒れる程度には凄かった。

 一応その時には既にコナンとして電話番号を交換してしていたために電話も出来たが、仮に彼が組織に消されたのなら下手に連絡を入れることも出来ない。

 なんせ関係者すべてを殺す非情な組織だ。彼の電話番号に連絡したことがバレればどうなるかなんて考えるまでもない。

 

 だが焦る二人を待ってはくれず、ついにベルモットからコナンに向けて一つの手紙が届いた。工藤新一宛に届けられた江戸川コナンに向けられた手紙。それが意味するところを分からない二人ではない。

 それは警告。江戸川コナンが工藤新一の幼児化した姿であると、それに気づいていると暗に告げられたのだ。

 

 決戦の日は来た。十全に準備を整えたコナンは灰原を巻き込むまいと眠らせて地下室に閉じ込めると、灰原に変装してベルモットの誘いに乗ったのだ。

 更に一つ、念のために手を打って。

 

 「あの時は驚いたわよ。やっとの思いで地下から抜け出して外に出てみれば彼がいたんだもの」

 「まあ、俺や博士の言葉じゃ聞かねえだろうと思ってな。けど、こいつの言うことなら聞くだろ?」

 

 実際には青年の言葉でも止まることなく灰原はコナンを追いかけた。青年は何も言わず、代わりに灰原のそばを離れなかった。

 と言えばカッコいいが、実を言えば青年はその日まだ熱が完全に治っていない状態で、それでもコナンの頼みということで無茶して家を飛び出してきた為に喋る余裕すらもなかったのだが、そんなこと当然誰も知らない。

 黙って灰原の意思を優先してくれた。それでいいのだ。

 

 「人が死ぬ覚悟まで決めたっていうのに、あんなに心配されたら死ねないじゃない」

 

 だが、結果として青年の存在は灰原を助けた。

 ベルモットにコナン、それにFBI捜査官であるジョディーと組織の一員カルバトスが一堂に会した港に遅れて到着した灰原と青年であるが、それはベルモットからすれば好都合以外の何物でもない。

 だから即座に灰原を射殺しようとして、それよりも先に青年は動いた。

 即座にベルモットに接近すると、手に持っていた拳銃を蹴り飛ばし、そのままベルモット自身にも蹴りを入れようとして、そこでカルバトスの放った銃弾が彼の動きを止めたのだ。

 その後は一方的だ。遠距離から重火器を用いて襲い掛かるカルバトスにさしもの青年も打つ手はなく、数発その身に受けて近くのコンテナに身を隠した。

 もちろん灰原を回収した上で。

 

 その後はその場に現れたFBI捜査官赤井秀一の手によってカルバトスは無力化、ベルモットを撤退まで追い込んだが、その時には既に青年にも灰原にも意識はなかった。

 

 因みに、青年目線で一連の出来事を見れば、気を失っているコナン君をめぐってショタコンの外人二人が修羅場をつくり、そこに新たに現れた第三の刺客同級生灰原。そして同級生というアドバンテージを危惧した外人の一人が銃を使って脅しをかけたとなる。外人が銃を持っていることへのツッコミはない。米花在住の外人は大体銃を持っている。これは青年にとっての当たり前だった。

 もっとも、ただでさえ熱でうなされているというのにこれだ。流石の青年もキャパシティーオーバーして気を失った。ついでに言えばこの日の出来事も忘れた。

 

 これが真相だが、そんなこと当然誰も知らない。

 勇敢な青年が身を挺して灰原を助けた。それでいいのだ。




このままいけば三万文字を超えそうなので一旦切って投稿します。
続きは来週あたりかな?
因みに前編後編の予定です。

新たなキャラ紹介

ジョディ―:ベルモットとコナンをかけて銃撃戦を繰り広げたヤベー奴

主人公:米花の外人が銃を持たないわけがないと思ってる。

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