二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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プロローグ
艦これ世界に着任しました


「はぇー……でっかい」

 

 車の窓から遠目に見えるのはえらくでかい建物。

 なんつーか、大学みたいな所だな、行ったことねぇけど。

 

「なぁ、運転手さん。あそこに行くのか?」

 

「はっ! その通りです! もうすぐに到着いたしますので、もうしばしお待ち下さい!」

 

 まって、運転しながら敬礼しないで。安全運転で頼む。

 

 つか、乗った時もそうだけどさ。何でこんなに畏まられてんの? 俺、神なの?

 

 いやいやいや、神じゃねぇけどさ。

 そう、あれだよあれ。

 

 『提督』ってこんなに偉いもんなの?

 

 正直戸惑っていた。

 軍ってのがどういうもんなのか現代っ子バリバリの俺にはよくわからん。だけどここまでされるようなもんじゃないってのはわかる。

 

 そもそもここ何処さ。

 家から大体一時間位車に乗ってるけどさ、車で一時間の場所にあんなバカでかい建物なんて見たことねぇぞ。

 

 もしかして俺が絶賛ヒキニートしてる間に開発が?

 

 んなわけあるか。あってもここまで変わんねぇよ。

 

 だけど間違いなく俺は俺の家からここまで連れられたし……念の為っつって俺の隣にやったら緊張して座ってる女の人。

 俺が生涯をかけて愛した艦隊これくしょん、大淀のコスプレをしてる女の人に聞いた住所は間違いなく知ってるもんだったしな。

 

 てかこのレイヤーさんすげぇな。大淀にそっくり。画面の向こうから来ましたって言われても思わず頷いてしまいそうなレベル。いいじゃない。

 

 ……見惚れてる場合じゃない。

 

 そう、提督だ、提督。

 

 一体何の提督だよ。つか提督って何だよ哲学かよ。

 

 俺は暁の水平線に勝利を刻んだ余韻に浸っていたはずだ。

 不動のランキング一位は伊達じゃない。遂に実装されたというかされてしまったと言うか。最終海域、そして最終イベント。それをクリアしたはずだ。

 

 思い出せ、クリアした時。

 

 ――新しい水平線に勝利を刻みますか?

 

 うん、そんなメッセージがデスクトップ画面に出たんだ。隠しイベントを感じさせる選択肢に迷うこと無くはいをクリックして……それから。

 

 そうだ、そうしたらモニターからめちゃくちゃ眩しい光が溢れて。収まったと思ったらやっぱり俺は相変わらずパソコンの目の前に居て。

 なんだパソコンぶっ壊れたか? なんて思ってるところに家のチャイムが鳴ったんだ。

 

「ど、どうされましたか?」

 

「ん? あぁ、いや。何でも無いんだけど……えっと、お姉さん?」

 

「お、おねえ……。い、いえ! 私のことは大淀とお呼びくださいっ!」

 

 えぇ……? なりきりレイヤーか。

 数々の艦これ同人に手を出し続けた俺だが、レイヤー文化は全くわからん。これが普通なのか?

 まぁ、そういうルールがあるにせよないにせよ、そう名乗られた以上合わせるほうが無難か。

 

 そう、チャイムに応対した先にこの人がいた。

 

「あぁ、うん。大淀さん」

 

「はっ!」

 

 いや、敬礼はいいから。俺、それにどうかえしたらいいかわかんねぇから。

 

「俺を拉致……もとい、連れてきたのは提督の素質があるからって言ってたけど。提督って、俺なにするの?」

 

「はっ! 講習、授与式をまだ終えておりませんので、正確にはまだ提督では無いのですが、歴代最高の提督適性値を叩き出されましたあなたには、我々艦娘を率いて海を守る提督として鎮守府に着任頂きます。申し訳ありませんが、これに拒否権はありません。本来であれば違うのですが……優秀であろう人材を放っておく余裕は軍には……いえ、人類にはないのです」

 

 ……は?

 

 いやいや、何いってんのさ大淀カッコカリさん。冗談はよしこちゃんだぜ? ははーん実は大淀カッコカリさんはよしこちゃんか。

 

「あー、うん。わかるよ、わかる。そうだよな、現実になれば素敵だよな? でもさ、悲しいけど戦わなくちゃ、現実と」

 

「あ、あの……何故私の頭を撫でながら憐れみの籠もった目を……?」

 

 俺だって、俺だって艦娘がいつモニターの向こう側からやってこねぇかなんて何度も思ったさ。俺が行くでも可。

 

 ぱりーん! テートク! バアァァァニング、ラァアアアブ!

 

 みたいなもんでさ、艦娘ハーレム作りたい。作りたくない? 偉い人は言いました。一人を選べないのなら、皆選べばいいじゃない。

 

 まぁ俺のハーレム願望はともあれほら、そんな顔赤くしてないでさ。認めよう? 辛いのはわかる。俺も辛かった。認めること、それが大人への第一歩だ。

 

「間もなく到着致します」

 

「あ、はい。では、提督……」

 

「え、あ、うん」

 

 車が音もなく停止した。それと同時に大淀カッコカリさんはすばやく車から降りて、俺が座っている側のドアを開けてくれた。

 

 車を降りると。

 

「お待ちしておりましたっ!」

 

 大きな門、その両端にこれぞ軍人と言わんばかりの綺麗な姿勢で敬礼を向けてくる人。そして。

 

「大、本営……?」

 

 近くで見ればよりでかい建物。その入口に大本営と威嚇するように達筆で書かれた看板が俺を迎えてくれた。

 

 

 

 リノリウム床に二人分の足音を響かせて数分。

 前を歩く大淀カッコカリさんは姿勢正しく、キビキビと俺を先導してくれている。

 時折すれ違う軍服姿の人達に敬礼をされたが、相変わらずどうかえしたらいいのかわからないからとりあえず頭を下げておいた。

 

 いやまぁここまでされたら流石にわかるよ。

 

 ドッキリってことくらいは。

 

 そもそも俺みたいなヒキニートにドッキリ仕掛ける意味やら理由なんて無いのは置いておくにしても、だ。

 じゃあ何だって話で。

 

 映画の撮影とか? いや、エキストラ出演依頼なんて受けたことねぇ。

 逮捕されたとか? いやいや、法に触れることなんてしてねぇし、ここまであんなVIP待遇受けるのなんておかしいだろう。

 

 答えの出ない、思いあたりの無いことをぐるぐると頭で巡らせている間に、気づけば一室の前に辿り着いた。

 

「お疲れ様でした。こちらが司令長官室です」

 

「……大淀さん」

 

「はい? どうかなさいましたか?」

 

「ドッキリ?」

 

「はい?」

 

 そんな事を言ってみれば頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる大淀カッコカリさん。いや、ただの最終確認だ。

 

「何でも無い。それで、俺はなんでここに連れてこられたのかな?」

 

「はい。それは中におられる司令長官よりお話頂けるかと思います……では、どうぞ」

 

 司令長官?

 困惑する俺をよそに、ガチャリと音を立ててドアノブが回される。

 

「やぁ、足労かけたね。どうか、そこに座って楽にしてほしい」

 

 逆光でよく見えなかったが、中に居た中年のおっさんは微かに笑った気がした。

 

 目が慣れてきてみれば、そのおっさんは至極真面目な顔をしながら、ソファーに座るよう促してくる。

 

 未だになんだかよくわからんが、とりあえず座っとこう。

 

「緊張しなくていいよ。何も取って食おうと……いや、そうだね。僕達は今から君を国の為に捧げようとしている、なら食べようとしているという表現はあながち間違いじゃあないのかも知れない」

 

 何やら急に顎に手をあててブツブツとつぶやき始めるおっさん。実に不気味だ。

 

 ここは司令長官室って言ってたか。てことはこのおっさんが司令長官とかいう肩書の人なんだろうな。

 ぶっちゃけそれがどれくらい偉い人なのかさっぱりだが。

 

「司令長官殿」

 

「ん? あぁ、大淀君。すまないね、ありがとう」

 

 大淀カッコカリさんに声をかけられてようやく我に返った様子のおっさん。うむ、呼んでおきながら放置は勘弁してほしいぞ。

 

「それで……君は何処まで知っているのかな?」

 

 ギシリとソファーを軋ませながら座り、俺に水を向けて来る。何処までっつっても何もわからんのだがそこんとこどうよ。

 

「えぇと、なんでも俺は提督になるとかなんとか?」

 

 とりあえず、それだけはわかる。わかると言うかそれしか言われてないし、何を聞けば良いかわからなかった。

 

「うん、そうだね。君に提督素養が認められた、だからここにこうして呼ばれた。平たく言えば徴用だね」

 

 徴用……。

 え? なにそれ怖い。徴用って無理やり働かされることだろ? 働きたくないでゴザル。ドッキリ大成功看板マダー?

 

「君も知っての通り、我が国……いや、この世界は深海棲艦によって大きな危機を迎えている。数多の提督達は志半ばに倒れ、海へと、大地へと散った。そして今や提督の素質を持つものは貴重な存在となってしまった。故に遺憾ながらもこうして徴用という手段で君をここに呼び寄せてしまったことは申し訳なく思う」

 

 シンカイセイカン……え? 深海棲艦? 艦これの? ほっぽちゃん?

 つか大地に散ったっておい。え、何? 提督死んじゃったの? しかも貴重な存在なの?

 

「できる限りの援助……をしたい所だがもはやそれも厳しい。だが、歴代最高の提督適性値を持つ君なら……現状を打破してくれると期待している。重ねて申し訳ないが、拒否権は無い」

 

 キョヒケンオイテケ! じゃなくて。いやまて、待ってくれ。

 

 おれは、こんらん、している。

 

 適性値だけで現状打破を期待とかバカなの? 切羽詰まってるの?

 

「そ、それでも……拒否する、と言ったら?」

 

 混乱しながらも、ノーと言ってみた場合が気になってついつい聞いてしまう。

 

「……大淀」

 

「はっ!」

 

 司令長官の隣一歩後ろに控えていた大淀カッコカリさんが、一瞬淡い光を発し……。

 

「この14cm単装砲がここで火を吹くことになる」

 

 は……?

 いや、なんかおっさんがキメ顔で言ってるけどそんな事はどうでもいい。

 

 これってよ。

 

「艤装……」

 

「ほう? 流石最高適性値、よく知っているね。……僕としてもここを血の海に沈めたくはない。どうかな? 引き受けて、くれないかい?」

 

 うるさい、気が散る。一瞬の油断が命取り。

 

 艤装が出せるってことは、艤装が出せるってことだよな? あぁ違う、要するに。

 

「大淀カッコカリさんじゃなくて……大淀カッコガチさん……?」

 

「は、はい?」

 

 ドッキリじゃない?

 

 うっそまじかよ。

 

「うっそまじかよ」

 

 二回言ってしまった。大事なことだ、仕方ない。

 

 大淀、艦娘、艤装、提督。

 

 それらが意味するものは一つ。

 

「俺、提督になれるんだ……」

 

 パソコンのモニター越しじゃない。手にマウスを持つ必要もない。俺は。

 

 どうやら新しい水平線に勝利を刻みに来たようだ。


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