二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
「もう! なんであんな無茶したのさ! 途中で深海棲艦に襲われるって思わなかったのかい!」
「あ、はい。すいません」
鎮守府に帰ってきて夕立と時雨を妖精さんが準備しておいてくれた入渠ドックにぶちこんで少し。
大破状態、轟沈一歩手前だった夕立はまだ少し時間がかかるそうで、時雨はドックからでてくるやいなや執務室に怒鳴り込んできた。
なお、その勢いに負けて床に正座している提督が居る模様。俺です。
しっかし改めて見ると不思議なもんだ。
あれだけボロボロの姿になっても風呂入れば全て元通りなんてな。
あの時は無我夢中だったから意識してなかったけど、時雨も夕立もひどい有様だった。
時雨は右足の艤装はもちろん、骨だって曲がっちゃいけない方向に曲がっていたし、夕立に至ってはこれで動けてたのが信じられないってくらい全身傷だらけの骨折し放題だった。
情けない事に、その姿を直視した後、海に向かって盛大にお魚のおやつを撒き散らしてしまったくらいだ。
流石にそんな状態だったから、服が破れていて見ちゃいけない所が見えてラッキースケベに喜んだりする余裕はなかった。
……今度はもう少し余裕がある時に堪能したいと思う。色々な意味で。
「聞いてるのかい!?」
「お、おう。聞いてるよ」
ぷりぷりと怒る時雨に苦笑いを浮かべてしまう。
夕立が意識を失った時半狂乱になって駆け寄った時雨だったが、夕立の心音が確認できて安心出来たのかその瞬間に時雨も倒れてしまった。
あんな姿を見るよりは、こうやって怒られている方がずいぶんとマシってもんだ。
「でもまぁ、さ。無事で良かったよ」
「あ……う……」
そう言ってみれば、顔を赤くして何も言えなくなる時雨。可愛いなぁ。
もう正座も良いだろう、やることやらねぇとならんし。
「提督」
「うん?」
声に振り返ってみれば、時雨が何処か言いにくそうにもじもじとしていて。
「あの、さ……ありが、とう。約束、守ってくれて」
約束……あぁ、沈めない云々の話な。
お礼を言われるほどの事じゃねぇんだがな、いわば当たり前だ。
それに。
「まだ安心するには早いさ」
「え?」
「約束ってのは最後まで守り通してこそ、だからな。これから覚悟しろよ? 時雨。俺に約束破りの烙印を捺してくれるな」
楽にはさせねぇよ? そんな意味を込めて笑いかける。
時雨を……いや、艦娘を一隻も沈めない。
俺はこれからもそうするし、今までもそうしてきた。
今回、その難しさを肌で実感した今でもその気持だけは胸に宿っている。
実感した。そう、実感したからこそ守り通したいと思う。
「……うん! 任せてよ!」
「おう」
時雨の笑顔が眩しい。そしてやっぱり可愛い。
多分、俺が想像しているよりも遥かにずっと難しいんだろう。今の俺にはそんなあやふやな予測しか立てられない。
まだまだこれからだ、俺たちはようやく初出撃を終えたばかりの新米なのだから。
つっても時雨も夕立もここに来る前に出撃経験はあるって言ってたし、新米なのは俺だけなのかもしれんが。
「さて、時雨。疲れている所悪いんだが、今回の深海棲艦の動きについてどう思うか聞きたい」
「あ、そうだね。うん、なんでも聞いてよ」
姿勢を正して俺の方へ向かい直す時雨。
はっきり言って軍事行動の意味なんてさっぱりわからない。
戦術に関してはこの一週間で無理矢理詰め込んだおかげでまぁなんとなくではあるが理解出来る。
問題は戦略。
一部の戦闘活動がどういう意味を持っているのかとか。そういった事はまるで考えが及ばない。
「戦闘内容の詳細に関しては後で良いんだ。今回防衛ラインを割ってきた深海棲艦。その目的について何かわかることはあるか?」
「うーん。多分、偵察……強行偵察だったんだとは思うよ? 本格的な侵攻作戦にしては戦力不十分だと思うし、こっちの戦力を確認しに来たんじゃないかな?」
なるほど。
聞く限りここは新設の鎮守府。その戦力を図りに来るのは当たり前と言えばそうなのかも知れない。
戦艦が確認されているような所だ。時雨の言う通り攻め落とすぞとやってきたのならそれが居なかったのは不自然だ。
最も、あれだけの戦力で――といっても十分鬼畜な構成だったが、この鎮守府を陥落させることが出来ると判断した可能性もあるが。まぁ偵察だと思うほうが自然か。
「今後、また偵察や侵攻作戦が取られる可能性についてどう思う?」
「そうだね、半々……かな? 偵察目的とは言えそれなりの戦力を揃えてたのにも関わらずたかが駆逐艦二隻に壊滅させられた。相手からすれば不気味だと思うよ、二の足を踏む可能性はあると思う」
うん。確かにな。
はっきり言って被害を考えなくて戦果だけ見れば出来過ぎどころかありえないと言っていいだろう。
相手から見れば駆逐艦二隻でこれなら本隊は一体どれほどの戦力が……と、考えてしまうだろう。
「でもやっぱり戦艦が相手にいる事を考えれば間をあけず無理やり攻めてくる可能性も捨てがたい……どっちが濃厚かはわからないよ」
「そうか……わかった」
まぁ攻められる、攻める。どちらにしても近い内に事は動かさないといけない。
ゲームの様にこちらが攻めない限り攻めてこないみたいな展開はありえないってことがわかったし、放置するのはありえないだろう。
それに加えて資源の問題もある。
今日の出撃ではじめて弾薬を消費し、修復で鋼材を使用した。そして今日に至るまでの警備活動で燃料は少しずつではあるが消費している。
残っている資材は燃料が200。残りは少し消費しただけ。
燃料をどうにかして手に入れなければジリ貧だろう。消費量から考えれば、一ヶ月は持たないだろうな。侵攻されるかされないかによっては弾薬や鋼材もまた違うだろうし。
今回は上手くいったが次もこうとは限らない。時雨が言ったように戦艦が出てくれば敗北の可能性は極めて高くなるだろう。
やはり急ぐべきは戦力の拡大と補給ラインの整備、か。
「ていとくー」
「わぁ!?」
「ん? 妖精さん。どうしたよ? あと時雨、何驚いてるんだ?」
ふよふよと執務室に入ってきたのは入渠ドックを準備してくれていた妖精。
「え!? これ何!?」
「何って……妖精だぞ」
「ようせいだよー」
どっかの失敗した着ぐるみみたいな言い方はヤメロ。
「え? てか、時雨妖精見たこと無いの?」
「は、はじめて見たよ……これが、妖精」
恐る恐るといった具合に妖精に人差し指で触れる時雨。くすぐったそうに笑う妖精。絵になるなぁ。
じゃなくて初めて見たってどういう事さ。
羅針盤は言うに及ばず、修復、建造で見る機会はあっただろうに。
「それよりていとく。ゆうだち、しゅうふくおわったよ」
「お、そうか。今どうしてる?」
「そこにいる」
ぴっと小さな指を執務室ドアの方へ向ける妖精さん。
そこにはドアに隠れるように、自分の顔だけ出してこっちの様子を伺ってる夕立がいた。
「何してるんだ? 夕立。入ってこい」
「ひゃ! ひゃい!」
声をかけて招き入れてみれば、ギクシャクとロボットの様な動きで入室してくる夕立。
なんだなんだ? てっきり提督さーんダイブでもしてくるかと思ったのに。
「た、ただいま修復完了したっぽい!」
「うん。おつかれさん。身体におかしい所とかないか?」
「へ、へーきっぽい!」
びしっと敬礼なんてしちゃってまぁ。目線をあわせてくれないの? 寂しいぞ?
「くすくす……夕立? 大丈夫だよ。提督、何も怒ってないから」
「へ? そ、そうなの?」
「うん? 何を怒る事があるんだ? むしろ良くやってくれた、よく沈まなかった。この戦闘でのMVPに褒める以外何を言えばいいんだ?」
ピクリと肩を震わせた後、恐る恐る俺の目を見てくる夕立。
いや、ほんと。なんでそんなに怯えてんのさ。むしろまじで感謝したいくらいだよ。
「て、提督さーん! 褒めて褒めてー!」
「ぐふぅっ!?」
な、なるほど……これは高度なフェイントだったか。
褒めて褒めてダイブ、略して褒めダイ。つまるところ褒め
やってくれおる。
だが舐めるな! 身体を無駄に鍛えたのにふるわれる事叶わなかったニート魂見せてやる!!
「ゆ、夕立……よくやってくれたな。ありがとう」
「んふふー! 夕立にお任せっぽい!」
まさか俺が撫でポさせることが出来るとはな……感慨深い。
抱きついたままちょっと頬を赤らめながら俺に笑顔を向けてくる夕立の頭を撫でる。
あーくっそいい香りすんなー! 入渠ドックはお風呂。やっぱりそうだった。じゃなきゃこんなにいい匂いな訳がない!
「提督?」
「何だ時雨……って」
怒ってらっしゃる!? すっごい笑顔だけどそれ怒ってますよね! 雨が! 病むのです!
「ぼ、僕だって頑張ったんだけどな……。そりゃあ、敵を撃沈させた訳じゃないけどさ……」
「あ、あぁ。もちろんだ時雨。お前もよく頑張ってくれた」
手を時雨に向かって伸ばそうとすると、スススっと近寄ってくる時雨。愛い奴よ。
そんなこんなで二人は元通り。
改めて二人に聞いてみたが、やっぱり現存戦力だけで今後の戦闘は厳しいとの意見だった。
翌朝、戦闘内容の詳細が書かれた報告書に目を通しながら考える。
「戦力の拡大、か」
資源に余裕は無い。艦娘を建造せよという任務が無い以上、最低レシピで回そうがどうしようが必ず資源はマイナスになる。
遠征しようにも、鎮守府正面海域の安全を確保できていない以上資源が眠っていると思われる場所に向かうには極めて高いリスクを負う。
艦娘の練度を高めようにも、遠征も同様に正面海域の安全を確保してから。
ただ報告書を読むに、俺が二人に施した訓練も無駄では無いように思える。
時雨の急制動、急発進という体捌き。夕立の攻撃に攻撃を被せる戦闘方法、ダメージトレード技術。
これらは間違いなくあの訓練で培われた物だろう。
ヒトとしての練度は僅か一週間とはいえ、間違いなく向上している。その兆しが見えている。
引き続き訓練は行うにしても。
やはり先の作戦でも痛いほどに理解できた数の差。それは練度だけでは覆せないものだ。
よしんば今回の様に覆すことが出来ても、毎回これだけの被害を被るのであれば命が幾つあっても足りないというものだ。
数。
戦争は数だよ兄貴。
「やっぱ……これしかねぇか」
――他鎮守府より異動という形で着任させることが出来ます。
大淀が言っていたその方法。それに頼らざるを得ない。
他鎮守府と交渉できるほどの材料も無ければ、手段もない。ならば、大本営に頼るしか無い。
正直、援軍を出さなかった大本営に期待するのは少し気が引ける。
というか、なんだかキナ臭いというか。
大本営はわかっていたはずだ。この鎮守府が守る海に強い深海棲艦、それも戦艦すら確認できている事を。
最初は初期艦が二隻という事に喜んでいたが、実態を知ってから思えばそれは少なすぎる。
何を甘えた事をと思うかも知れないが、バックアップが得られなかったあの時。間違いなく、普通の扱いをされていないと感じた。
まるで、潰れる事が見越されているような……。
「いや、よそう。この世界ではこれが普通だという可能性だってあるさ」
マイナスな考えに頭を振る。
そうさ、俺は新米だ。戦争の「せ」の字だって知らない平和な世界に生きていた人間だ。
やれることをやろう。
漁師になるのはそれからでも遅くない。
そう思い。大本営に向けて電文の準備をはじめた。