二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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霞が突撃するようです

 戦艦棲姫に向けて、勢いよく突撃する一隻の駆逐艦。

 

 ニヤリと笑って迎えた戦艦棲姫は何かを合図するまでもなく、砲口をそれに向け、随伴艦もまたそれに倣う。

 

「来るならっ……来なさいっ!!」

 

 動かない腕、反応しない主砲。

 それでも出来ることはあると目をギラつかせ突貫する霞。

 

 その姿は呆気もなく簡単に捉えられ。

 砲撃音に、包まれる。

 

「やらせないったらっ!!」

 

 至近弾。

 唯一意のままに動く足はその魔弾から逃れることを許した。

 損傷はある、大破と言える姿で霞の命を残す。

 

 同時に。

 

「ナン、ダト……?」

 

 戦艦棲姫の隣で沈む重巡ネ級。

 慌ててその先を見れば。

 

「やらせない……っ!!」

 

 別れた第三艦隊が主砲を構えていた。

 

 そうして戦艦棲姫は察した。

 

 霞を生贄に自分たちを倒すという意図を。

 

「フフ……アハハッ! ソウ、ソウネ! シズメナイトネッ!!」

 

 笑えた理由はわからない。

 

 必死とも取れる表情で向かってくる霞を滑稽に思ったのか。

 それともそんな決断をしたことに対して嘲笑したのか。

 

「ノゾミドオリ……シズメテ、アゲルッ!!」

 

 ただ、見るものが見れば、戦艦棲姫の目から流れる何かに気づいただろう。

 

 雫の理由は本人にすら分かっていない。

 

 今この場で想うは沈めるという救済。

 そしてそうさせた人間への復讐。

 

 故に向かってくる霞を真に受け入れた。

 視界の端に映る第三艦隊が随伴艦に向かっていく光景を流して。

 

 まずは向かってくる哀れな駆逐艦を私と同じにし(シズメ)てやろうと心に決めた。

 

「お生憎様っ! 私は、こんなところで沈む気はないのよっ!!」

 

 先程の至近弾で、魚雷すら発射は不能となった。

 最早本当に霞は、動くことしか出来ない。すなわち、ただの的でしかない。

 

 沈むのは時間の問題。

 既に命を刈り取る死神の鎌は霞の喉元に添えられていて、少しでも動き方を違えれば容易にその首を切り裂く。

 

 戦艦棲姫の砲撃が放たれるごとに、一枚。

 霞が苦悶の表情を浮かべるごとに、一枚。

 

 薄皮が弄ばれるように割かれていく。

 

 それでもなお、霞の瞳に絶望はない。

 

 何故ならようやく今この時、霞は理解したから。

 

「沈む気が、しないわっ!!」

 

 海上護衛作戦で見た、第三艦隊の力、その姿。

 苛烈な攻撃の中に居ても、絶対に沈まないと思わされたその理由。

 

「私は……心の底から、信じてるっ!!」

 

 誰かの想いに応えようとすれば、誰かが自分に応えてくれる。

 

 ならば自分は、仲間を信じて応えるのみ。

 

 今、軽巡ツ級が一隻沈んだ。

 随伴艦を一刻も早く撃沈し、霞を救えと必死になっている第三艦隊。

 

 霞の突撃を見て、冷静になったとは言えない。

 ただ、自分たちの本領発揮は守ること、活かすこと。

 

 皮肉、というべきかもしれない。

 霞がこうして単独行動をして、いつもの形に立ち戻り、そうしてようやく気づいた、取り戻した本来の形によって力を十全に発揮できたのは。

 

 だが霞はようやく実感出来た。

 不幸中の幸いか、火中に栗を拾ったのか。

 

 仲間は、必ず自分を守ってくれる。

 そして自分が仲間を守っている。

 

 天覧演習に選ばれなかった理由。

 選ばれた朝潮との違い。

 提督に直接聞いても教えてもらえなかったそれ。

 

 依存じゃない、システムでもない。

 ただあるのは生きる、生きたい、生かせたいという願い。

 

 だから、その境地に辿り着いた。

 

 

 ――ったく、ひねくれ者もここまで来ると芸術よね。

 

「ええ、そう思うわ」

 

 ――それに、あの人達も、見てらんないわよね。

 

「全く、これじゃあ先輩だって素直に尊敬できないわよ」

 

 ――尊敬してるくせに。

 

「うるさいわね、尊敬したいのよ」

 

 ――それは、あのクズも?

 

「……違うわ」

 

 ――はぁ、良いから本音を言いなさいな、そんな余裕、ないって知ってるでしょ?

 

「違うったら! だってもう――」

 

 ――だったら、わかってるわよね?

 

「――もちろんっ!!」

 

 

「霞――改っ!!」

 

「……フフフ、ソウカ、ソウナノネッ!!」

 

 一瞬放たれた眩い光。

 その中から放たれた砲弾が戦艦棲姫に直撃する。

 

 現れた霞の姿は無傷。

 大破の時から瞳に宿していた光はそのままに。

 

「……みじめよねっ!」

 

 再度放たれる霞の砲撃。

 共に出た言葉は誰に向けてか。

 

「あのクズが居なきゃ……何も出来ないなんてっ!!」

 

 難なく受け止めた戦艦棲姫は笑みを浮かべたまま霞に狙いをつける。

 

「――甘いったらっ!!」

 

「アハハ! シズメ、シズメェ!!」

 

 完璧な回避。

 霞に損傷は見られない。

 

 戦艦棲姫は、嬉しかった。

 

 今相対している哀れな駆逐艦も、随伴艦の相手をしている艦娘達も。

 

 あの提督によって救われた、力を発揮できるようになった。

 

 そう理解できた、理解を深めた。

 それすなわち、彼が自分たちのモノになれば、自分たちも救われるだろうということ。

 

 幸せとすら思った。

 

 万が一、艦娘に討たれることになったとしても。

 彼が自分たちと共に歩んでくれることになっても、そのどちらにしても。

 

 この言いようもない憎しみから、悲しみから解き放たれる。

 胸に渦巻くどす黒い怨念めいた想い。

 それが、この海に溶けてなくなるだろうと。

 

 そんな、確信。

 

 何処に向かうにしても、きっと、深海棲艦は、艦娘は。

 幸せに海へと還ることが出来る。

 

「ダケド……!!」

 

「きゃっ!? 嘘でしょ……!!」

 

 人類を、滅ぼす。

 自身をこうさせた、人間を討つ。

 

 それが、深海棲艦。

 

 艦娘と深海棲艦はコインの裏表。

 それだけに決して相容れない、交わらない。

 

 もしも、深海棲艦が艦娘に出来ることがあるとするならば。

 

「シズメテ……アゲルッ!!」

 

 沈めること。

 そして絶望の中で、深海棲艦へと誘うこと。

 

 そうすることしか出来ない。

 

 今更、提督を除いた人類と肩を並べるなんて出来ない。

 想いが、身体が、海の意思がそうさせない。

 

 だから、戦う。

 私怨はない、悲哀もないままに、艦娘へと矛を向ける。

 ただただ、人類に終焉を、そのために。

 復讐か、それともただ刷り込まれた命令に従っているだけなのか。

 

 こうして霞と相対してから、戦艦棲姫はそれがわからなくなった。

 

 砲撃が、飛び交う。

 あやふやなまま絡み合う放物線。

 

 何度も戦艦棲姫の身体を叩く霞の砲撃。

 それでも一向に損傷は深められず、良くて小破程度。

 

 対する霞は既に中破。

 いよいよをもって脚部艤装に損傷をこしらえた。

 

「っく……!!」

 

「ヨク、ヤッタ」

 

 戦艦棲姫、心からの称賛。

 

 随伴艦は残り重巡ネ級と駆逐ロ級。

 それだけの戦力を撃破する時間を霞は稼いだ。

 フラワーズに対しても同等の称賛を送りたい気持ちはあれど、やはり可能にしたのは霞。

 

「はっ……! 嫌味にしか聞こえないわね」

 

「ザンネン、ネ」

 

 足元から上がる黒煙が霞の目を掠める。

 されど意識に捉える事なく、ゆっくりと腕をあげ、照準を合わせる。

 同じく戦艦棲姫も、全ての表情を消し、目の前の命を見送る決意を固めた。

 

 まるで鏡写し。

 

 姿形全てが違うのにも関わらず、照準をあわせ合う。

 

 海には砲撃音が未だ響く中、この二人だけが切り離されたかのように。

 

 どんっ。

 

 切り取られた世界の中、二つの轟音が響いた。

 

 

 

「霞いぃいいいい!」

 

 遅かった、間に合わなかった。

 そんな言葉が頭を駆け巡る。

 

 背後へと挟撃を仕掛けるため回り込んでいた第一艦隊。

 その進路を防ぐ可能ように展開されていた敵艦隊を夕立と時雨に任せて、ようやく天龍と龍田が位置についた時。

 

 天龍が見た光景は霞の身体に戦艦棲姫が放った砲弾が直撃した光景。

 

「オレは……オレは……っ!!」

 

 守れなかった。

 守れたはずだった。

 

 フラワーズが、第一艦隊が、もしも普通通りなら。

 間違いなく霞が一人突撃するなんて場面にはならなかったし、なったとしても第一艦隊は間に合った。

 

 戦艦の、戦艦棲姫の主砲。

 それは駆逐艦一隻を葬るには十分すぎる一撃で。

 

 跡形も無いだろう、霞の姿は。

 粉々にならまだ良い。間違いなく、消し飛んだと思わせる威力。

 

「フフフ……アハ、アハハハハハハ!!」

 

 笑い声、嘲笑い声が響く。

 これで霞という存在は消えた。

 彼女は妖精となるのか、それとも深海棲艦か。

 

 そんな事を、涙を流すとともに考える戦艦棲姫。

 

 天龍自身、自分は提督にどんな顔をして会いに行けばいいかわからなくなってしまった。

 謝罪の言葉なんて思い浮かばない、ただただあるのは絶望のみ。

 

 だから。

 

「天龍ちゃんっ!!」

 

「あ……え……!?」

 

 爆炎が晴れた時、そこに大破姿で両腕をだらりと下げながらも、未だ力強い瞳を戦艦棲姫に向け続ける霞の姿が信じられなかった。

 

「な、ん……?」

 

「何でもいいわっ!! 天龍ちゃん!! 行くわよっ!!」

 

 龍田の声。

 

 その言葉で、一気に意識が覚醒した。

 

 ――なんでもいい、まだ、沈んでいない。

 

「行くぞっ!!」

 

「ええっ!!」

 

 守る、すなわち戦艦棲姫を撃破する。

 考えられるのは、もう、それだけ。

 

 

 

「アリ……エナイ……」

 

 霞の姿を見て呆然としているは戦艦棲姫。

 

 完璧な手応えだった。

 十分すぎる、確実に屠ったと思えるそれだった。

 

「ま、だ……やれ、る……わ」

 

 一歩。

 おぼつかない足が海面を捉えた。

 

 ボロボロの姿、間違いなく虫の息。

 

 だと言うのに、霞の一歩に対して戦艦棲姫は一歩退いた。

 

 戦意は少しも衰えていない。

 ただただ、霞は仲間に応えたいという一心のみ。

 

 心を踏み出す力に変えて。

 ゆっくり、ゆっくりと確実に距離を縮める。

 

「シ、ズメ……」

 

 震えながら、戦艦棲姫は腕を振り上げ――。

 

「シズメエエエエェェェェェェエ!?」

 

 下ろすと共に、主砲を放つ。

 

 向かった砲弾は、海面を強かに。水飛沫が霞の頬を叩く。

 

 当たらない。

 

「は、は……まったく、クズの、くせに……」

 

 そう呟いて、魚雷を一本。

 

 手にとった。

 

「コ、コンナ――キャッ!?」

 

「てめぇえええええええ!!」

 

 震えていたのは腕だけじゃなく、身体も。

 避けるに値しない攻撃であっても、そうじゃないとしても、この魚雷は避けられなかっただろう。

 だがその魚雷の衝撃とは違うモノが戦艦棲姫の身体を襲った。

 

「後悔……させてあげるっ!!」

 

「グゥッ!?」

 

 天龍の二連砲撃に続いたのは龍田の魚雷。

 その全てが一寸の乱れもなく戦艦棲姫に吸い込まれる。

 

「コ、コノオオオオオオ!!」

 

 混乱。

 戦艦棲姫はその渦の中にいた。

 

 何故、霞は生きているのか。

 何故、たかが軽巡洋艦の攻撃で手痛い損傷を受けているのか。

 

 何故、何故、何故。

 

 疑問が浮かび、生まれ、頭を埋め尽くす。

 それでも、闘争本能に従い、天龍達へと勢いよく振り向こうとすれば。

 

「……エ?」

 

 今、この場にいる深海棲艦は、自分だけという事がわかった。

 

「――間に合った、よ」

 

 流れそうになった光景には、沈みゆく戦艦棲姫の随伴艦。

 そして、自身に向けられる砲口、魚雷、闘志。

 

 動きを止めてしまったのは、きっと疑問という茨に絡め取られてしまったから。

 

「――主砲、一斉射!! 魚雷もありったけ食らわせてやれぇえええええ!!」

 

「了解っ!!」

 

 天龍の号令と共に、轟音が、水をかき分ける音が重なる。

 重なった音色は戦艦棲姫の挙げる苦痛の声をかき消して、次々と襲いかかる。

 

「コノ……!!」

 

 振り払った姿は紛れもなく深刻な損傷を刻んていて。

 

 あと、一撃。

 

 誰のどんな攻撃があたったとしても、その身を海へと還すだろう。

 

「これで……とどめよっ!!」

 

 だから、弱々しくも放たれた霞の魚雷。

 まっすぐ、まっすぐ海を突き進み――

 

「ニドト……シズマナイッテ、キめた……のに……でも……」

 

 戦艦棲姫の姿を光の粒と変えた。

 


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