二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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提督奪還のようです

 目と鼻の先。

 墓場鎮守府第二艦隊をその位置にして、港湾棲姫は瞑目している。

 

「ヤハリ、我々ト共ニ征クトイウノハ……」

 

「……ワカリマセン」

 

 そんな彼女に向かって残念そうに声をかけるのは防空棲姫。

 

 言葉を話すことが出来る深海棲艦はこの場に二人。

 そしてあの提督が海の審判に臨んだという事実は各鬼、姫級の深海棲艦には周知されている。

 

 深海棲艦とともに人類へと終焉を刻む。

 

 確かに提督は人間。

 だから自分たち深海棲艦とは相容れない存在。

 ならばこの結末は当然とも言える。

 

 だが、それでも惜しいのだ。諦めきれないのだ。

 

 港湾棲姫が、北方棲姫が言ったように、何故あの時あなたは居なかったんだ。

 その思いは鬼、姫級の心にしかとある。もしかしたら言葉を話せない深海棲艦達すらそういった想いを抱えているかもしれない。

 

 こんな姿になっても、目的が百八十度変わったとしても。

 

 彼と共に海を征く。

 

 そんな夢物語を夢と割り切れないほどに。

 

「ワカラナイ、トハ?」

 

「アノ人ハ……イエ、アノ人モマタ、捨テキレナイノデショウ」

 

 飲む間際に言われた言葉、約束。

 

 ――俺は、皆を救うよ。

 

 あてもない、確証もない。

 ただ希望しかない約束。

 

 提督は、そう言って瓶の液体を飲み干し、倒れた。

 今は部屋で眠っている彼を想い、港湾棲姫は心を温める。

 

 審判に挑んだ。

 

 それはつまり、このまま再び目を開ける可能性は限りなく低い。

 それはつまり、再び目を覚ましても今度は敵として相まみえる。

 

 そうと分かっているのに、分かっているはずなのに。

 

 何故、心が温かいのだろうか。

 

 深海棲艦となってから初めて如来した温もり。

 それがどうかこの胸から離れていきませんようにと、手を当てる。

 

「ドチラニシテモ」

 

「エエ、彼ヲ渡スワケニハイキマセン」

 

 このまま彼が死の道を進んだのなら、責任を自分たちが持ちたいし、再び動くというのなら自分たちが始末をしたい。

 

 そう。

 どういう形になったとしても、提督を再び人類へ返すつもりは欠片もなかった。

 

 正面を港湾棲姫率いる、防空棲姫、戦艦タ級フラグシップ、重巡ネ級フラグシップ、駆逐ハ級フラグシップ二隻で守り。

 提督奪還艦隊が来るだろう裏には北方棲姫率いる、浮遊要塞、魚雷艇、沿岸砲台に駆逐ハ級。

 

 盤石と言っていい構え。

 奪い返せるものならやってみろと言わんばかり。

 

 瞑目された目から蒼い光がうっすらと奔り。

 

「サァ……オヤスミノジカンヨ」

 

 戦意と共に、港湾棲姫は艦載機を発艦させた。

 

 

 

「摩耶さんっ!!」

 

「おうっ! まっかせとけぇ!!」

 

 発艦された艦載機と思わしき物体。

 その群れに摩耶は高射砲を斉射する。

 

「神通さんっ!」

 

「はいっ!」

 

 それでも取り逃した艦載機を相手にするのは神通。

 第二艦隊の主力を守るように精密な射撃により驚異を減らしていく。

 

 鳳翔はまだ艦載機を発艦していない。

 リスクは承知で指揮を取り、この相手の先制航空攻撃を躱した後。

 

「風……よし、角度……よし……!! 全艦載機!! 行ってください!!」

 

「鎧袖一触よ」

 

「艦載機の皆さん、用意は良い?」

 

 鳳翔の言葉に従い、雄々しく飛び立つ赤城、加賀妖精。

 

「古鷹さん、加古さんは続いて下さい!! 相手の攻撃は私がなんとかしますっ!!」

 

「はいっ! お願いしますっ!!」

 

「任せたよっ!! ……さぁて、いっくぞおおおお!!」

 

 艦載機に続き加古と古鷹が突撃する。

 制空権は、五分……いや、辛うじてやや優勢か。

 

 加賀が乗る戦闘機の動きは本来数の上で負けているにも関わらず冴え渡っている。

 そうして開いた航空路を赤城が乗る爆撃機が疾走り。

 

「直上!! 急降下!!」

 

 狙いは、護衛艦。

 重巡ネ級へ定め、爆弾を落とし、攻撃機の魚雷が駆逐艦へと発射される。

 

「逃さないって!!」

 

「よぉく狙って!!」

 

 回避運動は――間に合わない。

 よしんば出来たとしても古鷹と加古の砲撃により沈められる。

 そう確信出来るほど逃げ道が無かった。

 

 重巡ネ級中破、駆逐ハ級一隻大破、一隻撃沈。

 

「よしっ!!」

 

 ファーストコンタクトとしては最高の出来。

 こちらの損傷はないのにも関わらず、一気に相手戦力を削ることが出来た。

 戦果確認とともに鳳翔の下へと戻っていく艦載機。

 

「このまま……っ!?」

 

「古鷹っ!!」

 

 その場に残り、再突撃の構えを見せた古鷹へと発射される魚雷、それは。

 

「攻撃機……っ!?」

 

「ウフフ……ナニモ、ワカッテナイノネ」

 

 港湾棲姫は、空母に非ず。

 大量の艦載機を抱えた飛行場。

 

 だというのにも関わらず、制空権を得ることができたその理由とは。

 

「っく! 分割して……!」

 

「古鷹! 一旦戻ろうっ!」

 

 古鷹、小破。

 

 再発艦ではない、続けて発艦された攻撃機により小破させられた古鷹を守りながら加古は隊へと戻る。

 振り返ってみれば妖しく笑う港湾棲姫と、新たに隊へと合流したらしい無傷の重巡ネ級と駆逐ハ級。

 

 港湾基地。

 それは深海棲艦の鎮守府とも言える。

 ならば控えている存在がいるのも当たり前だし、艦載機にしてもそうだろう。

 

「大丈夫ですか? 古鷹さん」

 

「うん、傷は大したこと無いよ。だけど……」

 

 下がっていく古鷹達へと戦艦タ級の砲撃が向けられたがそれを撃墜しながら大淀は古鷹を気遣う。

 悔しげに顔を歪ませながらも応える余裕は失われていない古鷹。

 

 そんな光景を見て、鳳翔は一つ息を呑んだ。

 

「……厳しい、ですね」

 

 厳しい。

 港湾棲姫以外だけなら撃沈することに対して難しさは感じない。

 事実、基地の戦闘機全てを発艦させられたのならば話は別だろうが、先程の規模程度なら渡り合えるだろう。

 相手に防空棲姫がいるとはいえ、損傷を与えられてはいる。

 

 だが、撃沈したところですぐに戦力が補充されるのなら。

 間違いなくジリ貧になることが見えている。

 どれほどの戦力を抱えているか想像はつかないが、こちらの弾薬や燃料が尽きる方が早いのは目に見えていた。

 

 つまり。

 

「護衛艦を無視して港湾棲姫に突撃しよう」

 

 加古の言う通り、その手段しか取れる方法が無かった。

 

「それは……!」

 

 反対しなければならない。

 鳳翔とてそれしか手段が今の所思いつかない。

 

 いや、あるとすれば第一艦隊が提督奪還成功するまでの時間稼ぎを目的とした耐久戦へと臨むというものもあるだろう。

 しかし。

 

「そうだね、摩耶さん、神通さん。私達と一緒に突撃して艦載機の相手お願いできるかな?」

 

「あぁ! 任せろ!」

 

「はい! 神通、全力を尽くします!」

 

 今ここで港湾棲姫を打倒する。

 その意識に囚われている古鷹達にそれを説明したところで、理解を得られるだろうか。

 

 何よりも。

 

「そうですね……なら、大淀さんと私は突撃の援護にまわりましょう」

 

「了解です!」

 

 旗艦である鳳翔自身、その思考を打倒に染めていたから。

 そんな選択肢を思い浮かべられたとしても、却下してしまっていただろう。

 

 そこに提督がいる。

 

 それを前にして。

 やはり、冷静でいられなかったから。

 

 

 

「カエレッ!」

 

 冷静ではいられなかったのは第一艦隊とて同じ。

 

「邪魔っぽい!!」

 

「邪魔だよ」

 

 いや、少し違う。

 

 冷静であろうとすらしなかった。

 

 第二艦隊が会敵したのを見送り、別箇所から攻め上がった第一艦隊。

 敵影が見えた瞬間、いとも簡単に胸の内を爆発させた。

 

 二隻の駆逐艦は目の色を変えて突撃したし、二隻の軽巡洋艦は胸を殺意に染めた。

 

「提督を……返してっ!!」

 

「てめぇら……二度と海を征けるなんて思うなぁ!!」

 

 荒れ狂う嵐のようだった。

 

 浮遊要塞はその嵐に巻き込まれすぐに墜ち、魚雷艇、砲塔から放たれる攻撃の一切が誰も居ない海を進んだ。

 新たに基地より出撃する敵駆逐艦は海の感触と沈む感触を同時に味わい続けた。

 

 そんな中、北方棲姫だけが唯一戦闘と言える行動を取れていた。

 

「グ……! ソンナノ、キカナイ!!」

 

「どくっぽい!! どけ! どけええええええ!!」

 

「さっさと沈んでよね!! 提督が……提督が待ってるんだからっ!!」

 

 艦載機を飛ばしては天龍と龍田に撃墜される。

 砲台小鬼は相手が対陸地装備ではないという理由だけで辛うじて生き残っている有様。

 

 それでも、戦うことをやめない北方棲姫。

 

「ズルイ……! テイトク、オイテケッ!!」

 

「知らないっ!! 早く提督を……返しなさい!!」

 

 渡さない、返さないと。

 基地にある艦載機の消耗は激しい。

 あまりにも苛烈すぎる第一艦隊の攻撃。

 

 誰もが一切の損傷をせず、強く強く敵を圧倒する。

 ただただひたすらに提督の理想を描く艦隊行動。

 

 極まった第一艦隊。

 

 もしも。

 もしもこの戦いを何も知らない者が見たとするならば、どちらが悪役なのか理解できなかっただろう。

 

 容赦のない攻撃に必死で対抗しようとする北方棲姫。

 歯を食いしばってなんとかしようと奮戦する姿を沈めようと攻撃し続ける天龍達。

 

 事実、北方棲姫は相対した瞬間に敗北を悟った。

 

 勝てない。

 

 それは揺るぎない結果だと理解した。

 

 それでも。

 

「ワタシダッテ……! テイトクト……!!」

 

 かつては叶わなかったその想い。

 過去、自分がどのような扱いをされたのかは覚えていない。

 それでも、提督と一緒に頑張った、何かを成し遂げたという想いは無い。

 

 それどころか今こうして深海棲艦として生きている。

 生まれた瞬間から憎悪に身を焦がしている。

 

 ならば結局そういうことなのだろう。

 

 今、こうして熱望している提督との軌跡。

 それを手に入れるために、北方棲姫は敵わない相手へと牙を剥く。

 

 ただただ提督と海を征く。

 その夢を手に入れるために。

 

「オラ! もう終わりかぁ!? だったら早くそこをどけぇ!!」

 

「グ、ウ……!」

 

 それでも現実は残酷で。

 かつての覚えていない自分をなぞるようで。

 一つ一つの砲弾が、魚雷が、その夢を削り取っていくようで。

 

「ワタシ……ワタシハ……テイトク、ト……」

 

「これで終わりっぽい!!」

 

 夕立の主砲が、北方棲姫を捉えた。

 

 ボロボロの身体越しに見たその砲口は、確かに自分を沈めると理解した時。

 

「夕立っ!!」

 

「っ!?」

 

 夕立に向けて攻撃機が飛んできた。

 正確に、主砲の狙いをつけたままでは回避出来ない攻撃がやってきた。

 

「……北方棲姫」

 

「……オモテ、ハ?」

 

 現れたのは港湾棲姫。

 その姿は北方棲姫と同じくボロボロで。

 

 ゆるゆると首を悲しげに横へと振る姿は切ない。

 

「退キマショウ……マタ、ツギ、タタカウタメニ」

 

「……ワカッ……タ」

 

 素直に、ではないが、悔しげに頷き基地へと戻る北方棲姫。

 

「……てめーは」

 

 天龍が港湾棲姫に向けて言葉を向けようとするが、それを黙って手で制して。

 

「ココハ、退キマス」

 

「逃がすとでも思っているのかい? ――っ!?」

 

 身体に力を入れて時雨が足を踏み出そうと瞬間、敵艦載機が時雨を囲む。

 

「オボエテイテ。私達ハアキラメタワケデハナイト」

 

 そう言って、基地航空部隊を全て、発艦させた。

 

「ま、待てっ!! ……くそっ! 総員っ!! 対空防御態勢っ!!」

 

 天龍の号令に全員が動く。

 おびただしい数の艦載機を前に天龍達は必死で回避、対空射撃を行う光景を背に、港湾棲姫はその姿を消した。

 

 

 

「天龍さんっ!!」

 

「鳳翔さんっ!!」

 

 中破姿の二人。

 深海棲艦基地内で合流できた二人はお互いの無事を確認しあう。

 

「他の皆はっ!?」

 

「……とりあえず、無事……です、詳しい話は後で。今は」

 

「……わかった。じゃあ行くぜっ!!」

 

 頷く鳳翔。

 二人で基地内を走る。

 

 基地の中に深海棲艦の姿が無いことを確認してから第一艦隊はそれぞれ手分けして提督を捜索していた。

 敵が退いた理由はわからない、だがそれよりも先に優先すべきは提督の安否。

 いまいち後味の悪い気持ちを抱えてはいるものの、それ以上に優先されるものがあると振り切って走る。

 

 そうして走っている中で、天龍の無線が響いた。

 

「……時雨かっ!?」

 

『うん……提督、見つかったよ……生きてる、生きてるよ……!!』

 

「すぐに行く!! 場所は!?」

 

 無線越しに聞こえるのは泣いている時雨の声。

 一瞬ドキリとしたものの後ろに続いた言葉に思わず大きくガッツポーズをする天龍と、両手で口を抑えて涙を浮かべる鳳翔。

 

 時雨の涙声で示された場所へと向かう。

 

「ったく!! 心配かけやがって!! なぁ! 鳳翔さん!」

 

「ええ、まったくです。これは何かお仕置きを考えなければ、ですね」

 

 再び走る。

 悲壮感も、必死さもなく。

 

 これで、いつもどおりの自分たち、日々に戻れる。

 

 その喜びが胸から溢れて、顔には笑顔が浮かぶ。

 

 提督に会えば、言いたいことは山ほどあった。

 なんでこんなことになったのか、どれだけ悲しい思いをしたのか。

 

 全部、全部ぶつけてやろう。

 そして思いっきり褒めてもらおう。

 もしかしたら怒られるかもしれないけど、それもまた嬉しいと。

 

「時雨っ!!」

 

「天龍!」

 

 だからその部屋に入った時。

 ベッドの上で安らかな顔をして眠っているのか提督の姿が目に映った時。

 

「良かった……良かったよ……」

 

 涙が堪えられなかった。

 部屋についたのは天龍達が最後のようで、夕立は提督に抱きついて泣いてるし、龍田も床にへたり込んで両手で目を覆っている。

 

「ったく、こんなにオレ達を泣かせやがって……いい御身分だなぁ提督! さっさと起きろよっ!」

 

 涙を流しながら、笑顔を浮かべながら。

 提督に近づき、肩に触れて。

 

「おい! 聞いてるのか提督! 早く起きろって!!」

 

「……」

 

 起きない提督。

 目を開けない提督。

 

「お、おい。なぁ? 早く起きてくれよ?」

 

 何故か。

 理解できない悪寒。

 

 その悪寒に耐えて、気づかないように。

 

「提督さん! 起きるっぽい!」

 

「提督? 早く、起きてよ?」

 

 戸惑いを、振り払うように。

 

「提督ー? 早く起きないとー……私ー……」

 

 嫌な予感を、追い払うように。

 

「……お待ち下さい。もしかしたら深海棲艦に何かされた可能性があります。後続を待って、まずは鎮守府で診てもらいましょう」

 

「あ、あぁ……そうだな。ちょっと、安静に、しとかねぇとな?」

 

 全員で、努めて冷静に。

 ただただ提督の無事を確認できたことだけを、喜ぶことにした。


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