二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

103 / 114
各人が抱える思いのようです

 龍田と天龍の肩に抱えられた提督の姿を見た瞬間、フラワーズの全員が目を輝かせた。

 戦闘時に浮かべていた色はどこにもなく、喜び一色で染められた瞳から全員が涙を浮かべる。

 

 そしてそれは第二段階作戦の実行艦隊全員にも言えることだった。

 

 深い損傷により気を失っている摩耶と神通を除いてだが、身体を支えている大淀、古鷹の顔にも安堵と喜びが混ざった表情が浮かんでいる。

 

「皆っ! やったねっ!!」

 

「あぁ、これでようやく一安心……なんだが、提督が目を覚まさなくてな。深海棲艦に何かされた可能性があるっつーことで――」

 

「任せてっ!」

 

 天龍へと近寄ったのは那珂。

 話し始めた言葉を最後まで聞かずとも理解できた。

 

 帰投するまでの間、護送船の護衛を頼む。

 

 那珂はすぐに暁達の下に走り、その旨を全員に伝え全員が天龍の方へ向かって笑顔で敬礼をした。

 

 任せて。

 絶対に無事で鎮守府へ帰すから。

 

 頼もしさを感じるその姿。

 だが、第三艦隊全員の心にある気持ちはもう一つ、今度こそという想い。

 霞の姿が瞼の裏にこびりついて離れない、あの時感じた想いが忘れられない。

 

 故に、今度こそ。

 

 自分たちは守るための艦隊。

 提督の無事が確認できた今、そうしなければならないと強く考える事が出来た。

 

「作戦、お疲れさまでした! お見事です!」

 

「うん、ありがとう」

 

 第三艦隊が護送船の周りに展開するなか、第一、第二艦隊は護送船に乗り込む。

 

 そんな墓場鎮守府艦娘達を迎えたのは大本営の軍人達。

 目には何処かありえないという驚きが見え隠れする中、敬意を持って艦娘へと敬礼をしている。

 

 実際、ありえないと思って良い作戦完了スピードだった。

 

 作戦決定から三日。

 たったの三日、それだけで大規模作戦と銘打たれた作戦の一部を完遂させた事実。

 

 提督への想いは理解の及ぶ所。

 だが、それでも、これほどまでとは思いもよらなかったと浮かべた表情が語っている。

 

「すまねぇけど、医者……軍医はいるか?」

 

「今はおりません。途中簡易司令部に詰めています」

 

「わかった。なら、途中で拾うことは出来るか?」

 

「可能です、ならその航路を取ります」

 

 未だ担がれたままの提督を見て頷く操舵官。

 特に時間的なロスが少ないことも当然だが、この作戦をこうも見事に完遂した艦娘のお願いを叶える事に抵抗は無かった。

 

 短いやり取りではあったが、改めて艦娘の力、その可能性を目の当たりにして大事にしなければならないものが一体何なのか。

 そんなことに思いを馳せるには十分だったから。

 

 軍人と別れた後、簡易ではあるがベッドに提督を寝かせた天龍。

 提督の身体に素早く近づいて手を握るのは時雨と夕立。

 二人にやれやれとようやくいつもに近い笑顔を浮かべられた時。

 

「……ごめん、ね」

 

「あん?」

 

 時雨が口を開いた。

 謝罪の意図、それを掴めずに天龍は少し間抜けな返事をしてしまう。

 

「えっと、その、変な空気にしちゃったっぽい」

 

「……ううん、いいのよー。多分、時雨ちゃんと夕立ちゃんがそうなってなかったら……私と天龍ちゃんがそうなっていただろうし」

 

 思い至ったのは龍田が先。

 そしてその口から出た言葉もまた真実。

 

 時雨が、夕立が我を失いかけていなければ、きっと龍田が、天龍が我を失いかけていただろう。

 

 それは、間違いない。

 

「ありがとう」

 

「いいんだよ、まぁでも皆で怒られようぜ? 提督に、よ」

 

「うんっ!」

 

 天龍の言葉に弾ける笑顔を浮かべたのは夕立、いつもの夕立に戻った。そう言える笑顔。

 

 提督が、生きていたから。無事だったから。

 目を覚まさない理由はまだわからない。だが、こうして提督は息をしていて。

 だとするなら普段どおりに戻らない理由にはならない。

 

 それも、間違いないのだから。

 

 

 

「天龍さん」

 

「あぁ」

 

 鳳翔と天龍。

 二人の視線に収まっているのはベッドに横たわった霞、摩耶、神通の姿。

 三人ともまだ目を覚まさない。

 

「……あん時、何があった?」

 

「……私達は強引な作戦を執りました。今、思えば、ですが、無謀と言って良いような作戦を」

 

 結果的に功を奏した。

 だが、鳳翔は提督なら絶対に執らないだろう作戦を決行してしまったことに深い罪責感を覚えている。

 

 あの時。

 古鷹と加古に随伴した摩耶と神通は結果につながる最高の働きをした。

 古鷹を守るために摩耶が艦載機を撃ち落とし、加古を守るためにその身を囮に神通は舞った。

 苛烈な攻撃、どれだけ撃ち落としても際限ないように発艦される艦載機。

 その全てから摩耶と神通は古鷹と加古を守った。

 

「そんな古鷹さんと加古さんの砲撃は……見事に、ケチのつけようもないほど効果的に、港湾棲姫を穿ちました」

 

「その代償が、摩耶と神通。ってことか?」

 

 弱々しく首を横にふる鳳翔。

 ある意味正しく、そしてやっぱり違うと鳳翔は答える。

 

「港湾棲姫へ攻撃が通った時、お二人共ボロボロに近かったのは間違いないです。問題はその後、防空棲姫の奮戦」

 

 考えておくべき、気づくべきだったと続けて鳳翔は言う。

 

「どうして港湾棲姫さえ倒してしまえば相手は機能不全、行動不全に陥るなんて錯覚していたのか……私達は港湾棲姫を退けた後、防空棲姫の指揮に従った敵艦隊の攻撃に晒されました」

 

 そう、完璧だった。

 港湾棲姫を退けるという一点のみにおいては、だが。

 

 どうして姫クラスが二隻いたのか、その理由。

 それは基地の指揮を港湾棲姫が、艦隊の指揮を防空棲姫が執っていたからに他ならない。

 

 確かに港湾棲姫を退けたことで、基地からの航空部隊発艦は収まった。増援自体も収まった。

 ただ、それだけ。

 

 残った敵艦隊の士気は衰えることなく、むしろ増して鳳翔達第二艦隊へと襲いかかった。

 ある意味深海棲艦らしいとも言うべきか、最初から港湾棲姫を退けさせた後を狙っていたのかとも思えるほどに。

 

「……結果から言えば、私達は摩耶さんと神通さんがあの土壇場で改に至り囮役を買って出てくれたことで助かりました」

 

「改、か」

 

 改めて摩耶と神通へと視線を向ける天龍。

 

 自分たちと同じように、あるいは霞と同じように。

 

 改に至った瞬間、それまでに受けていたダメージ、疲労は消え去る。

 理解できない現象ではあったが、そういうものなんだと捨て置いていた理解。

 

「それでも……言葉を選ばないのであれば、沈んで当然と言える攻撃に晒されたお二人。ですけど……」

 

「こうして生きて帰ってきてくれた、か」

 

「はい……そうして笑っていうんです。どうだ、あたしは役に立っただろうって。無意味なんかではいられませんからって」

 

 二人はそう言って意識を手放した。

 自身を誇るように、力を示したと胸を張って。

 

 声に涙が混じりだした鳳翔。

 作戦の危うさを理解したのは敵艦隊の攻撃に晒されてから、どれほどの間違いを犯したのかと実感したのはそんな二人の台詞を聞いてから。

 

 顔を覆う鳳翔の声には後悔の色も含まれていて。

 

 あれほど提督の役に立ちたいと、自分ならと思ってくれたならと願っていたはずなのにと。

 そう懺悔をするように天龍へと告白する。

 

「……やっぱり、オレ達は提督がいねぇとダメだなぁ? 鳳翔さん」

 

「本当に、その通りです、ね」

 

 この場に、それを咎められるのは提督しか居ない。

 しかし提督は未だに目を覚まさない。

 

 もどかしくも思う。

 早く叱られたい、そんな考えすら改めて思い浮かぶ。

 

「だが、よ。そんな風に鳳翔さんが思うくらい苛烈な攻撃だったのにも関わらず……いや、沈んで欲しかったって意味じゃなくてよ……」

 

「どうして生きていることが出来たのか、ですよね? 大丈夫です、わかります」

 

 霞にしてもそうだ。

 駆逐艦が戦艦級……それも姫級の砲撃が直撃して沈まないわけがない。

 

「ですけど……わから、ないんです」

 

「わからない、か」

 

 それは一体どんな理由か。

 未だ目を覚まさないことに関係があるのか。

 

 そんな疑問が頭を駆け巡る。

 

「だけど……」

 

「はい」

 

 無事で良かった。

 その想いで今は十分で、想いに身を浸しながら、ベッドで眠る三人の身を案じ続けた。

 

 

 

「それは、本当デスカ!?」

 

 MI作戦、連合艦隊旗艦、金剛。

 

 手に持った無線機から伝えられた報告に今まで一切浮かべていなかった表情を浮かべて喜び驚く。

 

「ハイッ! ハイ! そう、デスカ……! わかりまシタ! ありがとうございマス、委細、了解しまシタ」

 

 提督奪還の知らせ。

 待ち望んでいた報告。

 

 続いて伝えられたまだ目を覚ましてはいないという部分はあれど、間違いなく吉報。

 

「成功、したのかい?」

 

 無線を切って、大きく深呼吸をした金剛へと声をかけるのは長官。

 

「まさか……こんなに早く……!?」

 

 MI作戦が実行に移って半日。

 時間差で動き出したMI作戦、あまりにも早いAL作戦完遂に目を丸くするのは中将。

 

「イエース! 流石天龍達デスネ! 一抹の不安はありましたガ……良かったデス!」

 

「そうか……そうか!」

 

 金剛の言葉に手を力強く握る長官と、未だ驚きに身を震わせ続ける中将。

 

「何かの間違い……では、ない、か」

 

 想いの強さ、意思の強さに対して思考をようやく及ばせはじめた中将。

 信じられない気持ちは大きい。

 だがそれでも覆せないほどの事実、思い知らなければならない事実。

 

「じゃあ早速皆に伝えようか!」

 

「……イエ、お待ち下サイ」

 

 表情を切り替え、先程までと同じ険しい表情に戻すのは金剛。

 築き上げられた簡易司令部から見える海、そこで行われている戦闘、戦況は五分。

 

「今、伝えるのは得策じゃあナイ……かもしれまセン」

 

「……報復の意思、か」

 

 金剛の言葉に理解を示したのは中将。

 

 戦況が五分でいられている理由。

 それは墓場鎮守府所属艦娘の戦力が高い、各鎮守府の代表、エース格とも言える艦娘がいるからという理由だけではなかった。

 

 よくも、提督を。

 

 そういった負に近い感情が胸のうちにあるからこそ、奮戦出来ている面があった。

 第一、第二、第三艦隊のように我を失いかねる程の激情ではなく、それが上手く作用する程度に。

 

「ハイ。ワタシ達金剛型戦艦が出撃していなくてもこの状態を保っていられるのはソレが理由デショウ。ここで提督の無事を伝えればそれは緩みになってしまうカモ知れまセン……」

 

「違いない、な」

 

 心当たりが多すぎる中将は胸を抑えながらも同調する。

 金剛自身はそう言われるまではいまいち判断がつかなかった考えではあるが、中将の様子を見て確信した。

 

「MI作戦は始まったばかりデス。逆に言えば、始まったばかりで五分……状況はまだまだ変化するデショウ。墓場鎮守府から提督とともに援軍が来る、というのがベストですが、それまでに悪化することも考えられマス」

 

「……そう、だね。戦っている彼女たちのモチベーションを今変化させることは……より状況を不鮮明なものにしかねない、か」

 

 続いた長官の言葉に頷く金剛。

 

 全員に伝えたい。

 その気持ちは強くある。

 それでも、無事に帰ってきてくれたからこそ、この作戦を全員無事に完遂させる必要性が増した。

 故に非情とも捉えかねない選択をする。

 

「少なくとも……MI諸島までの道を確保するまでワタシを含めた金剛型戦艦の投入は控えたい所デスネ」

 

「否は無い。最初から全力で行けば確実にここは突破出来るだろうが……先の保証は薄くなる」

 

「だね。ならさっきまでと同じように戦況へと目を光らせる事にしようか」

 

 揃って全員が頷く。

 

 MI作戦参加艦娘の中で一番練度が高いのは間違いなく金剛四姉妹。

 次いで墓場鎮守府、艦学のメンバーと由良、羽黒が並ぶ。

 由良、羽黒が率いる艦娘は他鎮守府から作戦に参加した艦娘よりは練度が高いが、大きな差はない。その中で突出しているとすれば山城だろう。

 

 連合艦隊として控えるのは金剛を旗艦とした金剛型姉妹に加えて、山城、翔鶴、瑞鶴、鳥海、羽黒、由良、川内、朝潮。

 現在進められているMI作戦第一段階は実質的に長門、陸奥の艦隊を筆頭に攻略している途中。

 慣れないだろう他鎮守府の指揮を長門は持ち前のカリスマ性もあって上手く執れている、時間をかければ攻略することは可能だろう。

 よしんば危険を感じることがあってもその時は連合艦隊を分割して、あるいはそのまま援護に出撃すればいい。

 

 敵戦力は姫級の深海棲艦は未だ見られないものの強大に違いはない。

 だが、少なくともMI諸島に至ることは出来る、それが司令部の見解であり、現場の長門も思っている事。

 

「提督……」

 

 小さく、呟いた友人を指す言葉。

 

 不安は、ある。

 もしも目を覚まさなかったら、そんな風にも思う。

 だが。

 

「最高の勝利を、アナタに」

 

 今やるべきことはそれ。

 帰った時、再び会えた時、笑顔の報告を。

 

 それだけを胸に、金剛は再び水平線へと目を向けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。