二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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提督が目覚めたようです

 偽物を消し去っていけば、最後には本物が残ると思っていた。

 

 友情も、親愛も。

 友人も、家族も。

 

 普通なんてあやふやな言葉。

 そこから外れたと定められて、一気に世界は変わった。

 

 信じる友情は憐れみに思えた。

 信じる親愛は義理感に思えた。

 向けられる感情を悪意で返した。

 向けられる温もりに冷たさを返した。

 

 だってそうだろう?

 

 どうやっても普通じゃない俺だから。

 普通に返してしまえば、偽物の中に埋没してしまう。

 

 当時の俺は、それがとても怖かった。

 

 偽物の中で生き続けて、可哀想だからを理由に友情を親愛を向けられ続けて。

 それを本物だと認めてしまえば、俺がいた世界が偽物だと認めてしまうことになるから。

 

 だから全力で排他した。

 勝手に決められた普通の外という世界。

 そこは酷く気持ちの悪い場所。

 

 そうして気づけば手のつけられない悪童になって、周りには誰も居なくなって。

 

 残ったのは孤独という世界だった。

 

 もうそれで良かった。

 偽物を排除し続けて残ったのが孤独だというのならそれが本物。

 人は生まれながらにして孤独ということが証明されたのなら、孤独と共に生きよう。

 

 そう思った。

 

 思ったときだった。

 

 差し伸ばされた手があった。

 手の持ち主は笑っていた。

 どうしようもない俺に、笑顔を向けていた。

 

 わからない、わからなかった。

 

 今更だとも思った。

 排除して、排他して。

 そうやって生きていた俺に、それが本物なのか偽物なのか判断がつかなかった。

 

 それは、今も。

 

 だからやっぱり突き返した。

 

 そんなものはいらない。

 偽物を与えようとするなと。

 孤独という俺の世界に異物があってはならないと。

 

 それでも結局連れて行かれた。

 問答無用だった。

 

 子供じゃどうあがいても解けない腕に無理やり抱えられて。

 ジタバタともがく俺に優しい瞳を向ける人も居て。

 抵抗を許されないまま、世界に変化が訪れた。

 

 変化を受け入れられない俺はやっぱり抵抗した。

 

 温かい食事、風呂、布団。

 二段ベッドじゃなくて、下にも上にも誰も居なくて、当たり前のように自分以外の寝息は聞こえない。

 

 自分のいる場所が自分の部屋だと認識できたのはいつだっただろうか?

 誰かが急に泣き叫んだり、暴れだすこともない。

 静かで、穏やか。

 

 だって言うのに、俺は受け入れず何度もそこから飛び出そうとして、毎回見事に捕まった、見つけられた。

 

 困ったような、だけど笑顔を絶やさない。

 そんな顔で、何度も何度も受け入れられ直した。

 

 

 

 ある日のことだった。

 

 ――貴様をわしの道具にする。

 

 いつもの笑顔じゃ無かった。言っている意味はわからなかった。

 ただ二回目の変化だった。

 

 毎日。

 そう、その言葉から毎日。

 

 俺は道場で叩きのめされた。

 

 学校に行ってはいなかったから、実質食事や風呂、睡眠以外のときはずっと道場の床を舐めていた。

 

 負け犬。

 役立たず。

 

 罵声と共に竹刀でボロボロにされる毎日。

 

 ずっと後で考えれば、それも当然だったのかも知れない。

 何度も何度も、恩を仇で返し続けた報いだと。

 こうして叩きのめされて尚、仇を返そうとし続ける俺を諦めたのだと。

 

 新しい世界の主は、有名な剣道家であり剣術家だった。

 

 日本で数少ない達人と呼ばれる人間で。

 陽のあたる道をずっと歩き続けてきた人間だった。

 

 ただ陰があるとするのならば、子供がいなかったという一点のみ。

 

 だから俺が必要とされた。

 後継者。

 その座に座る人間として、主の道具として。

 

 やっぱり偽物だったと思った。

 でもそれで良かった。それが良かった。

 ずっとずっと困惑していたから、温かさに。

 そう言ってもらえたほうがわかりやすかったんだ、自分の気持ちが。

 

 小学生、高学年。

 その歳からずっと。俺は毎日竹刀を握った。

 

 いつものように、かつてのように。

 偽物を倒すために。

 

 主にとっては幸いと言うべきだろう、俺には才能が無かった。

 だから言われるがまま、その通りに技術をゆっくりと床を舐めるたびに吸収した。

 そうだから都合が良い、幸いなんだ。

 要するに自分のコピーを生むためには。

 

 体中に巻かれた包帯が少なくなり始めたのは中学生になった頃。

 

 ようやく学校に行き始めた俺。

 小学生の頃に作った友達なんていない。

 だけど不安も恐怖も無かった。

 当時の俺はどうやったらあの人を倒せるかしか考えていなかったから。

 

 新しい世界に新しい学校と言う舞台が加わっても、結局何も変わらなかった。

 授業なんて聞いていない、ノートに書かれている文字は黒板の内容にかすりもしていない。

 そしてやっぱりそんな俺は奇異の視線で捉えられていた。

 

 誰とも会話せず、ただ学校に来て何かをぶつくさと呟きながら、身体に生傷を作り続けている生徒。

 

 そりゃどう考えても好意的な視線で見られることなんてないわけで。

 

 だけど、物好きなやつはいる。

 俗に言う不良と呼ばれるヤツらは近づいてきた。

 

 意味がわからなかった。

 いつものように遠ざけようとしても、何故かひっついてこようとしてきて。

 何度も、何度も。

 俺が引き離そうとするのを諦めるまで、ずっと。

 

 そうやって気づけば、周りに誰かがいる生活が始まった。

 

 世間的には決して褒められたもんじゃないとわかっていた。

 喧嘩もしたし、誰かを傷つけた。

 当然主だって、主の嫁さんだって学校に呼び出される。

 

 それでも、何故か。

 

 ただの一度も怒られることはなかった。

 

 いや、正確に言うならばそれが理由で距離を置かれたりはしなかった。

 

 悪友とどれだけ夜遅くまで外に出ようと、帰れば必ず温かい食事が用意されていて、必ず道場で叩きのめされた。

 

 その時は気づくことも無かったけど。

 あの時ようやく俺は、本物の友情ってやつを手に入れたんだと思う。

 

 

 

 そうして、再び世界は変わる。

 

 高校生になった。

 未だにろくすっぽ勉強をしなかったにも関わらず高校に入学できたことはびっくりしている。

 悪友はこぞって目を丸くしてたし、先輩なんかには大声で笑われた。

 

 学校なんか行かないで俺達と遊ぼう。

 

 そんな事も言われた。

 けど、忘れていなかったのは主を打ち倒すこと。

 

 やりたいこと、やらなくちゃいけないことがある。

 

 そういった時、皆の顔は初めて見るものになって。

 

 がんばれよ。

 

 そう言ってくれた。

 何故か浮かんだ涙の理由がわからないまま、最後に皆で遊んだのは未だに、これからも一生忘れないだろう。

 

 そうして高校生になって、剣道部に入部した。

 その頃には生傷は身体に出来ることはなかった、ただどうやっても勝てなかっただけ。

 だから俺は外に知識を求めた。

 

 そうして、新人歓迎の部内対抗戦。

 

 部内で先輩達を簡単に退けてしまった。

 

 強い。

 

 今まで敗北し続けていた俺は、決して弱くなかった。

 バカ学校の弱小剣道部。

 そんな小さな庭ではあったけど、その庭を軽々と越えられる程度には。

 

 そう自分への認識が改まって、恐怖した。

 

 普通じゃない。

 

 自分のことをそう思ったから。

 

 怯えた目をしていたと思う。

 そんな瞳越しに見た先輩や同級生たちの表情は。

 

 ただただ驚いただけのもので。

 

 一拍の間を超えれば大きな歓声が上がった。

 

 すごい、と。

 強い、と。

 

 たった今倒してしまった先輩ですら、ここまで見事に倒されちゃ悔しくもないって苦笑いを浮かべていて。

 

 そんな空気の中。

 

 俺はただただ泣いた。

 

 涙の理由はやっぱりわからない。

 だけど、なんとなく。

 渇いた心の一部が潤ったって実感だけがあった。

 

 優しい、日々だった。

 

 学校を楽しいと思ったのも初めてなら、誰かと何かに向かって努力することも初めてで。

 毎日学校に行くのが楽しみだった、今日はどうしようなんて考えている自分に思わず笑ってしまうほど。

 

 部活ではどうすれば強くなれるかって積極的に俺を中心として話し合い、実践が生まれた。

 

 笑って、悔しがって、時には涙して。

 言ってしまえば青春していたと思う。

 弱小と言われていた剣道部は俺が一年生の時に県大会で準優勝。

 世間を賑わす学校となった。

 

 だから二年目。

 世間の予想や期待通り、俺達はインターハイへ出場が決まった。

 

 俺の行き先を決定付ける。インターハイ。

 

 

 

「ほう……そうか」

 

「あぁ、行って……良いよな? 爺さん」

 

 相変わらず床から見上げる構図は変わらない。

 もうこの頃には一種の儀式みたいなものだった。

 

 まずはやりあう。

 それから会話が始まる。

 

 構図は変わらなくても変わるものはあって。

 

 剣の腕は全然衰えていないのにも関わらず、主――爺さんの身体からは確実に老いを感じた。

 それは爺さんの嫁、タエさんにしてもそうだった。

 記憶にある姿から白髪は増えたし、シワも増えた。

 

 それでもずっと温かい食事と床の味は変わらなかったけど。

 

 この頃俺は、ようやく変化というものを認められるようになっていた。

 

 排除できない存在とも実感できた。

 それはつまり本物だって言うことで。

 

 ただそれを表立って伝えられないだけ。

 そんな状態だった。

 

「良かろう。ただし……」

 

「優勝以外は認めない、だろ? わかってるよ」

 

 爺さんがどう思っているのかはわからない。

 それもやっぱり、俺が叩きのめされる度に負け犬と道具と言われ続けているから……なんて言い訳をしていた。

 

 だから優勝したら。

 

 優勝したら言おう、ありがとうと。

 

 俺はただの道具なのかも知れないけど、道具にしてくれたおかげで手に入れられたものがあったから。

 

 だから、お礼は言わないといけないし、その恩は返すべきだ。

 この人の望みを叶える、叶えられる自分で居続ける程度で良いのなら。

 

 もう、十分すぎるものを得ることが出来たから。

 

 そう決意して、インターハイに臨んだんだ。

 

 インターハイは怖いほど順調だった。

 同時に自分の力がどれほどのものなのか、爺さんがどれほど強いのかということも理解できた。

 

 何気に僅かではあったがマスコミも注目していた。

 俺が、あの達人の養子だと。

 何処からそんな情報が手に入るんだなんて苦笑いしていたけど、悪い気はしなかった。

 

 養子。

 血の繋がりはないけど、確かな親子。

 つまり、家族。

 

 俺が剣を振るう度に、流石達人の息子だと褒められる。

 そんな言葉が嬉しかった。

 

 認められている。

 周りが爺さんの息子だと、認めている。

 

 俺が、剣を振るえば、振るい続ければ。

 

 全てが順調で、優勝すれば、きっと言える、言おう。

 その決意は高まるばかりだった。

 

 だから。

 

 優勝が決まった時、緊急の連絡が入ったその電話に、絶望した。

 

「嘘、だろ……?」

 

 伝えたかった言葉がある。

 伝えたかった気持ちがある。

 

 だがそれは。

 

「嘘だ、嘘だあああああああ!!」

 

 病室で眠る、爺さんだったモノに被せられた白い布によって遮られた。

 

 

 

「あああああああ!?」

 

 目を覚ました。

 

「あ……あ、あ……?」

 

 あの時の事を夢見るのは久しぶりで。

 背中だけじゃなくじっとりと嫌な汗に身体が包まれている感触が気持ち悪い。

 

「ここ、は……?」

 

 混乱している。

 そうわかる頭を働かせようと回りを見れば。

 

「俺の、部屋……?」

 

 散乱しているカップラーメンのゴミ。

 ひきっぱなしの布団。

 

 そして。

 

「艦、これ……?」

 

 パソコンのモニタに映る、メンテナンス中という文字と妖精に吊るされた猫の画像。

 

 ……はい?

 

「いや、え? 俺、俺は確か……深海棲艦に……」

 

 海の審判に臨むと決めて、瓶に入っていた液体を飲み干して……眼の前が真っ暗になって。

 

 気づけば、これ。

 

「どう、なって……?」

 

 わけも分からないまま、マウスを握る。

 更新する。

 何度やっても吊るし猫。

 

「――っ!!」

 

 部屋から出る。

 ワンルームの一人暮らしだ、出てしまえばそこは外。

 何で外に出ようと思ったのかわからない。

 だけど。

 

「確かめ、なきゃ!!」

 

 慌てる身体と思考。

 きっと久しぶりに履くだろうスニーカーが履きにくくてイライラする。

 

 それでも置きっぱなしだったサイフを持って。

 自分の姿を確認することすらしなくて。

 

 無我夢中で走った。

 身体を突き動かす何かに従って、ひたすらに走って。

 

 かつて見慣れていた場所を駆けて、見慣れるはずだった場所を目指す。

 

「すいません!! 大本営は何処ですか!?」

 

「は、はぁ? ダイホンエイ? なんだそれ?」

 

 道行く人にきっと血走った目で問いかけて、首を傾げられて。

 

 それでも走る。

 きっと、ここにはありもしない場所を。


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