二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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とある一本勝負のようです

 心を、凍らせる。

 

 弓が引かれて矢が放たれる音。

 その光景を、そうやって見る。

 

 久しぶりに見る俺の姿へと張り切ってくれているのは伝わってきた。

 

 嬉しいと思う。

 本当に名ばかりの立場だと言うのにそうだと認め続けてくれることは。

 

 ただ正確に言うのならば。

 心は勝手に凍ってしまうんだ。

 

 そうでもしなきゃ、ここに座っていられないから。

 

「名代さんっ! 見ててくれましたか! 上手になりましたよね! 褒めて下さい!」

 

「あ! こら! 抜け駆けはなしだって言ったじゃないか! ……で、でも、僕もその……上達したと、思います。思ってくれますか?」

 

「……あぁ、一年前とは比べ物にもならないな。よく頑張ったね」

 

 何も感じない、受け取らない。

 

 そうやっていないと、皆の顔が眩しすぎて。

 

 まるで黒塗りの絵。

 

 誰が、誰かわからないように、理解しないように。

 

 それでも俺の言葉にはしゃぎながら喜んでくれる子達。

 本当に、心が痛い。

 

 より一層張り切って弓を番え始めた二人。

 それに負けないようにという意識を持っただろう他の人達。

 

 辛い。

 本当に。

 そして申し訳ない。

 

「ほう? 何処にいるのかと思えばこんな所にいるとはな? さすが名代様ともなれば余裕が違いますな?」

 

「……ご無沙汰しています」

 

 黒塗りの人が一人増えた。

 

 明らかに場違い。

 いや、着ている高級スーツにしてもそうだけど、武道の精神を持ってここに入ってきていない。

 

 でも、腹は立たない。その資格がない。

 だから頭を下げる。

 

「……ちっ、眼中にすらないというのか……?」

 

「……申し訳ありません。すぐに、そちらへ参りますので」

 

 立ち上がり、目を合わさないようにして、立ち去ろうとすれば呼び止めたわけじゃないだろうが聞こえる声。

 

「その余裕、今日こそ打ち破らせてもらう。おい!」

 

「なんですか、もう……おや、そちらにいらっしゃるのはかの有名なやくたた……失礼、名代様ではありませんか」

 

 何も、感じない、はずなのに。

 

 養子。

 

 その言葉に、どうしても反応してしまい顔をあげてみれば。

 

「……クソ提督?」

 

「ていとく? 何を仰っているのですか? 何か見えてはいけないものでも? ははっ、これはやはりご休息が必要と見える」

 

 かつて鳳翔達がいた鎮守府の提督そっくりな顔。

 一瞬で苛立ちを感じる、忘れたようで忘れられなかったその雰囲気。

 

「ククク、そうだな? ならば休んでいただかなければなぁ?」

 

 ようやく、黒塗りの顔は形を作った。

 

 中将。

 

 兵器派の、代表とも言える男。

 

 その人にそっくりで。

 

「……なるほど、今日は違う。ということですか」

 

「無能を頭に据え続ける等……あってはならないだろう?」

 

 あぁ、何処までも。

 

 何処までも似ている。

 

 嫌な印象だけ、それしか持ち合わせていないかのように。絶対俺とは反りが合わないと確信できるように。

 

 去っていく後ろ姿からですら、そう思ってしまう。

 

「名代さん」

 

「名代」

 

 声に振り向けばさっきの二人。

 

「夕立、時雨……」

 

「え?」

 

「ゆうだ……しぐれ?」

 

 気づけば何処と無く似ている二人。

 

 頭がおかしくなりそうだ。

 本当にこの二人はあの二人に似ているのか? それとも俺の頭がもうすでにおかしくなっていてそう見えるのか。

 

 だけど。

 

「絶対、勝ってくださいね!」

 

「うん、僕、名代が名代じゃないと、嫌だよ」

 

「……そっか、うん。ありがとうな」

 

 この笑顔に込められた想いだけは、変わりないんだろう。

 

 だから。

 

「勝つ……か」

 

 これから挑むは師範を決める戦い。

 ずっとずっと空席、空札だった場所の取り合い。

 

 勝利することの、意味。

 

 それを考えながら、タエ(弓道場主)さんの道場から出た。

 

 

 

「制限時間は十分。勝負の方法は……」

 

「よろしいですか?」

 

 厳しい顔をしたタエさんの口からいつもの説明が流れようとして、それをあの男が止めた。

 普通、黙って聞き終わってから口を出すもんだが。そういうことすら学んでいないらしい。

 

「……何か?」

 

 片眉が動いた。

 ブチギレを抑えた証拠。

 

「例年その悉く十分以内に一本すら決まらず引き分けになったとか」

 

 毎年行われたこれ。

 俺はその全てを引き分けに持ち込んでいた。

 

 故に、師範の座はいつまでも決まらないまま。

 俺が師範代、名代として目の上のたんこぶで居続けた。

 

「その通りですが……改めて、何か?」

 

「いやだなぁ、怖い顔をしないで下さいよ。……もうそれ、やめませんか? いつまでも師範の座を空位にしておくわけにはいきません。そのせいで、弓道とは違い剣道場は閑古鳥が鳴いている始末です」

 

 かつて門下生に溢れた爺さんの剣道場。

 主の姿が見えなくなり、その愛弟子とも息子とも言われた俺すら姿を現さない剣道場。

 

 そりゃ、そうなるってもんで。

 

 この家が、道場が今でも成り立っているのはタエさんの功績が大きいんだろう。

 

「あの方もきっと泣いている。かつて賑わった道場に戻してほしいと思っているでしょう。だからこそ、今日、この場ではっきりしましょうよ」

 

「……あなたなら、それが出来ると?」

 

「いやいやそんな思い上がりは……ですが、ねぇ?」

 

 ちらりと向けられるいやらしい視線、慣れきった視線。

 合わせて、タエさんからも視線を向けられる。

 

 含まれているものは、一体なんだろうか。

 

 いい加減白黒決めるべきだと、タエさんだってわかってるだろう。

 ならば。

 

「良いでしょう。では時間無制限の一本勝負とします」

 

「ありがとうございます! 必ずや勝利を!」

 

 そうなる、か。

 

 大げさに喜ぶクソ提督似の男と、後ろに控えていやらしく笑う中将似の男。

 あたりを囲むタエさんの門下生が生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

 ……。

 

 なるほど。

 これはつまり、岐路、なんだろう。

 そして、決着、帰結とも言える。

 

 ずっと。

 ずっと艦これで自分の欠けた何かを埋めようと必死になっていたツケを払う時が来た。

 

 爺さんが死んで、すぐに艦これが始まって。

 今の今まで、ずっと支払わなかった、ツケ。

 

 無様に、負けるべき……なんだろう。十年近く続いた未払い。

 タエさんも、きっと、いい加減俺を見放したいはずだ。

 

 壊れた道具は、捨てられるべきなんだから。

 

「……防具は?」

 

「いりませんよ」

 

 俺の意思を確認しに来たのだろうか近寄ってきたタエさんはそんな事を言う。

 

 防具なんて要らない。

 さっさと打ち込まれて、倒れて終わり。

 痛いのは一瞬だけ。

 

 仮に大きな傷を受けようとも、それは俺への罰だろう、受けるべきだ。

 

「……あなたの、好きになさい」

 

「え……?」

 

 そう腹を決めつつあった俺の耳に届いたのはそんな台詞。

 

 負けろとも、勝てとも。

 

「俺は……」

 

「待っていますから」

 

 見間違い、だろうか。

 そう言って離れていったタエさんの顔に、笑顔が浮かんでいたのは。

 

 その、笑顔の、意味は?

 

「両者っ! 礼っ!!」

 

 考える間もなく、礼を促され従う。

 あいつの防具越しに見えた瞳は自身の勝利を疑っていないようで。

 

「はじめっ!!」

 

「めえええええええん!!」

 

 開始の合図と一緒に突っ込んできたあいつ。

 

 この一刀で終わる。

 

 そんな気持ちが乗っている。

 俺も、これで、終わることができる。

 

 だから、その一撃を……。

 

「っ!?」

 

「……なん、で……」

 

 乾いた音が響いた。

 わけがわからない、何で俺は……。

 

「ク、クク……! 少し甘かったようだ! ならばっ!!」

 

 防いでいるんだ。

 どうして竹刀を交えているんだ。

 

「はぁっ!!」

 

「……どうして……!」

 

 続いて来る竹刀を防いでいる?

 わかる、わかるさ。

 こいつはそれなりに強い。

 わざと負けても違和感がないくらいには、強い。

 

 それでも、わかる。

 

 次に来る竹刀が、攻撃の呼吸が。

 全て、わかる。

 

「おいっ! 何を遊んでいるっ!!」

 

「っ!! わかってますっ!!」

 

 おっさんの声が響く。

 

 遊んでいる? そう見えるのか?

 言わせてもらえれば、てめぇこそお遊び。

 

 これが、爺さんの、代わり?

 

「ふざけんな……」

 

「っ!?」

 

 ふざけるな、ふざけんな。

 

「ふざけんじゃねぇええええええ!!」

 

 こんなもんじゃねぇ! 爺さんの剣はこんなままごとみてぇなお遊戯じゃねぇ!!

 

「っつてぇ!!」

 

 見ろ!! これが爺さんの剣だ!

 

 そんなもんじゃねぇ! 俺が勝てなかった! ずっと叩きのめされていた剣は!

 

「な、な、なっ!?」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 舐めた床の味を覚えている! 身体に走った剣を覚えている!

 無くなってなんかない! 忘れられるわけがない!!

 

 てめぇは知ってるのか? そんな味を!

 悔しくて、悔しくて一層勝つために努力して!!

 

 それでも尚届かなかった剣を!!

 

「教えてやる……!!」

 

「は、は……?」

 

「これがっ!!」

 

 爺さん()の、剣だっ!!

 

 

 

 

「霞、打ち……?」

 

「一本っ!!」

 

 無我夢中に放った剣は逆胴。

 払われる事を見越した、逆胴の先。

 

 爺さんが俺にトドメと言わんばかりに引っ掛けてきた、技。

 

 あの世界で、乗り越えた、剣。

 

 呆気に取られながらも、信じられないような視線を向けて震えているおっさんとクソ野郎。

 勝負がついたことを示すタエさんの声に少し涙が混ざっているような気がしたのは、気の所為じゃないだろう。

 

 霞打ち。

 

 どうやらこの技はそんな名前らしい。

 一回も聞いたことないけど、ずっとやられてきたこの技。

 

 ――す、すごい。

 

 誰かがそんな言葉を零した後、空気が割れるような歓声が聞こえて。

 それでも俺は何故か残心から戻ることが出来なくて。

 

「き、貴様っ! 何故その技を……い、いや! そんなことよりも! こ、こ、このやくたたずがっ!!」

 

「な、なぁ!?」

 

「どうしてくれる! これで計画が全て御破算だ! 貴様が、貴様がこれほどまでに弱いとは……っ!!」

 

 そんな俺の前で繰り広げられる、見たくないやり取り。

 あっちの世界でも、こんなやりとりがあったんだろうか。

 あってほしくはないと思いながらも、計画という言葉に引っかかりを感じる。

 

「これで、彼が師範と決まりました。そして、この道場の存続も……もう、ここに用はないでしょう? どうぞ、お引取りを」

 

「こ、この……!! クソババアがっ!!」

 

 俺の残心を解いたのは、タエさんに向かって振り上げられた拳。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

「……」

 

 その拳を、竹刀で打ち払い、顔に突きつける。

 

「計画が、何なのかなんて興味ねぇ……だがよ、それをしたら……俺は止まらねぇぞ? どうぞ、お引取りを」

 

「く、く、クソっ!! 帰るぞっ!!」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 無様。

 そんな言葉が、似合いすぎる去り姿。

 

 その姿が見えなくなるまで睨みつけていた俺を。

 

「……おかえりなさい」

 

「……ただいま、タエさん」

 

 見慣れた、そしてずっと見られなかったタエさんの優しい顔が迎えてくれた。


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