二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「どういうことだっ!!」
墓場鎮守府、提督の私室。
ベッドの上で眠る提督と、当てていた聴診器を話しながら首を振る医者らしき男に詰め寄る天龍。
「言ったとおりです。医学的には、生きている。ですが、目を覚まさない理由がわからない……俗に言う、植物状態に近い」
「植物状態……って何? え? 提督、眠っているだけだよね? そうだよね?」
改めて口から出た言葉を受け入れられず、瞳を揺らしながら話す時雨。
夕立と龍田は何を思っているのか微動だにせず立ち尽くしている。
「そう、眠っているだけです。目を覚ます確証のない眠りについているだけ。ですが、点滴といった外部からの栄養補給も何故か出来ず……このままではいずれ死ぬという保証しか出来ない眠りと言え――ひっ!?」
「起こすっぽい」
「夕立っ!!」
いずれ死ぬ。
その言葉が出た瞬間、夕立は艤装を展開し医者の言葉が終わる前に主砲を突きつけた。
「あなたは、医者っぽい。軍医っぽい。人間を治療する人っぽい……なら、提督さんを起こして」
「ひ……あ……」
「離れろっ! 夕立っ!!」
青い顔をして地面に座り込む時雨、全ての表情を消したまま立ち尽くす龍田。
そんな中、驚きの行く先を決められず、手放せなかった理性が天龍を動かし、夕立を押さえつける。
「離して! 離すっぽい!! 起こして! 起こしてよ!! 提督さんを……起こし――くぁ……」
錯乱、そういっていい状態だった夕立は天龍の手によってその勢いを殺される。
提督は、確かに生きていた。
医者が言ったように、医学的には。
だが、どうやっても目を覚まさない、その気配すら感じない。
刺激に反応がない、瞳孔すら反応を示さない。
ある意味、植物状態の者の方が状態は良いとも言える。
このままでは衰弱死の可能性があると点滴を施行しようとするもどういう訳か針が肌を通らない。
まるで目に見えないくせに頑丈なベールに包まれているかのように。
従って、いずれ死ぬ。
「……提督が、死ぬ?」
「は、はい。点滴等による栄養補給が出来ない以上、このままでは……」
静かに、龍田が確かめるように口を動かし返答を得る。
起きなければ、目を覚まさなければ死ぬ。
改めて理解した時。
「提督……お願い、起きてー?」
「……」
いつものように、努めていつものように。
龍田は優しく、提督へと声をかけた。
「私、いやよー? 提督がもう私の名前を呼んでくれないのも、笑顔を見せてくれないのも」
「……」
提督の反応は、ない。
それでも。
「まだまだ一緒にやりたいこと、いっぱいあるんだよー? また、デートだって行きたいし、あなたと笑い合いたいんだー……だから、提督ー?」
言葉が続けられる。
望みを、願いを提督にぶつけ続ける。
今まで、何も言わずとも自分の願いを全て叶えてくれた提督だから。
こうしてらしくなくも言ってしまえば、起きて、叶えてくれると思ったから。
「いや……いやよ? 提督。目を覚まさない、なんて……死ぬ、なんて……死……」
「龍田っ!!」
言葉が続く度に、願いを一つ言う度に龍田の理性が溶けていった。
危うさを増していった。
だから天龍は龍田の名を呼び。
「悪いっ!!」
「ぁ……」
龍田の意識を奪った。
気を失った龍田を抱えて、同じように意識を飛ばした夕立の隣に横たえて。
「時雨……もうこれ以上、オレに何かさせないでくれよ……?」
「……」
涙の混じった声に、時雨は何の返事もしない。
だが代わりに時雨は提督の手を握った。
まだ、生きている。
それを感じることで、辛うじて理性を繋ぎ止めることが出来たから。
「……目を覚ます、手段は?」
理性という舞台にしがみつきながら、極めて冷静に天龍は問う。
僅かな、それこそ蜘蛛の糸をたぐるような頼りない可能性でもあればと。
だが。
「……わかりません。こんな症例は初めてだ……ただただ眠っている。刺激に何の反応も示さないことから過眠症といった病気の線も考えられませんし」
可能性がない、のではない。
検討もつかない、と答えられた。
自分より、艦娘より遥かに人体へと知識を持っている人間がそう答えた。
ならば、あと聞けることがあるとするならば。
「……提督は、あとどれくらい生きていられる?」
「……っ」
天龍の問いに、時雨の身体が震えた。
こんな事を、聞きたいわけではなかった。
自分で自分を追い込むような、希望を打ち消してしまうかのような問いを、したいなんて思っていない。
だけど聞かなければならないと思った。
墓場鎮守府筆頭艦娘。
それがどういう意味を持つのか。
図り知れてはいないその言葉。
ただこの時、天龍はその立場から聞かなければならないと、知る義務があると考えた。
「……医者は、正確な死期なんてわかりません。ただいずれ死ぬ。それだけは確かです」
「……そう、か」
「手は、尽くします。何をすれば良いのか検討もつきませんが、まずは病院に――」
「ダメだよ」
搬送する。
遮ったのは時雨。
「で、ですが何をするにも設備が――」
「……わりぃ、けど。面倒だとは、わかってるんだけどよ……ここで、診てくんねぇか? もう……耐えられないんだよ……提督が、ここにいねぇことに」
頭では、理解している。
ここに居てもろくな治療は受けられないと。
病院に入院して、ちゃんとした設備、人間に治療を受けた方が良いと。
だが、ダメだった。
先程まで自分たちを突き動かしていた想い。
提督が居ないから、我を失った。
我を失ったから、やらないことをして、失敗しそうになった。
それも全ては提督がいないから。
医者に向けられる、二人分の懇願に近い視線。
却下するべきだと医者としての頭が言っている。
術がなくとも、見つけられずとも、病院へ行くべきだと。
「わかりました……手配を、進めます」
「ありがとうよ……」
だが折れた。
言い訳として、どうすることも出来ないからなんて弱々しいものもあったが、何よりも強い想いを感じたから。
ならばそれを全力で叶えようと。
今まで自分たちを救ってきてくれた艦娘、そしてそれをまとめる提督。
全力を尽くす。
それは一人の護られている自分という人間が出来る敬意の払い方であり恩返し。
その想いを胸に、退室した。
「時雨……」
「うん、わかってる……ありがとう。だけど……」
瞳の揺れを大きくする時雨。
提督の命であると定めた時雨。
考えていることは、わからない。
ただ。
「……皆に説明してくる。その間、提督を頼むな?」
「……うん、任せて、よ」
もしも、提督が死に至ったのなら。
時雨だけじゃなく、天龍も……墓場鎮守府全員がどうするのか。
それだけは分かっていた。
「ソレコソ、マンシンネ……!」
「シャラーップ!! 沈むならお一人で!! 榛名っ!!」
「はいっ! 榛名は大丈夫ですっ!!」
墓場鎮守府に漂う暗い空気とは真逆に、MI作戦は第二段階へと進んだ。
長門達の奮戦あって、作戦第一段階は見事に金剛型戦艦を温存。
――後は、任せた。
ただ一言を信頼の名の下に金剛へと託し、司令部近海警護に従事。
そして今。
「全砲門っ! 開けっ!!」
「気合、入れてっ!! ばーにんぐ……らぁあああああぶっ!! ですっ!!」
長門達に倣った、金剛型戦艦四姉妹の一斉射が作戦第二段階海域最深部で待ち構えていた中間棲姫を穿つ。
「ソンナ……ワタシガ……オチルト……いうの……?」
「……ハイ、あなたは落ちます。海に……イエ、希望に落ちるのデス」
金剛は、理解した。
空母棲姫の言った
彼女たちは、自分達艦娘の行く末、その可能性の一部で、可能性に至った存在だと。
同時にどうすれば救えるのかも、理解出来た。
深海棲艦が絶望に沈んだ存在だと言うのなら、艦娘は希望の上に立つ存在。
艦娘が、深海棲艦を撃つ。
それは、それこそが彼女たちを救う唯一の方法なのだと。
「ところで、比叡?」
「はいっ! 何でしょうお姉様っ!!」
だから、希望を持って、その化身として深海棲艦を撃つ。
絶望に彩られた彼女たちに希望の光を差すために。
「ソレ、私のセリフネー? 真似したら、ノーなんだからねっ!」
「えへへっ! ごめんなさい、つい!」
そんな想いを象徴するかのように、光の粒となって消えていく中間棲姫を背に彼女たちは笑い合う。
もしも、叶うのなら。
深海棲艦となってなお、希望を求めるのなら。
一緒においでよ、希望の道を進もうよと誘う。
ここは温かい場所、仲間がいて、きっと心を満たせることが出来るからと。
「金剛さん」
「……由良さん、それに羽黒さん」
戦場に似つかわしくない、いや。
不自然ながらにもあっていて欲しいと思える笑顔を振りまく金剛へと、近寄っていったのは由良と羽黒。
「ようやく、わかりました」
「あなたは……ううん、あの提督さんは、ずっとそうやって戦ってきたんですね」
金剛へと少し呆れたように、困ったように笑いかける二人。
そんな顔へと金剛は笑顔を一層深めて声をはずませる。
「イエースッ! 提督は、私達の……イエ! 海の希望デスからっ!」
改めて。
金剛はあの時、深海棲艦に限りなく近い存在であったことを思い出す。
もしも、提督と触れ合うことなく空母棲姫と相対していたなら。
きっと提督が来ても来なくても、金剛はそのまま深海棲艦となっていただろう。
提督という希望に触れることが出来たから、ほんの少しでも、その光を浴びることが出来ていたから。
その光に導かれて、光の糸を手繰り寄せることが出来た。
そう金剛は確信している。
「ふふっ、少しだけしかお話出来ませんでしたけど」
「ほんとにそう、信じてしまえそうね」
金剛の戦う姿に、提督の姿を見た二人。
同じく僅かにしか触れられなかった光ではあるが、もしもその光の下戦えるのならどれほど幸せなのだろうと思える。
「何言ってるのデスカー? 今、こうして肩を触れ合って共に戦ってイマス! ならあなた達だって、提督の艦娘デース!」
ニコニコとそんな事を言う金剛。
ぽかんと呆気にとられながら思わず金剛へと目を丸くする二人は、一拍の間を置いた後。
「そう、そうね! 私達だって、そうなんだよね、ね!」
「はいっ! 私、とっても嬉しいです!!」
大きな笑顔を浮かべて笑った。
連合艦隊。
この作戦中だけなのかも知れない。
だが、それでも今、あの提督と共に戦っている、そう信じられる。
そう、金剛は言っている。
「ハイッ! お二人トモー? この次も、頼りにしていますからネー!」
「了解です!」
「お任せ下さいっ!」
そのまま笑顔で次の準備をするために離れていく二人。
やっぱり笑顔でその姿を見送って。
「提督……見ていてくれてマスか? この場にあなたがいないこと、とても残念デスが」
目を瞑ってそう零す金剛。
思い浮かべた提督は一体誰だろうか。
「私は今……とても、幸せデス!!」
苛烈で過酷な海に立ってなお、薄れない気持ちがある。
貫き通したい想いがある。
「最高の勝利……提督、これが、そうデスよね? 待っていて、下さいネ!!」
故に戦う。
全ての存在を幸せにするために。