二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
結局のところ。
「お疲れ様でしたね」
「いえ……」
あっちの爺さんによって完成されたんだろう。
後継者。その道具たる俺は。
差し出されたお茶を一口飲めば懐かしい苦味。
このお茶を口にしたのはいつぶりだろうか?
いつも……毎年行われたさっきまでの行事。
終わればさっさと帰っていたから、こうやってタエさんと二人顔を突き合わせるなんて久しぶりって言葉じゃ足りないとしか思えない。
爺さんが死んでから。
部屋から出ることが無くなった俺だから。
ドラマだなんだであるシーンよろしく、誰が何を言おうとドアを開けなかった。
食事もドアの前に置かれているものを空腹の限界が来たら食べていた。
タエさんだって辛いだろうに、悲しみに沈みたいだろうに必ずドアを開ければ置かれていた食事。
冷たくなったそれを、どう思って食べたっけ。
目の前のタエさんは、不思議とにこやかで。
「こうしてお話するのは、いつ以来でしょう」
「……すみません」
思わず肩を震わせてしまう。
申し訳ない、申し訳ないと頭の中で言葉が駆け巡ってる。
まるっきり責めたような色は含まれていないのに、責められていると感じてしまう。
「いえ、私は嬉しいのですよ、本当に。こうしてあなたの声を聞けて」
「……すみません」
気遣うような、俺を元気づけるかのような声色が、鋭い針のように胸へと突き刺さって。
そんなつもりはないと少し慌てたタエさんだけど、やっぱりその痛みは拭えなくて。
こうしていても埒が明かない。
俺も、タエさんもきっとそう思った。
「あなたは……どうしますか?」
「どうする、とは?」
だからだろう話の矛先が変わったのは。
とぼけたような返事をしてしまったけど、わかってる。
要するに。
「後継者として認められたあなたです。これから、この道場をどうするか……いえ、どうしたいのでしょうか」
そういう事。
あの試合が終わった後、呆然とするままにそう認められた。
皆、喜んでいた。
喜びを表すその理由はわからないけど、きっとあのおっさんがあれこれしていたんだろうななんて、適当に悪意をぶつけて納得している。
「俺は……」
どうしたい、のだろう。
いや、もしも……もしもあの時、爺さんとやった最後のやり取りを思い出すのであれば。
恩を返すために後継者として振る舞い、道場再建に精を出すべきだろう。
何よりも俺はそのために育てられたのだから。
「好きにしていい……あの時言った言葉は嘘じゃないのですよ?」
「っ!?」
……はい?
「後継者として認められはしましたが、そうなれと言っているわけではありません」
「何でっ!? 俺は……俺はっ! そのためにっ!!」
「だったらもうとっくにそうしていますよ」
ニコニコと笑いながら言うタエさん、その笑顔の理由がわからない。
今も、さっきも。
何でこの人はそんな笑顔を浮かべて言えるんだ?
「あなたをあの道場で見た時……本当に嬉しかった。いつも能面のような顔をしていたあなたが、何かに迷っている、戸惑っているような表情を浮かべていて」
「わ、わけがわかりませんよ!? な、何で俺が迷っていたら嬉しいんですか!? 戸惑っていたら嬉しいんですか!? 俺が苦しんでいるのが! 嬉しいと言うんですか!?」
待たせた、俺だから。
答えを出すことすら放棄した、俺だから。
そうだったとしても、怒る権利はないってわかってる。
だからそう言って欲しかった。
憎んでいる、もっと苦しんで欲しいと思っている。
そうだと突きつけて欲しかった。
「悩む事、それすなわち生きようとすること……ようやく、前を向いてくれた。そう思えましたから」
「!?」
答えは、何処までも優しくて。
「ありえないっ! 俺は……俺はっ! ずっと! ずっと待たせた! 苦労をかけた! 全て投げ出して一人になって! 挙げ句何の責務を果たすこともなく! これまでずっと!!」
「……きっと、あの人も、喜んでいる。そう確信しています」
「違うっ!! 嘘だっ!! 俺は道具ですっ! それも壊れた道具! それが今更少し役に立ったからと言って喜ぶような人じゃないでしょう!?」
待っていた。
それは嘘じゃないだろう。
でも待っていたのは道具としての俺のはず、そうだ、そうであるべきだ。
俺は、ようやくほんの少しだけ、返せない程多くの恩を返せただけに過ぎないのだから。
「……ごめんなさい」
「どうしてっ!? どうして謝るんですか!? それは俺の台詞です! 俺だけの台詞であるべきですっ! 俺には返しきれないほどの恩が――」
「私達は、どうしようもなく、下手でした」
……下手?
「普通の……何処にでも居て、何処にでもあるような家族を、あなたに教えることができませんでした」
「普通の、家族……?」
普通。
ずっと偽物だと排他して排除して。
追い求めて、探し求めた、普通。
「子供の居ない私達は愛情の伝え方が拙くて。与えるもの与えようとするもの、全てが届かなくて、届けられなくて」
受け取り方がわからなくて、信じられなくて。
「だから目的を明確にしようと私達は考えました。あなたを迎えたのは家族になるためじゃない、別の理由だと、わかりやすく」
「うそ、だ……」
だったらそれは、最初から、俺は。
「そうしてようやく向き合えました。家族を望むのは、私達が親にふさわしくなってからでいいと」
「おねがい、します……嘘だと、うそ、だと……」
言ってくれ。言って下さい。
「あなたは成長した。二人でそれに目を細めました。家族にはなれていないのかも知れないけど、幸せは、幸せとはこういったことなんだと確信しました」
だったらなんで。
だったらなんで爺さんは。
「インターハイ出場が決まった時。あの人は涙していました、私も涙が勝手に流れました。嬉しかった、私達は間違いばかりを繰り返していたけれど、逞しく育ってくれた、多くのものを手に入れてくれたと……だから」
――あの日、あの人はインターハイを観に行こうと乗り込んだバスで、帰らぬ人になりました。
「あ……あ……」
「私は……行けなかった。同じく門下生の大事な試合がありましたから……その分わしがヤツの勇姿を見届けてやると、笑って出て行ったのです、あの人は」
ずっと、疑問だった。
だけど考えないようにしていた。
なんで、事故にあったバスに爺さんが居たのか。
あの日感じた本物へのきっかけは、悲しみによって塗りつぶされてしまったから。
伝えられなかった想い、願いだけが。
届かなかったという事実、結果だけが。
ひたすらに俺を貫いて。
爺さんの死を葬式で、テレビで知る度に、聞く度に。
耳なんてなければ、目なんてなければと強く塞いで、うつむいて。
もう二度と、手に入れられることはないんだってことだけが理解できて。
代替を見つけるのが先か、生命を断つのが先かってずっと悩んでいるうちに、艦これを知って。
戦って、勝てば手に入れられる。
造れば、確実に、手に入ることが心地よくて。
ずっと勝手に頭で作った陳腐な
それに艦娘を当てはめて、悦に浸って。
勝手に俺を慕う
逃げて、現実を見ないようにのめり込んで。
気づけば不動のランキング一位なんて、自分の自己満足に浸り続けて。
誰よりも艦娘と上手く戦えるなんて自惚れにも似た自信をつけて、それを守るため更にのめり込んで。
一人暮らしをする条件が、一年に一度の戦いだけで。
それを終わらせてしまえば艦これが終わるような気がしたからずっと引き分け続けて。
悲劇のヒロイン、主人公だとずっと自分を定義していた。
かつて反発していたのはそう思いたくなかったはずなのに。
弱い。
俺は、弱い。
そうして明かされた事実に、こんなにも動揺して。
そうだ。
そうなんだ。
もしも、もしもタエさんの言ったことが全て真実なら。
いや、真実なんだろう。
そう思える以上、真摯に俺へと言葉を紡いでくれているから。
自分の傷、治りかけているのかすら定かじゃないその痛みを堪えて言ってくれていると理解できたから。
だから、真実は。
「俺の、せいだ……」
「……」
俺が、突っぱねたから。
俺が、排他しようとしたからそんな風にしかできなかった。
すなわち。
「俺が、殺した」
爺さんを、タエさんの心を。
こんな話なんてない。
そうだ、結局の所、全部俺が悪い。
ずっと子供のまま。
棚ぼたで手に入れて。手に入れたいものはずっと目の前にあったのに、それだけには目を向けず。
ずっとずっとホンモノはそこにあったのに。
「俺が、俺が……俺を――」
コロシテホシイ。
そんな言葉が口から出そうになった時。
「っつ……」
「ふふ、ありがとうございます。一度これはやってみたかったのよ」
やってやった。
そんな笑顔と頬に衝撃がやってきた。
「タエ……さん?」
「良いですか? 勘違いしないで下さい。私は今、恨み言を言っているわけではありません。感謝しているのです」
かん、しゃ?
「回り道をしました。失ったものもありました。ですが、あなたはこうしてここに居て、何かを乗り越えて私と言葉を交わしている……だから、ようやく、言えるのです」
――私の、息子になって下さい。
「……え?」
その言葉と差し伸べられた手。
俺の目をしっかりと、それでいて柔らかく見つめる優しい瞳。
「これが私の答えです。ずっとずっと、あなたと家族になるためにどうすればいいかという答え。最初からこうしておけばよかったと、後悔し続けた結果です」
後悔? 俺と、同じように、最初の一歩を、後悔?
「インターハイの結果も、さっきの試合も……あの人が、私がこの台詞を言いたいがための過程に過ぎません。道場もなんでも、あなた以上に大切なものはないのですから」
それが、好きにしていいって言葉の、本当に意味?
昔からも今も。
きっと俺は怯えたような目をしているんだろう。
「俺を、許すって……言うんですか?」
「親とは、そういうものでしょう? ……いえ、許すも何も。最初から、怒っていません。さっきのビンタは、あまりにも悲しいことを言われそうだったからという理由と、やってみたかっただけです」
くすりと悪戯っぽく笑うタエさん。
それはいつか見た……いや、ずっと変わらなかっただろう俺に向ける笑顔。
罪悪感や、後悔。
そんな暗い感情は、胸に確かとして存在している。
これだけの事をしでかした俺だ。
許されるわけなんてない。
だけどタエさんは赦す罪すらないって言う。
「わかりま、せん……」
「……」
わからない。
もう何がなんだかわからない。
この手を、取って良いのだろうか。
この手に、縋って良いのだろうか。
泣きたい、悲しみたい。
この人と一緒にやり直したい。
そして、家族になりたい。
そんな気持ちと、未だに差し伸べられている手の温かさだけは疑いようのない本物で。
「なら、私と一緒に探して下さい。幸せな家族になる方法を」
「あ――」
その言葉に理解した、理解を得た。
だってそれは。
ずっとずっと俺が探していた方法でもあったから。
だから、俺は、その手を――