二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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決着の時はもうすぐのようです

「くそっ! どうして急にっ!? 電気ショック準備っ!! 急げっ!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 騒然とする提督の私室。

 ベッドの上で眠る提督に繋がれた機器。

 モニタに映る血圧、脈拍。

 

 その全てが間もなく訪れるだろう結末を予期させる。

 

「提督……提督……っ!!」

 

 その手を必死に握る時雨。

 

「嘘だろ……提督。うそ、だよな……?」

 

 ようやく。

 ここに至りようやく天龍の顔がわかりやすく動揺を示した。

 

「提督ー……?」

 

 理解できていない。

 今、目の前で何がどうなっているのかわからない龍田。

 

「……」

 

 呆然と、声にならないまま提督さんと口が動く夕立。

 

「準備できましたっ!」

 

「よしっ! 艦娘の皆さんっ!! 離れてっ!!」

 

 突き飛ばされるようにその場所から離れる時雨。

 

 手が、解けた。

 それと同時に、提督の身体が不気味にベッド上で跳ねる。

 

「どうだっ!?」

 

「っ……駄目ですっ! 変わりません!!」

 

 電気ショック機材を放り投げ、医者は心臓マッサージに切り替える。

 

 ここで死んではだめだ。

 ここで殺してはだめだ。

 

 提督は、間違いなくこの海に、世界に艦娘を通して光を差し込ませた人間で。

 それにより自分たちの未来は少し明るくなった。

 

 そしてその景色はこれから。

 これから明るく彩られていくはずで。

 

 艦娘と人間。

 力を合わせて未来を共に切り拓く、その先駆けとなる存在。

 

「戻って来て下さい……!!」

 

 失ってはいけない。

 

 小難しい想いはある。

 だがそれ以上に。

 

「提督っ! ていとくっ!!」

 

 この子達を悲しませるわけにはいかない。

 打算でもなんでもなく、ここにいる存在を救いたい。

 

 それでも、やはり。

 

「……くそっ!!」

 

 逃れられない運命というものは存在した。

 

 事実を示す変化のない電子音。

 

「どけっ!!」

 

 認められない。

 医者を突き飛ばして、見様見真似に心臓マッサージをする天龍。

 

 確かに。

 確かに電子音は揺れる。

 

 その行為による衝撃で。

 

「……残念、ですが」

 

「嘘だっ!! うそだうそだうそだ!! 認めねぇ!! オレは! 提督が死んだなんて!! 認めねぇ!!」

 

 聞こえない。聞きたくない。

 そんな風にマッサージを続ける天龍。

 

 その場を譲った、奪われた医者の合間を縫うように。

 時雨が、龍田が、夕立が入り込み。

 

「あ……あ……」

 

 ゆっくりと。

 ゆっくり、だけど確実に失われていく温もりを手に取り実感した。

 

 提督が、もう、動かないということを。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 慟哭。

 一斉に上がった悲鳴。

 

 悼むなんて出来ない、そうだということを信じられない。

 

 そんな中、深海棲艦襲撃を示す警報が鳴り響いたが。

 

 それは部屋に充満した悲しみの声によって、かき消されてしまった。

 

 

 

「深海、棲艦……っ」

 

 鳴り続けている警報にようやく気づいたのか。

 それともこの状況を引き起こした原因への恨みの発露か。

 

 第一艦隊は一斉に崩れ落ちた身体を起こし、部屋から勢いよく出た。

 廊下で崩れ落ち、瞳から光をかつてのように消した六駆と初めてだろう絶望に身を落とした那珂。

 そんな第三艦隊が目に入っただろう第一艦隊は走り去る。

 

「……勝利を、提督に」

 

 俯き立ち竦んでいた第二艦隊。

 よろよろと入室してきた第三艦隊と入れ替わるよう、静かに。

 だが足取りは力強く、怒りを目に宿し前を見つめて退室した。

 

「提督……」

 

「しれい、かん」

 

 第三艦隊の面々が、提督の身体に触れる。

 

 温かいと感じた。

 幸せと感じた。

 

 かつての居場所そのもの。

 

「しれい、かん……っ!」

 

 涙を流していると気づけない。

 滲む視界は自分がこの光景を認められないんだと思って。

 

 それでも伝わってくるのは変えられない死、そのもの。

 

「うそ、なのです……こんなの、うそなのです」

 

 自分が何をしようとしているのか。

 それすらも理解できないまま、電は艤装を展開して。

 

「やめてっ!!」

 

「はなっ、離すのですっ! 私、私もっ……!!」

 

 主砲を自分に添えようとした電を雷が必死に止めた。

 

 暁、響は動けない。

 動こうという意思がまるで持てない。

 抱いたこの人とならという想い、いくらでも身体を後押ししてくれる優しい絆が今、ただただ重くのしかかってその身体を地面に縫い付ける。

 

「やめて」

 

「っ!? なか、ちゃん……」

 

 それは聞いたことのない声だった。

 短く、冷たく。

 いつもの元気で温かい声からは想像もできないほど鋭く。

 

「提督を、これ以上、悲しませたくない」

 

「……うっ、う……うあ、うああああ……」

 

 提督が嫌だろう、許せないだろうそんな行為を認めるわけにはいかない。

 その想いが、那珂の口を動かした。

 

 そうしてやっぱり崩れ落ちる電。

 大粒の雫を床に伝わせ続ける。

 

「那珂ちゃん……私、私……」

 

「うん、良いんだよ……泣いて、いいんだよ」

 

 これ以上我慢できない。

 そう顔に書いている雷。

 

 そんな雷を優しく、包み込むように、許すように那珂は言う。

 

「でもっ! それじゃあ那珂ちゃんがっ!!」

 

「いいの……だって……」

 

 ――私まで泣いたら、本当に提督が死んじゃったって認めちゃうことになるもん。

 

 

 

「天龍」

 

「……なんだ?」

 

「もう、我慢しなくていいっぽい? 我慢する気ないっぽい」

 

 波止場。

 並び立つ、墓場鎮守府艦娘。

 

 嵐の前と世界が理解していた。

 故に、奇妙な程の静けさが漂っている。

 

 その中で時雨が問い、夕立が断定した。

 

「天龍ちゃん……もう、私も……」

 

「天龍さん、私も、きっと……」

 

 全てが、全てと言えるものを失った。

 

 残ったのは力の残滓。

 世界で一番大切で、愛しい人が遺してくれた、絞りカス。

 

「あぁ……オレも、もう、無理だわ」

 

 ならばやはり捧げるのも返すのもその人に。

 

 もう、止められる意思も絆もない。

 

 故に。

 

「――目標は本土強襲が目的と思われる全深海棲艦の撃沈っ!! もう何も言わねぇ! もう絶対に止めねぇ! 止められねぇ!! 思う存分沈め尽くせっ!!」

 

 心のままに征け。

 

 そういった。

 

 墓場鎮守府。

 艦娘の、墓場。

 

 それが本当にそうだとするのなら。

 

「総員……抜錨っ!!」

 

「了解っ!!」

 

 提督からもらったものを全て仕舞って。

 彼が好きだと言った自分という艦娘、それは全て提督の側に置いて。

 

 駆け出した。

 

 

 

「……」

 

 砲撃、雷撃の音が響く度に、深海棲艦が声を失い海に沈む。

 今沈んだのは駆逐艦か、軽巡洋艦か。

 

 なんでもいい。

 

 声もなく、ただ黙々と深海棲艦を沈め続ける作業。

 

 時雨は、自身を提督の命と定めた。

 ならば何故今自分のみが生きているのか。

 今の状態に、不快感しか覚えられない。

 

 気持ち悪い、キモチワルイ。

 

 蒼い瞳を煌めかせ、念仏を唱えているかのように不快感を頭に巡らせる。

 

 その姿を、心底不気味だと深海棲艦は思った。

 どう見ても、どう感じても、時雨という船は沈むことを望んでいて、早く殺されたいと願っていると分かっているのに。

 

 沈められない。

 そう思った今も、随伴艦の駆逐艦が沈んだ。

 

 単艦。

 周りには誰もない。

 

 どう考えても、自殺志願者。

 

 だと、言うのに――。

 

「早く……コロシテヨ」

 

 その言葉と共に続きの思考を止められた。

 

「アァ……テイトク、ボクハ……」

 

 時雨は、揺らめく。

 

 不快感と青白い光を身にまといながら彷徨い求める。

 

 己の死に場所を。

 

 

 

「沈めっ! 沈めっ! さっさと沈むっぽい!!」

 

 響く音は多い。

 声、砲撃音、雷撃音。

 激しく動く夕立の傍で舞う水飛沫の音。

 

 見敵必殺。

 

 深海棲艦からすれば、見つけたと思ったときには損傷していて。

 損傷を実感すれば沈んでいた。

 

「後悔するっぽい!! 提督さんの力に! 成すすべもなく沈んでっ!! 後悔! し続けるっぽい!!」

 

 夕立は、自身を提督の力と定めた。

 ならばそれを示し続けよう。

 己が動けなくなるその一瞬まで。

 

 緑の瞳はただただ苛烈に舞い続け、定めた敵を後悔の海に沈め続ける。

 

 その姿に、ひたすら恐怖した。

 

 単艦。

 一人ぼっちに舞う夕立は駆逐艦。

 

 そうだと言うのに。

 戦艦、いやそれ以上に強力な船だと思ってしまう。

 

「沈めっ! 沈メ……シズメエエエエエエエエエエ!!」

 

 それ以上に。

 絶対に沈めるという強い意思。

 

「アハ……アハハ、ユウダチ、トッテモ、ツヨイッポイ!!」

 

 夕立は、舞う。

 

 不快感と青白い光を身にまといながら踊り狂う。

 

 力という舞台の上を。

 

 

 

「返して……返してよっ!!」

 

 流れる声は悲しみの色。

 苛烈、激烈な戦場でただただ酷く頼りなく。

 簡単に折れてしまいそうな姿だと言うのに。

 

 倒れられない。

 

 培った力は倒れる事を許してくれない。

 無意識に相手の射線から外れてしまう龍田。

 

 どうやっても沈むことは出来ないと悟った彼女は、失った事実を変えようともがく。

 

「あなた達がっ! 奪った! 私の、私達の幸せをっ!! だから、返してっ!!」

 

 守るべき、守りたいと思い願った幸せ。

 誰かが笑って提督も笑う。そんな光景。

 

 守りたいと思ったそれがなければ、自分の生きる意味はなんなのか。

 

 構えた槍は、不気味な色を放つ。

 

 色が、虚線を描く度、何かが沈んだ。

 

 単艦。

 後ろにはなにもないはずなのに。

 

「返してっ!! 返セッ!! カエセエエエエエエエエエ!!」

 

 これ以上前には進ませない。

 その場に沈め、沈んでしまえ。

 

「テイトクヲ、シアワセヲ!! カエシテッ!!」

 

 龍田は、慟哭する。

 

 理性を色で引き裂き、喪失感を認めないように固執する。

 

 幸せだった過去に想いを馳せながら。

 

 

 

「オラオラァ!! 恐いか!? 死にたくねぇか!? そうだよなぁ!?」

 

 吠え上げられた声は怒りの遠吠え。

 持ち主を失って尚、刃は戦場を、深海棲艦を切り裂いた。

 

 意思は止められて。

 意志は失われて。

 

 それでもなお、身体に、心に宿ったモノが世界を切り裂いた。

 

 勝手に敵を倒してしまう、沈めてしまう。

 

 それはまるで機械のように。

 こうすることが当然かのように。

 

「オレも……そうだったぜ!? 死にたくねぇって思ってたよ!! だけどなぁ!!」

 

 帰るべき場所、還りたい場所。

 何処までも輝かしい笑顔と意思の宿る場所。

 

 それが、もう、失われた。

 

 貫くはずだった提督の思い。

 それを宿していたはずの天龍が持つ剣。

 

 単艦。

 天龍が持つ装備以外、何もないはずなのに。

 

「ぜってぇ! 死んでモッ! テメェラハユルサネェ!!」

 

 もうこれから新たな意思は宿せない。

 ならば消えろ、消えてしまえ何もかも。

 

「シズメ! シズメッ!! フフフ、コワイカ!? ナラ、キョウフヲイダイテ! シズンジマエッ!!

 

 天龍は、至る。

 

 失われた意思を、新たに生まれた意思で塗りつぶして。

 

 誰のものでも無くなった、自分を振るいながら。

 

 

 

「……コワイ」

 

「エエ、ホントニ。ドッチガ深海棲艦ナノカ、ワカラナイワ」

 

 戦場を眺める、北方棲姫と港湾棲姫。

 口から出た言葉通り、何処か少し怯えている様子なのは北方棲姫。

 

 そして港湾棲姫が言った通り。

 墓場鎮守府の戦いぶりは、まさに呪いのようだった。

 

 第一艦隊は、それぞれ単艦で思うがままに。

 第二艦隊は、艦隊を維持したまま戦場を蹂躙した。

 

 その誰もが、何かで狂ったように。

 

「フフ、理由ナンテ……ワカッテイルノニネ」

 

「……テイトク」

 

 自嘲した港湾棲姫。

 こうなったのは自分たちのせいだとわかっている。

 分かっていないふりをしたわけではない、認めたくないわけでもない。

 

 ただ、やっぱり彼がいること、いないことの意味を思い知った。

 

 そしてこの戦場に存在するのは両者とも、提督という存在がいないモノ。

 

「決着ヲ、ツケマショウ」

 

「……ウン」

 

 果たして海は提督という存在を必要としているのか。

 いや、海は、世界は人類と共に生きることが出来るのか。

 

 顔を上げれば、まるで港湾棲姫達がそこにいると分かっているのか向かってくる第一艦隊と第二艦隊。

 

 決着の時は、すぐそこまで迫ってきていた。


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