二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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提督が選択したようです

 取れなかった。

 後一押し、薄皮一枚。

 

 それがタエさんと俺の手を遮るもの。

 

「タエさん……俺、大事なもんが出来たよ」

 

「大事な、ものですか?」

 

 手を少し伸ばす度に、聞こえてくる声。

 

 ――提督。

 

 俺を呼ぶ、艦娘の声。

 

 幻聴なんだろう、きっとそうなんだろう。

 だけど、耳にこびりついて離れない声。

 

 理解した。

 家族ってやつを、愛ってやつを。

 それは言葉にできない、何か。

 

 ようやく、俺は。

 

「うん。嫁が出来た」

 

「えっ? そ、それはほんとですかっ!? わ、私に義理の娘がっ!?」

 

 さっきまでの雰囲気は何処へやら。

 色めき立って喜んでくれるタエさん。

 

「でもさ、ここには居ないんだ」

 

「……はい?」

 

 ひでぇやつだよな。

 

 自分では、嫁だ、家族だ、戦友だと言っておいて。

 その実俺自身がそう認めていないだなんて。

 

「ずっと、ずっと……行ってしまえば二度と帰ってこれないほど遠く……そんな場所に、いるんだ」

 

「……」

 

 あいつらは、そうなりたいと願っていてくれた。

 何よりも、誰よりも、俺を愛そうとしてくれていた。

 

 今なら、わかる。

 

 肝心な一歩を、俺は踏み出していなかった。

 

 愛し方がわからなかったから。

 家族になるためにはどうしたら良いか、わからなかったから。

 

 何よりも。

 愛して尚、居なくなった時、耐えられないって知っていたから。

 

 求めれば、手に入れられるって、何処かで気づいていた。

 だから、求めなかった。

 都合の良い存在を求めていた。

 

 タエさんが……きっと爺さんも。

 俺と同じじゃないだろうけど、愛し方を模索して、答えを今、俺に教えてくれたから。

 

「悩んでいたのは、それですか?」

 

「多分……いや、きっとそうだと思う」

 

 何が何だかわからないままで向こうの世界へ行って、帰ってきて。

 いや、ここはもしかしたら酷く俺にとって都合が良い世界なのかも知れない、もしかしたら本当の世界では、こうならなかったのかも知れない。

 

 だけど。

 

「愛し方、教えてもらえたから」

 

 それだけは、間違いない本物。

 

「家族になる方法、教えてもらえたから」

 

 あぁ、目頭が熱い。

 

 そうだ、俺は今、決めたんだ。

 

「だから、家族の下に、行こうと思う」

 

 ずっと求めていたものが手に入る。

 そうだと、言うのに。

 タエさんの気持ちを、裏切ることだって、分かってるのに。

 

 俺はあいつらが大好きだ。

 

 それだけは裏切れない気持ち。

 

 それを上っ面で偽物のまま放って置くことは、出来ない。

 理解できたから、分かったから。

 

 実感、出来たから。

 

「……本当に、子供が大きくなるのは、一瞬なのですね」

 

 困ったように言うタエさん。

 

 申し訳ない。

 なんて、もう、思わない。

 

「タエさんの、おかげだよ」

 

「そうでしょうか? そうなら嬉しいのですが……できればもっと近くで、小さな成長から感じたかったなんて……いえ、それはわがままと言うべきでしょう。わかりました」

 

 そう言って立ち上がって、棚の上に置かれていたケースをおもむろに手に取り。

 

「えい」

 

「えちょ!?」

 

 なんでいきなり器物破損!?

 いやいやいや!? えっ!? 俺何か悪いこと……しまくってるっ!!

 自覚あるよ!ありまくるけどさ!?

 

「あらやだ、はしたなかったですね。ともあれ、これを」

 

「……刀」

 

 一瞬で落ち着いた。

 

 爺さんの、刀。

 向こうの世界でも譲り受けた、意思貫く決意の刃。

 

「どんな結果であれ、インターハイが終われば渡すつもりでした」

 

「……」

 

 そしてこの世界では、この道場の後継者としての証であり。

 

 ()さんの息子であるという、絆。

 

「顔を上げなさい」

 

「はい」

 

 促され、刀に落としていた視線をあげる。

 そこには今まで見たこともない程、真剣で……爺さんを彷彿とさせるような顔をしたタエさんが。

 

「負けるな」

 

「はい」

 

「怖がるな」

 

「はい」

 

「生きろ。大切を胸に宿して」

 

「はいっ!」

 

 きっと、それは爺さんの言葉。

 

「そしてこれは私から」

 

「……」

 

 そこで表情は戻って。

 

「いってらっしゃい。気をつけて」

 

「……行ってきます、母さん!」

 

 絆に包まれて、家を出た。

 

 

 

「っ!!」

 

 戻ってきてみれば、進んでいる画面。

 今一体何が進行しているのか、それはわからない。

 ただ。

 

「改造……可能?」

 

 改装画面を開くと、金剛の改造アイコンが押せる。

 練度は十分に足りていても何故か押せなかったアイコン。

 

「何で……いや、それはいい」

 

 そうして無事に改造出来て。

 何故かそのまま改二に出来る艦娘、榛名が、比叡が、霧島が。

 未改造だった艦娘も改へ。

 

 何故かは良い、今はきっと戦っているだろうあいつらの力を高めるため、それだけでいい。

 

 そうしてみれば、画面は暗転。

 

 スピーカーから響く、ドラマや映画で聞いたことのある、心拍停止を示す電子音と共に、天龍が龍田が夕立が時雨が……墓場鎮守府の皆が泣き叫けぶ声が聞こえた。

 

 驚くべき事なのに、動揺して良いはずなのに。

 

 何でか、心は酷く穏やかで。

 

「来ちゃったんだ」

 

「……あぁ、久しぶりだな? 羅針盤妖精」

 

 真っ暗な画面に浮かぶのは羅針盤。

 声が聞こえる前からこれはアイツだと理解できた。

 

「……ほんとは、ね」

 

「おう」

 

「アンタにはその世界にいて欲しかった。そして幸せになって欲しかった」

 

「へぇ? そりゃ随分と優しいこって」

 

 あぁ、それは優しさだろう。

 全てを忘れて、ゲームだと捨て置いてこのままここにいられたら。

 

 きっとそれでも俺は幸せを掴むことが出来るだろう。

 

「アンタは私達妖精によって、あの世界に建造された人間だから」

 

「建造された人間?」

 

 羅針盤は欠片も動いていないのに、悲しげな……いや、悔いるような表情をして頷いたように見えた。

 

「妖精は沈んで尚、人間と……提督と共に戦いたいと願った艦娘が至る姿」

 

「あぁ、そうらしいな」

 

 長官と大淀にそんな話はしてもらった。

 それが艦これのシステムかどうかは知らないけど、少なくともあの世界ではそうなんだろうと納得したことでもある。

 

「提督適正値。あれは、私達妖精が願った提督に至る可能性を示唆する値……そりゃ、そうよね。私達が生んだ、建造した人間だもの、故障を疑うような値が出てきてもおかしくない」

 

 ……なるほど。

 

 その確認が、受け入れが、あの最終イベントカッコカリなんだろう。

 確かに、新しい水平線に勝利を刻みますかと聞かれ……いや、今思えば救いを求めていたんだろう、その手を取った。

 

 提督が、艦娘を求めるように。

 妖精が、提督を求めて。

 

 そうして俺はあの世界に建造されたんだな。

 艦これでもっと遊びたい、艦娘と一緒に海を征きたいなんて思っていたから。

 

「妖精が願った理想がアンタ、それは間違いない。でも私は違った」

 

「……そりゃ残念って言うべきだな」

 

 まぁ、確かに。

 他の妖精と違って叢雲……羅針盤妖精だけは違った。

 妖精が俺の意思に沿おうとする中、一人だけ、俺を動かそうとしていた。

 

「私は、長官。長官と共に再び海を征きたかった。だから、アンタを利用した」

 

「へぇ?」

 

「長官も……アンタと同じように、海の審判へ挑み、二周目を選んだ。そうして長官があの世界を生んだ。義理の父を、己の愚かさで殺してしまったから、無かったことに、そんな悲劇を生まないように、再びやり直したいと……そうして今に至った。不思議なもんよね、なよなよしてるやつってどうしてお尻を蹴っ飛ばしたくなるのか、未だにわからないわ」

 

 長官も、俺と同じように……。

 

 そうか、あの人も別の世界からあの世界へ至った人間だったのか。

 いや、海に願ってあの世界を造った人間と言うべきか。

 

 そしてまぁそれは叢雲だからとしか言いようがないんじゃねぇかな。

 

「はっきり言って。あの世界はもう、なんとかなるわ。アンタが居なくても、きっと戦い抜くことができる」

 

「そうかもな」

 

 俺がいなくても、AL/MI作戦がなんとかなっているように。

 きっと、長官はこれから誰もが認める道を歩くだろう。

 それは、なんとなく……いや、確信できる。

 

「あの人が戦える舞台は整った。そのためにあんたを利用したことは謝る。ごめんなさい。だから……」

 

「いや、謝られる理由がわかんねぇよ。むしろ俺は感謝してるんだから」

 

「……え?」

 

 なぁにを言ってんのかね。

 確かに、確かに面白くないと思う部分はある。

 

 例えば俺の艦娘(妖精)だーなんて思ってた叢雲が実は長官と深い絆を築いていたりとか?

 例えばわけのわからん自責の念に囚われているとか?

 

 だけどそんなことまるっきり関係ない。

 

「俺に、家族をつくるチャンスをくれた。それだけで十分だ」

 

「……」

 

 わかったんだよ。

 愛情ってやつは、与えるもんでも与えられるもんでもねぇ。

 

 そこに在るもんだって。

 

「なら後は繋ぐだけ、チャンスをしっかり掴むだけなんだ」

 

 だから急にはしごを離してくれるなよ羅針盤。

 

「お前は言ったな? 行く先を示すもんだって」

 

「……ええ」

 

 だったらよ。

 悪いなんて思ってるんなら示してくれ。

 

「……行かせてくれ、あの世界へ。俺にはあいつらが必要だし、あいつらには俺が必要だ」

 

 そう信じることが出来る。

 裏切られるとか、なくなるとか。

 そりゃあ恐いさ、今でも。

 震えるさ、想像したら。

 

 でも、それでもいい。

 伝えられないまま訪れる別れほど、どうしようもないものはないんだから。

 

「で、でも……私は……!」

 

「あぁぁあああもうっ!! クソつまんねぇムーブかましてんじゃねぇよ! 羅針盤っ!! てめぇは結婚を認めないガンコ親父にでもなりてぇのか!!」

 

「な、なんですって!?」

 

「うるせぇ! なってやるさ! 提督に!! 棚ボタでもわけわからずでもなんでもねぇ!! これが俺の選択だっ!!」

 

「こ、この……大馬鹿者!! ほんとにいいのね!? 後悔しても知らないんだからっ!!」

 

 知るかっ! 後悔ならもう散々してきたんだよ!!

 

「回してみなさいっ!」

 

「おうよっ!!」

 

 マウスを手に。

 カーソルを、羅針盤に。

 

 だけど、その指が、動かない。

 

「……良いのね? 本当に」

 

 審判が、下される。

 このワンクリックで、行く先が……征く道が、決まる。

 

「カッコ悪いと思うかも知れないけど……今なら、戻れるのよ? 今でも私は、アンタは幸せになって欲しいと思っている。罪悪感からも、責任感からも、色んな気持ちからそう、本気で思ってる」

 

 それは本当だろう。

 長官に活躍させる機会をだとか、そんな気持ちからじゃねぇってことは十分に伝わってくる。

 

 単純に、俺にも幸せになってほしくて、この世界ならそれが掴めると本気で思っているって。

 

「……」

 

 目を、瞑る。

 

 手に伝わってくるのは刀の感触。

 耳に残っているのはタエさんの送り出してくれた声と……あいつらの悲しみの声。

 

 ……。

 

 負けるな。

 怖がるな。

 生きろ。大切を胸に宿して。

 

 ――行ってこい。

 

「あぁ、行ってくるよ……父さんっ!!」

 

 クリック。

 

 からからと回りだす羅針盤。

 

 ぐにゃりと世界が歪む感触。

 

「やっぱり……あんたは理想の……提督(・・)ね」

 

 嬉しいこと言ってくれるな、なんて口に出そうとしたその時。

 

 飽きるほど、いや、飽きることなく聞き続けたメッセージ。

 

 

 

 ――提督が、鎮守府に着任しました。

 

 


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