二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました

 鎮守府に漂う空気は重い。

 

 未だに入渠状態で眠っている大井達。

 高速修復材を使用して無傷、完全に回復したというのに目を覚まさない霞、摩耶、神通。

 そして葬儀についてどうするかと相談されて尚、死を認めないと耳を塞いでいる那珂とそれに付き従う人形のような六駆。

 

「また、改めます……ですが、このまま放っておくわけにはいかない事は理解していて下さい」

 

「わかっています」

 

 話をしていたのは作戦会議室。

 看護師による処置があると部屋を追い出された後、少しでも近い場所にと選ばれた相談場所。

 

「……提督」

 

 胸を押さえて想いが溢れないように。

 那珂とて、理解している。

 

 死んだことを認めなければならない。

 

 そんなことは。

 

 ただ、それでも想うのだ。

 あの人がこんな結末で終わらせるわけがないと。

 

 自分が憧れた、尊敬したアイドルは、誰かの顔を曇らせたままでいるわけがないと。

 

 いつか感じた、この世界に生まれた時の感触。

 誰かに手を引かれたような、導かれたような。

 

 もしも。

 もしも、提督がそれを求めているんだったら。

 

「私、待ってる……待ってるから、いくらでも、手を伸ばすから……」

 

 そうなろう、皆が絶望に沈んで何も出来なくなっても、私だけは手を伸ばそう。

 

 そうするために、那珂は耳を塞ぐ。

 

「でも……辛い、辛いよ、提督……!」

 

 振り向けば光を失った六駆。

 海を思えば、死に向かった第一艦隊と第二艦隊。

 

 自分が強いとは思っていない那珂だから。

 吹けばすぐに折れる心だと、理解している那珂だから。

 

 支えである提督を失ったと、認めないことで精一杯。

 

「……そうだ」

 

 だから縋ろうと考えた。

 提督の残滓に希望を求めた。

 

 六駆と共に向かったのは花壇。

 

 覚えている。

 一緒に花を育てたことを。

 六駆という蕾を一緒に咲かせたことを。

 

「しれいかん……」

 

 不意に、暁が口にした。

 そして、それをきっかけに六駆が無表情で涙を流した。

 

 かつて幸せの象徴だったカランコエ。

 

 それだけではなく、多くの花が咲き誇る花壇。

 全てが、事情など知らぬ存ぜぬと言わんばかりに美しく咲き誇っている。

 

「……失敗だった、かな?」

 

 あまりにも幸せだったからこそ、ただただ辛い。

 幸という漢字から、提督という一本の線を抜けば、やはりこうなってしまうということだろうか。

 

「それでも……」

 

 カランコエに手を伸ばす那珂。

 

 消えた線なら、引けばいい。

 また、書き直したらいい。

 

 そう、信じ続ける。

 

 信じ続けた。

 

 その結果。

 

「――!!」

 

「えっ……?」

 

 暗い雰囲気、誰も口を開かない、まるで那珂の独白だけが響く鎮守府。

 

 そんな鎮守府が、少し、ざわついた。

 

「な、何が……?」

 

 

 

「……ったく、遅いのよ」

 

「あぁ、その通りだな」

 

 目覚めた霞、摩耶。

 

 何かを悟っている。

 そして悟っているからこそ、少しむくれている。

 

「いいえ、だからこそ、ですよ」

 

 続いて目を覚まし身体を起こしたのは神通。

 

 だからこそ、自分たちは必死になるのだろう。

 そう微笑む。

 

「はぁ……クズを上に持つと大変ね」

 

「ははっ! 言うじゃねぇか! あたしはそこまで言えねぇけど……でもさ」

 

 ――待ってた。

 

 そう一言呟いて、立ち上がる。

 

「身体は?」

 

「問題ありません。艤装は?」

 

「ぜぇんぜんっ! バッチリだぜ? 摩耶様に任せとけって!」

 

 お互いの身体を想い合う。

 

 そして。

 

「じゃ、行きましょうか」

 

「了解」

 

 笑って部屋から出ていった。

 

 

 

「……動けますの?」

 

「ここで動けなきゃ……鈴谷、駄目な子じゃん?」

 

「飛龍? どう?」

 

「このままじゃ、多聞丸に怒られちゃうって」

 

「あはは、皆元気だねー?」

 

「無理しなくてもいいんですよ? 伊勢さん? まぁ、私は、無理でも無理しますけど」

 

 ドッグで目を覚ました大井達。

 何かに呼ばれるように、起こされたように。

 

 未だに少し軋む身体を動かして。

 

 行かなければならないという何かに心が持ち上げられる。

 

「私も行くって。だってさ私達、新人だよ? そのくせ無茶してこの様だよ? ……ちょっとはいいとこ、見せとかないと」

 

「そうですか」

 

 困ったように言う伊勢から顔を背け、誰にもわからないように笑みを零す大井。

 

 その通り。伊勢の言う通り。

 

 着任早々、大失敗。

 そんなずっこけ艦隊だと思ったままでいられるなんて、プライドも、きっと北上だって許さない。

 

 そんな風に思ってしまう。

 

「身体、痛いけど……なんだろ、すっごくスッキリしてる」

 

「ええ、私もそう感じます……まるで、ようやく自分の身体だって思えるかのような」

 

 無理やりの改造。

 それが無理じゃなくなった理由。

 

 それはきっと。

 

「あの人……きっと、提督のおかげなんだろうね」

 

 蒼龍が言う。

 その言葉に全員が頷いた。

 

 どんなことがあったのかなんてわからない。

 

 だけど何故か、その通りだと思った。

 

 だから。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「了解っ! 汚名返上ってね!」

 

 勢いよく、身体に伝う修復剤を振り払った。

 

 

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 走った。

 何故かはわからない。

 

 ありえないことが起きている。

 そうだと信じていたことが起こっている。

 

 そんな矛盾している確信。

 

「行かなきゃっ……掴まなきゃ……っ!!」

 

 想いに、願いに突き動かされて動く足。

 早く早くと誘われる心。

 

 何処かで。

 遠くない、何処かで、何かが聞こえた。

 

 それを早く確かめたくて、手に入れたくて。

 

「早く……っ!」

 

 ひたすらに駆ける那珂。

 それに続く六駆。

 

 あてはない。

 慣れ親しんだ鎮守府なのに、ここが何処かわからない。

 

 それでも、何かに導かれるように。

 

「あっ――」

 

 邪魔するように、そんな那珂を遮るように足がもつれ転げそうになる身体。

 

 前に伸びた手を、腕を。

 

「――!!」

 

 何かが掴んだ、その身体を支えられた。

 

 後ろにいる六駆が叫んでいる。

 転けそうになった那珂を心配する声ではない。

 

 驚きに、喜びに染まった声。

 

「大丈夫か?」

 

 頭上から聞こえる声。

 そして、掴んだこの温もり。

 

「大丈夫じゃない……」

 

 まるっきり大丈夫じゃなかった。

 涙が溢れた、瞬時にこぼれ落ちた。

 

 声は震えて、これじゃあろくに歌も歌えない。

 

「ぜんっぜんっ! 大丈夫じゃないよっ!!」

 

「そっか」

 

 顔をあげず、そのままで。

 

 見せられない。

 今の顔は、見せられない。

 

「そんな大丈夫じゃないとこわりぃんだけどさ……那珂ちゃん」

 

「……うん」

 

 決めていることがあった。

 今顔を見せたらそれを破ってしまうから。

 

「行くぞ、出撃だ」

 

「……」

 

 だから、無理やり。

 返事をするために、無理やり心に従って。

 

「了解っ!!」

 

 大きな涙を振り払い、輝く笑顔で敬礼をした。

 

 

 

「シズメッ! シズメェエエエエエ!!」

 

 最早同士討ち。

 そうとすら思える光景。

 

 方や艦娘、方や深海棲艦そのはずなのに。

 

「カエセッ! カエセッ!!」

 

 戦場に流れる音色は呪いの声一色。

 己の心のままに、ぶつけ合う。

 

 奇しくも両者、連合艦隊。

 第一艦隊は変わらず思うがままに、そんな第一艦隊をサポートしながらも攻撃を行う第二艦隊。

 港湾棲姫を旗艦とした艦隊に、北方棲姫が率いる艦隊が支える。

 

 激しい、戦い。

 

 そうとしか言えない戦場。

 

 ここにいる全ての艦娘、深海棲艦は既にあと一歩で撃沈する。

 天龍達は揃って中破以上の損傷をしていたし、港湾棲姫達も既に同じく。

 

 秩序がない、規律もない。

 

 この結果を招いた深海棲艦を許せない。

 提督という存在に恵まれた艦娘が許せない。

 

 憎悪、嫉妬、失意、絶望。

 

 あらゆる負の感情だけが渦巻いている。

 

 同時に理解した。

 墓場鎮守府の面々は、理解した。

 

 深海棲艦と艦娘は同じ存在だと。

 

 そして今自分たちが沈めば、間違いなく深海棲艦になると。

 

 だがそれで良かった。それでも良かった。

 提督を、一番大事な存在すら守れなかった自分が憎い。

 すぐに提督を救助するために動けなかった人間が憎い。

 

 そんな存在は要らないと、思ってしまえたから。

 

 だからこれは八つ当たり。

 いずれ至る自分への、最後の八つ当たり。

 

 そう理解した。

 

 深海棲艦もまた、理解した。

 今まさに同類、同種の存在へと至りつつある相手。

 それはあまりにも怖かった。

 こんな強い感情を抱いて、自分たちは沈んだのだろうか。

 こんな強い想いを抱けた事があったのだろうか。

 

 もしかしたら、提督という存在を求めておいて、何よりも遠ざけたかっただけなんじゃないか。

 

 理解したからこそ、疑問を覚えた。

 

 辛い、苦しい負の感情を理由にして。

 海の意思に求められるがまま従って。

 

 そこに自分の意思があったのだろうかと。

 

「チガウッ!!」

 

 疑問が過った頭を振り、天龍達を睨みつける港湾棲姫。

 

「ワタシハッ! ワタシダッテッ!!」

 

 想像したくないことを想像したと、振り切るように艦載機を発艦する北方棲姫。

 

「全機発艦ッ!! 押シ潰セエエエエエエエ!!」

 

 ありえない数。

 空を埋め尽くすかのような艦載機が二人の姫から発艦された。

 

「ウオオオオオオオオ!!」

 

 立ち向かうは天龍。

 飛ばされるのは鳳翔の艦載機。

 

 同時に、察した。

 

 ――さよなら、提督。

 

 捌ききれない。

 ここが己の死地だと、認めた。

 

 最後の最後に、穏やかな表情を浮かべることが出来た。

 それはやっぱり幸せな思い出によって。

 

 もう、二度と味わえることは無いけれど。

 

 それでも確かに幸せの中にいることは出来たと。

 

 だから。

 

「フラワーズっ!! やべぇやつから護衛!! 大井、鈴谷、熊野もだっ!! 伊勢、蒼龍、飛龍は艦載機ぶっとばせっ!!」

 

「了解っ!!」

 

 戦場に響いた、希望の声。

 

「テイ、と、く……」

 

「待たせたっ! わりぃ!」

 

 いつものように。

 何処から手に入れたのか、新しくもボロボロの漁船に乗って。

 高速修復材が入ったバケツを抱えて。

 

「腑抜けた顔してんなよ! まだ約束破りにはなっちゃいねぇだろう!? 俺のために生きてみろっ!!」

 

 提督のために。

 

 きっと、今までなら言わなかっただろう台詞を、いつもの調子で叫んだ提督。

 

 提督の、ために。

 

 提督の何かじゃない、力でも意思でも、命でも幸せでもなく。そう、提督自身、そのために力を振るえる、使っていい。

 

 だから。

 

 

 

 ――改、ニ。

 

 

 

「!?」

 

 港湾棲姫、北方棲姫の驚きは何に対してか。

 

 改二となって姿を変えた艦娘に対してか。

 先ほどとは比べ物にならないほどの動きで艦載機を落とし、随伴艦を沈めていく艦娘の力に対してか。

 提督が、目を覚まして、再びこの海に姿を現したことに対してか。

 

 驚きの中、状況は進む。

 

「提督……提督っ!! 見てて! 僕……僕はっ!!」

 

 絶望に沈み流す涙じゃない。

 後悔に溺れた顔じゃない。

 

「夕立……! 提督さんがいたらっ! なんでも……何でも出来るっぽい!!」

 

 喜び、希望。

 再び手にした、手にすることが出来た、光。

 

「……ごめんなさい。もう……もう今度こそっ! 情けない姿は見せないからっ!!」

 

 恥じた。

 最後まで、信じることが出来なかった自分を。

 

「ったく……! 硝煙の匂いが目に染みるなぁ!! 天龍っ!! 推して……推して征くぜえええええ!!」

 

 ――提督。

 ――提督。

 ――提督。

 

 それでもやっぱり、提督がいれば。

 

「キャアッ!」

 

「北方棲――ック!!」

 

 艦娘は、輝きを取り戻す。

 

「……コレガ、アナタノ、答エ……ダトイウノデスネ」

 

 提督の選択。

 それが、この世界で、艦娘と共に生きること。

 

「ワタシタチヲ……ステテ……!!」

 

 それはつまり、深海棲艦と敵対するということ。

 

「認メ……ナイッ!!」

 

 認められなかった。

 あの提督が海へと歯向かうと決めたなんて、信じたくなかった。

 

 撃沈一歩手前の北方棲姫を庇い、前に立つ。

 

「シズメ……シズメェエエエエ!!」

 

「……ようやく、わかったよ」

 

 力を振り絞り、攻撃をしようとした瞬間。

 

「アンタも、オレだ」

 

「っ!?」

 

 天龍の砲口が、その動きを遮った。

 

 動けなくなった港湾棲姫に、時雨の、龍田の夕立の……墓場鎮守府全ての牙が向けられる。

 

「でも悪い、オレはアンタを乗り越える。この先にある幸せに向かうために」

 

「……」

 

 項垂れる港湾棲姫。

 

 敗北。

 

 もう、行く道は海の底しか無いと、理解した。

 それを見て、ぐっと引き金に力が込められた時。

 

「待ってくれ」

 

「っ!? 提督……?」

 

 船に乗った提督が、積んでいた小型ボートに乗り換えて港湾棲姫と北方棲姫の下へ近寄ろうとした。

 

「し、司令官!? わ、私も!」

 

「いや、ここで待っててくれ」

 

 慌てて暁、フラワーズが近寄るが、それを制して。

 静かに、二人の姫を見据えて、歩みを進めた。

 

「よう、久しぶり」

 

「……テイトク」

 

「……馬鹿、デスカ? コンナ状態デモ、アナタヲ殺スコトナンテ造作モ――」

 

「そりゃ困るからやめてくれ?」

 

 本当に勘弁してくれと困ったように笑う提督。

 

 海は、海は提督を沈めろと言っているのに、何故かそんな笑顔に、攻撃する意思を奪われた。

 

「介錯デモ、シテクレルトイウノデスカ?」

 

「いや? 約束守りに来た。言っただろ? 救うって」

 

 目の前で至極真面目に言う提督。

 そんな提督に、怒りが沸き立つ。

 

「救ウ!? ダッタラアノ時、何故審判ニ挑ンダノデスカ!? 私ヲ……私達ヲ救ウトイウナラ! アノ時!!」

 

「ちげーって。こうじゃないと、お前らはずっと、怒りとか悲しみに沈んだまんまなんだろ? 俺はそこから掬い上げたいんだ」

 

 提督の言う、救い。

 

 掬い上げること、怒りにも悲しみにも沈めないこと。

 

 それこそが、自分に出来ることだと、伝える提督。

 

「俺は、救いたい……艦娘を、じゃない。悲しみに、怒りに沈んだ海を、救いたい。俺を救ってくれた海だから、今度は俺が」

 

「ワケ、ワカラナイ」

 

 言葉の意味が理解できない北方棲姫は首をかしげる。

 それは港湾棲姫も同じく。

 

「実はな? 俺、艦娘全員嫁にしようと思ってる」

 

「ハ、ハァ?」

 

 悪戯を打ち明けるように、近くで見守っている天龍達に聞こえないようにこっそりと。

 提督は港湾棲姫と北方棲姫だけに聞こえるようそう囁いた。

 

「んでさ、お前らも嫁にしたいんだよな、これが」

 

「ワ、ワタシヲ嫁ニッ!?」

 

「……ヨメ」

 

 驚きは深まるばかり。

 戸惑いが大きくなるばかり。

 

 そんな二人に、だからとつけて言葉を続ける提督。

 

「だからさ、還って……帰ってこい、俺の下へ。そうして諦めて嫁になれ。いくらでも……際限なく、限界なく、幸せにするから」

 

「……」

 

 言い切った提督は、静かに腰から下げた刀を鞘から抜き放つ。

 

 その刃の煌きを、黙って見ている二人の姫。

 

「……ソレガ、イイ」

 

「エエ……ソウネ。ジャア、提督?」

 

 ――不束者ですが、末永く、よろしくおねがいします。

 

「あぁ、こちらこそ」

 

 目を閉じた二人。

 安らかに、穏やかに。

 

 その姿を見届けて。

 

 提督は刀を振り下ろした。

 

「提督っ!」

 

「まぁまってくれ」

 

 光の粒へと姿を変えた二人。

 それを見て、提督へと駆け寄ろうとした墓場鎮守府艦娘を制して。

 

「こ……これはっ!?」

 

「……おかえり」

 

 光の粒が集まり、一人、二人……。

 艦娘の姿へと変えた。

 


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