二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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相変わらずの夕立に龍田はタジタジのようです

 ――使えない。

 

 それはそうなのかも知れないわ。

 出撃はともかく、損害を遠征で受ける艦娘なんて聞いたこともない。

 

 天龍ちゃんは遠征から帰ってきた時、大破していた。

 

 出撃は私も天龍ちゃんも毎回、見事に大破して鎮守府に帰投した。それを見てまずあの鎮守府の提督は戦力としての私達を諦めた。

 だから遠征部隊として起用した。

 

 それはわかるわ。

 

 海に蔓延る深海棲艦にも、艦娘の軽巡洋艦にも。旧式の私達がスペックで敵う事はない。だからこれは仕方のないことだ。

 逆にだからこその燃費の良さがあった。僅かではあるけれど、少しでも貢献出来る道があるのなら嬉しい限り。

 

 その私達が必要とされる遠征で、大破した。

 

 運が悪かった。まさしくそう。

 

 もう何度も繰り返した事のある遠征。エキスパートと言ってもいい遠征任務だった。

 

 深海棲艦に遭遇しないように索敵に余念は無かったし、ルートを外してしまったわけでもなかった。

 

 ただただ随伴艦が初めての顔ぶれで、初めての遠征任務だっただけだ。

 

 いつものように。ううん、いつも以上に警戒はしていた。同時刻、別遠征任務に向かっていた私は、資材回収ポイントが近かったこともあり、無線で密に連絡を取り合っていたからよくわかっている。

 

「オラオラ! 駆逐艦ども! へばってねぇか!」

 

「だ、だいじょうぶなのです!」

 

「一人前のレディなら……この位余裕よっ!」

 

 随伴艦の皆を天龍ちゃんらしく鼓舞しながら、警戒は念入りに。天龍ちゃんは私と何度も連絡を交わしあった。

 

 だけど、それでも。

 

「ちぃっ! 敵艦載機見ゆ! 全艦、対空射撃を行いながらこの海域から一旦離れるぞっ!!」

 

「天龍ちゃん!?」

 

 私達の警戒網を掻い潜ったのか、それとも見落としていたのか。

 

 深海棲艦は現れた。

 

 通じたままの無線から砲撃音が鳴り響く中、私は何もすることが出来ず、ただただ祈った。

 

 何度も繰り返した任務。何度も遭遇した状況。何度もした祈り。

 

 だったら今回も大丈夫。心配することはない、天龍ちゃんは遠征のエキスパートだ。

 

 そのはずだったのに。

 

「きゃあ!?」

 

「雷っ!? く、くそったれぇええええええ!!」

 

 その声を境に無線から聞こえる音は途絶えた。

 

「龍田、さん?」

 

「……」

 

 手が、足が、身体が震えた。

 

 何か、いつもと同じとは言えない事が起こった。それが理解できたから。

 

「龍田さん!!」

 

「……っ! 全艦反転っ! 天龍率いる遠征部隊の応援に向かうわよっ!」

 

 随伴艦の子に呼びかけられて我に返った私は、そう命じ、皆はそれに頷いてくれた。

 

 どれだけ焦っても、どれだけ心配でも。

 スピードの出ない旧式の身体がこれほど恨めしいと思ったことはなかった。

 

 それでもようやく合流できた時に、目にした光景は。

 

「あ、あぁ……」

 

 随伴艦を庇って敵の砲撃にさらされている天龍ちゃんの姿だった。

 

「龍田さん! しっかり! 早く助けましょう!」

 

「う、うん! そうね! 行くわよっ! 皆っ!」

 

「了解っ!!」

 

 幸い、轟沈艦は居なかった。私が率いて居た艦隊の損傷は軽微。

 ただ天龍ちゃんが率いていた子達は何れも中破以上、一人での海上走行が出来ない状態で。

 

 同隻艦隊だったことが幸いして、なんとか無事に全員帰投できた。

 

 運が良かった。全員無事だったのは運が良かった。

 

 だけど。

 

「遠征で大破だと……? 馬鹿者が! 出撃で足を引っ張るしかできん奴が遠征でも足を引っ張ってどうするっ! 使えんっ! 全く使えんやつだな貴様はっ!!」

 

 運が悪かった。無事を喜んでくれるわけでもなく、遠征を失敗してしまったことを慰めるわけでもなく。

 ただ叱責。罵声を飛ばしてきただけの提督の下に着任したのは……運が悪かった。

 

 そう思いたかったのに。

 口汚く罵る提督が大破したままの天龍ちゃんの頬を張った時。

 

「あら~……死にたい子は、ここに居たのねぇ~?」

 

 無意識に艤装を展開し、提督に襲いかかっていた。

 

 

 

「……あれから、どうなったのかしらねぇ~」

 

 怯えて腰が抜けたあの提督の姿は覚えている。その後すぐに取り押さえられた事も覚えている。

 

 営倉に入れられて、解体を言い渡された事も覚えている。

 

 だけど、どうして私が今新たな鎮守府に着任しているのかはわからなかった。

 

 でもそれもすぐに理解できた。

 

 この鎮守府は、墓場。

 

 きっとあの駆逐艦も、今目の前で演習開始を待つ駆逐艦も。きっと何か問題を起こした艦娘で。

 

 ここに沈まされる為にやってきたはずだ。

 

 ならばここは問題児……いや、あの提督の言葉を借りるなら、「使えない」艦娘の行き着く所。

 

 鎮守府近海に戦艦ル級? そんなの聞いたこともない、どれだけ無理やり前線を押し上げて鎮守府を建築したんだろう。

 

 ……どれだけその戦線を押し上げるために、「使えない」艦娘を「使った」んだろう。

 

 考えるだけで、虫唾が走るわ。

 

「間もなく、開始一〇分前だ。双方、最終艤装確認の後、定位置へ」

 

「問題ないっぽい!」

 

「……問題ないわ~」

 

 艤装に込められた弾薬はペイント弾。問題はない。

 

 旧式とは言え、駆逐艦を相手にする事も、問題ない。

 

「今なら止めてあげてもいいのよ~? あの提督には死んでもらうけど~」

 

「……それ以上言うのは止めたほうがいいっぽい。夕立、実弾に変えたくなっちゃうっぽい」

 

 睨まれちゃった。

 

 その一瞬、目が紅く見えた気がするけど……うん、気の所為ね。緑だ。

 

 でも、なにをそこまで怒る事があるのかしら? 

 

「……あの提督のため?」

 

「わからないっぽい。でも、夕立は提督さんのおかげで、時雨を悲しませないですんだっぽい。これからも皆を守ることが出来るっぽい。提督さんのおかげなの……だから、その提督さんに危害を加えるのは」

 

 ――許さないっぽい。

 

 ぞくり……と、背中に悪寒が走った。

 

 出撃の時も、ましてや遠征なんかでは感じたことのない、悪寒。

 

 怒ってる……んだと思う。わかるわ。わかるのに。

 

 この子は笑っている。それが、恐怖として、悪寒として背中を這い登った。

 

 恐怖? 私が?

 

「ふふふ~……退屈しないで、よさそうねぇ~」

 

「なら良かったっぽい!」

 

 そう言って夕立ちゃんは私に背を向けて規定位置へ向かった。

 

 私も向かおう。

 

 そして見せてあげよう。

 

 天龍ちゃんの同型艦と言われ侮られた私の力。

 

「私を本気にさせるとは、悪い子ね。死にたいの? うふふ」

 

 

 

 ドンッ! っと開始の砲がなる。

 

 さぁ、お互いに単艦。陣形も何も無いわ。好きなだけ、好きなように暴れられる。

 

 確か白露型駆逐艦夕立。最大速力は三十四ノット。私は三十三ノット。

 大きく速力差があればスピードで振り回されてしまう可能性だってあったけど、この程度の差じゃそれもさせないわ。

 

「さぁ! 死にたい船はどこかしらぁ~!?」

 

 言ってから気づいた。

 

 どこも何もない。

 

「夕立っ! 突撃するっぽい!!」

 

 まっすぐ私に向かって突っ込んできている……っ!?

 

「ば、馬鹿なのかしら~?」

 

 動揺しそうになった気持ちを落ち着けて、照準を合わせる。

 

 そんな全速で突っ込んで来ているなら、緊急回避運動だって取れないでしょうに……!

 

 引き金を引く。

 

 真っ直ぐに、砲撃は飛んでいって……。

 

「っ!?」

 

「あははっ! 無駄っぽい!」

 

『夕立、小破。戦闘続行に支障なし』

 

 無機質な声であの提督のアナウンスが入った通り、直撃ではなさそうだけど小破。

 

 なのにもかかわらず、あの子は笑って私に進む足を止めない。

 

「じ、次発装填!!」

 

 焦っちゃだめ。まだ距離はある。

 多分装填が終われば、あの子の射程圏内だろうけど。駆逐艦の一発とのダメージトレードなら、私の方が優位に立てる。

 

 落ち着いて、よく狙って……!

 

『夕立、脚部艤装損傷、速力低下。攻撃艤装損傷、砲撃行動に支障あり中破』

 

 当たった、はず……!

 

 でも、でも。

 

「うまいっぽい! 夕立、次はもらわないつもりだったっぽい!」

 

 何で、砲撃が飛んでこないの!? 何でまだ距離を詰めてくるの!?

 

「っく!?」

 

「ありゃ? 失敗したっぽい」

 

 そ、そうだ、当たり前よっ! あの子は中破! それもその12cm砲の筒に損傷判定! 撃てるわけない!

 

 距離……そう、距離を取ってしまえばもう後は私が一方的に撃てる!

 

「あれ? 鬼ごっこっぽい? 夕立、ちょっと上手く動けないから嫌っぽい」

 

 ペイントは脚部艤装にだってついている! そうだ、だったら安全じゃない。

 ほら、どんどん距離が開いて。

 

「は、はは……そうよ。そんな考えなしに突っ込んで来てちゃ、そうなるわ~」

 

 同航戦の形で走る私達だけど、その距離はぐんぐんと開いていく。

 これなら、私の再装填が終わった頃にはちょうどいい頃合いだ。

 

「これで、終わりよ……!」

 

 再び照準を合わせる。

 これで終わりだ。それはつまりあの提督を殺していいってこと。私達は開放されるってこと。

 

 ――チクリ。

 

 不意に、胸が痛んだ。

 

 なんだろう。私が胸を痛める理由なんてなにもないのに。

 

 照準越しにあの子を見る。

 

 相変わらず、獰猛な笑顔を浮かべているけど。その様にはどこか必死さが見て取れた。

 

 あぁ、そっか。

 

 あれは、昔の私だ。

 こんな私だけど、ああやって必死になっていた時があった。

 それを演習とは言え、大破。無くそうとしているんだ。それがわかった。

 

「だったら……私は過去の私と決別してやるわっ!」

 

 引き金を引いた。照準はバッチリ。数瞬の後にはあの無機質な声があの子に大破、疑似轟沈判定を告げるだろう。

 

「もう! これ、邪魔っぽい!!」

 

 そう、思っていた。

 

 そう思っていた所で、あの子は。

 

 自分の艤装、12cm砲を私の発射した砲弾に投げた。

 

「は、い?」

 

「ふふっ! 狙いバッチリっぽい!」

 

 まって。そんなの、聞いたことがない。

 何よ、それ。ありえない。

 

 そして、呆然と自分の砲弾から広がるペイントを眺めてしまっていると。

 

「いい夢、見られたっぽい?」

 

「……あ、はは」

 

 いつの間にか零距離に詰められ、私の身体に三本の魚雷が突きつけられていた。

 

 

 

『龍田、魚雷直撃。戦闘続行不可能。大破。夕立、魚雷爆破に巻き込まれ大破。――戦闘行動に重大な支障認められるも、続行可能判定。夕立の勝利』


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