二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
あの日は快晴。海の見通しも良くて波も穏やかでいい日になりそうな予感があった。
確かに新米どもを率いて遠征に出るにはいい日だった。
それでも慢心はしない。
「ふふっ! こんなにたくさん資源が取れるなんてっ! 司令官、もっと私を頼ってくれるかしら?」
「そうだね。遠征はどんな物かと思っていたけど……これなら私達でもいけそうだ」
「はんっ! ひよっこが何言ってやがる! 帰るまでが遠征だ! ……帰ったら甘味でも奢ってやるから、最後まで気を抜くんじゃねぇぞ!」
そう、資材を取得するまで。
龍田とのルート選定、今も近くの海にいるだろう龍田と無線での情報共有の甲斐あってか、極めてスムーズに任務を行えていた。
現時点ではいつもより燃料、弾薬の消費も少なく資材回収量も多い。大成功。そう言える出来だった。
だが、帰り道。
ふとした違和感を感じた。
それが何かわからなかった。
それでもオレの何かが警鐘を鳴らしている。
危険だ、と。
だから急がせた。
燃料の消費が少なかったから、帰り道を全速で行くとしても当初見込まれていた消費量と同程度。
新米にはきついかも知れないが、危険と感じた事を無視は出来なかった。
「オラオラ! 駆逐艦ども! へばってねぇか!」
「だ、だいじょうぶなのです!」
「一人前のレディなら……この位余裕よっ!」
オレは口下手だ。
こんな時、ちゃんと説明できていたならなんて今でも思う。
そうすれば、警戒ももっと促せたはずだし……被害だってもっと抑えられたはずだ。
危険と感じていた予感が、確信に変わった。
空は相変わらずの快晴だったが、違和感は波から感じることが出来た。
――敵部隊が急速で向かってくる。
「ちぃっ! 敵艦載機見ゆ! 全艦、対空射撃を行いながらこの海域から離れるぞっ!!」
「え!?」
最悪だった。
安全なルートだと思っていた、何度も確認したはずだ。だと言うのに、何故。
駆逐艦どもは俺の一声に驚き、周囲をキョロキョロと確認している。
気づかないのか。
なんて言えない。こいつらは新米だ。
深海棲艦なんてまだ見たことがない、こういう時の対処方法は何度も教えた。だが、教えただけで出来るなら苦労はしないわけで。
「くそったれ! 全艦、輪形陣を取れ! 敵艦載機の爆雷撃が来るぞ!!」
「あわわ……!」
駄目だ、完全にテンパってやがる……っ!! 訓練で何度もやった動きが出来てねぇ……!! 間に、合わ……
「きゃあ!?」
「雷っ!? く、くそったれぇええええええ!!」
艦上攻撃機の雷撃が纏まり損ねた雷にあたっちまった! 他の奴らは……!!
「くっ……」
「ふあぁ!?」
「きゃあっ!」
雷、大破。他はギリギリ中破よりの小破……って所か。奇跡的に俺は無事……嘘みてぇだな。
無事だけど……畜生、無線はイカレちまったか。
「……良いか、よく聞け。これよりオレは、深海棲艦との戦いに入る。お前らは俺を置いて先に帰れ」
「そ、そんなっ!?」
「旗艦命令だっ!! このままじゃやられるっ! お前らはさっさと帰れっ!!」
ちぃ! 問答する暇なんてねぇのにっ!! もう肉眼で敵艦隊が見えてるっつーの!
「い、嫌だよ! 私だってまだ小破だっ! 戦えるっ!」
「私だって! もう一人前の大人のレディなんだからっ! と、当然戦えるわ!」
こいつらは馬鹿か!? 強がっちゃあいるが、完全に恐慌状態じゃねぇか!
「ひっ……!」
「くそがああああああ!!」
飛び出た二人の前に身体を曝け出し、敵砲撃を食らう。
くっそいてぇ。
「あ……あ……!」
「てめぇら新米が逆立ちしたって勝てねぇよ!! 良いから下がれ!!」
あーあー。遂にオレも中破しちまったか。余波でこいつらまで損傷してんじゃねぇか。ったくよぉ……。
わりぃ、龍田。これじゃ前にも先にも進めやしねぇ……先に、逝くぜ。
許してくれよな? こいつらをこんな所で、こんな任務で沈めるわけにはいかねぇし。
「心配すんな、大破には慣れてんだ……。こんなの、屁でもねぇ」
そこから、オレは何度こいつらを庇ったか覚えていない。
ただ、痛みという感覚すら感じなくなってきた頃。遠くから必死な顔をした龍田の姿が見えた瞬間……意識を手放した。
気がついたのは龍田がオレを引っ張って来てくれたらしい鎮守府に帰投した時だった。
「遠征で大破だと……? 馬鹿者が! 出撃で足を引っ張るしかできん奴が遠征でも足を引っ張ってどうするっ! 使えんっ! 全く使えんやつだな貴様はっ!!」
執務室で出迎えた提督は開口一番にそういった。
あぁ、オレでもそう思う。
被害が出ない……いや、被害が出る可能性が極めて低い資材回収任務。そんな任務で被害を出してしまうなんてそう言われても仕方がない。
あわや撃沈寸前だった初出撃。そして汚名返上の次回出撃も大破。
出撃すれば中破する俺と龍田。そんな俺達は他の軽巡洋艦よりも少ない資材で行動できる分、僅かでも資材黒字を生むことが出来る。
だから遠征専用艦として運用されていた。
手前味噌にはなるが、安定して資材を回収しあの鎮守府を支えていたという自負があった。
出撃する機会が無くなったのはやっぱり毎回のように大きな損傷をこさえて帰投するオレ。そんなオレに役割を与えてくれた。
期待されている。
そう思っていた。
だから必死だった。
龍田と遠征が無事に終われば今回のルートはどうだったか。より危険度の低いルートは無いか。効率的に資材を回収する術は無いか。遠征完了の見込み時刻を減らせることは出来ないか。
そんな事を考えて、毎度龍田と顔を突き合わせた。
全ては出撃で足を引っ張るオレを、遠征任務の要として信頼してくれているであろう提督の期待に応えるため。
でもどうやら、オレはただ単に、遠征くらいしかやることが無いと遠征に追いやられていたんだなって。
叱責する提督の声で頭の中が埋め尽くされる。
それらは全て、オレが何も出来ない役立たずであると言うことを教えてくれた。
――オレは、何をすりゃいいんだろうな。
そんな事を思った、その時。
「あら~……死にたい子は、ここに居たのねぇ~?」
龍田が提督に襲いかかった。
「なん、だよ……ありゃあ……」
訳がわからねぇまま始まった、あの駆逐艦……夕立だったか。と龍田の一対一の演習。
その決着を見て、思わず呆然としてしまう。
龍田は、間違いなく本気だった。見たのは大分昔、初出撃を大失敗に終えたオレ達が必死だった頃によく見た顔付きだった。
それを嬉しく思う暇はなかった。
カミカゼ。
夕立の攻め方はまさにその言葉が連想された。
まっすぐ、一直線に龍田に向かっていくその姿。
帰り道の事なんて考えていない、ただただ目の前の標的を我が身賭して撃破せんと向かうその姿。
「ありえねぇ」
認められない。
こんなの演習だからこそ出来る。実際に損傷が生まれないからこそ出来る戦法だ。まともな演習じゃない。
あの提督は、こうやって駆逐艦を『使ってる』のだろうか。
だとするなら……。
「そうじゃないよ」
「!? ……時雨、だったか?」
「うん」
いつの間にか同じく警備についていた時雨が近寄ってきていた。
時雨はオレの考えていたことを見通したような目で言葉を続ける。
「ついこの前出撃があったんだけどね。その時も夕立、あんな攻め方……うぅん、あれ以上に突撃してたよ」
「はぁ!?」
夕立はバカなのか!? あんな攻め方してたら……。
「うん。沈みそうになったよ。いや、間違いなく沈んだ。だけど提督がその瞬間海に飛び込んでね、夕立を救ってくれたんだ」
「……」
あーいや。なんだ。
驚きで開いた口が塞がらないとはこの事か。つか、驚きが限界を超えると声すら出ねぇもんなんだな。
ああ。
つまりなんだ。
「あの提督、海に出たのか」
「うん。バカだよね? あの時はもう陽も落ちてて、深海棲艦に見つかったら一発アウトだったのにね」
いやいや時雨。くすくす笑って済まされることじゃねぇぞ。
「この鎮守府には、バカしかいねぇのか?」
「失礼だね。そこに異動してきたキミに言われたくないよ」
むっとした顔を向けてくるがよぉ……そう思われても仕方ないって、お前もわかってるだろう。
海に出る提督なんて聞いたこともねぇ。
海に出る必要が無いからだ。戦力的にも、危険的にも。
それを、ただ一隻の駆逐艦の為に鎮守府からでてくなんてよ。
バカじゃねぇのか?
「そう。だから夕立も考えたみたいだよ? もし、前と同じならこの勝負は引き分けになっていた。最後の決着は同時に撃沈判定だったよ。あの時と同じ様に」
「……」
あの時ってのは、提督に救われた日の事か? それともまた違う日のことだろうか。
「僕も夕立も……きっとキミ達二人も。何か問題を起こして、ここに追いやられたんだよね?」
「も……ってこたぁ、お前らも?」
「うん。僕は沈みたくない、沈む光景を見たくなくて出撃拒否。夕立は……昂ぶってくると突っ込んじゃう癖があってね。それを庇った同型艦の白露を沈めちゃったんだ」
そう、か。
やっぱり龍田が言っていたのは、当たっていたのか。
この鎮守府が厄介者を押し付けて潰す場所だってこと。
「でも、さ。もう大丈夫なんだ」
「大丈夫?」
そう言って時雨は笑った。本当に嬉しそうに。
「約束して、守ってくれたから」
「……ふぅん」
約束、か。
内容は良いだろ。この笑顔を見りゃ、それによって……いや、あの提督に心身共に救われたってのがよく分かる。
なら……。
「信頼してるんだな」
「もちろん。提督だもの」
オレも、強くなれるだろうか。自分の価値を信じられる位に。
龍田も、強くなれるだろうか。相手を、提督を信じられる位に。
「さ、撤収しようよ」
「……あぁ」
――またこの海を征けるだろうか。龍田と……仲間と共に。
海は何も答えてくれない。ただ、水面の顔は……何かを期待しているような瞳を映し出していた。