二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
天龍ちゃんは変わった。
ううん、多分。天龍ちゃんは天龍ちゃんに戻ったっていうのがそうかも。
あそこに居た頃。ただ単なる兵器として存在を認められていた頃には見せなくて。
ただ、出撃で役に立てない私達を遠征でなら力になれると、毎日必死に真面目な顔しか見せず突き合わせて居た頃の天龍ちゃんとは全く違う。
信頼しても良いのかな? 信頼したいな。
そんな風に天龍ちゃんは少しずつあの人に自分を出してた。
何も出来ない、しなかった私と違って。
羨ましいとも、良かったとも思う。
それは私が出来なくて、ずっとしたかったことだったから。
やっぱり提督はずるい。
提督というだけで私達艦娘になんでも命令出来るし接することが出来る。
そうだ、だったら私を使えば良いんだ。こんな役に立つのかわからないような訓練なんかせずに、私を囮にでもなんでも犠牲にして鎮守府正面海域を開放すればいい。
それが兵器ってものだし、そう命じる事が許されるのが提督ってものだわ。
こんな苦しい環境で、こんな辛い最前線で。
それに耐えて、必死でなんとかしようとするよりも、その方がよっぽど簡単に事が進むと思う。
でも違った。しなかった。
あまつさえ、私に何もしないでいいと言った。好きにしろとも。
わけがわからないわ。
わけがわからないから、何をすればいいのか、何がしたいのかもわからなかった。
そんな中、天龍ちゃんは強くなった。
私にはわかる、もうきっと大破してばかりの天龍ちゃんはもう見なくて済む。
そんな確信があった。こんな役に立たないと思ってる訓練で、天龍ちゃんは自分の可能性を信じることが出来たのだろうから。
何もすることが無かったから、したいことがなかったから。ただそんな風景を見ているうちに。
私も、何かが変わるかも知れない。
そんな風に思って竹刀を振ってみた。そんな時に提督に見つかっちゃった。
恥ずかしかった。あんな態度を取った私だ。はっきり言ってどう言葉を向けたらいいのかすらわからなかった。
戸惑ってる私を放っておいて。提督は竹刀を振り出した。
放置だった。
それもそうかも知れない。私に殺すと言われたんだ、そんな相手ににこやかに挨拶でもするようであれば、その方が怖い。
自責の念からかな。ちょっと自虐的に声をかけてみれば。
「それとも何か? 恥ずかしがり屋だなぁとか、素直になれないやつだなぁとか。そんな事を言って欲しいのか?」
なんて言われた。
腹がたった。こっちは少し悪いと思っていたのに。そんな気持ちは綺麗に無くなった。
この人は、狼狽えている私を見て内心ニヤついていたんだ。そんな風に思った。
性格が悪い。確かにあの天龍ちゃんを前向きにした。駆逐艦二隻であの戦果を上げた優秀な人なのかも知れない。
それでもその本性はこれだ。
兵器として私達を使うよりもっとひどい。玩具か何かと思ってるんじゃないか。
続く言葉でそんな事を思った。
でも殺しちゃいけない。かつてあの提督をそうしようとした事はある。だから、行為に及ぶ事へ躊躇は無い。
だけど、正々堂々と約束させられたから、出来ない。
苛立ちを抑えきれなくなりそうだったから、その場を去ろうとしたけど。
「ちょっと相手してくれよ。お前もこんなとこ一人で来るくらいだ、汗流したかったんだろ? 俺も同じさ、だったら付き合ってくれ」
もう本当に、わけがわからない。
やっていいのか。悪いのか。
ぶつけて良いのか、悪いのか。
甘えて良いのか、悪いのか。
……甘える? そんな言葉が過った事に驚いた。
そうか、私は。
――甘えたいんだ。この人に。
全てをぶつけてなお受け止めてほしいんだ。やり場のないこの胸の内を。
天龍型二番艦龍田でもなければ、艦娘龍田でもない。
私が感じた思いを、受けて止めて認めてほしいんだ。
「それとも、他に理由が必要か? 俺に勝てたら、俺を殺していいとか?」
あぁ、それは魅力的な誘いかも知れないわ。
今の私はどうしてしまうかわからないから。
甘えたいとも、ぶつけたいとも。誰かにそう思ったのははじめてだから、どうしてしまうかわからない。
「なぁ龍田知ってるか? 訓練ってのは事故が付き物なんだぜ?」
我慢が、出来なかった。
その言葉で、私の私を抑える何かがぷつりと音を立てて切れた。
「後悔しても……知らないからっ!」
身を任せよう、この名前のつけられない思いに。
そこからはもう何をしたか覚えていない。
どんな風に竹刀を振ったのか、どんな言葉を発していたのか。
それでもその尽くを提督は全て受け止めていた。その感触が手に、胸に残っている。
――何も知らないくせにっ!
言ったかも知れない。
――私達を何だと思っているのっ!
言ったかも知れない。
――貴方を殺せないなら、私を殺してよっ!
言ったかも知れない。
――悔しい……! どうして、私は強くないの……っ!
あぁ、全部言った。
胸にあった言葉も、頭にあった言葉も。全て言ったと思う。
最後に私が何かを言いながら竹刀を振った時。
「――あぁ、わかった。ありがとう、よく頑張ってくれた」
竹刀を肩で受け止めた提督は、私の目を見てそんな事を言った。
そうして今、とても恥ずかしい事に。天龍ちゃんにも誰にも見られたくないことに。
提督の膝に私の頭があった。
「なぁ龍田」
「……何かしら~?」
「この頭の輪っかって一体何なんだ?」
「……知らないわぁ~」
提督の肩を打ってしまった事で、私は我に返った。
そして自分のしたことに顔が青くなった。
あんなに傷つけたいと思っていたはずなのに、確かにそれに気づいた時私は、やってしまったと確かに思った。
それが不思議に思う。
でも提督は、気持ちの籠もったいい振りだった。なんて笑って言った。
気が抜けた私は膝から崩れた。思っていた以上に長く打ち合っていたらしい。
服は汗まみれで、息は上がってた。
そんな中でも平然としてた提督に腹が立ったけど。
膝の上に私の頭を乗せて、どうでもいいような事を聞かれてしまって。
もう、好きにして頂戴とおもった。
「なぁ龍田」
「もう……何かしら~?」
「明日。鎮守府正面海域を攻略するよ」
「……え?」
さっきと全く変わらない声色で穏やかに言われて、思わず耳を疑った。
「あぁ、心配するな。龍田に出撃しろなんて言わないから」
「……」
こんな時でも、あの時の約束……ううん、契約を言う提督。
「なんだ? 心配してるのか?」
そうじゃない。
確かに、資材貯蔵庫にあるのは残り僅かな資材。
もう、確かに後がない。正面海域を突破しない限り、この鎮守府は深海棲艦に攻められて落ちるか、資材不足で潰れるかの二択だと思う。
だけど、そうじゃない。
「本当に、三隻で勝てると思ってるの~?」
「勝てるさ」
嘘。
今提督は嘘を言った。
いや、この人は本当に勝てると思っているのかも知れない。私がただ嘘と思いたいだけなのかも知れない。
「私も……!」
「駄目だ」
出撃する、その言葉は遮られた。
さっきまでの穏やかな表情とうってかわって、真剣な表情で。
「ど、どうして? 私が弱いから? 皆と一緒に訓練しなかったから?」
「違う。お前が死にたがってるからだ」
言葉を、無くした。
確かに、そんな事も言ったかも知れないし、そう思っていないとはっきり言えない自分が居たから。
「俺は、誰も沈めない。轟沈させない。それは俺自身との約束でもあり、艦娘との約束でもある。だから、沈みたがってるヤツを出撃させるなんて出来ない。いや、言い換えてもいい。どうして出撃したいのかがハッキリしていないやつは、あやふやなまま必ず沈む」
「あ、う……」
言い返せなかった。
出撃しても大破して、這々の身体で帰投し出撃部隊から外され。遠征に集中することで敵艦隊を打倒する力になることから目を反らしていた私。
提督が天龍ちゃんにやった仕打ちにより、人を守ろうという意思を失った私。
上官に歯向かった役立たずの危険分子として、解体されそうだった私。
「……ま、安心しろ。俺の言うことなんて信じられないかも知れないが、大丈夫だから」
「……」
「さて、いい汗かけたよありがとう。もういい時間だ、風呂入って歯ぁ磨いて寝るんだぞ?」
そっと足を抜いて、立ち去っていく提督に。
私は何も言えないでいた。
受け止めてくれた。私を、私の思いを。
だからこそ、見抜かれた。
ううん、もしかしたら、最初からわかっていたのかも知れない。
だけど、それでも。
「私、は」
天龍ちゃんを失いたくない? それはある。
あの駆逐艦達を守りたい? どうだろう。
提督を守りたい? わからない。
私は、なんで。
「どうして……こんなに出撃したいんだろう」