二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
鎮守府を発って敵艦隊と会敵する予想は見事に的中した。加えて相手艦隊は以前時雨と夕立が相対した構成と同じ。
相手部隊が間もなく全艦撃沈となる場面にて艦娘の損害はゼロ。出来すぎと言ってもいいぐらいの出来だった。
これには理由があった。
まずは天龍。
まるで予知でもしているかの如く敵の行動を予測し、それを外さなかった。
自身の火力は頼りないものではあるが、それでもその指示が冴え渡る。
陣形は結局あまり意味をなさなかった。その事をいち早く理解し、直ぐ様各艦自由行動を指示した事もそうだが。
相手の砲撃、雷撃に対して極めて敏感にそれを察知、前方で暴れる夕立、敵艦隊の砲撃を自身に集めた上でそれを捌く時雨。
その二隻への注意喚起は的確だった。
やはりと言うべきか、陣形を組んだ上での戦いに慣れていない夕立は突出しがちで、それに引きずられるように時雨が前へと出てしまう。
前に出てしまえば夕立の視野は極端に狭く、敵の砲撃にさらされがちで。それを自身に向けようと必死に動く時雨。
二人の必死さを補助する指揮を天龍は行えていた。
それに加えて龍田。
龍田は天龍の指揮に従いながら、前に出た夕立と時雨に砲撃をしようとした深海棲艦へと砲撃することを徹底していた。
そのおかげで、本来なら砲撃しようとしていた深海棲艦の注意がそれ、あるいは砲撃不可能へと陥り前方で暴れる夕立と時雨が守られた。
一度の実戦に勝る訓練や演習は無い。
夕立はいつもなら損傷しているだろうタイミングで損傷しないことを不思議に思い、時雨はいつもなら無茶をしているだろうタイミングに余裕を感じている事を不思議に思い。
後ろの天龍と龍田を見て理解した。
そうして心置きなく思う通りに戦闘を続行した。
自分を守ってくれる人がいる。その事を理解したのだ。
天龍は未だかつて無い興奮を覚えていた。
役立たずと断じられた自分が、誰かの役に立っている事を実感して。前で暴れていた二隻が自分と龍田に向けて嬉しそうな笑顔を浮かべたことで。
だからより神経を研ぎ澄ませた。感じられない物を感じようと必死になった。
以前より敏感になった自分のナニカ。そしてそれを信じる力。
弱い何かに引きずられないよう、必死に強く心を持ちながら戦闘を続行した。
龍田は未だに目の前の光景を信じられずにいた。
自分が作戦の歯車としてしっかり回っていることに、自分の力が通用していることに。
だからより神経を研ぎ澄ませた。夕立の、時雨の天龍の。全ての脅威を潰すことに注力した。
出撃したいと感じた心はそう、天龍だけに限らず艦娘を守りたいと思ったから。
それが、頭ではなく心で理解できた。
「夕立っ! 良くやった! その場から離れろっ! 敵残り軽巡ホ級! 時雨、龍田! オレに合わせて一斉射撃準備! 合わせろっ!」
「もちろんさ」「わかったわ~」「っぽい!」
天龍の声が響く。そしてその言葉に対して返される返事は信頼に満ちている。
「行くぜぇ! 怖くて声も出ねぇかぁ!? オラオラぁ!! 全艦……てぇええええええ!!」
発射の合図に三隻揃った砲撃。
それは最後に夕立がおまけと言わんばかりに撃った砲撃で足を止められ、軽巡ホ級は大きな爆音と共に吸い込まれた。
全艦、撃沈。
「っしゃあ!」
敵影見えず。
それを確認した天龍は鬨の声をあげた。
やれる。
そう確信した。その思いは力強く握った拳が証明している。
「やったね!」「ぽいー。夕立達、すごいっぽい!」「あらあら~」
天龍にハイタッチする時雨、抱きつきに行く夕立。それを純粋な笑顔で見守る龍田。
「あ、ちょ! オイ! まだ初戦が上手くいっただけだぞ! 浮かれるんじゃねぇ!」
「うん!」「っぽい!」
びしっと少し悪戯気を含ませた敬礼を天龍に向ける二人。
口では厳しい事を言った天龍ではあるが、その口元はニヤけるのを必死で我慢しているのか歪に結ばれている。
「うん。でもそうよ~? 落ち着いて自分の確認をしないと~」
やんわりと三人へ向けて注意を促したのは龍田。
そういう自分も艤装に問題は無いか、兵装に不備は無いか。弾薬、燃料はまだ十分あるかと確認に余念がない。
その姿を見た夕立と時雨も心を落ち着かせてそれに習う。
天龍も自分の頬をビシッと両手で挟んだ後、確認を行った。
「……よしっ。次は戦艦ル級が確認されたって話だよな?」
「うん。損傷は無し、燃料弾薬も十分だけど……撤退するかい?」
何をバカな、と一蹴したくなった気持ちを抑え、改めて艦隊の確認をする天龍。
先の戦闘は上手く出来すぎたと言っても過言ではない。
陣形すらきちんと組まずに攻めた事に相手が対応出来なかっただけだ。
駆逐艦……いや、軽巡洋艦の一撃で簡単に損傷を深く与えるなんて出来ないのが戦艦。
常識で、いや。天龍が持っている考えの中にはそもそも軽巡洋艦二隻と駆逐艦二隻で戦う相手ではないと思っている。
だが、それでも。
「進軍するぞ」
「了解っぽい!」
ここにいるのが、今の所属している鎮守府の最大戦力。当然、後ろに控えている戦力なんて無い。
進軍しなければならない。状況的に。
ただ天龍はそう悲観的な考えで進軍を改めて決定したわけじゃない。
隣りにいた龍田を見る。
「なぁに? 天龍ちゃん」
「……龍田。わかってると思うけどよ」
そこから先に言葉は無かった。
――必ずこいつらだけでもあそこに帰すぞ。
そう目で天龍は龍田に告げた。
そしてまた龍田も。
――わかってるよ、天龍ちゃん。
笑顔で頷いてくれた。
夕立も時雨も。
旧式の自分たちとは違う、まだまだ力を伸ばすことが出来る。
そしてその礎になれる。
それはあの鎮守府がまだまだ力をつけられるということで、そうすることが自分たちの狂おしいほど渇望した『役立つ』事なのだと。
あの提督はそんな事を望んでいないとわかっている。だがそれでも必要な犠牲というものは必ず存在するもので。
二人は黙って頷きあった。
進軍すること少し。
それは何の前触れもなかった。いや、正確には。
「――っ! 全艦四方回避っ!!」
何も無いはずの前触れを天龍が感じ取った。
その回避の声に瞬間反応できた四隻は中央を大きく開けるように動いた。
そしてその複縦陣の中に出来た大きな穴に。
敵戦艦の砲撃が大きく水しぶきを上げて収まった。
「ちぃっ! まだだ! 敵艦載機の攻撃が来るぞっ!!」
もしも、これが隊列を組んでいなかったら。
間違いなくこういった回避方法は取れず、直撃。誰かは大きなダメージを受けていただろう。
砲撃と共に見えたのは敵の偵察機。それに続く空気の震え。
天龍の勘が敵艦載機が来ることを告げ、それはそのまま口から発された。
「全艦対空防御たいせ……クソが!!」
言う途中で気づいた。
対空兵装を装備しているのは天龍だけだということに。
しかもその装備は7.7mm機銃。
加えて幾らか対空能力を有する複縦陣と言えど、あまりにも頼りない。
焦るような夕立と時雨の目が天龍に向けられた時。
「総員っ! オレから離れろっ! 敵攻撃機を引き受けるっ!! 龍田ぁ! チビ共の面倒は頼んだぜ!!」
「……任せてっ!」
「やっ!? ま、待ってよ龍……」「ゆ、夕立も……!!」
この場に残ると言おうとした駆逐艦二隻を抱え、龍田は全速でその場を脱出した。
「何でっ!? 皆でやればっ……!」
「黙って。皆で沈みたいの?」
抱えられた腕を振りほどこうとした時雨は龍田の言葉、そして目を見て口を噤んだ。
「天龍ーーー!! ちゃんと後で会うっぽい!! 絶対! 絶対っぽい!!」
その様子を見ていた夕立は、ぐっと下唇を噛んだ後天龍に向かってそう叫んだ。
その声が届いたのか、どうか。
天龍は黙って親指を上に立てて応えた。
「ったく……硝煙の匂いが最高だなぁオイ! 天龍! 推して征くぜぇええええ!!」
遠くなっていく味方と裏腹に自身へ近づいてくる敵艦載機。
それらに向かって、雄叫びを上げながら天龍は突撃した。
敵艦載機の構成は攻撃機、爆撃機の混じった構成。
7.7mm機銃では破壊することに期待はできない。出来ることと言えば、進路へ発射し少しでも自分を狙いにくくさせる程度。
天龍の勘が告げた。
攻撃機、爆撃機のどちらかは絶対に避けられないと。
「へっ! それがどうだってんだ」
不幸中の幸いというべきか、数は少ない。これを発艦したのは軽空母と予想された。
避けるべきは、攻撃機の雷撃。
爆撃機に比べて数が多く、一斉雷撃を受けては一溜まりもない。
爆撃機の動きを、肌で感じる。
――雷撃を当てようと退路を塞ぐ様に爆撃が来る。
天龍の隻眼が爆撃機に向けられた。
一瞬息を飲み込み、吐き出す。
「天龍様の攻撃だ! うっしゃぁっ!」
睨んだ爆撃機の直下に自ら潜り込み、後方にいる攻撃機へ向けて機銃を斉射。
それはその避ける機動を読み、美しいとも言えるような射撃を放つ。
手に取るようにわかった。
相手が急ぎ爆撃を投下しようとしていること、攻撃機が止むを得ず進路を変えて無理やり雷撃を放とうとしていること。
だから、天龍は立ち止まった。
自ら爆撃投下地点で立ち止まった。真上を睨みつけながら。
避けるコースを予測して放たれた雷撃は誰もいない海を進み、天龍は。
爆撃の雨をその身に浴びた。7.7mm機銃を爆弾が爆発するその瞬間まで上空に斉射しながら。
天龍と別れてすぐ。
龍田、時雨、夕立は敵艦隊を発見した。
戦艦ル級エリート。軽空母ヌ級エリート。軽巡ホ級エリート二隻。後期型駆逐イ級二隻。
それが敵艦隊の構成だった。
「良い? 先の戦いと同じよ~? 時雨が敵艦隊の撹乱、夕立は食べやすい子から食べてね~?」
「わかったよ……龍田はどうするの?」
天龍の事を聞きたい気持ちをぐっと堪えて戦闘へ意識を向ける。
「わたし~? 私は……」
――あれをもらうわ~。
暢気に聞こえる声と共に、龍田の目が敵軽空母へと向けられた。
目はその声に似合わず剣呑の一言。
絶対に沈める。誰にも譲らない。
そうその目が言っていた。
「軽空母は私の獲物よ~。それと戦艦の標的も私が請け負っちゃうから~」
「え!? だ、大丈夫っぽい?」
「戦艦は主砲をさっき放ったばかり……今は撃てても副砲だけよ~。再装填が終わるまでに……沈めちゃうから~」
時雨も夕立も、簡単そうに言い放つ龍田にぞっとした。
頼もしく思うべきその言葉は、間違いなく殺意に彩られていて。その殺意の濃度に夕立も時雨も恐怖の念が背中を這いずり回った。
「いくわよ~……全艦、散開っ!!」
言い終えるやいなや、龍田は誰よりも早く敵艦隊に肉薄した。
「あはっ、沈める船はどこかしら~?」
そう言いながら、恐ろしい精度の砲撃が相手艦隊に降り注ぐ。
龍田の装備は14cm単装砲が二基。
持った槍を振ればその先から砲撃が発射され、返す槍でもう一撃発射される。
軽巡ホ級二隻の砲撃を難なく見切り、躱しざまに槍を向ける。
まるで踊るように優雅。自由自在に振るわれる槍から砲撃が放たれていく。
その様をもちながら、敵艦隊に確実に損傷を与えながら目指すは敵軽空母。
「夕立を忘れてるっぽい!!」
軽巡ホ級の砲撃が龍田に向けられるのを見た夕立もまた迷いなく突っ込みそのうちの一隻に肉薄。
お得意と言うべきかゼロ距離射撃を二発。
それにより軽巡ホ級一隻を撃沈。
慌てた様に駆逐イ級は夕立へと砲撃を狙うが。
「させないよっ!」
それを予期していた時雨の魚雷がイ級を貫く。
一隻撃破、そしてもう一隻は中破。
敵艦隊はバラバラに動く艦娘三隻に対応することが出来ない。
それは突っ込みながらも夕立と時雨をフォローする龍田のせい。
ゼロ距離射撃を敢行した夕立は確実に隙だらけだった。
それを狙ったもう一隻の軽巡ホ級は、砲撃を放つ瞬間に横っ面を龍田の砲撃に邪魔される。
敵艦隊のヘイトを稼ぐ時雨に攻撃を集中しようとすれば、また同じく龍田の砲撃が襲ってくる。
まるで三百六十度全てを視界に収めているかのような龍田の動き。
それでもなおかつ軽空母へと突撃していくその姿は鬼神とも言えるもので。
そんな龍田は出撃時に言われた提督の言葉を実践しているだけ。
――龍田は戦闘運動に入ったあの夕立に対して砲撃をあてる技術を持っている。本作戦でお前に求められているのは広い視野と必要に応じたフォローだ。
龍田の口元にくすりと笑みが浮かぶ。
あんなことがあった後に、自分が提督の言うことに従うなんて思いもしなかった。
でもそれは自分にしか出来ないことで。
余裕ぶっている自分は夕立の姿にかつての自分を重ねた。
闇雲に突っ込んで勝利をもぎ取ろうとする自分。
戦果をあげようと無茶に突撃する自分。
ならそうしよう。提督の言いつけを守りながら。
そう思っていた。
だが敵空母の姿が自分の射程距離に届いた事を理解した時。
「アハハハっ! 砲雷撃戦、始めるね」
天龍と別れる事になった原因の軽空母。
その姿に届くと確信した時。頭の中で何かが切れ、龍田は鬼神の仮面をかなぐり捨てた。
すなわち。
「絶対っ……逃がさないから……!」
もう龍田の視界に収まるのは敵空母。思い浮かべるのはコレが撃沈する瞬間。
ここに至り、戦場を駆ける鬼神は敵を沈める意思、欲望に塗れ
そしてその龍田を嘲笑うように。
「っく!? な~に~? 痛いじゃないっ!」
戦艦ル級の副砲が龍田に襲いかかる。
龍田の軽空母への戦意を削ぐように、集中力を削ぐように。その副砲は龍田を削ぐ。
「ちょっと黙ってて~?」
だから振り払おうとした。
槍を戦艦に向けた、向けてしまったその時。
「!?」
敵軽空母の艦載機が夕立と時雨に向かって発艦された。
「夕立っ! 時雨っ!」
「えっ!?」「……ぽい?」
龍田を信頼していた。自分たちの背中を守ってくれていると思いこんでいた駆逐艦二隻。
その付近に居る敵艦隊もろとも。
「い、いやあああああああ!?」
爆炎に巻き込まれた。龍田の悲鳴すらも巻き燃やすかのように。