二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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三人称視点なのです


海域突破に大破は付き物のようです

 海上に膝をつく龍田。

 

 その身に宿るは怒りの炎。だが炎が身体を突き動かすことはなく、身体と炎ごと自責の檻に囚われ動けないでいる。

 

 ――私が突撃しなければ。フォローに徹していたら。

 

 海上に立ち上る爆炎を涙越しの視界に収める龍田が思い描いた言葉。

 それは先程まで自身を穿とうしていた戦艦の副砲より強く突き刺さり、頭を埋め尽くす。

 

 たらればの話とは後悔の代名詞。

 

 それでも龍田は先に立たない後悔に沈む。

 

 約束していたのだ、天龍と。

 自分たちを犠牲にしてでも時雨と夕立を生かすと。

 

 天龍は紛れもなくその言葉通りの行動を取った。

 

 それが自分はどうだろうか?

 

 突き動かす怒りを鎮めることもせず、ただただ敵を沈める事に傾倒した、してしまった。

 

 その結果がこれだ。

 

 約束は守られず、残ったのはただ自分の命を燃やし損ねた旧式軽巡洋艦が一隻。

 

 守りたいと思ったはずだ。艦娘を。

 

 ――どうして出撃したいのかがハッキリしていないやつは、あやふやなまま必ず沈む。

 

 今も鮮明に覚えている提督の言葉。

 その言葉通りなら良かった。自分が沈むならそれで良かった。

 

 これは、それよりひどい。

 

「あ、あは……あはは……」

 

 何の表情を浮かべればいいか理解できなかった龍田の口は歪んだ。

 歪んだ口から力なく零れたのは笑い声。

 

 どうして笑い声が出たのか。それは龍田にすらわからない。

 

 何一つ守ることが出来なかった情けなさからか。それとも今度こそ全てを失ったと理解し、笑うことしか出来なかったからか。

 

 その小さな笑い声をかき消す様に、ギギギと音を立てて戦艦ル級は主砲を龍田に向ける。

 

 艤装が駆動する音が龍田の耳には自身を嘲笑う声に聞こえた。

 

「……うん。そうよね~。笑われても、仕方ないわ」

 

 その嘲笑いは、今まで龍田が経験してきた不快な音全てを集約したかの様な音。

 

 過ちを犯し続けた自分を地獄に堕とす福音と感じた。

 

「ごめんなさい……そっちでは、ちゃんとやるから~……許してね」

 

 全てを海底に託し、龍田は静かに目を瞑った。

 

 

 

「――全艦っ! 一斉射撃! てぇええええ!!」

 

 

 

 その福音は、龍田に向けられた主砲から流れる事は無かった。

 

 代わりに背後から、勇ましい声と共に大きな発砲音が聞こえ――自分の目の前で炸裂した。

 

「え……?」

 

 ありえない音に、光景に思わず出処へと振り返る。

 

 そこには。

 

「オラオラァ! ビビってんじゃねぇぞっ! 龍田ぁ!!」

 

「夕立っ! 再突撃するっぽい!!」

 

「ここは譲れない……時雨っ! 出るよっ!!」

 

 失ったと思っていた仲間達と。

 

「龍田!! 無事か!!」

 

 なんともこの場に不釣り合いな漁船の艦上に高速修復材(妖精の発明品)を片手に掲げた提督が居た。

 

 

 

「夕立っ! お前は時雨と共に戦艦ル級! 天龍は軽空母ヌ級を牽制しつつ龍田を救出だ!」

 

「「「了解っ!」」」

 

 そこからの行動は早かった。

 時雨が魚雷を発射、天龍が軽空母ヌ級へ砲撃。夕立は一直線に恐れること無く戦艦に突撃。

 

 時雨、夕立、天龍。三人の損傷は小破程度。

 

 なぜその程度の損傷で、無事な姿で、自分の目に映っているのか。

 

 もしかしたらもう自分は沈んでいて、ここは死後の世界で。

 自分が望んでいた光景を映し出しているのだろうか。

 

「何でも良いわ……今度こそ……っ!」

 

 龍田の瞳に光が宿る。

 

 味方の一斉射撃で崩れた体勢を整え、再度主砲を構えようとする戦艦ル級に龍田は飛び込んだ。

 

 それを振り払おうとル級の副砲が龍田を襲うが。

 

「まさかコレで私を抑えたつもりでいるの~? 肉を切らせて……骨を断つっ!」

 

 肉処ではない、骨すら吹き飛ばしてしまいそうな副砲を、龍田はどれも至近弾と心に言い聞かせ肉薄を叶えた。

 

「天龍ちゃんよりは上手でしょ? ふふ、上手なんだからね」

 

 嬉しそうに。

 

 再びこうして天龍を揶揄出来る事を嬉しく思い、いつもの笑顔を浮かべて平然と槍を――二基の14cm砲をル級に突きつけ、発砲した。

 

 砲撃の反動、爆風で身体が大きく後方に弾ける。

 

「っとお! 相変わらず無茶しやがる!」

 

「……天龍ちゃん」

 

 その身体を天龍がキャッチ。大破状態の龍田を支えた。

 

「流石龍田さんっぽい! でも、夕立もやっちゃうんだからっ!」

 

「夕立、援護するよっ!」

 

 龍田の自身を厭わない砲撃により中破状態のル級を射程距離に収めた夕立。その後を時雨が声を上げて追う。

 その時雨の声が終わると同時に、軽空母ヌ級の下で大きな爆発音。時雨の放った魚雷が直撃し、艦載機発艦不能(ただの動く的)にした。

 

「……私は、夢を見てるのかしら~?」

 

「はっ! 寝てるのか龍田? ここは戦場だぜ?」

 

 まるで寝起き。夢から醒めてもまだ夢見心地。

 そんな龍田らしからぬ表情を浮かべたまま、龍田は夢かと疑う。

 

 天龍は始めて見た龍田の表情を一笑しながら龍田の腕を自分の肩に回す。

 

「まぁ、その気持ちはわかるけどな。オレだってまだ半信半疑だし」

 

 そういった後、ちらりと漁船に乗る提督の方へ目を向ける。

 

 提督は食い入るように、または必死に……ル級と戦闘を繰り広げている時雨と夕立の姿を見ていた。

 

 戦艦の攻撃力を嘲笑うかのように、高機動で的を絞らせず遊んでいるかのように振り回す二人。

 夕立の主砲装填が終わる度にル級の損傷は蓄積し、なんとか反撃しようとすれば時雨が前に出てその砲撃の邪魔をする。

 

「信じられるか? あんなボロっちぃ漁船で最前線までやってきてよ。轟沈しかけのオレを引き上げるやいなや高速修復材(怪しげな液体)ぶっかけて、行くぞ。だぜ? ったく、艦娘使いの荒いやつだ」

 

「……まさか、本当だったなんて~」

 

 指の一本すら動かせず、身動きを全く取れない龍田は、天龍に自分の体重を全て預け共にゆっくりと漁船に向かう。

 

 そして漁船の艦上に龍田を持ち上げ、提督に龍田を任せた天龍は。

 

「っし! 行ってくるぜ提督! オレの活躍、見とけよなっ!」

 

「あ~天龍……やる気は大いに結構なんだけどさ」

 

 肩をグルンと回し、再出撃しようとした天龍を尻目に提督は戦っている場所を指差し。

 

「やったっぽい! わぁい!」

 

「勝利か。うん、僕の力なんて些細なものさ。そう、提督と皆のおかげだよ」

 

「もう終わってる」

 

 パァンッ! と大きな音を立ててハイタッチを交わす時雨と夕立。

 

 その笑顔と沈んでいくル級、軽空母ヌ級の姿を見た天龍は。

 

「ち……ちっくしょおおおおおおお!!」

 

 一番の見せ場と思っていたシーンで活躍できなかった悔しさに声を大きく震わせた。

 

 

 

 あの時、敵艦載機の攻撃を天龍が受けきった後。

 

 満身創痍どころか轟沈寸前の天龍は、ふらふらと頭を身体を揺らしながらも龍田達の下へ向かうため足を運ぼうとしていた。

 

 だかそれも数歩。

 

 身体のバランスが崩れ、海面に倒れかけた瞬間。

 

「お、おおう?」

 

 身体にすっぽりと浮き輪がハマった。

 その理解と共に大きく身体が引っ張られ……。

 

「いてぇ!? わぶっ!?」

 

 ドシンと漁船の上に尻もちをついたかと思えば頭から何かの液体をぶっかけられた天龍。

 

「おーすげぇ。ほんとに治ってるよ」

 

「うそなんていわない」

 

「な、何しやがる!?」

 

 驚いたように立ち上がった天龍の目の前には、バケツを持った提督。

 

 そして、すぐに立ち上がれた自分に天龍は驚いた。

 

「こ、これは……一体オレに何しやがった?」

 

「妖精に頼んで作ってもらったんだ、高速修復材……試作だけど」

 

「かんしゃしていいよ」

 

 天龍と夕立が妖精と初めて会ったあの日。提督は妖精に高速修復材を作れないかと相談していた。そして、その試作品が出撃後すぐに出来上がったのだ。

 

 自分の姿を確認する天龍。その目には何処に傷があったのかわからないくらい綺麗になった自分が映った。

 

「こ、高速修復材ぃ? んなもん聞いたこと……!」

 

「そんな事いいから。それよりも」

 

 ――行くぞ。

 

 そう提督は言って漁船を再び龍田達がいるであろうポイントに全速で走らせ、天龍も直ぐ様海上に立ち、全速で向かった。

 

 そして辿り着いた時に見た光景はまさに敵軽空母の艦載機が夕立と時雨に向かって発艦した瞬間で。

 

「天龍っ! 行けっ!」

 

「わかってるっ!」

 

 それに気づかない時雨と夕立の下へと必死で走り、爆雷撃が二人を襲う寸前に天龍は二人を回収することが出来た。

 

 

 

「まぁこれも俺が天龍の大破を読んでいたから出来たって事で」

 

「くすくす……なるほどねぇ~」

 

 漁船艦上。

 舵を握る提督……と言っても勝手に動いてくれるのだが、その直ぐ側で応急処置を済ませ身体を横たわらせた龍田は話を聞いて凡そ全てを理解した。

 

 漁船周りには、相変わらずの無茶をした提督にぷりぷりと一通り怒った時雨が併走し周囲の確認を。

 夕立と天龍は先行し進路の安全を確認しており、漁船内には提督と龍田の二人だけ。

 

「天龍ちゃんの大破は予測してたとしても~……私の大破は予想してなかったのかしら~?」

 

「そうだな、予想はしていなかった。だけど」

 

 ――確信はしていた。

 

 急に真剣な表情を浮かべた提督は龍田の目を真っ直ぐに見て、そういった。

 

「あ……う……」

 

 その目には色々な思いが伺えた。

 

 やはり出撃させるべきじゃ無かった。

 もっと作戦を考えるべきだった。

 

 そして、沈まなくて本当に良かった。

 

 最後の一つがわかった時、龍田は顔に熱を感じ何も言うことが出来なくなってしまった。

 

 それは恥ずかしさからか、それとも心配をかけてしまった事への申し訳無さからか。

 

 黙りこんでしまった龍田に、提督は言った。

 

「それで? 龍田。ちゃんと見つかったか?」

 

「え、と……何をかしら?」

 

 顔の熱が頭に回ったのか、提督の言った言葉に思い当たりが無いと言った様な表情を浮かべる龍田。

 

 そんな龍田に溜息と苦笑いを浮かべながら。

 

「出撃する理由」

 

「あ……」

 

 そう言われて思い出した。

 

 自分が今回出撃するのはそれを探すためだと言ったことを。

 

 その答えは出ていた、艦娘を守りたいということだと。

 

 だが、その言葉に今は違和感を覚えている。

 

 何かが、足りない。

 

 龍田の答えを変わらず苦笑いのまま待つ提督。

 その提督の顔を見て不意に理解した。

 

 ――貴方の鎮守府を守りたい。

 

 天龍が夕立が時雨が……そして私を救ってくれた貴方がいる鎮守府を。

 これからも多くの傷を負った艦娘達を救ってくれるだろう貴方がいる鎮守府を。

 

 そう龍田の心が答えを出していた事を。

 

「うふふ。やっぱり答えは出なかったみたい~」

 

「なんだそりゃ。大破までしておいてそれじゃあ骨折り損のくたびれ儲けだな」

 

 苦笑いを通り越して、呆れた様な顔になる提督。

 そう言いながらも、決して龍田をバカにしている様な色は無く。

 

「だから提督? また出撃させてね~? 今度こそ見つけてみせるんだから~」

 

「轟沈しないって約束出来るなら……考えておくよ」

 

 肩を竦めながら提督は龍田に言った後、再び舵を握り前を向いた。

 

 ――そう言っておけば、また貴方の鎮守府を守る為に出撃できるから。

 

 ならばその約束を守ろう。守れる自分になろう、今度こそ。

 

「うん、約束するね」

 

「……ああ、約束だ」

 

 その約束は酷く心地の良い物で。

 

 心地の良さと漁船の振動に身を任せ、龍田はゆっくりと目を瞑った。


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