二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
「見学だとぉ!? しかも墓場の提督がぁ?」
「は、はい」
怖い。
天龍さんが遠征失敗してから、提督の目付きはずっと怖いままで。
六駆の子達が居なくなってから、それは態度にまで出始めちゃった。
「断れっ! あそこの提督の顔など見たくもないっ!!」
「で、ですけど大本営、司令長官の認可印が捺されてます。これは上層部からの命令でもあります! き、気持ちはわかりますけど命令拒否は……」
「煩い!!」
……痛い。頬、張られちゃった。
赤くなってないといいなぁ……加古に心配かけちゃう。
「クソっ! 上は何を考えているっ! あの役立たず共は良いにしても駆逐艦まで盗っていきやがって……! その上見学を許可しろだとぉ……巫山戯るなぁ!!」
「きゃあっ!?」
しょ、書類がっ……! 皆で考えた具申書が……!
……う、ううん。諦めちゃ駄目。
この鎮守府にもう艦娘は全然居ない。提督が荒れちゃうのも無理ないんだ。
だったら頑張らなきゃ、重巡洋艦の……ううん、艦娘の良い所いっぱい知ってもらわないと。
そうすれば、きっと変わってくれる。今までいい所なんて全然見せられなかったから、それさえ出来たらきっと良い提督になってくれるんだから。
そうだ、あそこの鎮守府は駆逐艦二隻と天龍さん、龍田さんで前線を押し上げてくれたんだよね。だったら私達が考えた事以上の案を持ってるかも!
「て、提督! あの鎮守府は僅かな戦力で前線を押し上げたすごい所です! 私達にもきっと何か良い方法を教えてくれるかも知れませんっ! メリットはあります! ここは落ち着いて――」
「黙れっ! 私に教えを請えと言うのか貴様っ!! ただの兵器……私の物の分際でっ!!」
うぅっ! 尻もちついちゃった……痛い。
……痛いよ、深海棲艦の砲撃より、ずっと痛い。
でも、やらなきゃ……言わなきゃ。
もう二度と、六駆みたいな子は見たくないもん。
「お願いしますっ! 対応は全て私達が行います! 責任も負いますっ! だから、だから……!!」
意を決して顔を上げると。
「……そうだ、貴様らは私の物だ……ならば私が好きに扱うことに問題はない……」
私の言葉なんて聞いてない。ブツブツと何か呟いていて、怖いと思っていた顔が。
――悍ましい顔へと変貌していた。
「てい、とく?」
「古鷹、貴様私の役に立ちたいと言っていたな?」
「は、はい。当然です、私は艦娘ですから」
私の中で何かが叫んでる。
逃げろって。
でも、役に立ちたいと言ったのは本当。
私達を使えるのは提督しか居ない。だったらそれ以外言うことは無い。
「すぐに役に立てる方法がある……と言ったらどうする?」
「……」
返事を、したらいけない。叫んでるどころじゃない。
警鐘。
これは警鐘だ。頷いたらいけない、イエスと答えてはいけない。私が私にそう告げている。
「六駆共には流石に手をつけたいと思わんかったからなぁ……古鷹。貴様なら申し分は無いぞ?」
「ひっ……」
悍ましい……そう思った、思ってしまったその人は。
下卑た笑みを浮かべながら私ににじり寄ってくる。
「い、いや……やめて、やめて下さい提督」
「お前は私の物だろう? 役に立ちたいのだろう? ……ならば」
その手が、私に……。
コンコン。
「提督? お忙しい所申し訳ありません。大本営よりお客様が見えておられます」
「……っち。良い所で邪魔が入る……! 古鷹、よく考えておけ? 貴様の役目、どうすれば私、いや提督の役に立てるのかを」
耳で自分の歯がガチガチと鳴る音が煩くて。何も考えられなかった。返事も出来なかった。
提督が、部屋から出ていく。
「古鷹さん……」
「ほう、しょうさん……」
私を呼ぶ声が女の人の声って事に気づいて、つい昨晩にも聞いた声だって思い出せて。
ゆっくりと、怖い思いを抑えて声の方向を向けば鳳翔さんが居た。
「あ、あ……鳳翔さんっ! 私……わたしぃ……!!」
「今の提督に一人で会うのは危険だって……あの具申書を出す時は一緒にって言ってたのに……どうして……」
「私、私……ちょっとでも良い所をって! 皆のこと早く見直してもらいたくてっ! ごめん、ごめんなさいぃ……!!」
鳳翔さんが抱きしめてくれる。
……温かい。
どうして、こんなに鳳翔さんは温かいのに、提督は温かくないんだろう。
「とりあえず、部屋に行きましょう? 加古さんも、心配してますから」
「うん、うん……」
そうだ、加古にも心配かけちゃった。
ほんとに私、駄目な子だな。
提督には怒られるし、鳳翔さんには迷惑をかけて、加古には心配をかけて。
もう、私を入れてこの三人しか艦娘は鎮守府にいないのに……。
あれから。鳳翔さんにも加古にも怒られたし泣かれちゃった。
――もう絶対離れないからな。
――絶対に一人にはならない様にしましょう。
そう言ってずっと三人で固まって行動してた。
幸い、と言うべきか提督は忙しそうにしてて、私達にかまっている余裕はなさそうだった。
怒鳴り口調で指示されることはあってもあの時と同じ様な空気になることは無かった。
そう、指示。
どうやらあの前線にある鎮守府の提督さんが見学に来るって話は決まったみたい。
正直、ちょっと怖くなった。
提督が私に何かをしようとしてから。私は提督という存在が怖い。
確かに、ずっと出来なかった前線の拡大。
それが出来たってことは有能、優秀な提督なんだろうけど。
それは優秀に艦娘を使ってるって証拠でもある。
提督が、私にしようとしたことを、その提督は優秀にやってるのかな。
上手く言うことを聞かせながら、自分の役に立てているのかな。
そんな風に思ってしまう。
怖い。
そんな優秀な人が、提督にやり方を教えてしまったら?
あぁ、駄目だ。本当に、もう私達は駄目だと思う。
そうやって怯えながら、指示通り準備を整えた。
そして今、その優秀な提督を出迎えるために、三人で入り口に立っている。
「古鷹さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫……」
「大丈夫だって! もし変なやつだったら……!」
あれ以来、加古の目付きが少し危ない。もしかしたら、やっちゃ駄目なことをしてしまいかねないとも思えるような。
鳳翔さんもいつもと変わらない様に見えて、時折鋭い目付きをする事がある。まるで、一瞬でも気を抜かないといったような。
私も、何かが変わったかな? 自分ではよくわからない。
だけど、加古も鳳翔さんも。私に笑ってとよく言うようになった。
自分では、笑顔を浮かべていると思ってるんだけど……なんでだろう?
あぁ、駄目駄目。そんな事考えてたら、提督の役に立てない。
役に立てなかったら、またあれが来る。今度は誰も来ないかも知れない。
助けて、くれないかも知れない。
それは嫌だ。だから必死になろう。役に立とう。
遠くから、ここに向かってくる車が見える。
それが近づいてくる毎に心臓が煩くなる。
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせて、到着を待つ。
そしてその車も止まり、中からまず艦娘の――あれは時雨ちゃん、だったかな? が降りてくる。
乗っていると思う提督は出てこない。
時雨は私達の方を向いて、一瞬驚いた顔をしていたけど。私達の敬礼に対して答礼してくれた。
あぁ、なんだか懐かしいな。このやり取り。
知識として知ってるだけだったこのやり取り。
提督にやってもしてくれなかったから。懐かしいって言うのはおかしい話なんだけど、なんでだろうね。そう思うのは。
でも、心地いいな。
鳳翔さんも、加古も。目尻が少し緩んでる。
私と同じ様に思ってるのかな? 敬礼と答礼。普通の事がこうやって出来るのが嬉しいなんて。
でも、そんな空気は一瞬で収まった。
反対側のドアが開いて、中から……墓場と言われる鎮守府の提督さんが出てきたから。
「お待ちしておりましたっ!!」
加古は一瞬で敬礼するその姿に力を込めて、鳳翔さんも目付きを鋭くした。
だけど。
「ん? 出迎えてくれたのか? ありがとう。古鷹さん、加古さん、鳳翔さん」
「……え?」
車から出てきた提督さんの目付きはすごく険しかったけど、私達をみるやいなや笑顔で答礼してくれた。
思わず、私も皆も唖然としてしまう。
そんな私達に困ったのか。
「ええっと? どうしたんだ? あぁ、もしかして礼の仕方が変だったか? すまん、まだ慣れてないもんで」
そう言って恥ずかしそうに頬をかいた。
「い、いえ。申し訳ありません。その、笑顔を向けてくださるとは思っていませんでしたので」
「……時雨、俺の笑顔って気持ち悪い?」
「ううん。僕は好きだよ?」
鳳翔さんの言葉をどう受け取ったのか、いつの間にか隣りにいた時雨ちゃんへと心配そうに聞いてる。時雨ちゃんは笑顔でそんな事言ってるけど。
――いいなぁ。
「そ、そういった意味ではなく! 申し訳ありません! 変な事を言ってしまいました!」
「いやいや、それなら良かったよ。こうやって他の鎮守府に来たのも初めてだし、何か無作法があったら教えてくれな?」
「と、とんでもありません!」
あはは、鳳翔さんが慌ててる。初めて見たなぁ。
「えっと……なぁ、墓場の提督さん? あんたは一体何しにきたってんだ?」
「こ、こら! 加古!」
ちょ、ちょっと! 何失礼な事聞いてるのよっ!? 折角……。
折角?
折角、なんだろう。
私は今、何を思って言おうとしたんだろう。
わからないや。
でも、そんな私の疑問は。
「ん? そうだな。知っての通り見学と……お礼を言いに来たんだよ。あんなに良い艦娘を異動させてくれてありがとうってね」
今まで見てきた中で一番格好いいと思える笑顔と、不思議な光を宿してるように見える瞳に吸い込まれていった。
なんでだろう。
なんで、私の提督はこの人じゃないんだろう。
教えたい、知ってほしい。この人に。
重巡洋艦の良い所も、艦娘の良い所も。
私達がどんな思いでこの世界に生きているのかも。
ずっと使えない軽空母だって言われながらも必死に海へと出ていた鳳翔さんも。
ずっと中途半端な重巡洋艦と言われながらも必死に自分を奮わせていた加古も。
……ずっと、誰かに重巡洋艦でも古鷹でもない私を知って欲しいと願っていた私も。
何で、涙がでるんだろう。たった今初めて出会ったこの人の前で。
「……そっか。わかった」
そんな私達の何がわかったんだろう。
でもこの人は力強く頷いてくれて。
「頑張ってくれて、ありがとう」
お礼を言ってくれたんだ。