二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
時雨と古鷹が海上に立っている。一人は落ち着いた表情で、一人は悲しい表情で。
古鷹は思う。
どうしてこうなったんだろうかと。
通常の演習。お互いの練度向上のために行う演習とは全く違うこれ。
互いの提督の思いを叶える為の演習だった。
ましてや単艦同士の演習。隊を組んで行動する艦娘達が行うべきものではない。
駆逐艦と重巡洋艦。
その火力の差は明確で、速力だってそう差は無い。
時雨は12cm単装砲と魚雷を装備していて、古鷹は20.3cm連装砲、自分の物と加古から借りた物の二基と7.7mm機銃。
スペック上だけで言うのなら時雨が不利だと言い切ってもいいだろう。
「古鷹さん、大丈夫ですか?」
「鳳翔さん……私」
そんな事を考えている古鷹に、この演習で損傷判定……言ってしまえば審判を行うことになった鳳翔が声をかけに近づいた。
中立の立場を取らなければならないのにも関わらず、そうしてしまったのは古鷹の顔に浮かんでいるモノのせいだろう。
放っておけない、そんな思いに我慢が出来なかったから。
「どうしたらいいのかわからないんです。あの提督は、言われるような無能な人だと思えません。むしろ私達をすごく大事にしてくれてるみたいで。でも、私は……」
「提督の役に立ちたい、自分のいい所を教えたい……ですか」
コクリと頷く古鷹。
それはある意味呪いのような物なのかも知れない。
自分さえ、自分たちさえしっかりしていれば、提督の要求に応えられていれば。
あの提督は天龍や龍田を手放すことにならなくてよかったのかも知れない、六駆の皆は傷つかないで済んだのかも知れない。
あの遠征の日。
前線が押し上げられた影響で、あそこに集中していた戦力の一部が自分たちの海域へと逃げてこなければ。
そして、それらの深海棲艦への対応を私達がしっかり出来ていれば。
その思いが古鷹にある。
だからこれは贖罪でもあった。本当の意味でこれは最後のチャンスなのかもしれない、と。
一見してしまえば、ダメ男に捕まった女。ダメ男を必死で支えようとする健気な女と言った構図なのかも知れない。
それでももしかしたら提督はまた普通でいてくれていたのかも、また元通りになってくれるかも知れない。
そう、古鷹は思ってしまう。
そして鳳翔もまた、そんな古鷹に何も言えないでいる。
「何を話しているんだい? もう僕の準備は終わったけど……」
「時雨、ちゃん」
そんな二人の下へ時雨は近寄った。
その目はまっすぐに古鷹に向けられ、時雨の目を見た古鷹は俯いた。
悔しいと言うべき感情が古鷹に沸き起こった。
どうしてそんなにまっすぐな目を出来るのか。
どうしてそんなに無垢らしくいられるのか。
――どうしてそんなに迷いを捨てられるのか。
「あぁ、うん。そうだね。その気持ちは、わかるかもしれない」
「え?」
時雨は優しく微笑んで頷いた。
かつてそう思って、その思いを捨てて。
そうしてまた拾い上げられたその思い。
時雨自身も思っていた。もしかしてという思い。それは確信に変わり、言葉を続けた。
「気にすること無いよ、古鷹。全力で来てよ。僕は……ううん、僕達と提督なら大丈夫だからさ」
「どうしてっ!? 何でそんな事言えるの!? 駆逐艦と重巡洋艦なんだよ!? こんなの……!」
時雨の言葉に一瞬で我を乱した古鷹は思わず詰め寄ってしまう。
だだ、時雨は変わらず微笑みを携えたまま。
「君達がここでどういった扱いを受けていたのかはわからないよ、察することは出来るけど。そしてそれはね、普通じゃないんだ」
「普通って何!? じゃあ貴女は普通なの!?」
「そうだよ? 当たり前じゃないか。提督が艦娘を信頼して、艦娘が提督を信頼するなんて」
その言葉に、古鷹は絶句した。その隣にいた鳳翔さえも。
「だから僕達は戦えるんだ。だから艦娘は存在するんだ。……うん、だから遠慮しないでいいよ。思いっきりおいでよ、その迷いを受け止めてあげるから」
――揺るがない
そう言って時雨はその場を離れて、所定の位置へと向かった。
残された二人は呆然とその姿を見送る。
「……鳳翔さん」
「はい」
やがて、時雨が位置につき改めてこちらを向き直った時。古鷹の目から一つだけ迷いが晴れていた。
「私、思いっきりやる」
「……」
時雨は言った。受け止めると。
ならば存分に受け止めてもらおうじゃないかと。
「
その言葉と共に、互いの想いをかけた演習は始まった。
開戦の合図が響き渡った瞬間。
時雨は全速で脇目も振らず古鷹へ突撃した。
その姿は、その顔に浮かべた笑みはかつての夕立を彷彿とさせるもので。
――たまには、良いよね。
なんて思いながら。
海風を身体に叩きつけた時雨の髪は何処か逆立っているようにも見える。
「!?」
「残念だったね? 折角距離があったのに」
その突撃は古鷹にとっては予想外に過ぎるもので。慌てて照準をつけようとした頃には既に時雨、12cm単装砲の射程距離。
「そうでもないっ! この距離なら……外さないんだからっ!」
なおも真っ直ぐ古鷹へと距離を詰めようとする時雨。
その姿を照準越しに覗き込み――その姿を見失った。
「え!?」
「こっちだよ?」
照準を合わせようとすればその視界は極端に狭くなる。
そしてその狭くなった視界の外、古鷹が自ら作った死角へと時雨は動いていた。
驚き声の方へと顔を向ければ、時雨は古鷹に照準を合わせるでもなく、その場にただ立っていた。
「どうしたんだい? 照準、合わさなくていいのかな?」
「ば……バカにしてっ!!」
挑発の言葉をかけながらも動かない時雨。
驚きから、動揺から、その言葉に従って再度ただ立っているだけの時雨に照準を合わせようとする古鷹に。
「きゃあ!?」
「あぁ、ごめんね? でも流石に動いた方が良いと思うな」
時雨の魚雷が古鷹に襲いかかった。
『古鷹、魚雷直撃。脚部艤装に損傷、速力低下。小破』
鳳翔の声が響く。
――やられた。いつの間に? 今の動きは一体何?
驚きと動揺を増す古鷹。
そんな古鷹に時雨は尚も声をかける。
「やっぱり重巡洋艦って頑丈だね。少なくとも中破はすると思ったんだけど……まぁいいさ」
「っく!」
照準も何もあったものではない、ただその自分を苛立たせる声の方向へと向かって砲撃した。
そしてそんな砲撃は見事に誰にも当たらなかった。
余裕を持ってその砲撃を見送った時雨は、ゆっくりと、古鷹を中心に円を描くように再び動きはじめる。
脚部艤装に損傷判定をもらった古鷹は思うように動けない事に苛立ち、そんな自分を嘲笑うかのように余裕を持って動く時雨に苛立つ。
――何で!? 何で当たらないの!?
時雨の艦制御。
時に速く、時に遅く。あるいは全速からの急停止。
その動きの前に古鷹は翻弄されている。
時雨の手のひらの上。まさにそういった状況。
「キミの思いは受け止めるって言ったけど……攻撃を受け止める気はないよ」
変わらない構図。当たらない砲撃。
最初の魚雷以降、時雨は一度も攻撃していない。ただひたすらに古鷹の砲撃を避ける動きに努めている。
余裕を見せている時雨だが、その実必死であった。
自身の砲よりも遥かに大きく、火力の高い古鷹の砲。
確かに戦艦ほどではないかも知れない、だが駆逐艦の自分にとって大きな脅威である事に変わりはない。
それでも余裕を見せるのは、提督の下でこれだけ強くなることが出来たという事を見せつける為。
あなたの提督とは違う。一緒に培ってきた絆と力なんだと。その差を教えつける為に。
そしてその思いを古鷹は自分の砲撃が当たらない度に、少しずつ理解する。
古鷹は仲間の艦娘を除けば一人で努力してきた。だが、そんな古鷹の目の前に居る時雨という艦娘は違う。
仲間の艦娘はもちろん、提督とも一緒に努力してきたのだ。それが理解できる。
それが艦娘に何の変化をもたらすのかは分からない。
だけど、全く違う。それだけは分かる。
「私だって……私だってっ!!」
分かった上で尚認めない。認める訳にはいかない。
それが普通だと認めてしまえば、今までの自分も仲間も提督も普通じゃないという事を認めてしまうことになるから。
その思いと共に、古鷹は。
「主砲狙って……」
「!!」
「そう……。撃てぇー!!」
二基の主砲を連射した。
今までのように一基ずつ発射ではない、ほぼ同時。それも時雨の行き先止まり時を狙った文句の付け所が無い砲撃だった。
――当たる。
古鷹は確信した。
今までの普通をかなぐり捨て、ひらめきとも言える様な砲撃が当たることを。
当たる。つまり時雨は大破、撃沈判定になる。
自分は正しかった、普通だった。すなわち。
自分の提督は正しかった。
「どう、して……」
わかったのに、どうしてこうも悲しいのか。
古鷹の中で何かが叫ぶ。
――私は間違っている。と。
その叫びに耳を貸そうとしたその時。
「……うん、危なかった。かな」
「!?」
小破姿の時雨が古鷹の背中に三本の魚雷を突きつけ、その耳を塞いだ。
『時雨、自分の魚雷爆破に巻き込まれ大破も戦闘続行可能。古鷹、致命的な損傷。轟沈判定』
「負け、た……?」
「そうだよ。キミの負けだね」
ペイントまみれになった二人の姿。
古鷹は仰向けに海上で空を見上げ、そんな古鷹の隣に時雨は座り古鷹の頭を自身の膝に乗せている。
「最後……どうやったの?」
「あぁ、あれ? ちょっと夕立の真似を、ね」
時雨の身を貫こうとする二つの砲撃。
自分の前へと着弾するだろうその砲弾に向かって時雨は突っ込み、自分の12cm単装砲を投げ当てた。
そして立ち上る煙の中突き進み、古鷹の背後へと回り込んだのだ。
「そんな……そんなの……」
「やってみたは良いけど……うん、やっぱり僕にはもう二度と出来なさそうだ。怖いもん」
にへらっと笑う時雨。その顔を古鷹は信じられないような物を見る気持ちで見上げる。
仮に自分なら出来ただろうか? いや、出来ない。
そんな自分を投げ捨てる様な事、出来るはずはない。
「何で、出来たの?」
「提督を、信じてるから。沈めないって言ってくれたことも……そして、必ずキミ達を救ってくれるって。信じてるから」
照れている訳でもなく、息を巻くわけでもなく。ただ当たり前にそう言った。
そう、あたかもそれが普通かのように。
「違う……。違うよ、何でそんなに信頼できるの? あの提督が優秀だから? あなたがとても強い、優秀な艦娘だから?」
「僕が優秀? 提督の所に来るまで出撃拒否してた僕が? まさか。提督だって新任のぺーぺーだよ? でもそうだね、何で信頼出来るかって言うのなら」
――信頼してくれるからだね。
その言葉はすとんと古鷹の胸に落ちた。座りよく、心地よく。
「そっか……そうだよね。信頼してくれたら、信頼に応えようとするなんて……うん、当たり前だね」
「も、もちろんそれだけじゃないけどねっ! 僕達の為に命をかけてくれるしっ! かっこいいしっ! もう最高の人だしっ――」
時雨の止まらない提督自慢を耳に流して、古鷹は想う。
――当たり前だったね。
自分は全部自分の為だった。
良い所を見せたい、教えたい。それはそうすることで自分たちを大事にして欲しいから。
提督の役に立とうという気持ちを盾にして守っていた自分の本音はそれだった。
信頼しようなんて、思ったことなかった。
「まだ、大丈夫かな?」
「提督はその時ね……ん? 何がだい?」
今からでも手遅れじゃないだろうか。
今から信頼しようとすれば、信頼してくれるだろうか。
「……それはわからないよ」
「そっか」
その言葉を、古鷹は目を閉じて少し残念に思う。
だが、その瞳を開けようと、時雨は言葉を続けた。
「僕にはわからない。けどね、きっとそれは提督が教えてくれるよ」
「提督が……?」
頷いた時雨は古鷹を立ち上がらせ、自分も立ち上がる。
「さぁ、帰投しよう? そこに、きっと答えはあるからさ」