二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
ワケあり初期艦が着任したようです
「ねぇ時雨。今度の提督さんはどんな人かなぁ?」
「さぁ? 僕にはわからないよ」
大本営応接室。
ここで待機を命じられた。ここで自分達の新しい提督と会うらしい。
「今度は……今度こそは活躍するっぽい!」
「……うん、そうだね。頑張ろうね夕立」
活躍、活躍か……。
そんな事、しなくていい。活躍なんてしたくない。
ふふっ、そんな事を思ってるからこうして転属を言い渡されたんだってわかってるのにね。
夕立だってわかってるんだろうに。自分が活躍出来なかったのは誰のせいなのかって。
それでもこうして言ってくれるのは、ありがたい。と、思うべきなんだろうけど。
でもどうしても、戦場に、海に出たいと思えない。
僕は一体何隻目の時雨だろう?
隣りにいる夕立は?
あの時、この時。見送ったあの子、あの人達は一体何隻目?
何度。何度僕は見送れば良いんだろう。この身体を持つ前から持った幸運が沈まないことだというのなら、沈んでいった者達は不幸だからだというのだろうか。
もしも僕が一人なら、ただの一隻だというのなら。僕が沈んで僕が生まれなくなって、もしもそうだというのなら。
あとを託して沈む事が出来る事こそが幸運なんじゃないかって。
沈んでも何処かで僕が、違う何かが艦娘として生まれて同じ様に沈む。それはきっと終わることのない連鎖の輪で。
沈んで浮かんで見送って見送られて。それを紛れもない地獄の輪廻だと思ってしまう。
なら、一刻も早く深海棲艦達をこの海から追い出そう。
そんな風に前向きになれるほど、状況は優しくなくて。
こんな今の思いを僕は僕にさせたくない。だから、沈まない。それだけだ。
新しい提督がどんな人か。そんなのわからない。
だけど、言おう。僕を海に出さないでって。もしも叶うのなら誰も沈ませないでって。
「……そんなの、無理な話だよね」
「うん? 時雨、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。それより、ほら。来たみたいだよ」
部屋に響くドアをノックする音。
その音に自然と身体が姿勢を正す。
「え? 夕立に……時雨?」
え、あれ? 新任の提督って聞いてたけど僕たちの事知ってる?
「こんにちは! 白露型駆逐艦夕立よ。よろしくね!」
「え、あ、あの。ぼ、僕は白露型駆逐艦二番艦の時雨だよ」
慌てて夕立に続いて敬礼しながら自己紹介をした。
僕たちの挨拶にぎこちなく答礼してくれる提督。真新しい軍服からも彼が新任であることが伺える。
それなのに、僕たちの名前を知っているのはどうしてだろう。
「っと、俺……じゃねぇ、ええと? こほん。私が君達の提督となる。まさか初期艦として二隻……しかも、名高い艦娘である君達と出会えるなんて思わなくてな。期待しているぞ。これからよろしく頼む」
「夕立の事しってるっぽい!? わぁ! うれしいっぽい! 任せてほしいっぽい!」
夕立はこれまで期待を受けたことがなかった。
この提督が言ったように、武勲をあげ、ソロモンの悪夢とまで呼ばれた有名な艦であるにも関わらず、こういったスキンシップと言うか人懐っこさを見せる為なのか揃って今までの提督達は頭を項垂れる。
それがどうだろう。感極まったように提督に飛びついた夕立の頭を撫でながらうんうんと目元を緩ませて頷いてる。いや、夕立は久しぶりに会えた孫じゃないんだからさ。
「あ、あの。夕立は孫じゃないし、提督はおじいちゃんでもないんだからさ」
「あ、っと。すまない。つい画面の向こうからこんにちはに感動してしまってな」
画面の向こう?
よくわからないけど、今までと違う反応が嬉しいのか、胸に頭をぐりぐりと押し付ける夕立を優しく身体から離す提督。
「ほら」
「え、えっと?」
何で僕に向かって腕を広げているのかな?
……。
え? 僕もしなくちゃいけないの?
「ふむ、違ったか」
「ぼ、僕もしたほうが、よ、良かったのかな?」
「いや、私の勘違いだ。して欲しいのかと思った」
……正直に言えば、少し。
って、いやいやいや! そうじゃなくて!
「初対面の人に抱きつきたいなんて思う女の人は居ないと思う……夕立は別として」
「あ! 時雨ひどいっぽい!」
「そうか。いや、すまなかった。気をつけよう。私はお察しの通りかわからんが、新任の提督だ。これからも間違いを犯してしまうだろう。その時は遠慮なく諌めて欲しい。今のように、な」
そう言って少し頭を下げる提督。
……頭を下げる、か。
僕たちの名前を知っていたことと言い、夕立への対応といい。わけがわからないよ、こんなの初めてだ。
今までの提督はこうじゃなかった。挨拶をしても答礼なんてしてくれなかったし、何よりここまで僕の、僕達の目を真っ直ぐ見てくれなかった。
あの人達の目はいつも戦艦や正規空母に注がれていた。ろくに戦果もあげられない駆逐艦よりも目に見えて戦果をあげる人たちばかりに向けられていた。
ただ、轟沈してしまえば二度と手に入らないから。
ただ、遠征に行き資源を回収するだけの存在だから。
いや、それならまだ良い方だし、僕も海に出ないで済むならそれでよかった。会敵する可能性の低い、沈む可能性の低い遠征ならそれでよかった。
何の装備も持たせず、戦艦や空母達の弾除けに使われた駆逐艦を知っている。
かの神風特攻を彷彿とさせるような運用をされた駆逐艦を知っている。
――そして、それを咎めない大本営を知っている。
だと言うのに。この人は、目の前の提督は。
「私はこの世界のことを何も知らない。情けない話だが、君達の力を借りなければ何も出来ない矮小な人間だ。それでもよければ……共に征こう、この海を」
「はいっ! 夕立にお任せっぽい!」
……やめてよ、信じたくないんだ。海に出たくないんだ。雨は止まない、止まないんだよ。
そんなこと言わないで、征きたいなんて思わせないで。
「……提督」
「何かね?」
だから、言おう。そうすれば、きっと、諦めてくれる。
僕がやる気のない艦娘で、役に立たない存在なんだって。
「僕は……提督と海を征くなんて、出来ない」
「……」
「沈みたくない、沈ませたくない。もう見送るのは嫌なんだ、見送られるのも嫌なんだ」
頭に視線を感じる。そっか、僕俯いているんだ。
だってそうだ、この人の瞳は優しすぎる。
目を合わせたら、きっと頷いてしまう。征きたいと思ってしまう。
それは、嫌だ。
「残されるのも、残るのも嫌だ! 僕は! もう海に出たくないんだ! だから、だから……!」
「なるほど」
続く言葉を遮るように、頭になにかの感触を感じる。
これは、提督の手……?
「ならば話は簡単だ。約束しよう、時雨。
目の前にある影が形を変える。人の気配が、さっきよりも近くに感じる。
「力を貸してくれ。その約束を守るためには、時雨の力が必要だ」
「あ……」
あぁ、本当に今日は初めてだらけだ。
今まで、こんな言葉を、僕は聞いたことが無いし。
「うん……うん……っ!」
見ちゃった。見たら頷いてしまうって思ったのは間違いじゃなかった。
こんな優しすぎる目も、約束を守ってくれるって信じたくなる目も初めてだ。
「……ふふっ。やっぱり私だけじゃないっぽい!」
「え……?」
夕立が嬉しそうに言う。
「抱き付くの! 夕立だけじゃないっぽい! 私も混ぜて混ぜてー!」
「わっ!」
夕立が同じ腕に抱かれてる。
そっか、僕、提督に抱きついてたんだ。どうりで……。
「あぁ……改めて、よろしく頼むぞ」
「うん!」「っぽい!」
すごく、温かいと思ったんだ。