二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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ケジメは不格好なりについたようです

 ――笑顔ってどうやって作るんだろう。

 

 鏡越しの自分。

 そこには歪な笑顔を浮かべた私が居た。

 

 ――役に立たないと、捨てられてしまう。

 

 それは恐怖だった。

 ましてや、初めてこの人と海を征きたいと思った提督だ。そんな人に不要と言われる、捨てられるなんて事があってしまえば……どうなるのか。

 

「……っ!」

 

 ゾッとした。

 自分で自分の取るであろう行動が予想付かなくて、その事に心底怯えた。

 

 いつからだろう。

 いや、そんな事わかっている。司令長官に異動を言い渡されたときからだ。

 

 歯向かったから、意見をしたから。

 

 私が司令長官の意に沿わなかったから、捨てられた。

 

 ならば私はどんな事にも従おう。冷静に、そして笑顔で頷こう。

 

 そう思った時から、決めたときから私の顔には笑顔が張り付いた。

 

 自分でも、下手な笑顔だと思う。

 それでも、浮かべなきゃ。どれだけ辛くても、必要とされるために。

 

 そう決めてたのに。

 

 ――無理して笑うな。

 

「あれは、どういう意味だったんでしょう」

 

 この下手くそな笑顔が不快に思われたのだろうか。

 

 それとも。

 

「……そんな訳、ない」

 

 そうだ、そんなはずはない。

 私の心を見通したはずなんて無いんだ。

 

 彼とは初日に会っただけ。鎮守府運営の講習をさせてもらった時に会話しただけ。

 

 だと言うのに。そう思っているのに。

 

「何で、こんなに……!」

 

 涙が出るのだろう。

 

 鏡の自分が泣いている。

 その涙の理由がわからない。

 

 わからない。わからないことだらけだ。

 

 私はどうすればいいのだろう。

 これから何を求められるのだろう。

 

 少なくとも。

 

「行きましょう、大淀。提督が帰ってきます」

 

 見学から帰ってくるとの連絡は先程あった。

 詳しいことはわからない。だけど、あの鎮守府の提督も一緒だということは、上手く行ったのだろう。

 

 頬を両手で挟んで気持ちをしっかりさせる。

 

 そうすればもう見慣れてしまった笑顔。この笑顔を携えて行こう。

 

 それ以外に出来ることがわからないから。

 

 

 

「退いて欲しいのです」

 

「退かない」

 

「……退くのです」

 

「駄目だ」

 

「退くのですっ! 退けっ!」

 

「退けばお前はこいつを殺すだろう? だから、退かない」

 

「退けえええええぇぇぇぇ!!」

 

 地面に尻もちをついて怯えているあの鎮守府の提督。

 電さんに胸元へ砲を突きつけられながらも毅然とそう言う提督。

 暁さんの悲鳴が響き渡り続け、それをあやすように抱きしめる雷さんにぼうっとしたまま中空を見ている響さん。

 

 ――なんだ? この光景は。

 

 提督は怪我をして帰ってきた。

 夕立さんはその怪我の理由にあたりをつけたのか、あの鎮守府の提督に飛びかかりそうになったけど……その後ろに控えていた三人の艦娘の顔を見て何とか抑えた。

 

 そうして執務室に来て、六駆の皆を連れてきて……。

 

 あの提督の姿を見た瞬間暁さんは泣き叫び、電さんは艤装を展開して砲を放とうとして。

 その間に提督が入った。

 

「ひっ……ひぃ!? な、何をしているっ! 早く、早くそいつを何処かへ連れて行けっ!!」

 

「おい。何言ってんだよ。ここに来た理由を忘れたのか? 謝るんだよ、皆に。ほら」

 

 今にも引き金を引くかも知れない電の前で、悠長にそんな事を言う。

 

 この人に恐怖という物は無いんだろうか?

 

 いや、それを言うならこの場に居る六駆以外の艦娘もそうだ。

 

 何かに耐えるように下唇を噛みながらもじっとこの光景を見守る天龍さん。

 

 今にも電さんと同じ様にこの提督へ襲いかかろうというのでは無いかと言う雰囲気を放つ龍田さんも、その手をぎゅっと握りしめて耐えている。

 

 時雨さん、夕立さんは自然体。だけど、すぐに動けるように気を配っているのが伺える。きっと提督が危ないと判断すればすぐに対応するために。

 

「で、出来るわけ無いだろうっ! むしろ謝ってもらいたいのはこちらの方だっ! なぜ私がこんな目に遭わなければならないっ!」

 

 対照的にこの人はすっかり怯えてしまっている。もう自分で何を言っているのかもわかってないんだろう。

 

 この人が、彼女たちをこうしてしまったというのに。

 

「退けっ! 退くのですっ! こいつが……こいつが……!!」

 

「ほら、電も言ってるぜ? あんたのせいだってよ。なら謝らねぇと。それがケジメってもんだ……それで許してくれるかどうかはわかんねぇけどよ」

 

「ならばソレを何かに縛りつけろっ! 私を殺そうとしているんだぞっ! 私の安全を確保しろっ!!」

 

 あぁ……そうか。

 こんな人に彼女たちは使われていたのか。

 

 入りきれない執務室の外で、古鷹さん、加古さん、鳳翔さんは何を思っているのだろう。

 

 その気持ちは計り知れない。

 

 そしてこの状況。

 どうするのだろうか。提督は。

 

 多分、この提督は謝らない。それはもう、提督にだってわかっているだろう。

 

 そんな事を思いながら、提督に視線を向ける。

 

 そうすると、困ったような笑顔を私に向けた後、溜息をついて。

 

「暁、響、雷、電……それに天龍、龍田。済まなかった」

 

「!?」

 

 その場に居る艦娘、全員が息を飲んだ。

 砲を突きつけている電ですら、顔に貼り付けていた怒りの表情を落とした。

 

 頭を深く下げて、謝罪の言葉を口にする提督の姿に。

 

「何を……しているのですか? 電は……私達はそんな事望んでないのです。ただ退いて欲しいだけなのです」

 

「それは出来ねぇ。さっきも言ったが、退けばお前は砲撃する。だから退けない」

 

 一番最初に我に返ったのは電さん。手を震わせながら提督の頭にごりっと砲塔の先を突きつける。

 

 ただ、その瞳には先程まで浮かべていた怒り一色だけではなく、何処か困惑の色も混ざっているように見える。

 

 どうして。

 

 どうして、提督が頭を下げてるのだろう。どうして?

 

「こいつは人間で、俺も人間。そしてこいつは提督で、俺も同じ提督だ。その提督がお前たちを傷つけたのなら……提督である俺も謝らなければならない」

 

「わ、わけがわからないのですっ! あなたに謝られた所で……暁ちゃんが受けた傷はっ……!!」

 

 その震える手を。

 

「……」

 

「響、ちゃん?」

 

 ずっとぼうっと自失していた様な響さんが掴み、首を横に振った。

 そして、暁さんの方へと視線を向け、電さんにも見るように促す。そこには。

 

「あ……あう……」

 

 いつの間にか泣き止んで、恐る恐る提督に近付こうとしている暁さんがいた。

 

 がくがくと震える足を、雷さんが支えながら。ゆっくり、一歩ずつ。確実に提督の下へと近づいている。

 

 そして、その足が立ち止まり。

 

「ごめん、なさい……」

 

 提督の頭を撫でた。謝罪の言葉を口にしながら。

 

「弱くて……ごめんなさい。使えない子で……ごめんなさい。嫌な思い、させちゃって……ごめんなさい」

 

「暁、ちゃん……」

 

 がしゃん、と音を立てて電さんの手にしていた砲が床に落ちた。

 

 そして、それと同時に。

 

「ふぇ……うえええぇぇえ……」

 

 電さんも泣いた。

 

 ううん、違う。

 

 ここに居る皆、泣いていた。

 

 時雨さんも夕立さんも嬉しそうに、笑顔で泣いてたし。

 天龍さんと龍田さんは耐えきれなくなったのか部屋から出ていったけど、出る間際に涙を浮かべていた。

 

 私も、わけがわからないまま、泣いていた。

 

「違うぞ、暁。お前は悪くないんだ。謝る必要なんて、ない。だけど、もしも俺を……提督を、司令官を許してくれるのなら……笑ってくれ。今すぐじゃなくていい、出来るようになったらでいい。俺はいつまでも待ってるから」

 

「うん……ごめんなさい」

 

 提督は暁さんの頭に手を伸ばし……途中で止めて、やっぱり手を伸ばした。

 それを、今度は泣き叫ばず、暗い表情のまま受け入れた暁さん。

 

「さて……おっさん。これで、大丈夫だろう? 約束、果たしてもらおうか?」

 

「ぐ……し、知らんっ! もう良いだろう! 私は帰るぞっ!」

 

 そう言って謝罪の言葉を最後まで口にすること無く、出ていこうとするあの提督。

 

 ――何言ってやがる。

 

 提督がそう呟いた。

 私がそう認識した瞬間。

 

「ひっ……」

 

 時雨さんと夕立さんが逃げようとするあの提督に黙って艤装を突きつける。

 私でも、少し怖いと思うその目には静かな怒りの炎が燃えていて。

 

「言ったよな? こいつらが許すと言うまで頭を垂れてもらうって……」

 

 そっと提督が再びへたりこんだ男の刀を抜き、その刃を首元に突きつける。

 

 その目には時雨さんや夕立さん以上の怒りが浮かんでいて。

 

「傷つけるってのはさ、傷つく覚悟のあるやつがやるもんだ。なぁおっさん。お前にその覚悟……あったのかい?」

 

「や、やめろ……わ、私を殺すというのか!? 軍人……提督であるこの私をっ!」

 

 その目を私は少し怖いと思いつつも。

 

 何処か嬉しいと思っている。

 

「殺すなんてしたら謝れねぇだろ? だけど、頭を下げさせるのは……別に胴体と首が離れていても出来るなぁ?」

 

「ひ、ひぃ!? ひぃいい!?」

 

 あぁきっと、この人は艦娘の為なら何でも出来る。

 

 ただの脅しなのかも知れない。だけど万が一ここで軍人を殺して大本営に弓を引くことになっても。艦娘の為なら、喜んで振り上げた刃を振り下ろすだろう。

 

 そう確信出来た。

 

 何で、そこまで出来るんだろう?

 この人はついこの間提督として着任したばかりの民間人だ。そのはずだ。

 

 それなのに、何でここまで出来るんだろう。

 

 不思議に思う。

 だけど私はその確信を嬉しいとも思ってしまう。

 

 だから、きっと、艦娘(わたし)はそれで良いんだ。

 

「わ、悪かった!! 済まなかった! だから、だからぁ!!」

 

「……だ、そうだぞ?」

 

 土下座しながら泣きわめくように叫んだその言葉を聞いて、提督が六駆の皆へと目を向ける。

 

 六駆の皆は……何かを諦めた、あるいは見放したかのような視線を送った後。

 

 静かに頷いた。

 

 

 

「全く! 何だあの茶番はっ! 思い出すだけで腹が立つっ!」

 

 執務室を出てから少し。

 

 この人はずっとこんな調子だ。私如きで思って良いのならば。流石にちょっとどうかと思う。

 だけど、口にはしない。提督に任せられたのは見送り。それ以外には無いのだから。

 

「おい、貴様もそう思うだろう!?」

 

「はい? どうされましたか?」

 

 いけない、何か話されていたようだ。

 ついつい汚い言葉ばかりだったから、聞き流していた。

 

「ちぃ! 無能なヤツの下には無能が集まるっ! ……そう言えば、貴様。大本営から左遷されたのだったな?」

 

「は、はぁ。確かにこちらに着任する前は大本営に所属しておりましたが」

 

 それがどうしたというのだろう。

 

 そう思っていると。

 

「ひっ!?」

 

「ならば多少は使えるな? どうだ? 私の下へ来ないか? こんな無能集団の下で使われるより遥かに良いだろう……あぁ、良く使ってやるぞ?」

 

 思わず、小さく悲鳴を上げてしまった。

 この人の目が、視線が……あまりにも悍ましくて。

 

「や、やめて下さい! 艦娘へのそういった事は……!」

 

「笑顔で何を言っている。貴様も有能な者の役に立ちたいだろう? 役に立たせてやるだけだ……嬉しいのだろう?」

 

 何を考えているんだこの人は! やめて……誰かっ!

 

「おいおい、こんな所でナニしてやがんだ? なぁ……元、提督さんよぉ?」

 

「あら~。随分とおいたしちゃってるのね~? やっぱりあの時、切り落としておけばよかったかしら~?」

 

 天龍、さん……龍田、さん。

 

「き、貴様らっ!」

 

「はっ! ったく、ほんとどうしようもねぇやつだなぁおい。お前らも、悪かったな、オレの居なくなった後。大変だっただろう」

 

「……いえ」

 

 その後ろにいたのは古鷹さんに加古さん、鳳翔さん。

 

 その姿を見ると、ばっと私から離れて天龍さんの方へと足を進めていった。

 

「貴様がっ……! 貴様のせいで私はっ!」

 

「あーそうだな、うん。そうだよ。謝ろうと思って来たんだ。ほんとだぜ? なぁ龍田」

 

「そうね~。あなたがこうなったのは私達にも責任があるから~……だけど、ねぇ?」

 

 思わずへたりこんでしまった私の目の前で、二人は艤装を展開して。

 

 龍田さんの槍を正面から突きつけられ、天龍さんの刀があの提督の背後から首に添えられた。

 

「ひっ!?」

 

「悪かったな。使えない艦娘で。ほんっとーに申し訳なく思ってる」

 

「私もよ~。あなたに……無礼を働いてしまって。悪いと心から思ってるわ~」

 

 その目も口元も笑ってる。

 理由はわからない。けど、何処か嬉しそうだ。

 

「ならばなぜこんな事をするっ! 良いだろう許してやるっ! だからこれを……!」

 

「だけどよ……お前、うちの提督を傷つけたってなぁ?」

 

「ぜーんぶ聞いちゃった。だから、ね。私達を許してくれなくてもいいのよ~」

 

 

 

「「オレ(私)も許さないから」」

 

 

 

 そう言って二人は爛々とした目を携えながら得物を振りかぶり……。

 

「ひぃっ!?」

 

「ま、そんな事したら提督の顔に泥塗っちまうからな」

 

「そうね~。だから今はやめてあげるわ~。……でもね~?」

 

 二つの刃が交わる寸前で止められた。

 

 ガチガチと刃の間で動く事もできず震えるその身体から刃が離れた瞬間その場にあの提督はへたり込み、その耳に龍田さんが口を寄せる。

 

「――」

 

「わ、わかった! わかった! 済まなかった! 悪かった! だから助けて……助けてくれぇ!!」

 

 何かを囁いた。

 

 そして、自分の艦娘を連れる事無く、自分一人惨めに走り去っていった。

 

 走り去った後には異臭を放つ水溜り。……掃除するの嫌だなぁ。

 

「大丈夫か?」

 

「え、あ……はい、すいません」

 

 天龍さんが手を差し伸べてくれた。

 その手を持って、立ち上がる。

 

「なぁ、大淀」

 

「は、はい?」

 

 私の手を握ったまま、天龍さんはじっと私の目を見つめて言う。

 

「……何を無理してんのか、何であんなことされたのに笑顔を作ってんのか……オレにはわかんねぇ。だけどよ、安心しろ」

 

「提督が、ちゃんと笑わせてくれるから、ね?」

 

 ……。

 

 そう、なんだろうか。

 

 私は、大丈夫なんだろうか。

 自分の思いを口にしても、それを受け入れてくれるのだろうか。

 

 でも、今はただ。

 

 六駆の皆が少しだけ前を向けただろう事に、喜びたい。

 

 そして、いつか笑顔の彼女たちに出会いたい。

 その時、私がその彼女たちと同じ様に心からの笑顔を浮かべていられることを、願いたい。

 

 そう思う。

 


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