二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
「演習開始三十分前。各艦、最終点検を行うように」
マイクを通してそう言えば、こっちに向かって敬礼を返してくれる皆。
敬礼が終われば自分の身体や砲、魚雷を確認している姿が見える。
六駆の皆と古鷹達がここに着任してから。
やっぱり軽空母や重巡洋艦を本格的に運用するには資材が心許なかったうちの鎮守府。
何とかある程度の余裕をと天龍や龍田に頑張って貰ってある程度の資材を確保出来た。
と言っても理想の状態へはまだまだ足りないのは言うまでもなく。
資材が集まっていくと同時に装備開発にも着手しだした事も踏まえるとあの鎮守府からの異動組が来る前よりも厳しいと言える。まぁ当たり前だが。
ちなみに装備開発を担当してるのは那珂ちゃん。
――あ、アイドルなのに~!
なんて悲鳴に悪いと思う気持ちはあれど、誰かがやらないといけない事ではあるので無理を言わせてもらった。
要するに今の那珂ちゃんの仕事は、装備開発と六駆のケアになる。
もちろん、今となっては恒例である道場での訓練にも参加してもらいつつだが……これまたアイドルなのになんて悲鳴を頂いた。すまねぇ。
そんな那珂ちゃんには今、ドラム缶を頑張って作ってもらってる。
それには理由があって。
その間にも時雨、夕立、天龍、龍田、大淀による資材回収と南西諸島沖の警備、哨戒は進められている。
これには大淀の力が大きくて。大淀が持参していた偵察機のお陰でかなり安全に任務が行えていた。
資源回収任務、哨戒中に会敵する可能性。
やっぱり偵察機の存在は大きくて。その危険性をぐっと低くすることが出来ている。
正面海域奥にあったル級が溜め込んでいた資源も回収しきってしまった今、南西諸島沖の資源に手をつけられているのは間違いなく大淀のおかげだと言える。
そんな思いもあって大淀に感謝の言葉をかけてみれば。
――い、いえ!? お、お役に立てたのなら何よりですっ!?
なんて慌てながら引きつった笑みを浮かべていたな、何故だ。
ま、まぁそんな理由で資源回収が捗っているので、少しでも回収効率の向上を目指すドラム缶。その為の那珂ちゃん。
いずれ大発動艇なんかも手に入れる事ができれば良いが、まぁまずはドラム缶だろう。
僅かとは言え少しでも一度に回収する事が出来れば最終的に回収任務へと向かう数を減らすことに繋がるからな。
「提督~? 何考えてるの~?」
「ん? あぁ……鎮守府内で三隻艦隊同士とは言え、ちゃんと形になってる演習を見れる事にちょっと感動してた」
「ちゃ、ちゃんとした演習……」
あ、龍田さん? 落ち込まないで良いんですよ? あれはあれで必要な演習だったんだからさ?
「そういう意味じゃねぇってば。こういう事が出来る位の余裕と言うか運営が出来るようになって嬉しいんだよ。それも龍田達のおかげだ、ありがとうな」
「あ、う……う、ううん。どういたしまして~」
よしよし。良い笑顔。
「いちゃついてるのを電達に見せに来たのなら部屋に戻りたいのです」
「い!? い、い、いちゃちゅいてなんか!?」
あ、龍田さん噛みましたね? 可愛い。
あぁ、電さん? ジト目も良いけどスマイルだよスマーイル。
那珂ちゃんは後ろからにやにやしない! ファン辞めますよ?
「そういう訳じゃねぇってば。……うちの鎮守府がどんなもんか、しっかり見ててくれよ?」
「……わかったのです」
ため息一つした後演習場に目を向ける電。
それに倣って他の六駆の皆も演習場に目を向けた。
……と言うか、皆こっち見てたのね。あ、龍田も気づいたみたいで顔真っ赤だ。
「さて、龍田?」
「なななな、何かしら~?」
落ち着け。そんな慌てないでくれ。俺まで恥ずかしくなるから。な?
「この演習、どう見る?」
「……ふぅ、そうね~。艦種だけで言えば、鳳翔さん、古鷹ちゃん、加古ちゃんの方が圧倒的に有利なのは間違いないけど~……天龍ちゃん、時雨ちゃん、夕立ちゃんの力を考えるとわからないとしか言えないわね~」
うん。俺と同じ感じだな。
まぁ良い機会だと思ったんだ。
普通の鎮守府……と言って良いのかわからねぇけど、この世界の一般的な艦娘運用方法で育ってきた鳳翔達。そしてこの鎮守府で一般的ではないかも知れない強さを身に着けた時雨達。
その差は一体どれ位のものなのかを確かめる為の。
つってもどっちが上とか下とかを見るためじゃなくて。
古鷹や加古、鳳翔ももちろん道場での訓練に参加してもらった。
ただ、時雨や夕立達のように何かを掴んだりするって事はないみたいで、どちらかと言えば単純な運動に近いものになった。
というのも、この動きがどう海で活かせるかって想像が全くつかないらしい。
俺自身も、そういう古鷹達にどういうアドバイスをすればいいか全く見えなかった訳で。
そんな時天龍が言ったのは艦としての動きが染み付いててそういう発想が生まれにくいんじゃないかって事。
あの鎮守府で古鷹、加古、鳳翔はほぼ出撃メンバーに選ばれていたらしく、またその戦闘方法も艦としての動きでずっと戦ってきたとの事。
そりゃ出来上がった物と全く毛色が違うのを取り入れるのは大変だわな、なんて納得したり。
ただそれでも何かを教える……と言えば偉そうだけど。
何かを得てもらう為には今出来上がっているものを俺が確認しなければならないという思いもある。その上で手にしてもらうべき物や方向性が見つかるだろう。見つかればいいな。
「まぁそこら辺をきっちりこの演習で見極めないとな。龍田、大淀。後で皆を交えて艦隊運用について話し合うからしっかり見ててくれな?」
「任せて~」「了解です」
ほんわか笑顔で敬礼する龍田と、妙な笑顔がデフォルト状態な大淀の敬礼。
……大淀の事は気になるんだけど、はぐらかされると言うか話してくれないんだよな。うーん。
そういった一面が理由の全てではないけど大淀に道場での訓練には参加してもらってない。
なんと言うか、大淀がどうしたいのかがわからないんだよな。
いや、強くなりたいってのはわかるんだけど。
夕立や時雨のように無垢な信頼を向けてくれて俺の言うことすべてを吸収してやるって訳でもなく、天龍の様に特徴がある訳でもない。
要するにどうしたら良いのか、俺がわからない。
それに加えて大淀と言えば艦隊司令部。
どちらかと言えば、そういった戦術、戦略の面で俺を助けて欲しいと思ってもいたりで、訓練に参加する時間を使って艦隊運用について教えてもらってる。
ともあれ。
「……開始十分前。各艦指定の位置に」
まずは現有戦力の確認だ。
「やっぱり、と言うか……」
「そうね~。夕立ちゃんはやっぱり派手ねぇ」
開始と共に夕立は全速で突っ込みに行った。そして夕立が動きやすいように相手を牽制する時雨、その二人の動きをフォローしつつ指揮を取る天龍。
報告書で読んだ通り、想像通りの動きをしてる。
「古鷹は時雨の動きを見てるからそれほどじゃないけど……加古は驚いてるな。やっぱり実際に目の当たりにしたら違うものか」
「私も初めて一緒に出撃した時は驚きました」
「それだけじゃないわ~。夕立ちゃんの……そうね、言うなら気迫っていうのかな? 絶対に倒すって気当たりがすごいのよ~」
なるほどな。
深海棲艦相手に気迫が意味を成すのかどうかはわからないが、同じ艦娘同士なら怯む要因にはなり得るか。
ただ……。
「すげぇな、鳳翔。全く動じてないように見える」
そんな夕立の突撃だけど、鳳翔は眉一つ動かしてない。
あ、何か指示しながら、距離を取ってる。
散開しながら動く夕立達に対して、鳳翔達はしっかり単縦陣を取ったままだ。
「鳳翔さんはすごいのよ~。一緒に出撃した事は少ないけど、何回か遠征で一緒したわ。冷静沈着ってああいう人の事を言うんじゃないかな~」
「あ、古鷹さんと加古さんが……あれは」
牽制砲撃? 夕立に当てるというよりは夕立の進行方向に被せるように撃ってるな。あ、夕立ちょっと嫌がってるか?
……ていうか古鷹も加古も砲撃精度すごいな。夕立が距離を詰められないから時雨も中々前に出られないし、天龍もどうしたら良いか悩んでるみたいだ。
「距離が、縮まらないな」
「はい。鳳翔さんの指示でしょう。重巡洋艦が一番活きる距離で固定されちゃってますね」
古鷹と加古が装備しているのは20.3cm連装砲。時雨達が装備している主砲のおよそ倍の射程。
陣形を維持したまま動いているからか集弾率が良い。装填中に近付けても、装填が終わるまでに詰めきれないし、詰めた距離は再び牽制砲撃によって開かれる。
そうやって距離を固定されているから、夕立も時雨も主砲が撃てない。
……上手いな。というか勉強になる。
「こうなってくると、切り込み隊長夕立以外の行動が鍵になる、か?」
「そうね~。天龍ちゃんは基本的に対応は上手くても打開策を探すのはまだまだだから~……時雨ちゃん、それも魚雷が鍵になるかな~?」
「対する鳳翔さん達は、やはり鳳翔さんの艦載機による攻撃が鍵……でしょうか? ああも散開して動かれていては、狙いを絞るのも大変そうですが……」
ふむ。
距離も固定されているならば、状況も固定されている、か。
とは言え、夕立への牽制射撃は徐々に至近弾寄りになって来ているかな? このままじゃいずれ夕立は小さく損傷を重ねてしまうだろうか。
「……動いたっ!」
「時雨が前に出たか!」
時雨も同じことを考えたんだろう、前に出て夕立と同ラインを走りだした。
牽制射撃の標的を二つにしてどちらかが肉薄すれば……って所か? 確かにどちらかが距離を詰めることが出来れば……ってまじかよ!?
「爆撃っ!? 鳳翔さん、今のを待ってたのですか……!」
「……やっぱり鳳翔さんはすごいわ~」
その動きを待ってましたと言わんばかりに鳳翔が艦載機を飛ばした。
その標的は時雨。爆撃の雨に降られる。
「しぐれ、たいは。ごうちんだよー」
「わかった。……時雨、大破。轟沈判定」
そうだよな、対空機銃を持ってないからなぁ……当たり前と言えばそうなんだけど。それでも鳳翔の艦載機発艦タイミングが凄すぎた。
ペイント混じりの煙が晴れてペイント塗れの時雨の姿が……って。
「ほうしょう、たいは。ごうちんだよー」
「煙から飛び出て肉薄……か、ほんっとブレねぇな夕立。……鳳翔、大破。轟沈判定」
時雨もやられる前に魚雷を発射していたみたいで、それは鳳翔にしっかり当たった。その隙に一気に距離を詰めた夕立の主砲追撃で沈む、か。
そうなっても鳳翔は顔色変えなかった。って事は想定内……か?
「ですが古鷹さんと加古さんに挟まれて……あれじゃあ」
「ううん、まだよ」
おお、天龍も距離を詰められたか。
夕立に砲を向ける二人への砲撃……って夕立!?
「ゆうだち、ちゅうは。しゅほうにそんしょうだよー。かこもちゅうは、きゃくぶぎそうにそんしょう」
「だから死なばもろともみたいな動きはやめろっての……夕立、中破。主砲に損傷。加古、中破。脚部艤装に損傷、速力低下」
挟まれてるって認識する前に動いて魚雷を加古に至近距離でぶっ放した夕立。いやいや、ほんとに心臓に悪い。
頼むから実戦ではしないでくれよ?
まぁその甲斐あってか。
「ゆうだち、たいは。ごうちんだよー。かこもごうちんー」
「あいよ。夕立大破、轟沈判定。加古大破、轟沈判定」
古鷹が夕立を仕留めて、動きの鈍くなった加古を天龍が仕留めた。
これで一対一、か。
お互いに損傷が無い天龍と古鷹。
二人は一瞬不敵に笑いあったように見える。
「ふふっ、天龍ちゃん楽しそう」
「ええ……ちょっと羨ましいかも知れません」
そうして始まった砲撃戦。
一対一故、お互いの技量が勝敗を左右するのは間違いない。
「……すご、い」
「……うん」
「私も……ううん、私だって……」
「……」
六駆の皆は随分と大人しいなんて思ってたけど、食い入るように見ている。
それぞれの胸の内はわからないけど、少しでも前を向けるきっかけになればいいんだが。
あ、那珂ちゃん? 何かコメントを。
「な、那珂ちゃん……とんでもない所に来ちゃったかもー?」
はい、ありがとうございます。
さ、俺も集中しなおそう。
無理して演習したんだ、授業料以上の元、取らねぇとな。