二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
墓場と言われた鎮守府の戦力はかなりの物でした。
古鷹さん、鳳翔さん、加古さんの三人ならわかる。
曲がりなりにも元最前線鎮守府の一つに着任していた艦娘だ。その技量、練度が高いなんて分かりきっていた。
それを、あぁも容易く……では無いけど、下したのがおかしい。
正直、演習評価どころではなかった。
その事実に動揺してしまった自分を落ち着かせるのに精一杯で。
おかしな事を言っていないかだけが心配だった。
不要と断じられた艦娘があれだけの成果を出して、私の目の前でそれが偶然得た物ではない事を証明して。
彼女たちは不要艦ではなかった事を自ら証明したのだ。
それに対して、私はどうだろうか。
何度か彼女達と出撃した中では足を引っ張って。出来た事と言えば偵察機を飛ばしたぐらいのもので。
本当に、私は何の役にも立っていなかったと思う。
それでもあの人達は私にお礼を言ってきた。
――ありがとう、おかげで助かった。って。
これだけの差を見せつけておいて、随分謙虚な事だと思う。
いや、そう思うのは私が捻くれているだけなのかも知れない。事実私は捻くれているのだろう、不要と言われる艦娘の事を何処か対岸の火事だと思っていた私だから。
だけど、彼女達は必死に努力したんだと思う。あの提督の下で。
艦娘に人と同じ様な調練を施す。
今までそんな事聞いたことが無かったし、発想すら無かった。
それは大本営に居る軍人……司令長官だってそうだろう。
私自身もそんな事……ましてや竹刀を振り回すなんてやった事が無い。
そうした訓練の差なのだろうか。それとも別の要因か。
わからない。
そんな私に提督は訓練を勧めなかった。
やらなければいけないと思ってやる訓練に意味はないとも言っていた。
……どういう意味なんだろう。
私だって強くなりたいと思う。
それをやれば強くなれるならばやるべきだろう。
そう思って竹刀を手に取ろうとしたけど……そんな私を天龍さんが止めた。意味がないと言って。
わからなかった。
意味のない訓練なんて無いはずだ。ならば私に意味のある訓練というものを教えて欲しい。そう言った。
――多分だけどよ、今の大淀じゃあこれをやっても何にもならねぇよ。まだ海を走り回ってる方がずっと良い訓練になるぜ?
天龍さんにそう言われてから、ずっと考えている。
今の私じゃ意味がないのならば何時の私なら意味があるんだろう。
「――ん」
けれどもその答えは未だに見つからないまま。
「大淀さんっ!」
「あ……は、はい!?」
思考の海から引き上げたのは鳳翔さん。心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか? もうすぐ目標海域に着きますが……体調が優れないのなら帰投しましょうか?」
「い、いえっ! すいません。少し考え事を……」
そうだ。
そんな事を考えている場合じゃない。
今は製油所地帯沿岸へと敵戦力確認の為に出撃している所なのだから。
「……では改めて作戦の最終確認をしましょう」
「はいっ」
鳳翔さんの声に元気よく返事をしたのは古鷹さん。
加古さんは一度目を閉じて大きく深呼吸……そして再び目を開いたその瞳にはさっきまで浮かべていた眠たげな色は全く無い。
私も気持ちをしっかり切り替えないと。
そうだ、私が志願したんだ。あっちの艦隊ではついていけなかった……こっちなら私は十分に理解できる。いい加減に役立つ所を見せないと……また捨てられてしまう。
「今回私達の任務は敵戦力の確認です。基本的に大淀さんが偵察機を発艦、確認しながら可能な限り深部までの敵戦力を探ります。提督は深部付近に渦潮があると言っておられましたからその手前を目処に進軍します」
「渦潮? ……この海域の制海権を私達が持っていた時にそんなのあったっけ?」
加古さんが不思議そうに鳳翔さんに聞く。
そう言えば昔私が見たこの海域データには渦潮なんてあった覚えはないけど……。
「はい、私もそうだったと思います。ですが、深海棲艦にここの制海権を奪われてから時間は経っています……変化があっても不思議ではありません。何より提督がそう仰っていたのですし、あるものとして考えます」
「わかった。あの提督が根拠も無しに言わないだろうし……ごめん、話の腰を折っちゃったね」
鳳翔さんはいえいえと首を振る。
と言うかそれですんなりと確証も無い事を納得出来るのが凄い。
「偵察機に敵影を確認出来れば私がアウトレンジで可能な限り敵戦力を削り、その結果でそのまま戦闘に入るかを決めます。大淀さん、私達が絶対に守らないといけない目標はなんでしたか?」
「えっ!? は、はい。敵戦力を詳細に確認し……」
「違います」
え、あれ? ち、違った?
で、でもここに来たのは……。
「必ず無事に全員で帰投すること……ですよ。提督が何度も念を押していたじゃないですか」
「……はい、そうでした」
そうだ、鎮守府を出る時に何度も言われたじゃないか。危ないと思ったら撤退しろって。少しでも怪しい気配を感じたなら進むのではなく退けって。
「気持ちは分かりますよ、大淀さん。私も聞いた時驚いちゃいましたし」
「だよねー。あたしもびっくりした。今まで死力を尽くして敵を撃破ばっかりだったからねぇ」
確かに、聞き慣れない命令ではあったから……。つい、そう思い込んでしまってた。
「私も驚きましたよ、本当に。ですけど、何処か嬉しく思ってしまうのは……私だけではないと思います」
鳳翔さんが柔らかく微笑む。その笑顔につられてか似たような笑顔を古鷹さんが浮かべて、加古さんもくすぐったそうに笑う。
沈むな。無事に帰ってきてくれ。
そう言われる喜びは十分に理解できる。必要とされている事も。
……ならば私だって、そうしよう。そう望まれているのなら最大限に努力しよう。
「軽巡洋艦二隻撃沈っ! 残るは敵重巡洋艦一隻っ!!」
「よぉし! 加古! 行くよっ!」
「まっかせといて! 加古スペシャルをくらいやがれー!」
「私だって……! よーく狙って……てーっ!」
私と古鷹さん、加古さんの砲撃が重巡ネ級エリートに吸い込まれ……よしっ、沈めたっ!
「敵艦隊の全滅を確認! 私達の勝利です!」
「やったぁ! 古鷹、見ててくれた?」
「もちろんだよ! これが、重巡洋艦ってね!」
古鷹さんと加古さんがハイタッチしていい音が響く。
私も無事に戦闘を終えられた事に一安心。
これで二戦目。一戦目も似たような戦闘内容。
こちらの損傷は全く無い。あれだけの敵戦力相手に嘘のようだ。
「これも鳳翔さんのおかげですね」
「いえ、皆さんの力あってこそですよ」
ご謙遜を。
駆逐ロ級エリート二隻を先制航空攻撃で撃沈して更に軽巡ヘ級二隻まで撃沈させた人が何を仰いますやら。
「じょうじょうね」「やりました」
「あなた達もありがとうございますね」
帰ってきた攻撃機、爆雷機の姿から妖精の姿に戻って鳳翔さんの肩に乗る二人の妖精。
誇らしげな表情を浮かべる妖精の頭を指で撫でながら鳳翔さんも笑う。
ナデナデに満足したのか妖精は鳳翔さんが携行している矢筒の中に入って行き……しばらく経った後、その姿をそれぞれ矢に変えた。再度発艦準備完了のようだ、素早い。
「それに……提督のおかげでもあります。弓道……奥が深いですね」
矢筒を一撫でしながら鳳翔さんは思い返すように呟いた。
第一艦隊の皆が資材回収に奔走している中、鳳翔さんと提督は弓道場で何やらやっていたらしく。
そのお陰なのか元々素晴らしかった発艦技術が更に磨かれたようだ。
……鳳翔さんも、提督の訓練を受けたのか。
「元から鳳翔さんは凄かったけど……やっぱり提督の訓練ですか?」
「いいなぁそんなにすぐ力がついてさ。あたしと古鷹はまだまだ全然実感ないよ」
「あら? そうでしょうか? 古鷹さんは今まで以上に加古さんと呼吸が合っている様に思えますし、加古さんだって砲撃精度……磨きがかかったように思いますが」
そんな鳳翔さんの言葉にはっとしたような表情を浮かべる二人。
……あれ? じゃあ古鷹さんと加古さんも提督の訓練を受けたの?
……。
「……大淀さん?」
「い、いえ。なんでもありません! さぁ、進軍しましょう!」
ごまかすように偵察機を飛ばす。
提督は私が訓練を受けることに意味が無いと言った。ならば、鳳翔さん達が訓練を受けた意味はあったのだろう。
そう、それだけの事だ。
……。
私に無くて、他の皆が持っているもの。意味。
それは、一体……なんなんだろうか。
「っ! 渦潮を確認!」
「渦潮……提督の言った通り、ですか。……あの方は一体何処からこの情報を……」
偵察機の視界と私の視界はリンクしている。意識的に私の視界と偵察機の視界を切り替える事が出来るけど、思わず渦潮を二度見してしまった。
それくらい驚いた。
鳳翔さんが言う通り、あの提督は一体どうやってこんな情報を知っているのだろうか。
帰ってきた偵察機を迎えれば妖精が私の懐に潜り込む。
「鳳翔さん、どうしますか? 渦潮ギリギリまで近づいて偵察を行いますか?」
「そう、ですね……」
静かに瞑目し、考え込む鳳翔さん。
古鷹さんと加古さんはその姿を見て周囲を警戒しだした。敵影は見えなかったけど、安全に思案出来るようにとの配慮だろう。
こういったちょっとした場面でもこの三隻がどれだけ共に戦って来たのかが伺える。
「……大淀さんは、どう考えますか?」
「私、ですか?」
意見を求められた。
良いのだろうか、私なんかが意見をしても。
いや、何を考えているんだ。そういった分野こそ私が得意としているはずじゃないか。
何のために司令長官は私を――。
ううん。それは良い。
「そうですね。艦隊の損傷は無し、燃料弾薬に消費はありますけど後一度……いえ、二度は戦闘が行えるでしょう。渦潮のあるポイントの手前まで進軍し、海域奥の戦力を確認する所までなら十分安全に行えるかと」
「確認する所までなら、ですか。このまま奥に居るであろう主力と交戦するのは危険でしょうか」
どうだろうか。
敵戦力にもよるけど……少し気になる。
「正直この調子なら……と思う部分はあります。ですけど、そう。上手く行き過ぎている気がして……。提督の言う通り今回は偵察に徹するべきかと」
「……良かった。私と同じ意見です。私もそう思います。ふふ、どうやら要らない心配でしたね?」
「え?」
……あぁ、そうか。鳳翔さんは私を心配してくれていたのか。
「私にはこうして海に出ても尚考え込んでしまうほどの悩みが一体どの様なものかはわかりません。ですけど、ここは戦場です」
「は、はい。すいません……」
釘を刺されたんでしょうね……うん。
そうだ、ここは戦場だ。油断も慢心も、一切を許さない戦場。
「それに……。きっとあの方なら、私には想像もつかないあなたの悩みですらきっと解決してくれるでしょうから。まずはやるべきことをやりましょう。ね?」
「そうです、ね」
もしかして、
私に無くて他の人にあるもの。
私が提督を信頼していないから、訓練を受ける意味がない。
あぁ、そうなのかも――いや、違うはずだ。
私はあの人を初めて見た時どう思った? あの人と共に海を征きたい、そう思ったはずだ。そんな事を感じる相手を信頼していないなんてあるはずがない。
だとするなら……。
……そうか、戦果か。
思えば時雨さんも夕立さんも……そしてこの三人だって、戦果を大きく挙げている。
大本営に所属していた時に演習はよく参加していたけど、実際に戦果を挙げる様な事は無かった。
だから、提督も私をどうやって扱えばいいかわからないだけなんだ。
だったら。
「行きましょう、鳳翔さん。私はもう、大丈夫です」
「はい。その様ですね。……では、予定通り渦潮前まで進軍。偵察して帰投しましょう」
そうだ、戦果を挙げよう。私の有用性を示そう。
そうすればきっと、提督は私を理解してくれるだろうから。