二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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緊急事態が発生したようです

「至急入渠ドックの準備っ! 天龍は出撃準備! ――龍田、聞こえるか!?」

 

『っ!? どうしたの!?』

 

「第二艦隊の皆が危ないっ! 哨戒任務は中止して直ぐに第二艦隊が向かった海域へ向かってくれっ!!」

 

『りょうか……っ!? 敵艦多数見ゆ! ……逃してはくれなさそうね。提督、ごめんなさい! すぐに食べちゃうからっ!』

 

「っく! 了解っ! 天龍に出撃してもらうから! そっちで合流して向かってくれっ!」

 

『了解っ!』

 

 ――大淀さんが深刻な損傷です、古鷹さんも中破。安全な帰投が難しい状況です……申し訳ありません。

 

 無線から届いた鳳翔の言葉に心底驚きながらも皆に指示を出す。

 

 どういう事だ? 危険を感じたなら撤退と言っていた、皆も笑顔で頷いてくれていたじゃないか。それがどうして?

 

 想像以上の敵戦力? いや、偵察機を持っている大淀が居るんだ、危険は事前に察知出来るはずだろ?

 

 いや……予想外の出来事が起こったんだな!? くそっ! 変に偵察作戦だからなんて思わず天龍や龍田も一緒にさせるべきだったか!

 うちの戦力は確かに向上した。だけど気軽に二面作戦なんて出来る状況じゃねぇってのくらい少し考えればわかるだろうに!

 

「くっそ……!!」

 

 自分の迂闊さに反吐が出る。

 

 何が誰も沈めないだ……! 何がらしくなってきただ……!

 

 甘すぎる……! 俺は圧倒的に甘いっ……!

 

「羅針盤っ!! バケツ持って直ぐに出るぞっ!!」

 

「むり」

 

 はぁ!? 何でだよっ! 危ない艦娘が居るんだっ! 直ぐにでも行かねぇと!!

 

「げんじつてきにあそこまでいけるねんりょうをつめない。それに」

 

「それに!?」

 

「あなたはおもいしるべき。あなたのいのちがかるいように、かんむすのいのちだってかるいことを」

 

「うるせぇっ! 艦娘の命を守るのが提督だっ!! 命が軽いのなんてわかってるっ! だからっ……!」

 

「落ち着きなさい!」

 

 っ!? 何だこいつ……雰囲気が……。

 

「あの時とは状況が違う。アンタはその身を以て実感しなければならないわ。そして覚悟するべきなのよ。自分の命を賭けたってどうしようもならない事だってあると。その位戦場(いくさば)で艦娘が沈むなんて当たり前なの。その軽さを真に知ってから守ると口になさいな」

 

「違うっ! 知ってるからっ! だから沈めたくないんだっ! だから俺は命を賭けるんだっ! 行かせてくれ羅針盤!! 覚悟はある! 俺の命位いつだって……!」

 

「このっ……大馬鹿者っ!!」

 

 いってぇ!? お前、スパナはねぇだろ!?

 

「ここに残った六駆は!? 天龍は!? 那珂は!? アンタはもう一人でここに居る訳じゃない! アンタがどうにかしようとする度に残った者を不安がらせるの!?」

 

「っ……!」

 

「確かにアンタに命を賭けろと言ったわ。それであの子達を救ったのだって十分知ってる、自慢の司令官よ。だから尚更気をしっかり持ちなさい。狼狽えるな、焦るな。このくらい何でもないんだって虚勢を精一杯張りなさい」

 

 言われて初めて気づく。

 

 確かにあの時とは違う。時雨と夕立。天龍龍田しか居なかったあの時とは。

 もう出撃の後俺以外鎮守府に誰も居ないなんて事は無いんだ。

 

 ――狼狽えるな。

 ――焦るな。

 ――虚勢を張れ。

 

 残った皆に不安がけるな。

 そうだ、俺がここで慌ただしく海へ行けば残った艦娘はどう考える? 

 毎回こんな危険があるのかと不安になるだろう? 海は怖い所だと思うだろう?

 

 そして毎回俺は死にに出ようとするなんて思ってしまうだろう。

 

「落ち着いたようね?」

 

「……虚勢だってわかってるのに聞くのは野暮ってもんじゃねぇか?」

 

 そう思えても、海に出てあいつらを迎えに行きたい、すぐにでも。

 そればっかりはどうしようもない。

 

 そんな俺の様子を見てコイツは笑う。

 

「さぁ、司令官? このままじゃ第二艦隊の皆は危ないわよ? 何でもないんだと張った虚勢に実はあるのかしら?」

 

「提督っ! 準備できたぜ! さぁ、指示をくれっ!」

 

 急いで準備を終わらせて来てくれた天龍。

 その目は何でも言ってくれと俺への信頼に満ちている様。

 

 指示。

 

 無理やり冷やした頭で考える。

 

 どうする? こんな時、どうすればいい?

 

 第一艦隊の皆には救援指示を出した。

 だけど第二艦隊を庇いながらここまで戻って来られるかは賭けに近いだろう。

 第一艦隊に天龍を合流させたとしても、同隻で庇いながらの戦闘は厳しすぎる。

 

 だから。

 

「……第三艦隊の皆を、ここに」

 

「第三艦隊って……提督、まさか?」

 

 策は、ある。

 

 上手く行く確証も無ければ、臨めるかどうかすらわからない。

 

 だけど、それでも。

 

「あぁ、あいつらに出撃してもらう」

 

「んなっ!? 無茶だ! あいつらは海に怯えて海上走行すら出来ねぇんだぞ!?」

 

 わかってる。わかってるさ。

 

 それでもやってもらわなくちゃ。

 たとえ俺と二度と話をしてくれなくなっても、関係が修復不可能な位に壊れても。

 

 皆を沈めるよりはずっと良い。沈めないという約束を守る覚悟だけはしているつもりだから。

 

「天龍、第三艦隊をここに」

 

「くっ……わかった!」

 

 何かを言いたげな天龍にもう一度告げる。

 

 そう、いつか来ると言った第三艦隊の役目は――今だ。

 

 

 

「……いつかと同じ光景だな?」

 

「嘘つきにはこの光景がお似合いなのです」

 

 ――すまねぇ、逃げられた。

 

 天龍は俺にそう言った。

 出撃だと呼びに行った瞬間に悲鳴を上げられたと。

 流石に羽交い締めにしてでもなんて言えるはずもなく、こうして俺が迎えに来た。

 

 というのも、逃げる場所に心当たり……いや、そうだったら良いなと思った場所があったからだ。

 

 最初から俺が迎えに行けばいい話でもあるんだけど、妖精に指示を出さなくてはならなかったしな。

 ともあれ天龍には第一艦隊と合流して、製油所地帯沿岸へと向かう様に指示を出して出撃してもらった。

 

 いつかと同じ様に俺へと砲を向けてくる電。

 怯える暁を守るように抱きしめる雷に、俺に色のない目を向けてくる響。

 

 違うのは那珂ちゃんが覚悟を決めたような顔をしながら見守っていてくれていること。

 そして六駆の後ろでようやく蕾を付けたカランコエ。

 

「そうだな、俺は確かに言ったもんな。海を征かなくても良いって。征きたいと思ってくれてからで良いって」

 

「はい。私達はまだそう思ってないのです。……だから、あなたは嘘つきなのです」

 

 嘘つき、か。その通りだ。

 

 状況一つで約束を簡単に破る事が出来る位なら最初からしないほうが良い。そんな事は分かっている。

 

 あぁ、俺は酷い奴だ。だから。

 

「撃っても良いぞ」

 

「なっ!?」

 

 受け入れよう。俺だって俺が許せないんだ。だったら電を含めた六駆の皆が許せなかったり受け入れられなかったりするのは当たり前。

 

「今すぐ撃ってくれても良い。俺が今からすることに我慢が出来なくなれば、いつでも」

 

「ば……馬鹿なのですか!? あ、謝って撤回すれば……!」

 

「それはしない」

 

 そう言って電の横を通り抜ける。幸い、撃たれる事は無かった。

 

 震えしゃがみ込んでいる暁。

 その後ろにあるカランコエの蕾を五つ摘む。

 

「暁」

 

「ひうっ……」

 

 そうして暁と視線を合わせるためにしゃがむが……俯いてしまった。

 直ぐ側からは雷の視線だろう、指一本でも触れたら……うん、どうにかされてしまうだろうな。そう思える視線だ。

 

 まぁそれも構わない。

 

「顔を上げてくれ、暁」

 

「……や、いや……私、わたし……!」

 

 涙を溜めながらも、俺の方を向いてくれた。

 あぁ、ありがとう。伝えたいことがあるんだ。

 

「幸福を告げる」

 

「……え?」

 

「カランコエの花言葉の一つだよ。本当は咲いた時に教えようと思ってたんだ」

 

 出来れば那珂ちゃんが作ってくれるであろう花の冠と一緒に贈りたかったんだけどな。そう上手くはいかないようで。

 スマートな男にはまだまだなれそうにもない。

 

「ここで過ごして……ゆっくり前向きになれた頃に花が咲く。なんて思ってたけど皮算用になっちまった。暁? 俺はお前を幸福にしたい」

 

「こう、ふく」

 

「そうだ。今まで辛いことがあった分……それ以上に幸せにしたい。過去は消えないけど、幸福で消すことは出来ないけど。ここが暁にとって幸せな場所であると思ってもらいたかったんだ」

 

 目一杯の幸せの中で大人のレディになって欲しかった。ぷんすか言いながらそれでも笑っていて欲しかった。

 

 それがこんな形になってしまったことを心の中で謝りながら。

 手を伸ばし、ビクリと震え目を閉じた暁の耳元にカランコエの蕾を挿す。

 

「その幸福を……今、邪魔しようとしている奴がいる。暁の力が必要なんだ。どうか力を貸して欲しい……そして幸せを掴み取って欲しい。暁の幸せが俺の幸せでもあるから」

 

「……しれい、かん」

 

 戸惑う暁から目を逸らしてみれば、直ぐ側に居るのは雷。

 

「カランコエがこうやって蕾をつけてくれたのは、一生懸命害虫駆除したからだな? 雷」

 

「……」

 

 暁に触れたけど何もされなかった。それには安心した。

 けども、俺とは視線を合わせてくれない。何処か辛そうに顔を背けてしまっている。

 

「あなたを守る」

 

「……守ってないじゃない」

 

 仰る通り。むしろ俺は嫌がるお前達を出撃させようとしてるもんなぁ。

 

「ほんとになぁ、俺は情けねぇ奴だ。俺が出来ねぇから花にお願いしてんだからさ」

 

「……」

 

「……雷がどんな思いで暁を守ってくれていたのか、俺にはわからない。だけど見ての通り自分ではどうにも出来ねぇんだ。思いが足りねぇのかな?」

 

「そんなんじゃ……だめよ……」

 

「そう。だから……雷の守るという思いを俺に貸して欲しい」

 

 願いを込めて雷にも蕾を挿す。

 

 手を離した後、挿された蕾にそっと手を触れて目を瞑る雷。

 

 その様子を眺めていたい気持ちは大きいけれど。

 

「響」

 

「……うん」

 

 相変わらずわからない視線。

 だけど、それでも何かを期待……なのかな? そんな目を俺に向けてきてくれている様に思える。

 

 だから何も言わずにそっと蕾を挿す。

 すると何も言わずにそれを受け入れてくれた響。

 

「……花言葉は?」

 

「沢山の小さな思い出」

 

「そっか……司令官は、私と思い出を作ってくれようとしてくれてたんだね」

 

 えらくすんなり。だけど少し違うな。

 

「していた。じゃないぞ響。している、だ。これから先もずっと一緒に響と一緒に思い出を作っていきたいんだ」

 

「……そっか」

 

 そう呟いた後、響は胸にそっと手をあてた。

 

「私は、空っぽだと思う。生まれてすぐに失敗して以来、ずっと何も出来なかったから。そんな私でも、思い出は作っていけるかな?」

 

「いや響。だから良いんだ、空っぽだから良い。そうだとするならその分沢山の思い出を詰め込めるから」

 

「……これも、思い出になるかな?」

 

「もちろんだ。俺は響と、皆と同じ時間を過ごして思い出を重ねていきたいんだ。……知ってるか響」

 

「何を?」

 

「思い出を積み重ねれば……それは絆になるんだぜ?」

 

 俺の言葉に、響は目を丸くして。

 

 小さく笑ってくれた。

 

「さて?」

 

「……私は、いらないのです」

 

 目を電に向けてみれば、小さくいやいやをするように首を振りながら後退りしている電の姿。

 

 まるで俺から逃げるように……いや、この光景から逃げるかのように。

 

 多分だけど。

 

 電は暁を、皆を傷つけようとする者への刃となろうとすることで自分を守ってきたんだろう。

 だから俺は皆を傷つける者でないといけない。そうじゃないと自分が守れないから。

 

「撃っても良いんだぞ?」

 

「ち、近寄らないで欲しいのですっ!」

 

 そう言って砲を構える電だけど、その指は引き金にかかっておらず、少し震えながら宙を舞っている。

 

 電は今、初めて自分を害そうとする人間を目の当たりにしているのかも知れない。

 

「なぁ電?」

 

「寄らないでっ!!」

 

「そんな電が俺は好きだぞ?」

 

「……はぇ?」

 

 いえーい隙あり。蕾を挿しっとな!

 

「な、なななな!?」

 

「おおらかな心。……まぁそんなの持ってなくても俺は電の事が好きだ。けど、そんな心を持ってる電になら思わずキュウコンカッコカリしちまうだろうな」

 

 正確には艦娘全員が好きな訳だけども。嘘は言ってねぇよ?

 

「い、い……意味も訳もわからないのですっ! だって私は……!」

 

「はいはい聞こえませんよっと。電? もう誰が敵で味方でとかもうやめようぜ? 心が擦り切れちまうよ」

 

 六駆の皆を守らなきゃ、皆を傷つける人は誰だ?

 なんてずっと気を張って神経をすり減らして……誰も信じることが出来なくなって。

 

 そんなのやっぱり寂しいよ。

 

「私だって……私だってこんな事したくないのですっ! でもそうしないとっ! 私は、暁ちゃんの様に怯えることも! 雷ちゃんの様に身を挺することも! 響ちゃんの様に殻に閉じこもることも出来ないのですっ!」

 

「うん」

 

「嫌い……私だってこんな私が嫌いなのですっ! でも、でも……!」

 

「じゃあその分俺が電をもっと好きになろう」

 

 電の表情が固まった。本当に訳がわからないといった様に。

 

「俺に預けろ。誰が敵なのか、自分を傷つけるのが誰なのか探すことだって全部、全部だ。電が嫌な事、全部俺に押し付けろ。そうしてお前が望む電になれ。……出来れば、おおらかな心の持ち主に」

 

「司令、官……」

 

 そんな小さな身体で重いもん背負ってんじゃねぇよ。そういうのは男に……俺に押し付けちまえば良いんだ。

 

 それを受け取る覚悟? ははっ! そんなもんいらねぇ! プレゼント貰うのに覚悟がいるのかってんだ。

 

 その発想がこれまで故に持てなかったというのなら、今持てばいい。

 簡単じゃねぇなんてわかってる。けど、それが出来なきゃ前には進めない。

 

「那珂」

 

「……っ!? は、はい!」

 

 うん、ここまでよく静観してくれた。ありがとう。

 

 てなわけで蕾ぷすーっとな。

 

「人望、人気……那珂に六駆と一緒に居てもらって本当に良かった。ありがとう」

 

「う、うん」

 

 カランコエには西洋の花言葉として人望や人気って意味がある。まさにそれを示し、応えるかの様に頑張ってくれた。

 

 よく皆と一緒にカランコエを育ててくれた。

 文句はいっぱい聞いたけど、しっかり装備開発をしてくれた。

 

 本当に感謝している。

 

 でももうちっと頑張ってもらわねぇといけない。

 

「作戦内容を説明するっ! 各艦工廠にて妖精の指示に従い準備を行い、製油所地帯沿岸へと出撃。先行していると思われる第一艦隊、第二艦隊の救援に向かうように!」

 

「了解っ!」

 

 返事をしたのは那珂ちゃんだけ。

 

 それで良い。

 時間が無いのは分かっている。それでも。

 

「俺は波止場で待っている。……待っているからな」

 

 ……手は、差し伸べたつもりだ。後は、皆次第。

 

 俺は来てくれる事を信じている。皆が自分の事を信じられない分俺が信じられなくてどうするってなもんだ。

 

 それでも……それしか出来ないことを歯がゆく思いながら、その場を後にした。


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