二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
波止場から第三艦隊を送り出した俺はそのままその場所で皆の帰りを待っている。
足を震わせながらも気丈に出撃して行った第三艦隊の姿に涙が出そうになるのをぐっと堪えたまま。
今もなお虚勢を張り続けこの場で待っている。
そうしてどれ位の時間が経ったか。そんな俺の肩に羅針盤妖精がふわりと座ってきた。
「怖い?」
「……いつかも聞かれたな? 怖いさ、同じだよ」
あぁ、怖い。
今度こそ誰かを失ってしまうかもしれない。その事が痛みとなって俺の胸を突いている。
だけどそれでも。
「お前が言ったんだろう? 狼狽えるな、焦るな、虚勢を張れって……全く、無茶な注文だよ」
「ふふ。でもそうね、いい顔をしているわ」
馬鹿言っちゃいけねぇよ。俺の内心を知ってるやつがそんな事を言ってんじゃねぇ。
内心、か。
「なぁ? お前は……いや、妖精って一体何なんだ?」
「何よ? 藪から棒に」
さっきの事といい、今のこいつの雰囲気といい。いつも間の抜けたような喋り方をする妖精とは何処か違う。
いや、もしかしたらこいつだけじゃない。他の妖精だってこんな風に豹変するのかもしれない。
「ずっと……って訳じゃねぇんだ。ただそういうものだって思ってた。でもこうして
「艦娘の様だ?」
「……あぁ」
それもよく知る艦娘。
もしかしたら妖精って存在は――
「そうね、ここでおしゃべりをしていても良いんだけれど……第三艦隊が帰投したみたいよ?」
「っ! 本当か!?」
海を見る。
すると遠くの方に見える艦娘の様な姿が微かに見えた。
「漁船、用意できてるわよ?」
「……すぐに出るぞっ!!」
何処か後ろ髪引かれる思い。
だけどそれはあいつらが無事に帰ってきた事程大事ではなくて。
「……安心しなさいな。いずれアンタなら知る時が来るわ」
俺の耳元でそっと、そう呟いてくれて。俺は不思議とすんなり疑問を胸に仕舞うことが出来た。
「おっしごとしゅうりょうっ! お疲れ様っ! 提督っ、第三艦隊帰投しましたっ!」
「あぁ! ありがとう! お疲れ様っ!」
海上で良い笑顔を浮かべながら敬礼をしてくる那珂の手を取り漁船へ引き上げる。そして労いの言葉をかけながら答礼。
「大丈夫だったか?」
「んふふー。それは皆に聞いてあげて欲しいなっ!」
そ、そうだなっ!
で、でもあれなんだよ。ちょっと六駆の皆に気後れが……いや、んな事言っててどうすんだ。それこそ狼狽えるな、だ。
「か、帰ってきたわ……と、当然よ」
「あぁ、立派なレディの暁なら当然だ」
そう言って手を差し伸べる。
俺の手を見て一瞬身を竦める暁の足は震えていて、今も恐怖と戦っているであろうことが伺える。
それでも。
「うんっ!」
足とは違って震えずに手を握ってくれる。
そうして船の上で初めての礼を交わし合った。
「なによもう、雷は大丈夫なんだから!」
「そうか、そりゃ失礼したな?」
足を震わせながらそんな事言われてもなぁ? 思わず苦笑いしてしまう。
そんな俺に頬を膨らませながらも……自ら引き上げてと手を差し出してきた雷。
嬉しい気持ちを堪えることが出来ず、苦笑いを笑顔に変えてその手を掴む。
「ねぇ、司令官」
「なんだ?」
そうして船の上、雷は。
「これからは……もーっと私に頼っていいのよ!」
「……あぁ! 頼りにしているぜ?」
満面の笑みでそう言ってくれた。
「……司令官」
「おう、待たせたな? さぁ、手を……」
響に手を伸ばしてみれば、小さく頷きしっかりと手を握ってくれる。
「これも、思い出?」
「あぁ、ちっせぇ思い出だけど……悪くないだろう?」
船の上でそう言ってみれば、響は胸に手を当てて。
「そうだね。うん。本当に……悪くないね」
「……これから、沢山作ろうな?」
少し恐る恐る言ってしまった。
だけどそんな俺が可笑しかったのか。
「うん」
随分と綺麗な笑顔で頷いてくれた。
「で、だ」
「……何なのです?」
海面をジャンプして何とか自力で船の上に乗り込もうとしている電さん。
「キミは何をしているのかね?」
「う、うるさいのですっ! 私は自分で登れるのですっ! 司令官の手なんか要らないのですっ!」
そう言い放って必死な形相を浮かべながら跳び続ける電。
だが、残念。背が足りない。
届かない事を認めたのか恨めしそうな顔で俺を見上げる電さん。かわいい。
「……ほら」
「う、う~!」
差し伸ばした手を睨んだ後ふと違う方向へと目を逸し、やがて諦めたように。
「ちゃ、ちゃんとしっかり握って欲しいのです」
「わかってるって。落としたりなんかしねぇよ」
俺の手を握ってくれた。
だけど、勢いがつきすぎたのか。
「きゃっ!?」
「うわっと」
引き上げると同時に電が俺の胸に収まってしまい抱きつかれる形に。
その事を理解した電は。
「は、は……離れるのですーーーーーっ!!」
「うわちょ!? しゅ、主砲はやめろって!?」
俺に主砲を突きつけ、顔を真赤にしながら凄い勢いで後退っていった。
「ふーーー! ふーーー!?」
「どうどうどう……落ち着け電、今のは事故だ事故」
猫みたいに威嚇してくる電を落ち着かせようと試みるも中々落ち着いてくれない。
そんな俺達をケラケラ笑いながら那珂ちゃん。
「ほらほら。そうやっていちゃつくのも良いけどーまだ皆帰ってきてないんだからねっ!」
「そ、その通りだ。まだまだ気は抜けないんだ。か、各艦気を抜かないようにっ!」
そう言ってみれば半目で白けたような視線を向けてくる第三艦隊。何故にホワイ。
「はいはーいっ! 皆改めて警戒態勢を取っちゃうよー!」
「「「「了解っ!!」」」」
「……あっるぇー?」
何で皆那珂ちゃんに格好いい敬礼向けちゃってるのかなー。
頭にきました、那珂ちゃんのファン辞めます。
……ともあれ。
「こっちは大丈夫だった……無事に帰ってきてくれよ……!」
無事を祈らずにはいられない。後は第一艦隊と第二艦隊の皆を待つだけだ。
「……よく、無事に帰ってきてくれた」
第三艦隊を船に迎えてしばらく。夕日が沈む頃に第一、第二艦隊も迎えることが出来た。
そう、誰一人沈むこと無く。今は鎮守府へと急いで漁船で向かっている。
第一艦隊の損傷は軽微。天龍と龍田が小破、夕立が中破しているが問題はなさそうだ。
まだまだいけるからと、道中の警備をしてくれている。
第二艦隊はかなり酷い。
鳳翔、古鷹はボロボロ。傷がない所を探すほうが難しい状態で、加古もまたそれに近い。
大淀はどうやら無事に高速修復材が間に合ったらしく無傷。一安心ではある……が。
「も、申し訳……っ!」
「良いんだ」
何かを言おうとした大淀を抱きしめる。
「何があったのかは後で聞く……そして話をしよう。だから今はお前達が無事に帰ってきてくれた喜びだけを感じさせてくれ」
「てい、とく……」
大淀の体温をしっかり感じた後、横たわらせた鳳翔と古鷹に近づく。
「提督……? 申し訳ありません、私が至らなかったばかりに」
「何言ってんだよ、ちゃんと一番大事な任務は鳳翔のおかげで遂行してもらえた……こんな時は誇ってくれ。俺の無茶な要求に応えられたことを」
鳳翔の頭を撫でる。
「……そう、ですね。本当に……大変な任務でした……」
「あぁ、酷い提督だろう?」
「ふふふ……はい、貴方は……とても厳しい提督です」
そう言って鳳翔は目を閉じた。すぐに聞こえる静かな寝息。ようやく安心出来たのだろう。
「古鷹」
「提督、ごめんなさい。こんな格好で」
鳳翔と同じく申し訳無さそうな表情を浮かべている古鷹。それでも何とか敬礼を取ろうと手を震わせる。
その震える手を。
「いや……古鷹? すまん」
「え? ……あ」
優しく握った。
恐怖症だと分かっている。だけどそれでも、この手が死地を切り拓いてくれたんだと思うと。
「ありがとう。言葉だけじゃどうにも伝えきれないんだ」
「……ふふ、大丈夫です提督。怖がる力……残ってないみたい。しっかり、伝わって来ます」
俺の手を古鷹は大事そうに、嬉しそうに両手で包み込む。
初めて触ることが出来た古鷹の手はとても温かい。
「だから提督? 気持ち悪く無ければ、ですけど……」
「帰るまでずっと握ってるから」
「……はい」
にっこりと笑ってくれて古鷹もまた目を閉じた。
「あーあー。美味しい所取られちゃったかなー?」
「……加古」
酷い損傷には変わりないはず。それにも関わらず加古は笑っておどける。
「ここは古鷹に譲るからさー……提督?」
「うん?」
「この傷が治ったらさ、一杯付き合ってね?」
指でお猪口を作り、くいっと飲む仕草。
「……アテはチャーハンで良いか?」
「お!? ラッキー! いいねぇいいねぇ! 約束だよー?」
言いながら俺達に近づいてくる加古。
そしてその場に座り、俺と古鷹の手に自分の手を重ねた。
「……ホントはさ、あそこであたしも皆も沈む事を覚悟してたんだー」
「……うん」
「鳳翔さんが言ってた。提督の為に戦って沈めるなら悔いは無いって。あたしもそう思った……だけどさ」
少しの間。
重なり合った手に向けられて居た視線はその間の後、俺へと向けられ。
「次からは悔いが残っちゃいそうだから。もう、提督の為に沈むなんて思わない。提督と……自分の為に絶対帰ってきてやるって思うよ」
「……あぁ。そんなの、当たり前だぞ?」
「へへっ! そうだよね! なんかさ、言っておかないといけないって思っちゃってねー!」
照れくさそうに鼻を空いている手で掻く加古。
何よりの言葉を貰った。
そう、俺の為に沈むなんて思わないで欲しい。
――あぁ、そうか。
もしも、俺があの時妖精の制止を振り切って海に出たら。
皆もこんな気持ちになっていたのか。
「……ありがとう、加古」
「いいよいいよ! あたしこそありがとうね!」
そしてそのまま俺の耳元に口を寄せて。
「……大淀、大破する前にさ。捨てられたくないって言ってた。多分、それで焦っちゃったんじゃないかな?」
「……そっか」
言い終われば俺から離れ、再び古鷹へと視線を向ける加古。
当然だけどやっぱり疲れていたんだろう、古鷹の眠りに誘われるように船を漕ぎ出す。
捨てられる、か。
ふと大淀の方へと視線を向けてみれば、俺の視線にびくりと肩を震わせる大淀。
そうか。
やっぱりうちの鎮守府はそういう所だったんだ。
だけど。
「そんなの、認めない」
認める訳にはいかない。
俺の鎮守府は
そんな艦娘を捨てる場所であってはならない。
笑顔が溢れる
なぁ、大淀。捨てられる事の恐怖もわかるし、拾ってくれた相手の役に立とうと懸命になる気持ちもわかる。
俺がかつて抱いた思いと似た思いを抱く大淀。
だからこそわかる。俺にしか言えないことがある。
提督としても、俺としても。