二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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大淀が提督とお話するようです

 結局の所私はただ怯えていただけだった。

 

 ――今度はもう捨てられることすら無くなってしまいますよ?

 

 何処か遠くに聞こえていた天龍さんの声と共に聞こえたその言葉は誰の物か。

 でもその時の私はそれすら気にならず、ただその言葉に怯えた。

 

 ――そしてあなたは提督に……彼女達を捨てさせるのですか?

 

 それがトドメだった。

 

 気づけば偵察機を発艦していた。無我夢中だった。はっきり言ってあの時の事は今でも現実感を持てない。

 

 だけどそれでも。

 私のせいで皆を失わせる。

 私が皆を沈めてしまう。

 

 その事が改めてわかった時、恐怖……怯え以上のものを感じた。

 

 自分を信じられるかなんて無理に決まっている。

 

 だけど。

 

 やるか、やらないか。

 

 そんな単純な二択を前にしてようやく私は動くことが出来たんだ。

 

 海で提督に迎えられて、鎮守府に皆で戻ってくることが出来て。

 

 その事が信じられなかった。夢かと思った。

 目の前の光景が信じられなくて、抱きしめられて感じた事実も体温も信じられなくて。

 

 もう訳が分からなかった。だからあの時もやっぱり怯えていた。

 

 そうして今、私は目の前のドアをノックしている。

 

「……あ、提督は居ないのでした」

 

 ――執務室……は落ち着かねぇか。隣にある俺の部屋、先に行っててくれないか? 俺もすぐに行くから。

 

 そう言って部屋の鍵を渡された後、提督は慌ただしく第二艦隊の皆を連れて入渠ドックへ向かった。

 

 そうだ。いくらなんでも浸りすぎでしょう、私。

 いや、現実逃避なのかも知れない。

 

 味方殺しは居ないほうがマシ。

 私はそれに近い……いえ、多分それをしかけた。ならば私の行先も決まっているだろう。

 

 解体。

 そうだ、それで良い。

 私もこんな私に悩むのに疲れた。

 ここは墓場鎮守府。骨が残るのかわからないけど、埋めるには丁度いい場所だから。

 

 頭に浮かんだそんな言葉を胸で噛み締めながら、鍵を開けて入室した。

 

「失礼、します」

 

 ――あぁ、懐かしい。

 

 諦観で埋め尽くしたはずの胸に去来したのは懐かしさ。

 

 部屋は至ってシンプル。

 沢山の本が埋まった本棚とその近くにあるテーブル。ただそれだけ。

 

 それだけにも関わらず懐かしさを覚えたのは、テーブルの上に散らばった書類と本の山があったからだろう。

 

 思わず、口元が緩む。

 そうだ、懐かしい。かつて司令長官の下に居た時もこんな光景をよく見た。

 

 あの人は、どうだっただろうか。

 書類を睨みながら頭を掻いていたと思う。

 その仕草は酷く子供っぽくて、思わず手伝いを申し出たっけ。

 

 ――ありがとう、助かるよ。

 

 あぁ、あぁ。

 そうだ、それも覚えている。あの人は申し訳なさそうに笑っていた。

 

 それがいつからだろう。

 常に整頓された机。私の手伝いを必要としなくなり、そんな笑顔も見られなくなったのは。

 

 やっぱり、私の事を役に立たないと見切ったからだろうか。

 

 そんな事を考えながら、思わずテーブルの上へと乱雑に置かれている紙を手に取り――驚いた。

 

「これ、は?」

 

 びっしりと詰まっている文字。

 パソコンで打たれただろう文字に加えて手書きのものも所狭しと加えられている。

 

「……夕立。白露型駆逐艦4番艦……リンガエン湾上陸作戦、タラカン上陸作戦……最後は第三次ソロモン海戦、鉄底海峡に沈没した……これは艦歴? いえ……これは」

 

 続く文面には艦娘となり、ここに居る夕立さんの特徴が挙げられていた。

 

 突撃しがちな夕立さんを活かし、生かす為にはどうするべきか。必要な訓練は? 装備は?

 そういった内容がびっしりと書かれている。

 

「ま、まさか」

 

 慌てて違う紙を手に取る。そこには天龍さん、時雨さん……この鎮守府に着任した艦娘の提督視点によるデータがびっしりと書かれている。

 

 そして。

 

「わ、私のも……」

 

 皆のと同じ様に、艦歴や装備についての考察……そして。

 

 訓練の所には書いては二重線を引っ張りと……沢山書かれた訓練方法。

 

「顔を突き合わせて……相談……」

 

 最後に大きく丸で囲われていたのはそんな文字。

 

「てい、とく……」

 

 まだ他のに比べて真新しい紙。出来上がってからそんなに時間は経っていないのがわかる。

 それにも関わらず、これだけ考えていてくれた。

 

 悩んでいてくれたんだ。私と、同じ様に。

 

 どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 

 私は、今の感情に名前がつけられない。

 

 知ろうとしてくれた、向き合おうとしてくれた。

 それがこうして理解できて。

 

 思考に逃げてばかりの私とは違って、提督は歩み寄ろうとしていた。

 

「……話さなきゃ」

 

 そんな人から逃げちゃいけない。

 空想に怯えて、自分で勝手に逃げていただけなんだ、私は。

 

 向き合おう、話し合おう。

 

 この気持ちに名前を付けるために。

 解体されるのは、それからでいい。それ位なら、提督は許してくれるはずだ。

 

 

 

 その後すぐに提督はやってきた。一時間以上はかかると思っていた私の予想を裏切り少し息を切らせながら。

 テーブルの椅子に私が座り、提督はベッドに腰掛け。

 少し悩んでいたように見える提督が口を開く前に、私が覚えている限りの戦闘内容を報告した。

 

 いきなりといっていい私の報告に提督は少し驚いた様子だったけど、それもすぐに収めてじっと耳を傾けてくれて。

 

 やっぱり何処か怖いと思いながらもそれから逃げる様に私は言葉を続ける。

 

 覚えていること。

 

 順調に渦潮手前まで進軍できたこと。

 そこから飛ばした偵察機に映った光景を見て、私が無理に強行進軍しようとしたこと。

 そして渦潮に入ろうとした時、砲撃が直撃し……目を覚ましてみれば第一艦隊と連合し戦闘を行った事。

 

 全部。

 私が受けた言葉、思ったこと。

 全てを話すことが出来たと思う。

 

「……そっか」

 

「はい、報告は以上です」

 

 聞き終わった提督は静かに目を閉じた。報告を頭の中で整理しているのだろうか、腕を組んでじっと何かを考えている様だ。

 

 静かに考え込む提督を尻目に、私の胸は早鐘を打つ。

 

 どう思っただろうか。なんと言われるだろうか。

 

 私自身報告しながらどれだけ自分が無様を晒したのかという事が分かったんだ。

 客観的に考えることが出来るのであれば、その姿はどれ程のものか……想像したくない。

 

 仲間殺し。

 

 私はそれに近い……いや、まさにそれをしようとしたんだ。

 

 無能どころじゃない、もはや罪と言ってもいい。

 そんな存在はどれほど戦力が不足していようと、居ないほうがマシなのだから。

 

 だから。

 

「……私は、解体ですね」

 

「……」

 

 解体したほうが良い。いや、解体するべきだ。私ならそうする。

 多分、司令長官もそう思ったのだろう。だから私をここに送った。

 

 思い出せばここへ戦艦の長門さんや陸奥さんを送ろうと提言したこともそうだ。

 そんな事をすれば資源の枯渇しているこの鎮守府はどうなる? その戦力の真価を発揮する事無く無駄にその力を失っていただろう。

 

 私は、あまりにも視野が狭い。

 一つの事へ没頭し、何かを見落としてしまう。

 

 そんな私は……居ないほうがマシなんだ。

 

「大淀は……どうしてそう思う?」

 

「だ、だって……! 私は仲間を殺そうとしたんですっ! しかもただ能力が足りなかった訳ではありませんっ! 私は……私の事しか考えていなかったっ! 捨てられたくないっ! その為にどうすれば自分の有用性を示せるか、それだけを必死に考えていた様な艦娘ですよっ!?」

 

 どうしても何もないでしょう!

 皆が必死に任務達成の為に働く中、私だけがそんな事を考えて集中を欠いていた!

 あまつさえ、自分の思いに引き摺られて味方を巻き込んで……!

 

「やっと言ってくれたな」

 

「……え?」

 

 そんな私を見て提督は安堵するように笑顔を浮かべていた。

 

 やっと言ったって……私は、何を言っただろう。

 

「捨てられるって怖いよな? 怯えちまうよな? 何としてでも回避したいよな? その行為自体はもちろん。何より、普通が狂う事が怖い」

 

 な、何をわかったような……っ!

 

「何を……っく! 違うでしょう!? 貴方は提督です! 艦娘を使う人間ですっ! 理解を示そうとしないで下さいっ! 貴方がするべきことはそうじゃない、私を切り捨てる決断をするべきですっ!」

 

 そうだ。理解しようとしてくれなくて良い。

 

 声を荒げる私に向けて笑みを一つ。提督はその後、静かに瞑目して口を開く。

 

「沢山のお兄ちゃん、お姉ちゃん。弟に妹が居るから毎日幸せです」

 

「はい?」

 

「……よくあるだろう? 授業参観に家族やら幸せやらをテーマにした作文を発表するの。その子はそんな内容の作文を朗らかに読み上げた」

 

 授業参観? 作文?

 提督は何を話そうとしているんだろう? 今、それを話す事に何か意味があるのだろうか。

 

 でも……。

 

「他の子がまるで自分の親を自慢するかの様な内容の作文を読み上げては、うらやましいなーなんて言葉達と共に拍手をされる中。その子が読み終わった時に待っていたのは……同情の声だった」

 

「ど、同情?」

 

 話始めた目の前に居るはずの提督が、一気に遠ざかった様な感覚を覚えた。

 

「それに酷く困惑した。だってその子は自信満々だったんだ、その日来られるはずの無い親が居なくとも作文を発表する事に何の躊躇いも無かったし、その作文も揚々と書いていた。あまつさえ、どうだ羨ましいだろう? なんてすら思っていた。だからこそ自分を迎える同情や励ましの言葉に困惑した」

 

「それは……何故、ですか?」

 

 膝がテーブルにあたって、思わず無意識に距離を近づけようとしていた事に気付く。

 そんな私に向かって少し寂しそうな笑顔を向けてくれた後。

 

「知らなかったんだ。普通の幸せってヤツは当たり前の様に両親が居る事が前提だってのを。授業参観が終わった後、何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。なんて言っていた人もいたし……その日から今まで以上に遊びに誘う子が増えた。それで知ったんだ、自分の幸せは普通じゃないって」

 

「……」

 

「物心つく前から多くの血の繋がらない兄弟姉妹達と過ごして。培って来た幸せってやつはどうにも普通じゃないらしく……かと言ってその子を育ててくれた職員の人に相談することも出来ない。そうして幸せは疑問に代わり、狂っていった。そう、その子は捨て子だったからそんな当たり前がわからなかったんだ」

 

 ……怖い。

 その子の事を何故か自分の事の様に感じることが出来た。

 

 普通が、狂う。

 

 それは何でだ?

 いや、わかってる。

 

 捨てられたから、だ。

 

「その子は……どうなったんですか?」

 

「……荒れたよ。もう元の元気で明るかった面影なんて見られなかった。自分の普通を守ろうと誰も寄せ付けなかった。友達だけじゃなく、兄弟姉妹達まで。……そうした時をずっと過ごしたその子に転機が訪れた」

 

 転機。

 

 字の如く、機が転ぶ事。

 

 そうか、その子は……。

 

「里親になると言ってくれた人が現れた。……そうして、色々あって。その子は元の自分を取り戻したんだ、新しい普通と共に」

 

「新しい、普通……」

 

 そう言った提督はずっと浮かべていた笑顔を清々しい笑顔に変えた。今ではもう、感じる事の出来る距離に狂いは無い。

 

 新しい普通。

 

 そうか、提督は。

 

「大淀」

 

「はい」

 

「俺はお前と……いや、お前達艦娘と家族になりたい」

 

 思わず息が詰まった。

 それは予想していた言葉とは全く違う物で。

 新しい普通をくれる。なんて言ってくれると思っていた予想を完全に裏切った。

 

「そうして皆で作りたい。居心地の良い場所を、居たいと思える場所を。……まぁ、俺の手によってなんて思ってた事もあったけど、皆が幸せだと思えるには俺の手だけじゃ足りないみたいで」

 

「……」

 

 言葉が、出ない。

 

 こんな言葉を向けてくる人が居るなんて思わなかった。

 

 私達は……兵器だ。

 そんなものと家族になりたいなんて言う人がいるわけがない。

 

「家族を捨てるなんて事はしたくない。失敗を皆で分かち合って支え合う家族になりたい。喧嘩しても良い、泣いても良い。最後に笑い合えたらそれで良い。そうして皆で普通を……幸せを創りたい。解体なんて悲しい事を言うな、俺には大淀が必要なんだから」

 

「てい、とく……」

 

 あぁ……この人は……少し手を震わせながら私に手を差し伸べるこの人は。

 

 間違いなく何処か壊れている。私達艦娘が一人でも沈めば容易く塵になってしまうくらいには。

 

 ――この危うい人を支えたい。

 

 あぁ、そうなんだ。

 私がこの人に対して思った最初の気持ちは、これなんだ。

 

 私達……ううん、ここにいる艦娘達が惹かれる訳だ。

 

 彼は、心底艦娘を必要としている。

 

 だから。

 

「今回の様に失敗してしまうかも知れませんよ?」

 

「ならそれを支えて後で沢山叱ってやる」

 

「後ろ向きな事ばかり考えてしまいますよ?」

 

「なら俺が、俺達が前向きにしてやる」

 

「……私は、ここに居ても良いのですか?」

 

「居て欲しい」

 

 向き合おう。

 

 私の新しくて初めての居場所(家族)と。

 

 手を取ろう。

 

 私がたどり着いた提督(答え)の。

 

「……提督」

 

「うん?」

 

 

「軽巡大淀、戦列に加わりましたっ! 艦隊指揮、運営はどうぞお任せくださいっ!」

 

 


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