二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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三人称也


司令長官も大変なようです

「司令長官、どういう了見か説明してもらおうか」

 

 緊迫した空気が張り詰める一室。

 その中の一人、厳しい顔を浮かべた初老の男が言葉を放つ。

 

 それに続き、半数以上の者が怒りにも似た視線を長官に投げかける。

 

「どういう了見か……ですか。何に対して仰っているのか、無能な私に是非教えて頂けませんか?」

 

「貴様っ! 何をいけしゃあしゃあと……!」

 

 顔を赤くしながら、一切の表情を変えず涼し気な雰囲気のまま話す長官へと思わずといった様に立ち上がる怒りの視線を投げかけていた男。

 

 彼は先日提督の地位を剥奪された男の面倒を良く見ていた者だった。

 我が子同様に可愛がり、自身の知恵や経験を語り手塩にかけてその地位への後押しを熱心にしていた。

 

 それがどうだ。まさか提督を辞めさせられただけではなく、禁固刑となり不自由な扱いを受けることになった。

 

「先の軍法会議っ! 何故あの子が提督を辞めることになるっ! まして禁固なんぞ……説明してもらおうっ! 場合によっては貴様……!」

 

「これは異な事を……私の仕事は使えなくなった者の処理。それは貴方がよく知っている事でしょうに」

 

 肩を竦め、やれやれと言ったようにため息交じりでそう言葉を返した長官。

 

 その姿を心配気な表情で見守るのは極めて少ない。

 

「使えなくなった……だと? ならば真っ先に処理すべき者が居るではないかっ!」

 

「おや、それはいけない。すぐに処理致しましょう……それは誰でしょうか? 職務を全うする為にも是非お教え頂きたい」

 

「き、き……貴様ぁ!!」

 

 我慢ならぬと腰の刀を引き抜きそうになった男を。

 

「静まれ。私が説明を求めた了見はそれではない……中将、場を乱すだけならば退室するが良い」

 

「っ……! も、申し訳ありません、元帥閣下殿……」

 

 悔しげな表情を浮かべながらも中将と呼ばれた男は着席し……再び怒りに殺意を交えた視線を長官へと向ける。

 

「騒がせた。さて、長官。無能だと言う貴様に改めて問おう。大本営所属の艦隊を援軍に向かわせたその理由を」

 

「はっ!」

 

 起立したままの長官は敬礼と共に姿勢を改め口を開く。

 

「まず一つ。横須賀主力鎮守府を守る盾であるあの鎮守府。その戦力を確認するためであります」

 

「確認なら偵察機でも十分に行えただろう。交戦する必要は無いはずだが?」

 

「はい。いいえ、元帥殿。彼女達はその為の露払いを行っただけであります」

 

 表情を動かさず言う長官の姿に元帥は口元を愉快気に歪める。

 

 彼にとって、自分に対していいえと口にした者は久しぶり。

 まして、今までずっとはいと答えていた者が口にするのだ、愉快にもなる。

 

「ふっ、あくまでも援軍目的ではないということか。だが長官、貴様自身が言ったことを忘れたわけではあるまい。あの鎮守府に対して戦力を使う事は無いと」

 

「はい、無論です。先の作戦で失った戦力を回復させる時間稼ぎの為に建造された鎮守府に戦力を使う等本末転倒。ですが、その甲斐あって横須賀方面各鎮守府の戦力が元のもの以上に回復しつつある今、我らはその先を見なければなりません」

 

「……南一号作戦、か。再びあの作戦を決行する為にあの鎮守府の戦力、状態確認を行った。そう言いたいのだな?」

 

「はっ!」

 

 再び敬礼を取る長官。

 その姿はそれが真実であり、それ以上の答えを有してはいないと示している。

 

「ならば気にしている者が居るこちらも改めて問おう。何故あの提督を降ろした? あの提督はこの場に居る中佐を筆頭に運営されている提督養成校にて優秀な成績を挙げ、あの鎮守府建設作戦を完遂させる事が出来た殊勲者ではないか。その理由を述べよ」

 

 元帥のその言葉に待っていましたと言わんばかりに中将を含めた多くの者が身を僅かに乗り出した。

 

 そうだ、理由を述べよ。我々を納得させるだけの理由を。

 

 その者達の目はそう言っている。

 

 だが、そんな視線を受けて尚。

 

「言った通りであります元帥。私の仕事は使えなくなった者を処理すること……それをただ遂行しただけの事です」

 

「あの者は優秀な成績を収めた素晴らしい提督だぞっ!? それを……!!」

 

「静まれ……三度目は無い」

 

 少し苛立った様な声に中将は身を竦め気勢を失う。

 その様子を横目にしながら長官は続ける。

 

「どれだけ優秀……使えた者でも使えなくなる可能性はあります。彼は少しやりすぎた。自身の戦果を誇りすぎた、そして持っていた目を曇らせた。故に処理した。それだけの事です」

 

「……それは、貴様の副官扱いであったあの大淀のようにか?」

 

 元帥が不意に長官の副官だった艦娘――大淀の事を口にした。

 

 その事に一瞬動揺する長官。

 元帥が艦娘の名を口にしたのは初めてであり、今も尚長官の心に刺さったままのトゲである事であったが為に。

 

「――はい。その通りです。大淀が彼への敬慕の念で目を曇らせたように、です」

 

 先程とは違い、少し顔を引き攣らせながらもそう答える長官。

 その姿に元帥は、得心が行ったと言うように頷いた。

 

「良いだろう。その件については不問にする」

 

「元帥閣下!?」

 

「今後その件を持ち出す事は許さん。これは結果だ。この結果を鑑み、各々すべきことに向かうように」

 

 きっぱりと言い切る元帥を前に、多くの者は悔しげにテーブルへと視線を落とす。

 長官を心配していた者達もほっと胸を撫で下ろすと共に、力強い視線を持ち上げ口を開く。

 

「では、南一号作戦を決行する時が来た……という事ですね」

 

「准将……ふむ。長官、その事について述べよ」

 

 准将の発言に、元帥の驚いた様子も一瞬。

 再び長官へと視線を戻し水を向ける。

 

「はっ! あの時とは違い、戦場を広げることが出来ます。そう、あの鎮守府が建ち、前線を押し上げることが出来たが故に多くの戦力が投入可能です」

 

「ほう……つまり、横須賀方面の戦力を集めて作戦を執り行うという事か」

 

「はい。あの時とは違い、深海棲艦の数も増しています……そしてそれに対応するにはあの鎮守府の戦力だけでは足りませんし……何より」

 

「何より?」

 

 ――二周目のある事が奇跡。それでも三周目があるとすれば、もう我々人類が敗北した後でしょうから。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 司令長官室に戻ってきた長官はイスに深く座り込み、身体の力をすべて預けた。

 

 ――今に覚えておくことだ。

 

 そんな言葉に辟易としながらも戻ってきた長官の顔には疲労が色濃く表れている。

 

 艦娘兵器派。

 

 言葉にしてしまえばその様な派閥。

 一度目の南一号作戦において手酷い損害を負い窮地に立たされた後、再起を図るべく行われた鎮守府建設作戦。

 それを執り行ったのはその一派。

 

 そして多くの艦娘を沈めながらも成功させてしまって以来、急速に勢力を増した派閥。

 司令長官の知るかつての提督養成校は、今はもう彼らの思想に染まり無くなってしまった。

 

 その事を、酷く司令長官は残念に思っている。

 

 そう、残念に思っているからこそ、現場を取り仕切る実権の多くを握っている長官の存在は兵器派の者に取って目の上のたんこぶと言っていいもので、是が非でも引きずり落としたい存在だった。

 

 だが、一度目の南一号作戦。

 多くの提督、艦娘が海に散りながらも双方痛み分けとなった作戦。

 その数少ない生き残りである長官自身も紛れもない英雄で、引きずり落とす事は極めて難しい。

 

「複雑だね……」

 

 形だけ見れば、南一号作戦をフォローした鎮守府建設作戦。そして今も尚期待以上に戦果をあげ続けるあの提督。

 上手く行っている。間違いなく上手く行っているのにも関わらず、素直に喜べない司令長官だった。

 

 目を閉じ、静かに今後の事へと思考を働かせている時。

 

「ん?」

 

 窓を叩く小さな音が部屋に響いた。

 

「久しぶりだね?」

 

「ええ、久しぶり」

 

 窓を開けて部屋に入ってきたのは小さな存在。

 だが司令長官にとってはこれ以上無く大きい存在。

 

「相変わらず難しそうな顔をしてるわね? 司令官」

 

「ははっ、苦労してるんだよ? これでも。よく知ってるはずだけど? なぁ、妖精(むらくも)

 

 お互い笑顔になりながら、かつてもしたやり取りをした後部屋へと迎え入れた。

 

 部屋に入った妖精はそっと長官の机の上に座り、げんなりした声をあげる。

 

「あいっかわらず整頓が下手ねぇ? 何とかならないの? このごちゃっとした書類」

 

「はは、耳が痛いよ……まぁそれはともかく言いたかった事があるんだ」

 

「何よ?」

 

「ありがとう。あのクソ提督の見張り。あの鎮守府との往復は大変だったろう? でもおかげで助かったよ」

 

 そう言って小さく頭を下げる長官。

 その姿に妖精は鼻を鳴らし。

 

「良いのよ。私こそありがとう。おかげですっきりしたわ……でも久しぶりにクソなんて汚い言葉を使うのね?」

 

「誰かさんのせいかもね?」

 

「ふふっ、よく言うわ」

 

 笑い合う一人と一匹。

 その間に漂う雰囲気はまるで長い間時間を共にした友人の様。

 

 そのまま慣れた手付きで妖精の為に小さなコップへとお茶を注ぐ長官。

 それを楽しそうに見守る妖精。

 

「ありがと、でも長居はしないわよ?」

 

「うん。だけど折角来たんだ、お茶の一杯位飲んでいきなよ」

 

 その言葉に妖精はコップへと口を寄せる。

 

 それからしばらく二人に会話は無かった。

 だが、長官はさっきまで身に纏っていた雰囲気を消してリラックスしながらイスに座って身体を休めているし、妖精もまたその様子を満足気に眺めながらゆっくりとお茶を飲む。

 

「……僕は、さ」

 

「うん?」

 

 そんな中、不意に長官の口が開いた。

 目を閉じたまま、何かを思い出すように。

 

「彼らの意思をちゃんと継げているだろうか? 彼らの思いを無駄にしていないだろうか? ……全てが終われば、彼らと同じ場所へ往く事が出来るだろうか」

 

「……司令官」

 

 その言葉は何処か弱々しい。

 だが、妖精にとっては聞き慣れた物。

 

「事は上手く運ばれている。アイツは本当に期待以上に動いている。アイツが今、何を感じて何を思って……何を見ているのか。今の()にはわからない。そんな中、それだけが心配なんだ」

 

「……」

 

「今自分がやっていること。この日本を救う為だっていうのはわかってる。けど、想いを裏切って、誰かを傷つけて……そんな事までして守らないといけないのか?」

 

 かつて感じた雰囲気だからだろうか。

 普段決して表に出すことの無い長官が表に出てきている。

 

 そんな長官を。

 

「酸素魚雷食らわせるわよ?」

 

「……」

 

 かつて口にしたことを思い返すように笑い飛ばした妖精。

 

「全く。立派な司令官になったと思ったら、まだまだ甘ちゃんな司令長官ね」

 

「……ははっ、全くだ。キミの教育不足なんじゃないかな?」

 

 軽口を叩き合う。

 それもまたかつてあった光景。

 

「そうね。私としたことが、ね。じゃあ良いわ、最後の教育よ?」

 

「うん」

 

 こほんと小さく咳払い。

 その後妖精は胸を張りながら言葉を続けた。

 

「たとえ多くの者がアンタを間違いだと断じても。私だけはアンタを認める。だからアンタは私を信じて先を往きなさい」

 

「……やれやれ、己を信じてと言わない辺り……キミも変わったね?」

 

「ええ、だって今の私は羅針盤(先を示す者)ですから」

 

 そう言って再び笑い合うのはこれで何度目か。

 

 妖精はコップのお茶を飲みきって窓に向かう。

 

「もう行くのかい?」

 

「ええ、アンタと同じ様にこれでも忙しいのよ」

 

 頷きながら長官は窓を開け直す。

 

 そうして去り際、思い出したように妖精は口にする。

 

「アンタがそんな調子だったら、草葉の陰の皆が心配しちゃうんだからね? しっかりやり遂げなさいな」

 

「あぁ、そうだね。うん……それは良くない。ありがとう」

 

 目に力を取り戻した司令長官を満足気に見届け。

 

 妖精は飛び立った。




二章終わりっ!
次話からは閑話突入です。
ちと閑話はのんびり投稿になります。申し訳ないです。

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