二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル/靴下香

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三人称視点じゃよ


二章之閑話
夕立のぽいぽいdays ②


 朝日が窓から柔らかく差し込み照らす執務室へ続く廊下。

 機嫌の良さを軽快な足取りで表現しながら鼻歌交じりに歩く、本日お休みな夕立の姿があった。

 

 時刻はマルナナマルマル。

 

 夕立の休日はまだ寝ているであろう提督にダイブすることから始まる。

 朝ダイブは止めてくれと言われているのにも関わらず続けられたこの恒例に提督は白旗を振った。曰く、もう好きにしてくれと。そう笑い交じりにそう言った。

 何だかんだで慕われていると実感できるその瞬間を享受出来ることが嬉しいからだろう。

 

 もちろん夕立にしてもそうだ。

 飛びついても避けられること無く受け止められ、仕方がないなと困ったような笑顔を向けられる。そんな提督の笑顔が好きで、胸が温かくなる。

 夕立が自覚している沈まない意思の一つ。

 それは間違いも疑いようもなく、提督から向けられる笑顔が心地よいからというものだった。

 

 そんな訳で今日も今日とてダイブに向かう夕立。

 

「――あれ? 開いてないっぽい?」

 

 執務室のとなりの私室。

 そのドアを開こうとノブを回そうとするが、ガチャリと拒むような音と手応えが夕立に伝わる。

 

 提督の起床はいつもこの時間。

 他の提督がどうかは知らないが、誰かに起こされようとも自分で起きようとも、彼はこの時間にいつも起床している。

 又、提督は私室に居る際は鍵をかけない。その事は所属している艦娘全員に周知されている事でもあった。

 

 故に提督は今自室には不在なのだ。

 

「むー……提督さん、何処に行ったっぽい?」

 

 休日の慣習とも言える様になった行為が出来ないことを残念に思う夕立は頬を膨らませる。

 片手を腰に、指を口元に添えて提督が何処に行ったのか考えを巡らせようとした時。

 

「あら? 夕立さん。どうされました?」

 

「あ、大淀さんっ! おはようございますっ!」

 

 すぐ隣の執務室から出てきた大淀から声がかかった。

 その声に対して元気よく笑顔で挨拶をする夕立。

 

「はい、おはようございます。提督に何かご用事でしたか?」

 

 言いながら柔らかい笑顔を向けてくる大淀。

 その顔に浮かんでいる表情はここに来た頃とは違う自然な物で、夕立も笑顔を思わずより輝かせてしまう。

 

「いつものっぽい! そうだ、大淀さん。提督さん、何処に行ったか知ってるっぽい?」

 

「ふふ……そうですね、提督なら今日はいつもより目が早く覚めたから少し身体を動かしてくるって言っていましたから……道場にでも行かれてるかと思いますよ」

 

 大淀は提督よりも早起きだ。

 というのも、大淀は製油所地帯沿岸の制海権を得た時から自ら進んで書類整理や情報まとめ等の事務仕事をするようになった。

 提督が起きるより早くから執務室に入室し、提督の仕事がより捗るようにと毎日精を出している。

 

 従って朝一番に提督が顔を合わせる確率が高いのは現在大淀。

 その大淀が言うのだ、疑うまでもないが今日提督はどうやら朝から汗を流しに行ったらしい。

 

「そうなんだ。じゃあ夕立も行くっぽい!」

 

「そうですか。あっ、今日は鳳翔さんがお披露目……もとい、朝食を作られるそうですからそれまでにはお戻りになって下さいね?」

 

「うんっ!」

 

 朝食はマルハチマルマルから。

 後一時間程時間がある。要するにダイブする程度の時間は十分にあるということ。

 

 大淀に元気よく返事をした後、夕立は慣習を遂行すべく、足早に道場へと向かう事にした。

 

 

 

 結果から言えば、夕立は本日初めてダイブすることが出来なかった。

 

「――」

 

 入り口から見える、提督の竹刀を振るう姿。

 その姿に心奪われ、目を惹かれてしまい声をかけることが出来なかったからだ。

 

 提督が竹刀を握る姿なんて見慣れている。

 ほとんど毎日と言っていい程訓練で見ているから。

 

 それにも関わらず、夕立は初めて提督が竹刀を振っている姿を見たと感じていた。

 

 それは何故か。

 

 提督は竹刀を中段に構え目を閉じている。

 ただそれだけなのにも関わらず、道場の空気は緊張に張り詰めていた。

 

「しっ!!」

 

 不意に目を開け面を一閃。

 何かの限界までキリキリと絞られた空気を断ち切るかのように振るわれた竹刀。

 それは間違いなく何かを断った。

 その何かが霧散していくのを確認するかのような残心の後、再び提督は振るう前の姿を取る。

 

 そう、初めてなのだ。

 

 提督が己の心のままに剣を振るう姿を見たのは。

 

 再びゆっくりと空気が張り詰めていく事を確認しながら、静かに夕立も胸を高鳴らせる。

 

 いつも訓練の時に自分達へと向けられる姿でも雰囲気でもない。

 その事実が胸に響くと同時にその響きが鼓動を後押しする。

 

 ドクドク、ドクドクと。

 

 血が身体を駆け巡る。

 

 入り口からこっそりと中にいる提督の姿を覗き伺う夕立の姿は、まるで憧れの先輩を眺めている少女の様。

 事実、顔も耳も赤らめ、熱心な視線を送るその様は何処からどう見てもそれだった。

 

 唯一違うとすれば。

 

「提督、さん……」

 

 持ち上げられた口元。

 そう、まるで長年探し続けた仇を見つけたかのような。あるいは天啓に打たれたかのような。

 そんな歪な笑みを携えていたことだろう。

 

 

 

「時雨」

 

「ん? どうしたんだい夕立」

 

 ちょっとしたイベントだった朝食を終えて。

 食休みを挟めば哨戒に出る時雨に、何とも形容できない表情を浮かべた夕立が声をかける。

 

「あー……もしかして、まだ口がびっくりしてるのかい? つ、次は大丈夫だよ、きっと龍田が――」

 

「提督さんって、どれくらい強いっぽい?」

 

 朝食の件についてフォローを入れようとした時雨は続いた夕立の言葉を訝しむ。

 

 あぁ、何かあったな。そう察する。

 

 夕立の問いが提督への信頼を曇らせたから来るものではないなんて時雨には分かりきっている。そんなものは前提ですらない。

 だからこそ訝しむ。そんな事を気にしてどうするのかと。

 

「どうしたのさ、そんな事気にして」

 

「わからないっぽい。けど、なんだか気になるの」

 

 どうやら夕立自身も何故気になっているのかがわからない様子。

 

 時雨はそのどちらに対しても答えを持ち合わせていなかった。

 提督がどれくらい強いのかという事はわからない。

 自分達艦娘に対して人間が行うような訓練を施す人は初めて、要するに他を知らないから比べようがない。

 ただ、それでも提督が力になると思って自分にやったことを疑う気持ちは欠片もなく、また実際に力へと昇華された。それだけで時雨は十分だった。

 故に夕立が提督の強さを気にする理由もわからなかった。

 

 それでも思い当たる事があるとすれば。

 

「悩んでるんだね」

 

「……っぽい」

 

 最近の演習で夕立が首を傾げている光景を時雨はよく見る。

 結果は出ているのだ。夕立は間違いなくこの鎮守府での撃沈王(エース)だ。

 被弾率が高いのは置いておくにしても、この鎮守府で一番多く深海棲艦を屠っている。

 

 そして提督に褒められると同時に必ず言われる言葉。

 

 もう少し自分の身も考えてくれよ。という言葉。

 

 それが意味するのは夕立を含めて全員が理解している。

 我が身犠牲に……といえば大げさかもしれないが、肉を切らせて骨を断つといった動きをやりすぎないようにと諭す言葉であると。

 

「天龍さんや龍田さん……最近では古鷹さんと加古さんにも手伝ってもらってるけど……」

 

 どうしても自身の被弾を避けられない。

 訓練通りやろうとも、古鷹や加古に従来通りの艦隊行動を教えてもらっても。

 

 平たく言ってしまえば。

 

「壁……かぁ」

 

 時雨が呟く。

 そう、夕立は壁にあたっているのだ。いや、正確に言えば壁を見失っている。

 

 一朝一夕で身につくとは思っていない。それは重々承知していることで。

 だけどもそれが自身の乗り越えるべき壁だと思えないのだ。

 

 それは大淀達がこの鎮守府に着任する前から僅かに感じていた事でもあって。

 同時に提督から我が身も考えろと言われ始めた時期でもあって。

 

 そんな悩みに頭を抱えている夕立。

 

「うん。そうだね。だったら夕立が思った通りに事をすればいいんじゃないかな?」

 

「思った通りっぽい?」

 

 そこまで話が進んだことで時雨は思い至る。

 要するに。

 

「壁にしたいと思った相手にぶつかってみればいいじゃないか」

 

 そんな事を夕立に向かって言ったのだった。

 

 

 

「勝負?」

 

「はいっ!」

 

 夜、恒例の訓練。

 何時も通りに始めようとした提督に夕立は手をぴんっと伸ばし、自分と勝負して欲しいと言った。

 

「勝負って言ったって……何時もじゃねぇけど、やってるじゃないか」

 

「違うっぽい! 夕立、提督さんと戦いたいっぽい!」

 

 そんな夕立の発言に少し戸惑う提督。

 相手をすることはよくある。だからこうして改まって勝負と言われてもぴんと来ない様子。

 

「あ。それじゃあ今日はそれを見学したいなぁ~。いいよね? 提督」

 

 だが、参加していたうちの一人龍田は夕立の意を得たりとそんな事を言う。

 龍田だけじゃない、その場に居る中で意を理解していないのは提督だけの様子。

 

「うん、僕もそうだね。夕立と提督……どれくらいその実力差があるのか興味ある、かな」

 

「……あぁ、そういう」

 

 時雨の言葉を通して夕立の意を理解した提督。

 

 要するに、だ。

 

「試合じゃなくて勝負して欲しいわけだ」

 

「はいっ!」

 

 夕立がキラキラとした瞳と共に元気よく返事をする。

 

 そう、夕立が壁にしたいと思った相手。それが提督。

 

 自分を導く者と捉えていた提督。事実今まではそうだった。あくまでも訓練で見せている提督の腕は艦娘を鍛えるための物で、自身の力を振るっている訳ではない。

 朝、道場で見た提督。それは自分の力を自分の為に使っている姿。

 素の実力、その片鱗を見たことで夕立は無意識にこの人を越えたいと思ったのだ。

 それが時雨と会話することではっきりと形作られた。

 

 だがそれを分かってなお、提督は渋い顔を浮かべる。

 

 抵抗がある。そう顔に書いてある。

 それもそうだ。好きな相手を傷つける事等どうしてできようか。

 

 大きく息を吸って吐く提督。

 

 顔を俯かせて少し。

 再び上げた顔には。

 

「……三本勝負、な?」

 

「はいっ!」

 

 決めた覚悟が顔に描かれていた。

 

 

 

 そうして二人は竹刀を手に取り、距離を開けた。間に立つのは時雨、開始の合図と審判を任されている。

 せめて防具はつけて欲しいと言う提督へ首を横に振り。夕立は防具をつけなかった。それなら自分も要らないと提督もまたつけず。

 夕立曰く、痛くないなんて嘘だ。との事。

 

「一つ。攻撃が綺麗に入れば一本。一つ。時雨がそこまでといえばそれで一本。他に野暮なことは言わない。それでいいか?」

 

 提督の口にしたルール。

 その言葉を噛みしめ、夕立は静かに頷き竹刀を構えた。

 

 その姿を確認した提督は時雨に視線をやり。

 

「――はじめっ!」

 

 時雨の合図と共に、竹刀を火の位(上段)に構えた。

 

 瞬間、空気が張り詰めた。

 誰もが開始の合図と共に夕立がいつものように突撃する。そう思っていた。

 だが、それよりも疾く。

 

「い、一本!!」

 

 乾いた音が響いた。

 

 電光石火。

 その言葉通り、提督は夕立よりも疾く距離を詰め竹刀を振るい強かに夕立の肩を打った。

 

「う、うそ……」

 

 その呟きは誰のものか。

 見学に回ると言った龍田の物かもしれないし、審判をしていた時雨かもしれない。

 そして、驚きの表情を浮かべたまま尻もちをついた夕立の物だったかも。

 

 黙って再び最初の位置に戻る提督。

 その姿を座り込んだまま見送る夕立は……。

 

 喜びに身体を震わせていた。

 

 もしも夕立が、こうして実際に初めて打倒するべき敵として提督と相対して受けた提督の圧力。それに気圧されず一歩目が普段どおりに踏み出せていたならここまで差を見せつけられていなかったのかも知れない。

 

 だが夕立はその経験に強く喜び、興奮していた。

 

 気づけば朝浮かべたばかりの奇妙な笑顔。

 遅れてやってきたじんじんと痛む肩を一撫でした後、ゆっくりと夕立は立ち上がる。

 

 ――これだ。

 

 朝に感じた事は間違いじゃなかったのだ。

 夕立が目指した強さはこれだった。

 

 確かに提督は海で砲撃が出来るわけでも雷撃が出来る訳でもない。

 それでもこれなのだ、夕立が目指し、肩を並べたいと思ったのは。

 

 訳も分からずただ信じるままに提督の訓練を受けたあの頃とは違う。

 訓練を海に活かすだけじゃない。提督を、鎮守府を守りたいとただ思っていた頃でもない。

 

 今はただ、この人に並びたい。

 

「時雨」

 

「っ……二本目はじめっ!」

 

「突撃するっぽいっ!!」

 

 そして追い越したい。

 提督が海で戦えないのならその分自分が戦いたい。

 自分にその強さを任せて欲しい。

 

 そう思ってもらえる自分になりたい。

 

 その思いと共に今度は提督よりも疾く夕立は初動した。

 迎え討つは地の位(下段)に構えた提督の姿。横薙ぎに払われた夕立の竹刀を軽々と受け流し、体勢の崩れた夕立に返す刀を振るう。

 それを崩れる体勢に身を任せ、あえて転げ躱した夕立。

 ゴロゴロと転がり起き上がってみれば、追撃に来ている提督の姿。

 追撃する勢いのまま振るわれる面の一撃を夕立は。

 

「っつ!?」

 

「綺麗には入ってないっぽい!!」

 

 腕で受け止めた。

 片手で持った竹刀を提督へと我武者羅に振るう。

 だが、それも避けられる。

 

 痺れる腕を意に介さず、退いた提督へと夕立は踏み込む。

 

 ――あたる。

 

 そう確信を持って振るわれた夕立の竹刀。

 だがやはりと言うべきか、それよりも疾く。

 

「うぐっ……!?」

 

 踏み込んでくると確信していた提督の逆胴(横薙ぎ)。それが夕立の胴に吸い込まれる。

 

「一本っ!」

 

「……これで良かったか?」

 

 時雨が宣言すると同時に、提督はうずくまった夕立に寄り添おうとする。

 

 その提督に。

 

「し、時雨っ! 三本目っ!!」

 

「えっ!? は、はじめっ!?」

 

 その声にあわてて三本目の開始を宣言してしまう時雨。

 時雨が慌てたように、二本先取だと思いこんでいた者にとっては完全な奇襲。

 その一撃を。

 

「あぁ、まぁ確かに二本先取とは言ってなかったな」

 

「あ、あう……」

 

 手のひらで受け止めた提督。

 

「でもまぁ、夕立が言った通り綺麗には決まってないな?」

 

 そう言って提督は苦笑いを浮かべた後、竹刀を軽く夕立の頭に当てた。

 

「い、一本……ぽい」

 

 悔しがっているような、恥ずかしがっている様な夕立は自ら敗北を認めそう言った。

 

 

 

「それで夕立? 感想はどうだい?」

 

「あはは……完敗っぽい」

 

 訓練終了後。

 念のために入渠をなんて提督に言われもした夕立だが、これくらいの痛み、傷等それに入らない。

 何処か訓練し始めた頃の事を思い出しながら断った後、時雨と共に自室へと帰ってきた。

 

 そして感想を求められた夕立は恥ずかしそうに時雨へとそう言う。

 

「でもやっぱり間違いじゃなかったっぽい。提督さんが夕立の目指す壁だったっぽい」

 

「そっか」

 

 冷湿布を夕立の肩と腹部に貼りながらその答えに満足気に頷く時雨。

 

「ねぇ時雨?」

 

「なんだい?」

 

 そんな時雨に夕立はニコニコと笑顔を浮かべて話す。

 

「夕立、これでもっと強くなれるっぽい。まだまだだけど……いつか、提督さんが安心して見送ってくれるように……頑張るっぽい!」

 

「そうだね。僕も……うん、頑張るよ。頑張ろうね、夕立」

 

「うんっ!」

 

 それからと言うもの。

 時雨と夕立に訓練とは別に度々勝負を挑まれるようになった提督。

 やがて天龍や龍田……多くの艦娘に挑まれるようになるとは露知らず。

 

 艦娘へと竹刀を振るう事に抵抗がある彼の目には光るものがあったとか。

 

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