二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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鳳翔さんの花嫁修業 ①

 やはりこうなってしまった……というべきでしょう。

 

 目の前に広がる綺麗なお味噌汁の噴水。そして盛大に咽る皆の姿。

 何処か冷静にそんな事を思ってしまいます。

 

 ですけど言い訳もしたいのです。

 仕方がないじゃないですか。ねぇ。

 

『そういや鳳翔って料理上手そうだよな』

 

 きっかけは確か食事の場で何気なく零されたそんな台詞。

 

 いえ、正直そういう目と言うか。印象を感じてもらった事に対しては嬉しいのです。

 戦闘以外でも傍に置きたいと思って頂ける理由であるならば、何よりですから。

 それに私自身、置いて欲しいと言うか、その……う、ううん。

 

 その場に居たのが第一艦隊の皆さんだけだったという事も不味かったのでしょう。

 古鷹さんと加古さんは第三艦隊の実戦を護衛するために出払っていて……天龍さんと龍田さんもあの鎮守府に居た時あまり交流出来ませんでしたし。

 そう、私が料理をしたことが無いという事を知る方が居なかった。

 

 ま、まぁそれはさておき、です。

 

 当然そんな事無いと言った私ですけど、どうやら謙遜と捉えられてしまったのか……他の方も、確かに。なんて仰って意図したわけでは無いのでしょうけど。私の逃げ道を塞ぐもので、はい。

 

 そうして作る約束をした相手だけにとあの場に居た第一艦隊の皆さんと大淀さんへと朝食を振る舞った結果が噴水……いえ、今は水溜りと化したテーブルの上だったりします。

 

 ――って。

 

「も、申し訳ありませんっ!」

 

「ゲホッ、ゴホッ……い、いや。すまん、折角作ってくれたのに……」

 

 慌てて謝罪します。

 そう言ってみれば少し落ち着いたのか提督も謝ってくれました。

 

「ほ、鳳翔さん? これってー……出汁とか、ちゃんといれたー?」

 

「お出汁?」

 

 時雨さんと一緒にテーブルの上を片付けながら、龍田さんが言った言葉に首を傾げてしまう。

 味噌汁とは出汁を入れる物なのでしょうか? お湯に味噌を入れればそれで終わりなんじゃ……。

 

「あ、あー……うんそうねぇー。一応お味噌汁用の出汁があるんだけどー……」

 

 何かを察したように言葉を濁す龍田さん。

 ですけど、そんなに不味いのでしょうか……。

 

「あ!? ま、待って!?」

 

「――うぅ」

 

 思わず口を抑えてしまった。

 駄目ですこれ、不味いです。少なくとも私の知ってるお味噌汁の味ではありません。味が変だと塩を入れたのが不味かったのでしょうか……。

 

 そんな事を考えている時、不意に提督が一緒に作った卵焼きに箸を伸ばして口元に運べば……ジャリジャリと明らかに卵焼きを食べる音では無いものが聞こえてきたり。

 

「あ、あの……提督?」

 

「……うっしゃおらぁああああああ!!」

 

「わっ!? ど、どうされましたか!? そんな急にがっついて!?」

 

 大淀さんが驚きの声を上げる。

 

 みるみるうちに減っていくテーブルの上にある食べ物。

 私を含めた全員がぽかんと口を開ける中。

 

「ご、ごっそさん……。美味かった!! そ、それじゃ俺書類整理してくるからっ!!」

 

 と、執務室へと向かって行った提督。

 

 提督……。

 

「全くあいつは……しゃあねぇ、俺はちと様子見てくる。龍田、俺たちの分も食べられちまったからわりぃけど――」

 

「うん。すぐに作っとくね」

 

 そう言って天龍さんは提督を追いかけていった。

 その様子をぼんやりと眺めてしまう私。

 

 不意に袖をくいくいと引かれた感触に目を向ければ。

 

「ごめんなさいっぽい」

 

 と謝ってくる夕立さん。

 

 えぇと、なんで謝られているのでしょうか。

 これは私が変に素直になれず見栄を張ってしまった結果ですのに。

 

「僕もごめんね? そうだよね、料理なんてする暇無いよね普通は。提督が言う様に僕も料理上手そうだなぁって思ってたから……」

 

「え、あ、あの。い、いえ。私もちゃんとあの時言えば良かったのですから……こちらこそ申し訳ありません」

 

 夕立さんに続くように片付けが終わった時雨さんも私に謝ってくれた。

 

 本当に……この鎮守府は優しい。

 

 提督はこんな料理とも言えないものを他の艦娘に食べさせたくなかった……ううん、きっと責任の取り方なのでしょう。自分で言った料理が美味そうな鳳翔を傷つけないようにしてくれた。

 他の皆にしてもそうです。提督が出来なかった、いえ、しなかった私への謝罪を口にしてくれる。真実口にした通り申し訳ないと思っているのでしょう。ですが同じかそれ以上に提督が口にしなかった代わりにといった思いが透けている。

 

 あぁ、こんなに幸せでいいのでしょうか。

 

 いいえ、幸せと思って良いのでしょうか。

 互いを思いやる、応え合う。提督と艦娘。こんな光景があるなんて知らなかった。

 知らなかった私はこの光景を幸せだと思っている。

 それは間違っていないだろうか? 良いことだと信じて良いのだろうか?

 

 そんな不安はあるけれど……提督はこの光景を望んでいる。なら、少なくとも応えたいと思うことは間違いではないはずです。

 

「出来たよ~。ごめんね、簡単にしか作れなかったけどー……」

 

 そう言って手際よく並べられたのはおにぎりと卵焼きにほうれん草のお浸し。

 

 改めていただきますと言った後、それらに箸を伸ばす。

 すると僅かな時間でどうしてここまで作ることが出来るのか、おにぎりには昆布に鮭、梅干しとそれぞれ違う具。卵焼きは甘めに、卵の殻なんて当然入っていないしとても綺麗。ほうれん草の上に振られた鰹節がゆらゆらと揺れている。

 口に運べばそれぞれ風味よく楽しませてくれる。

 

 龍田さんだってあの鎮守府にいた頃料理なんてしたこと無かったはずです。どれだけ練習すればここまで出来るのか。

 きっとあの提督が向けてくれる信頼に応えようとした結果の一つなんでしょう。

 

 そうです。私は……私も応えたいのです。

 

「龍田さん」

 

「うん? 何かしら~?」

 

「私に……料理を教えて下さいっ!」

 

 

 

「えっとー……え? ほんとに言わなきゃ駄目なの~? うぅ……こ、こほん。龍田さんの~ドキドキッ! お料理教室~!」

 

「待ってましたー!」

 

「楽しみっぽい!」

 

 やんややんやと囃し立てるのは加古さん。カンペを手に持ちながら実に楽しそう。

 試食要員として呼ばれた夕立さんと天龍さんもニコニコと楽しんでいるみたいです。

 

「よ、よろしくおねがいします」

 

「えっと……でもほんとに私でいいのー?」

 

 実は龍田さんにお願いした時、やんわりと断られそうになったのです。

 そこへ時雨さんが一言。

 

 ――和食を一番上手に作れるのは龍田だもの。それにすごく楽しそうに作るし……適役だと思うな。

 

 との言葉に後押しされて龍田さんは何故か顔を赤くしながらも頷いてくれました。

 

 ……何故顔を赤くしたんでしょう?

 

「私もやはり和食を作ってみたいですし……時雨さんのお墨付きなら尚更ですよ」

 

「うぅ……」

 

 時雨さんは洋食と言うか和食以外が得意との事で。

 いずれ和食以外を作りたいと思えば何時でも声をかけてと言ってもらえてます。ありがたい事ですね。

 

「もーわかったわー……観念するね。それじゃ早速だけど……今回は肉じゃがを作りたいと思います」

 

「肉じゃが、ですか」

 

 定番といえば定番なのでしょうか。

 噂では家庭によって大きく差があって殿方のおふくろの味ナンバーワンになりやすいという、あの。

 

 ごくりと思わず生唾を飲み込む。

 

「そ、そんなに目に力を入れてまで緊張しなくても……。えっと、一応レシピを書いてきたからー……まずは確認しましょう?」

 

「分かりました」

 

 そう言われてレシピに目を通す。

 

 人参、じゃがいも、玉ねぎ、白滝に……豚肉?

 

「あの、牛肉では無いのですか?」

 

「あ、えっとーそれはー……」

 

「提督が牛より豚派なんだよなっ! 最初は龍田も牛肉で……」

 

 えっ!? 龍田さん!? 

 

「何か言ったかしら~?」

 

「イエ、ナンデモナイデス」

 

 びっくりした。

 急に果物ナイフを天龍さんに投げつけるんですから……もう。

 

「道具をそんな風に使ってはいけませんよ?」

 

「は、はぁい……ごめんなさい」

 

 道具は大切に、ですよ?

 

 それはさておき、提督が牛肉より好きだから豚肉を使う……っと。

 

「じゃ、じゃあまずは材料の皮むきからね。包丁を使うのは難しいと思うからこれをどうぞ」

 

 そう言って皮むき器を渡される。

 よし、これなら出来そうです。ですけど……。

 

「どの材料の皮を剥くのですか?」

 

「あ、あははー……そうね、人参とじゃがいもよー」

 

 なるほど。

 じゃがいもはなんとなく知っていましたが、人参も皮を剥くのですね。

 

 早速やってみましょう。

 

「うん、上手ねー……あ、じゃがいもの芽もしっかりくり抜いてねーそう、皮むき器の刃の隣の……そうそう、それでくりっと」

 

「な、なるほど……」

 

 こんな機能もついているのですね! こんなに小さいのに多機能な物です……思わず感心してしまいました。

 

「はい。それじゃあいよいよ材料を切るね? 包丁の使い方だけど……あ、そう力任せは駄目だよー? 引く、もしくは押すようにしてねー」

 

 わ、こんなに簡単に切れるものなんですねっ!

 あの時の大根には苦労しましたけど……こうやるものなんですね。

 

「煮込むと崩れて小さくなっちゃうから少し大きめにー……そうそう一口大位がいいかなー?」

 

「あれ? いっつももっと大きかったっぽい?」

 

「しーっ……あれだよ、龍田のやつ提督が大口開けて頬張るのが――」

 

「天龍ちゃん?」

 

「ハイ、ダマッテマス」

 

 むむむ……一口大一口大……。

 こ、こんな感じでしょうか?

 

「うん、大丈夫ねー後はお出汁の作り方だけどー」

 

 つ、ついに来ましたね、お出汁。

 お味噌汁の時はこれで失敗しましたから、しっかりしないと。

 

「お水四百に対して、醤油、みりん、砂糖、酒を大さじ四杯ずつがいいかなー。後はこの本だしって言う顆粒の粉を大さじ一杯」

 

「醤油、みりん……大さじ……」

 

「あれ? 龍田さんいつものヤツ使ってないっぽい?」

 

「夕立ちゃん。あれだよ、早々家の味を教えてなるものかって言う――」

 

「加古ちゃん?」

 

「ハイ、スイマセン」

 

 こ、こんな感じでしょうか!

 

「うん、いい感じだねー。えっとね、こういう時でもそうだけどー……味見はしっかりしようねー。今やってるのが多分一番基本だろうからー……変にアレンジするのは失敗の元。どうすればどうなるか分かってからねー?」

 

「はい、そうですね。しっかり覚えておきます」

 

 思えばあの時味見をしていなかった事が致命的だったのでしょう。

 していれば、気づいて失敗したと言えていたでしょうし……。

 

 出来上がった出汁を一口。

 

 ……うん、大丈夫そうですね。

 

「もちろん具材と一緒に煮込めばまた味は変わってくるから……前と後をしっかり覚えようねー」

 

「はい、先生っ!」

 

「せ、先生……」

 

 たじろいだ様子の龍田さん。

 おかしい事を言ってしまったでしょうか?

 

「龍田せーん――」

 

「何かしらー?」

 

「ナンデモナイデス」

 

 あれ? 天龍さんも加古さんもさっきまであんなに楽しそうにしてたのに……どうして震えているんでしょうか?

 あ、だ、大丈夫ですよ? こうやって見てもらってますしもうあんな物にはならないと思いますからっ!

 

「後はこれで煮込むだけねー。大体じゃがいもに箸が通るぐらいがいいかなー? そういう訳でちょっと見ててねー」

 

「え? 龍田さんは何処に行くのですか?」

 

「んー……」

 

 そう言ってその場を外そうとする龍田さん。流石に心配ですし最後まで居てほしいのですが……。

 

 口元に手を当てて……ん? 天龍さん達の方を見て……あれ? どうして加古さんと天龍さんは顔を青くしているのでしょう?

 

「そうねー最初だし……仕方ないか」

 

 龍田さんがそう言えば、大きく息をつくお二人。

 

 ……どうしたのでしょうか。

 

 

 

「いただきまーす!」

 

「は、はい! どうぞっ!」

 

 そうして出来上がった肉じゃが。

 

 味見もした、おかしいところは無いと思うし龍田さんも大丈夫と言ってくれた。

 でもどうにもハラハラしてしまいます。

 

 ついついじっと見てしまう皆の箸に乗った具材の行方。

 それが口に入れば……。

 

「おいしいっぽい!」

 

「うん、うめぇな!」

 

「あー美味しい! これで一杯出来ちゃうよ!」

 

 そう言って貰えた後、箸を進めてくれるスピードが上がる皆。

 

 良かった……。ちゃんと出来ました。

 

 それに、何でしょうか? 安心したとは別に、皆の美味しそうに食べてくれる顔を見てると……。

 

「嬉しい?」

 

「……はい。何でしょう、とても嬉しいです」

 

 そう、嬉しい。

 顔に手をやってみれば、どうやら私は笑っているようで。無意識に笑ってしまう位に私は嬉しがっているようです。

 

「これが作る側の醍醐味ねー」

 

「醍醐味、ですか」

 

「そう。一生懸命作った料理を誰かが美味しいって言ってくれる瞬間。それが何よりも美味しいのよー」

 

 嬉しいじゃなくて美味しいとは如何に。

 ですけど、なんとなく分かってしまいます。

 

「とか言っちゃってぇ。龍田さんは提督に食べてもらうのが一番嬉しいんでしょー?」

 

「いっそ私も一緒に食べてっ! てか!」

 

「……二人共しばらくご飯抜きね?」

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 あぁ、龍田さんのこんな顔初めて見ました。

 龍田さんだけじゃない、天龍さんだって加古さんだって。

 

 そんな顔もこんな雰囲気も初めてです。

 

 とても、心地が良い。

 

「もう……。じゃ、はい。これお願いするねー?」

 

「これは?」

 

 そう言って手に渡されたのはラップがかかったお皿。中には私が作った肉じゃがが一人前。

 

「提督に持っていってね。……恥ずかしいけど、私は鳳翔さんの先生だから。最後まで醍醐味を教えないと、ね」

 

「龍田さん……」

 

 提督は……ううん、提督も美味しいと言ってくれるでしょうか。

 この前の事を考えると、少し怖い。

 料理上手だと思って貰えた私に恥じない物であるでしょうか。

 

 ですけど。

 

「はい、任務了解しましたっ! いつまでも演習というわけには参りませんね」

 

「うん。頑張ってね」

 

 受け取ったお皿は温かい。

 

 あぁ、そうですね。早く持っていかねばなりません。

 

 料理も……私の心も。温かい内に。


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