二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル
「はー……生き返るわぁー……」
「うん、雷の淹れてくれるお茶は身に沁みるね……あ、おかわり貰っていいかな?」
「はぁい。ちょっとまってねー」
鎮守府艦娘私室。
夕立と龍田相手に演習を行った後は全員疲労でぐったり。それにも関わらず自分の出番と言わんばかりに甲斐甲斐しく全員分のお茶を用意する雷の姿も見慣れつつあるこの頃。
今日の演習は何時もと少し違っていて。
まず最初に電と雷が龍田の相手をした後、響と暁が夕立の相手をしその後組み合わせを変えてと言ったもの。まるっと半日使って何度も演習を繰り返すハードな物だった。
なお、第三艦隊旗艦である那珂はその光景をじっくりと見学させられていた。その隣に解説役として呼ばれた鳳翔と天龍を置きながら。
終わって疲れ切った六駆の姿と同じく、目をぐるぐるさせながらうわ言のように何かを呟く那珂の姿もまた教導がハードだったことを物語っていた。
「はいっ! お待たせ!」
「スパシーバ……うん、美味しい」
「良かったっ! もっと用意してもいいのよ?」
ニコニコと急須からお茶を注ぎ終わった雷はそんな事を言う。
いくら美味しいとは言え流石にもう要らないかなぁなんて思い、曖昧な笑顔でお茶を濁す響。
そんな二人の様子を見て微笑んでいる暁の姿。
暁は思う。
夢ですら思い描けなかったこの光景。
こんな光景を見ることが出来るなんて思ったことが無かったと。
提督が花にのせて伝えてくれた言葉に偽りは無かったのだと。
「ん? どうしたの暁? 何処か痛い?」
「えっ? ど、何処も痛くなんか無いわ」
「でも……泣いてるよ?」
響にそう言われて初めて気づいたと、驚きの表情を浮かべながら目元に手をやる暁。その指先には水の感触。
指に触れたその水滴を見つめて、暁はふと笑みを浮かべる。
「ううん……大丈夫よっ! 痛くも悲しくもないわっ! 一人前のレディは嬉しい時しか泣かないものよっ!」
ふんすっ! と立ち上がり胸を張る暁。
その姿を見て一瞬目を丸くする響と雷だが、暁の言う嬉しい時という物が何なのかすぐに思い当たり、互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
――あぁ、本当に花言葉の通り。
響は思う。
間違いなくこれもまた思い出として一生心に残り、積み重なり途切れることの無い絆となるんだろうと静かに目を瞑り噛みしめる。
雷は思う。
今度こそ、この嬉しい時を守ると。司令官と他の皆、そして六駆。皆で一緒なら守りきれない物なんて無いと心に強く定めることが出来る。
「……夕立と龍田さんにコテンパンにされて涙ぐんでたような?」
「そ、それは違うわっ! あんなに強くなれるのねって感動してたのよっ!」
「小声で手加減して欲しいわって言ってたわっ!」
「も、もうっ! 雷までっ! ふ、ふんっ! どうせ私はまだまだ半人前よっ! それくらい知ってるんだからっ!」
ぷんすかっ! と、頬を膨らませながらいじける暁の姿に笑顔を深める二人。
これからもこの光景がずっと続けばいい、否。続けさせるのだ。
そう心に思いながら。
そして暁は自分が玩具にされている事を自覚し、話題から逃げるように。
「~~――!!」
「それで? 電は一体何をしてるのかしら?」
布団の上、うつ伏せにバタ足で泳いでいる電という、今まで見て見ない振りをしていた光景に対しての疑問を口にした。
「いつものだよ」
「いつものね」
「あぁ、やっぱりいつものなのね」
そうしてみれば返ってきたのは二者同様の答え。
聞くまでも無かった事ではあるので、やっぱり話題から逃げたかっただけだった暁。
「どうせ司令官に褒められたのにも関わらずつっけんどんな返しをしちゃって自己嫌悪してるのね」
「そそそ、そんな事無いのですっ!」
がばっと布団から勢い良く身体を起こし振り向く電。その顔はまさに図星つかれちゃいましたと言わんばかり。
さて、先程の演習が終わった後。
提督は六駆メンバーに対して個別に演習評価を行った。
その内容は凡そ全員を褒めつつも欠点をしっかり伝えるという普通といえば普通の評価ではあったのだが。
――一番伸びてるのは電だと思うぞ。よくやってくれてありがとう。
その言葉が電に向かって飛び出た数秒後。提督の手が電の頭を撫でようとした瞬間。
執務室から砲撃音が響いた。
事実、電の成長は六駆の中で一番目覚ましい物であった。それは第三艦隊のメンバー全員が認める事でもある。
だから何の誇張でも無いし、おべんちゃらでも無い。
だが、電はそれを耳に入れ言葉の意味を理解した時。顔を真赤にしながら砲撃をぶっ放した、提督に向けて。
「皆慣れたものよね? あの音が聞こえた瞬間、あぁまたか。って」
「あぁ、でも龍田さんだけ何故か頭を抱えてたよ? なんでだろうね」
「とりあえず様子見に行くかーって天龍さんがのんびり歩き出した辺り凄いわよね……私もあんな動じないレディになりたいわ」
何人かが執務室に入ればそこにはうつ伏せで倒れている提督の姿と破壊された壁。
ご丁寧にダイイングメッセージの様な何かが書かれてたのには心配を通り越して笑ってしまったり。
そしてその笑い声で提督は自分の心配をしてくれよと苦笑いを浮かべて立ち上がるのも最早鉄板ネタ状態となっている。
ちなみに皆がゆっくり来たのは顔を赤くしながらその場から逃げた電と鉢合わせにならないように配慮しただけだったり。
龍田曰く。
――恥ずかしい所は見られたくないものなのよ……。
そう遠い目をしながら語られている。
「でもいい加減主砲撃っちゃうのは止めたほうがいいと思う」
「そうねっ! 私は妖精さんの手伝いが出来て楽しいけど、良くないことだと思うわっ!」
「照れ隠しも程々にしないと駄目よ?」
「そんな生暖かい目で言わないで欲しいのですっ!?」
両手をバタバタ、目をぐるぐるさせながら電は必死に弁解を口にしようとするも照れ隠しだと自分でも自覚している分質悪く、あうあうとしか口に出来ない。
「でもどうして主砲撃っちゃうの? そんなんじゃ駄目よ?」
「う……。わ、わかってるのです……わかってるのですけど」
でもどうしても駄目なのだ。どうしても提督が好意等プラスの感情を電に対して示すとそれを素直に受け取れない電。
「まぁ……そりゃあんなに面と向かって好きなんて言われたらねぇ?」
「はわわっ!?」
またしても図星といった顔の電。
そう、電は好きと言われた事を物凄くしっかりと心に残している。
無論あの時の言葉が自分達に一歩を踏み出させるための心からの言葉であることは分かっている。
分かっているだけにそれは紛れもない提督の真実であって。故にこうして電を余計に拗らせてしまっているものでもあった。
提督の言葉に、想いに応えたい。
それは六駆だけではなくこの鎮守府に着任している艦娘全ての想い。
そんな中ぶち込まれた好きという二文字。
今までの自分が提督に対してしてきた態度を鑑みてしまい、応えたいのにそれを表に出せないと言うジレンマ。
とは言えそれが電が六駆の中で一番成長を促している要因でもある事には気づいていない。
「でも羨ましいわ。司令官に好きって言ってもらえるなんて……私もいつか立派なレディになれば……!」
「そうだね、私も言われたいな。それにその話を聞いた他の皆……すごく羨ましそうだったよ?」
「時雨ちゃんと龍田さんの目から光が無くなったのを除けばね……お、思い出しただけでも怖いわっ!」
「わ、私の気も知らないで……こっちは良い迷惑なのですっ!」
むんっと気合を入れる暁に、思い出して微笑む響と震える雷。
そんな皆につんっとそっぽを向いて照れ隠しを重ねる電。
「まぁまぁ。司令官も言ってたじゃないか。おおらかな心を持って欲しいって」
「うぐぅ……」
「そうねっ! カランコエは綺麗に咲いたんだものっ! 電がそんなんじゃ駄目よっ!」
「うぅ……雷ちゃんまで……」
落ち込んだような電。
それを尻目に暁は立ち上がり、部屋でも愛でられる様にと植え替えた鉢のカランコエを撫でる。
幸福を告げる。
暁はそう言われた。
そしてそれは既に叶っている。
今の光景が幸福で無いとすれば何が幸福なのか。
――まだまだ幸せはこれからだぞ? 暁。
評価の時に言われた言葉。
少し怖くも思ったその言葉。
「これ以上の幸せなんて……想像できないわ」
提督は今がスタートラインだと暁に言った。満足するなという意味だろう、暁は提督の言葉をそう思っている。だが暁は今以上が想像できない。
あの鎮守府での出来事は思い出したくはない。だけどどうしても不意に思い出す。
だからこそ今の幸せが天井。最高の幸せだと思ってしまう。
「……なら、最高を越えた幸せを掴もう。それを思い出に、私はしたいな」
「響……」
いつの間にか暁の隣に来た響。
ここに来るまで浮かべることの無かった優しげな笑みを浮かべてそう言う。
「そうねっ! 私も守りたいものを守れるようにならないとねっ!」
反対側に来たのは雷。
守りたいものの中には一体何が詰まっているのか。
浮かべられた満面の笑みと一握りの覚悟。少なくとも、暁が幸せと感じているものを絶対に守る。そう言っている。
「おおらかな心……私はまだまだ持てるようになれないのです」
カランコエをそっと撫でながら呟く電。
「でも、その心を持てるくらいに……強くなるのです」
弱い自分を強くする。そしてその心を持って提督と過ごしたい。
それは照れ隠しでも何でも無い素直な心でそう思っている電。
いつか、ありのままの自分で提督と笑い合いたい。
それぞれが想いのまま、カランコエを愛でる。
「ん? はーい! 開いてるわっ!」
そんな中部屋に響いたノックの音。
ノックに返事をすれば。
「おじゃましまーすっ! 皆っ! もう身体は大丈夫?」
「那珂ちゃん!」
一番に反応したのは電。ぴゅんっと音を立ててその元へと。
そんな電に三人は少し苦笑い。
六駆全員那珂の事を慕っているのは間違いないが、その中でもダントツなのが電だったりする。
「もう大丈夫なのですよっ! それで、どうしたのです?」
「おっ! さっすが電ちゃん! 元気いいねっ! 他の皆は大丈夫?」
「大丈夫だけど……あの、那珂ちゃん……もしかして、また……」
元気に返事をした電と対照的に不安気に言葉を零す暁。
「なら大丈夫だねっ! さぁ! 今からレッスンの時間だよっ!」
「えっと、それは……どっち、なのかしら?」
恐る恐るといった様子で聞くのは暁。
暁の言うどっちの片割れは演習の事を指している。そしてもう一つの方は。
「決まってるよっ! 今日はダンスの振り付けだからねっ! 皆っ! がんばろー!」
「おー! なのですっ!」
「ほっ……演習じゃなくて良かった」
「そ、そんなんじゃ駄目よ……って言いたいけど、今日はもうお腹いっぱいね」
「うん、アイドルレッスンでよかった」
初陣を立派に遂げてからこの鎮守府に立ち上げられたアイドルユニット。
そう、そのレッスンのお誘いであった。
部屋からバタバタと慌ただしく出ていく那珂と六駆。
そんな中、暁は振り返って。
「行ってきます」
カランコエに向かって頭を一つ下げ。