二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました 作:ベリーナイスメル/靴下香
「なぁ、これからオレはどういう訓練をすれば強くなる?」
「……お前もかい」
「お前も?」
「あぁ、いや……少し前に龍田からも同じ事聞かれたもんでな?」
龍田のやつも……やっぱ似たような事考えるもんなのかねぇ?
いや、同じでは無いだろうけど。
「……うーん」
今よりもっと強くならなきゃならねぇ。
理由も無くそう思ったわけじゃない、未だ本調子じゃない様子の大淀。まだまだ海を征くには色んな意味で危ない六駆。それに新任の那珂。
どういう艦隊運用をするかはわからないが、少なくとも今までの様にただ相手を撃沈する事に集中するだけで良いってわけにはいかねぇだろうから。
そう、これからは味方を守るという選択肢が生まれるわけだ。
鳳翔さん、古鷹、加古に関しては心配してない。あの三人の強さは悔しいとさえ思える位に知っているからな。
でもだからこそその力を得る。
そのためにも提督へ相談してんだけど……むちゃくちゃ悩んでるな。
「んだよ、オレはもうこれ以上強くなれる余地はねぇか?」
「いや。そういう訳じゃないんだけど……そうだな、あえて言うなら天龍。俺にもお前がどうすれば強くなれるかわかんねぇんだよ」
わからねぇ……か。
初めてあの訓練を受けて、出来るようになってからしばらく経ったけど……そう言えばいつもの訓練でオレに何か言うことは無くなってきてたな。
「んじゃあ何だ? 時雨や龍田と組み手してるのは意味がねぇってことか?」
「うんにゃ、間違いなく意味はあるさ。身体の使い方を覚えるには十分。だけど、天龍の特性……第六感的な力に対する訓練としては何とも言えないな」
オレの勘。
提督は第六感なんて言っているが、その力に対する訓練としては微妙、ねぇ。ちとよくわからねぇな。
「例えばだ、能力を数値化出来たとして。俺から見たら天龍の能力は筋力だとか艦としての力だとかを合わせて六あるとする。そしてそこに天龍の第六感という力が一、乗算されているのが今だとしよう」
「ん? お、おう」
「以前にも言ったけど隻眼であるからこそ培われた能力だ。言い換えるならば、第六感があるからこそ六の力を十全かそれ以上に発揮出来ているんだ。だから今の訓練をして現段階で第六感以外の力の六ある力を七、八に増やしていくことは可能だと思う」
……ふむふむ。
あんまり意識したことは無かったが、要するにだ。
第六感を得るまで、オレは自分の力を自分で損なわせてしまっていた訳か。言葉を借りるなら隻眼であるという事で減算してしまっていた訳だ。
今は六×一で六。持っている力を十分に発揮出来ている。あるいは一と半分で九程度なのかも知れねぇけど。まぁその六を増やしていくのが今の訓練……っと。
「んで、だ。天龍が言っているのはそういう事じゃねぇんだろう? 言ってしまえば今の一を二、三へと変えていきたいわけだ」
「あぁ、そういう事になる、のかな?」
漠然と強くなりたいと思っただけだったからそこまで深く考えていたわけじゃねぇけど……なるほど、確かに乗算する数字が大きければ大きいほど元の力は大きくなるな。
「うん。そこで最初の答えだ。第六感の存在を気づかせることは出来ても、それを伸ばす方法を俺は思いつかねぇんだよ」
「そっか……」
ちっくしょー……提督に相談すれば何とかなるとか思ってたけど……うーん、やっぱそううまくはいかねぇよなぁ。
「そういや龍田のヤツも同じ事聞いたんだろ? あいつには何て言ったんだ?」
「ん? あぁ……そうだな、じゃあ同じ様に……天龍、ちょっとここに座って」
そう言って今まで座っていたイスから立ち上がり、俺に勧めてくる。
なんだ? 何を龍田にしたんだ?
まぁ、とりあえず座るか。
「しっかり深く座って……そう、背中もしっかり背もたれに」
「お、おう」
うわ。初めて座ったけどふっかふかじゃねぇか。やるな妖精……。これなら提督も快適に執務が出来るだろうよ。
「んで? これから……ちょっ!?」
「ほいっと」
……流れるような動きでオレの額に手をくっつけやがった。
え? なんだこれ?
「ほれ、天龍。そこから立ち上がってみ?」
立ち上がる? なんかよくわかんねぇけどまぁやれってんなら……。
……んん?
「……立てねぇ。提督、別に力でオレを押さえつけてるわけじゃねぇよな?」
「あぁ。力はほとんどいれてないぞ。……そう、絶対に立ち上がることが出来ないんだよ。行動分解っつってな? 人はイスから立ち上がる時は前屈みに。背もたれから背をはなさないと立ち上がれないんだよ。整理すれば少し前かがみになる、足に力を入れる、膝を伸ばす……そうして人は立ち上がるという行為を完遂する。まぁもっと細かく分解することも出来るけどな」
不思議なもんだな。確かにこの状態からじゃあイスを後ろに引いて提督の手から離れないと立てそうにねぇや。
ん? そういや龍田のやつにも同じ様にって……。
「……龍田にもやったんだよな?」
「ん? あぁ、やったぞ?」
この前顔真っ赤にしてふらふらと帰ってきてたのは
いや、オレでもちょっと照れるもんな。龍田なら……あぁ致命傷だ、大破撃沈だ。
「……んで? 行動分解だっけ? それを龍田に教えると強くなるのか?」
「あいつは言うなれば超理論派なんだよ。天龍と同じ様に敵の行動を察知しているように見えるけど、その内訳は全く違う。お前は第六感で素早く察知出来るのに対して龍田は相手の動作とか、そういう行動からする予測なんだ」
――平たく言えば、殴りかかってくる相手が居るとして。相手が殴ると決めた時に行動できるのが天龍。殴ると決めてどちらかの腕を振り上げられてから誰よりも早く対処できるのが龍田だ。
そう言葉が続いた。
「何かを殴ろうと思えば自然と腕を引く、引いてから勢いをつけて殴る。ボクシング選手なんかはその場から強いパンチ、手を出す訓練をしていて……要するにそういう特殊な技術を持っているし磨いている。特殊な技術を持っていない人間ってのはな? この引くって行為はほぼ無意識だ。イスから立ち上がるのもそう、無意識に少し前傾姿勢を取る。その無意識に介入されれば当然困惑する。龍田が得るべき技術はその無意識に介入する事なんだよ」
察知と予測。その違い。
そして無意識に介入する技術。
そう言えば時雨も言ってたな。
自分は相手をコントロールするけど、龍田は場をコントロールするって。
なるほど、龍田の強さってのは要するに相手の動作から導かれる行動予測に対して対処する速さがすごいと。
あいつは確かに目が二つ以外にもあるんじゃねぇかって位視野が広いと思っていたけど。行動予測を作戦内容に照らし合わせてその時、その場で最善と思われる行動を取っていたって事なのな。その結果が戦場のコントロール、か。
「深海棲艦にも当然予備動作であったり、艦隊としての動きから見えるものはある。今までセンスの上でやっていたであろう事に実をつけるための視点を持つことだって話だ」
「それが行動分解を理解する事で磨かれるわけだな?」
提督は頷く。
いやまぁ、あの時帰ってきた龍田見て大丈夫か心配になったけど。あの日からちょっと違う目で訓練を見てたり参加してたりしたし……確実に前進はしたんだろう。
いや、うん。そう思いたい、思っていいよな? 龍田よぅ。
「それが感覚で理解出来る天龍には必要ない……というより、それを意識したら折角の第六感に悪影響が出るだろう。要するに第六感へと素直に従えなくなるから気にしないように」
「あぁ、わかった」
まぁそうだな。
と言うか、ふと思ったけどよ。
オレは気配を感じ取って動けるって話なら、なんで提督の手は避けられなかったんだ? そう、オレの額に触れるっていう気配に対して動けなかった理由だよ。
いや、実際この感覚を得てからだが、誰かがオレに何かしようとする時には自然と何かしらを感じるんだよな。訓練の時然り、なんてこと無い時然り。
改めて、思い返してみると提督にだけ何も反応できねぇ。
……んん?
いや……まぁいいか。
龍田は提督が言うように今までセンスでやっていた部分をしっかり解剖して理解しようとしている。確かに感覚派のオレがそれをやったとしても自分の感覚を邪魔する力になってしまうだろうよ。
じゃあ何だ。
「やっぱ……オレはこれ以上強くなれねぇのか……」
結局の所そういう事なんだろう。
いや、六を増やす事は出来るって言ってくれてんだ。ならそれで十分じゃねぇか。
「天龍」
「うん? なんだ?」
少し落ち込んじまって下を見てた。
その顔を提督に呼ばれて見上げてみれば。
「確かに自分を磨き上げる天井は見えたのかも知んねぇけど。お前には他の誰にも出来ねぇ事があるんだぜ?」
「……そりゃ、何だ?」
他の誰にも出来ないこと? オレが?
「自分を乗算出来ねぇかも知れないけど……お前は皆を乗算する数字になれると俺は思ってる」
「……はぁ?」
皆を乗算?
……意味わかんねぇ。
「意味わかんないって顔してるな?」
「そりゃ意味わかんねぇからな」
そのままだ。そのままそっくりお返しする。
変な慰めなんて要らねぇんだよ、特にお前からは。
だけど。
「それで良いんだ、その天龍が良い。そのままのお前で居てくれ……じゃないと第一艦隊旗艦を……いや、うちの艦娘筆頭を誰と言えばいいかわからなくなっちまう」
艦娘、筆頭……?
はは……いや、何言ってんだよ提督。そういうのはエースになるだろう夕立とかさ。
そんな情けない事を思ったオレの頭に、ぽんっと手を置いて笑う提督の顔を見ちまうと。
……あぁ、わかった。
今もそうだ、何も反応できなかったその理由がわかったよ。
「まぁ第六感を磨く訓練も考えてみるよ、すまんが少し考えさせてくれ」
「……おう」
そう言ってそのままオレの頭を撫でる提督。
あー駄目だ。フフフ……最高だ。
要するにオレはきっと。
こいつになら何をされても良いって心底思ってるんだ。何でもしてやりたい、叶えたいと思ってるんだ。
そう、オレは提督の全てを受け止めたいと思ってるんだ。だから避けるという選択肢が心にも身体にも感覚にもない。
それくらい、ありったけのオレで提督を信頼している。
全く困ったもんだ。
これじゃあ
提督はこんなにオレ達を変えた。前にも後ろにも進めなかった俺達を。
なら