二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました   作:ベリーナイスメル

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二本を一本に纏めてます


大淀のある一日① 古鷹さんは伝えたい①

「風邪……だな」

 

「風邪、ですか……」

 

 体温計を睨みながら提督はそう言う。そして表示されている数値を私に見せてくれた。

 

 三十八度五分。

 

 その数値は疑うまでもなく今の私の体温で。

 

 なるほど、つまり。

 

「艦娘って……風邪を引くものなんですね?」

 

「何を他人事のように言ってんだ」

 

 どうやら私は風邪を引いてしまったらしい。

 呆れた様な顔を向けてくる提督に申し訳ないと思う気持ちとは別に、感想は口から出た通り艦娘でも風邪を引くものなのかという感じで。

 いや、頭が回ってない証拠なのかしら。うん、ぼーっとしてるのは間違いない。

 

「まぁそんな訳で大淀。今日はオフな?」

 

「で、ですが書類が……!」

 

 南一号作戦が発令されたことで最前線であるうちがやらなければならないことは多い。

 ここへと集まってくる戦力……艦娘の部屋の割り振り。補給物資確保の算段。挙げればきりがないし、それを行うための計画書だって山のようにある。

 

 何より私が提督に任せられた部分だってある訳で。そんな中オフだなんてとんでもない。

 

「いいから。そんな状態じゃあ仕事になんねぇってば」

 

「あう……」

 

 思わず起き上がった私の肩を優しく押さえて寝かせる提督。

 

 うぅ……申し訳ありません……。

 そうですよね、こんな状態で書類なんてすればミスがいくつ出てしまうかって話ですし……。

 

 なんでこんな時に風邪を引いてしまうんでしょう。折角提督の力になれると実感出来始めた所だと言うのに。

 

 我ながら情けない……。

 

「……風邪引いてネガティブになる気持ちもわからない訳じゃねぇけど。落ち込むな? 大丈夫だからさ。とりあえず今日はゆっくり休んでおいてくれ」

 

「はいぃ……」

 

 そう言って私の頭を撫でてくれた後、少し慌てた様子で部屋から出ていった。

 

 それもそうだ。

 自惚れじゃないと信じたいですけど、私が書類業務を手伝うようになってから大分と進みが良くなったと思う。

 その私がこうして風邪に倒れてしまったんだ、私に構っている余裕は無くなってしまったはずだ。

 

 いや、その。構って欲しいという訳ではなく。

 ……うぅ、風邪で弱ってるから人恋しいのでしょう。きっとそうです。

 

 はぁ……私って艦娘はどうしてこう上手く出来ないのか。

 大本営に居た時にしろ、あの作戦の時にしろ。

 そういう星の下にでも生まれてしまったのでしょうか。もしそうなら恨んでやる。むしろ主砲撃ってやる、偵察機で逃しはしないわ。

 

「はぁ……頭、痛い」

 

 小さくぼやいてみる。

 小声だったのにも関わらず静かな部屋はそれを僅かに反響させた。

 

「寂しい、ですね」

 

 何も考えていなかったのに、誰からの返事もなくただ反響した自分の声を聞いて勝手に声に出た。

 

 寂しい、ですか。

 

 不思議と納得出来たその言葉。

 こんな事を思ったのはもしかしたら初めてかも知れない。それもそうだ、今までそんな余裕は色んな意味で無かったもの。

 

 本当に不思議。

 あの頃と今。どっちもやっている事はそう変わらないはずで、もしかしたら最前線であるここに居る方が忙しいのかも知れないのに。

 どうしてこうも寂しがる余裕があるのか。

 

「提督……」

 

 それはきっと彼のおかげなのだとは分かっている。

 具体的に何がどうという事ではなくて、きっと提督が私を認めてくれたからなんだろう。

 だから私は無理に背伸びをする必要もなく、あるがままで居られるから。そしてやりたいと思ってやる事だから辛くもない。

 

 言ってしまえばここは私が私で居られる場所なんだ。

 

「それなのにぃ……」

 

 あ、だめ。涙が出ちゃう。艦娘だもん。

 

 ではなく。

 

 健康管理なんて基本中の基本だ。

 私達は海を征く者、戦う者。それが自分に負けていてどうして敵に勝つことが出来ようか。

 

 あ、だめ。落ち込んじゃう。艦娘だもん。

 

「寝ましょう……早く治さないと……」

 

 そうだ、それが今の私がしなければならない仕事。

 早く体調を回復させて仕事に復帰しないと。

 

 きっと提督もそれを望んでいるはずだから。

 

 

 

「うん? はい?」

 

 目を瞑ってしばらく。少し眠気を感じ始めた頃、ノックの音が響いた。そうして開かれたドアの向こうには。

 

「良かった。まだ寝てなかったな?」

 

「て、提督?」

 

 お盆を持った提督が居た。

 

 ……はい?

 

「すまん、寝る前にって慌てて作ったから味の保証は出来ねぇんだけど……」

 

 そう言いながら先程まで居た所までやってきて。

 お盆の上にあった土鍋の蓋を取ってくれる。

 

 ……いい匂い。

 

「お粥、ですか?」

 

「あぁ、やっぱ風邪にはこれだよな。龍田に頼もうかと思ったんだけど生憎捕まらなくて……ほれ、熱いから気をつけろよ?」

 

 蓮華を渡される。

 

 えっと? 駄目だ、いまいち状況が把握できない。

 

「えっと、仕事はどうされましたか?」

 

「ん? さっき言っただろ? そんな状態じゃあ仕事になんねぇって」

 

 えーと……それはつまり、あれですか。

 

 私が使い物にならないっていう意味じゃなくて。

 

「何固まってんだ? あぁ、それともあれか」

 

「え? え?」

 

「ふーふー……うっし。ほれ、あーん」

 

 ふぁい!? ちょっと待ってください提督!? それは些か破壊力抜群ですよ!?

 

「大淀? 手が疲れるから食べてくれると嬉しいんだが……」

 

「あ!? は、はい! 頂きます!」

 

 あちち……。

 

 うん、匂いの通り美味しい。食欲はあまり無かったのですけど、これなら食べられそうです。

 

 ……私の顔が熱いのは熱のせいですし大丈夫。

 

 大丈夫? うん、何が大丈夫? いやいや大丈夫です。

 

「……ちゃんと仕事もするから安心してくれ。快復した時にやること無くても泣くんじゃないぞ?」

 

「提督……」

 

 流石と言うべきか私が心配している事へのフォローもバッチリで。

 笑顔でそんな事を言われると困ってしまいます。

 

 だから困っているのを隠すように次の一口を要求してしまう。

 

 そうしてパクパクと食べて。

 

「ご馳走さまでした」

 

「おう、お粗末様でした」

 

 お盆を隣に置く提督。

 優しげな表情を私に向けてくれる。

 

 不意に、その表情を見て理解した。

 

 そう、提督はあの言葉通り私を家族みたいに……いえ、家族として扱っているんだと。

 

「もう、私に構っている暇があるなら仕事して下さいね?」

 

「手厳しいなぁ。心配で手につかないんだって」

 

 それを確かめたくてそんな事を言ってしまう。

 

 だってそうでしょう? 私だって、家族というものがわからないのですから。

 

「それでも、ですよ。そんなんじゃあ私が心配でゆっくり休めません」

 

「あらら、こりゃ一本取られたか? じゃあ大淀がゆっくり休めるように仕事しますかね」

 

 家族の形なんてわからない。

 だけど提督が向けてくれるこれが親愛だというのなら、私も私の親愛を持って返そう。

 

「はい、そうして下さい。私の快復を想うなら」

 

「あぁ、そうするよ。大淀にゆっくり休んでもらいたいからな」

 

 提督につられて私も笑う。

 

 そう、今の私はきっと自然な笑顔を浮かべられていることでしょう。

 

「いってらっしゃい、提督」

 

「おう。おやすみ大淀。また来るよ」

 

 あなたは私の家族であり、鏡なのですから。

 

 

 

       ─────

 

 

 

「提督さーんっ!! 褒めて褒めてー!!」

 

「おわっ!? 全く……仕方ないやつだなぁ」

 

 良いなぁ……。

 

 もうお馴染みと言ってもいいこの光景。

 MVPを取った夕立ちゃんがダイブして、困ったような、それでも嬉しそうな笑顔で受け止める提督。

 

 そしてそれをとっても羨ましく思うのも慣れたもので。

 

「古鷹もこいつのお守りは大変だっただろう? お疲れ様」

 

「あ、いえ。全然大丈夫です」

 

 製油所沿岸地帯の掃討戦。

 最近では徐々に艦隊の枠を越えて色々な編成を試しながら出撃する機会が増えた。

 最初こそ色々戸惑ったけど……ううん、未だに戸惑いっぱなし。やっぱり根本の違いっていうのは中々埋められないものだね。

 

 提督が笑顔を向けて労ってくれるけど、その距離はきっかり三メートルの距離。

 その事実に思わず苦笑いを浮かべちゃう。

 

「あー……古鷹? やっぱりきつかったか? すまんな、次はもうちょっと考えてみる」

 

「あっ!? ううん! 違うんです! 問題ないですよ!?」

 

 両手を振って違いますと言ってみれば提督は首を傾げながらも、まぁ考えておくよと言って次は時雨ちゃんに声をかけに行った。

 

 そう、あの漁船の上で手を握れたのは本当に身体が動かなかったからというだけで。やっぱり私の恐怖症は治ってなかった。

 それが分かってからというもの、提督は私と会話をしたり何かをしたりする時は必ず三メートル程の距離を取ってくれている。

 

 その気遣いは嬉しく思う。本当に。

 ただ、夕立さんのように何の気兼ねもなく提督と触れ合える事がとても羨ましく思う。

 あの船の上で提督の手と触れてしまったことで私はきっと――。

 

「欲張りになっちゃったんだ……」

 

 こうして会話するだけじゃ物足りないと思ってしまう。

 昔は……ううん、ついこの前までならこんな事思わなかった。私の事を知ってもらって、誰よりも上手く私を使える人になって貰えたならもう何も言うこともないくらい満足だったはずで。

 だけど知ってしまったから、温もりっていうものを。

 

 それを知った私は、とても欲張りになってしまったんだと思う。

 

「古鷹? どうしたんだい?」

 

「えっ!? あ、時雨ちゃん……。もう労われるのには満足したの?」

 

 あっ……何処かトゲトゲしい言い方になっちゃったかな? 

 

 そんな心配をするけど全然意に介する事もなく。

 

「本音を言えばもっといっぱい言われたいんだけどねっ! でも今回は夕立がMVPだし……でも僕だって――」

 

「あー……うん、そうだね?」

 

 何か熱弁モードに入っちゃった時雨ちゃん。押しちゃいけないスイッチってあるんだなぁ……うん。

 

「そうだ、今日は各自申請していた物品が届いていると思うんだけど、ここに運んでくるまでにちょっとした事故があったそうでな」 

 

「事故? 配送業者さんは大丈夫っぽい?」

 

「あぁ、幸い怪我人は出なかったらしい、だけど荷物が解けてしまったみたいでな。各自戻ったら確認してみてくれ、もし破損物等あった場合は俺に言ってくれな」

 

「わかったよ」

 

 事故かぁ。

 うん、でも怪我人が居なかったなら何よりだね。

 

 あ、でも今回色々注文したから……大丈夫かな? 急いで確認しないと。

 

 

 

「えーと……?」

 

 注文書の控えを見ながらチェックをしていく。

 部屋の外に置きっぱなしだったし、加古もまだチェックしてないんだろう。ついでに確認してあげようかな。

 

「――私のは大丈夫みたいだね。加古のは……何これ、酒盛りセット?」

 

 お酒用のグラスにマドラーに……なんだろこの小さいバケツみたいなの。うわ、ジョッキまである。ビーフジャーキーにサラミまで……まさに酒盛りセットだ。

 え、まってまって。加古このセット以外……あと全部お酒じゃない。えー……。

 加古、お酒こんなに好きだっけ? あそこにいた時飲んでる所なんて見たこと無いし、飲んだことすら無いと思うんだけど……うーん。

 

「まぁいっか……ってあれ? これなんだろ?」

 

 箱の底に入っていた三冊の……日記帳?

 

 私と加古の注文書には何処にも書いてないや。

 事故があったって言ってたし、混ざっちゃったのかな? 誰のだろう?

 

「でも日記かぁ……」

 

 しげしげと眺めてしまう。

 表紙にはワンポイントで犬のイラスト……これはゴールデンレトリバーだったっけな? あ、もう一冊の方はボーダーコリーね。

 鍵付きだし、よっぽどしっかり書いてるんだろうなぁ。

 

 日記。

 そうね、私も折角新しい環境に変わった事だしやってみ――

 

「――そうだ」

 

 そうだ、そうだよ。

 何も別に触れられなくたってコミュニケーションは取れるじゃない。

 うん、少し恥ずかしいけどこれなら。

 

「そうと決まれば……ん? はーい? 開いてますよー」

 

 立ち上がった時ドアを誰かがノックした。返事をして招き入れてみればそこには。

 

「あ、ごめん。今、大丈夫かな?」

 

「いらっしゃい時雨ちゃん。荷物を解いてた所だからちょっと散らかってるけど良いかな?」

 

「ううん、ちょうど良かった。その方が都合良くて……古鷹の荷物の中に日記帳入ってなかったかな? 僕と夕立が注文してたんだけどこっちに入ってなかったんだ」

 

 あ、さっきの日記帳時雨ちゃんと夕立ちゃんのなのかな?

 

「日記帳って……これかな?」

 

「あっ! うん! それだよ! 良かった、もう僕も夕立も残りページが少なくなっちゃってて……」

 

 手渡すとほんとに嬉しそうな笑顔。

 

 時雨ちゃんはともかく、夕立ちゃんは何かイメージが湧かないけど……。あ、うん、そんな事思うのは失礼だね。

 でもそうだね、私としてもちょうど良かったよ。

 

「あの、時雨ちゃん」

 

「うん? なんだい?」

 

「その日記帳、三冊あるよね? あの、もし良かったらなんだけど――」

 

 

 

「謹啓……いや、手紙じゃないんだし」

 

 手元には時雨ちゃんから貰った日記帳。ちなみにワンポイントで描かれた犬はボルゾイっていう犬種らしい。

 そんな日記帳を開いた私はいきなり躓いている。

 

「うー……交換日記の書き出しってどうすればいいのー……」

 

 そう、私に響いた天啓。交換日記。

 

 やっぱり触れられないという事を気にしていては何をするにも気が引けてしまう。

 だったらそういった接触なしにでも出来るコミュニケーション。それが交換日記。

 我ながら少し乙女趣味かとも思うけれど、名案だと思う。

 

 時雨ちゃんに譲ってもらうために説明してみれば。

 

 ――その手があった……。くそう、ここの艦娘の乙女力は化物か……。

 

 なんて言いながら地面に両手をついてた。乙女力?

 

 ともあれ快く譲ってくれた。

 これで後は提督にお願いするだけなんだけど……。

 

「やってくれるかなぁ」

 

 私に興味を持ってくれているだろうか?

 私の言葉に耳を傾けてくれるだろうか?

 

 やってくれたとしても、興味を引かれないと止めてしまわれないだろうか。

 

 そんな不安がある。

 

「それでも……」

 

 知って欲しい。

 重巡洋艦の良い所……なんて言えばちょっとごまかし過ぎかな? 私の、皆の良い所を知って欲しい。

 交換日記(これ)をきっかけにいつか気兼ねなく会話出来たりする事が出来れば。なんて思いも当然ある。

 

 だからこそ、書き出しから悩んでしまう。

 

 書き出しとは世界の入口。

 入ってくれるかどうかはここにかかっているんだ。

 

「だったら大胆に……」

 

 大好きな提督。

 

「うわぁ!? うわ、うわぁ!?」

 

 駄目です駄目です。これは駄目だ。消しゴムで慌てて消す。

 

「あふぅ……書き出し以外ならいくらでも思いつくんだけどなぁ」

 

 あの戦いが無事に終わったこと。どれだけここに来てから毎日が楽しいかということ。

 それこそ時雨ちゃんじゃないけどこの日記帳を一冊使い切っても足りないくらいには。

 

「ほんとに……こんな事で悩めるなんて」

 

 間違いなく幸せだ。

 かつてやったことがある提督への上申書。あれは目を通されること無く破られてしまったけど。提督ならきっとそんな事しない。

 そう信じられる。

 

「うん、そうだ」

 

 どんな書き出しでも良い。きっと目を通してくれる。

 なら最初からそう書けばいいんだ。

 

「ありがとうございます、提督……っと」

 

 私達を見つけてくれて。

 私達を大事と思ってくれて。

 

 そうしてお互いの、皆の良い所を見つけあって、教えあって。

 そうだ、形式なんてこれから作っていけばいいんだ。それはこれからきっと出来る。

 

「うん。そうだよね、これから出来るんだから、ね」

 

 結びの文は決まっている。

 

「親愛なる提督へ、お返事お待ちしています」


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